ジェトロ世界貿易投資報告 2026年版

第Ⅲ章 世界の通商秩序を巡る動向
第1節 世界の通商政策の最新動向
第2項 主要国・地域の通商政策(中国)

安全保障と一体化する通商政策運営へ

2026年の中国の通商政策は、多国間主義を堅持し、高水準の対外開放を維持しつつ、経済安全保障の観点から通商政策を国内経済政策と一体的に運用する方向を一段と強めている。具体的には、「内需主導による強大な国内市場の整備」と「ハイレベルの対外開放の拡大」を両立させながら、経済発展と国家安全に関する政策を一体的に進めることで、国際的な経済・貿易摩擦への対応力を高める構図が、いっそう明確になった。米中対立を背景とした輸出管理の強化や、周辺国・地域を中心とする既存の経済連携枠組みの運用強化・高度化も、その一環として位置付けられる。

2026年の経済運営の方向性を決定する中央経済工作会議(2025年12月開催)では、「内需主導を堅持し、強大な国内市場を建設する」ことを最重点課題に位置付けた注1。また、同会議は、国内経済運営と国際経済貿易闘争をいっそう一体的に計画・実施することを全体方針として明記しており、通商政策を対外部門に限定せず、国内経済政策と一体で実施する方針を明確にした。

2026年3月の全国人民代表大会(全人代)で採択された政府の年間の政策方針(政府活動報告)では、この方向性をさらに具体化した。重点業務の1つとして「ハイレベルの対外開放をさらに拡大する」ことを掲げ、付加価値通信、バイオテクノロジー、外資系独資病院などの分野で試験的開放を拡大する方針を明記した。加えて、越境サービス貿易ネガティブリストの縮小、デジタル分野の秩序ある開放、デジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)およびCPTPPへの加入交渉の推進も盛り込まれた。これらは、従来の「外資安定化」「貿易安定化」から一歩進み、サービス、デジタル、グリーン分野などの重点分野を軸にした選択的な制度型開放の具体化を示すものといえる。

一方で、同報告は2026年の最優先課題として、引き続き「強大な国内市場の整備」を掲げた。具体策として、所得向上、消費環境の改善、消費財買い替え支援、投資拡大などにより内需を底上げするとともに、「全国統一大市場」の建設を通じて国内循環の制度的基盤を強化する方針を示している。このため、対外開放や通商政策も、国内需要の拡大、「新質生産力」の育成、産業高度化の促進と一体で設計・実施される方向である。

こうした政策運営の背景には、第14次5カ年規画(2021~2025年)期以来、中国の対外経済政策の基礎概念となってきた「双循環」の考え方がある。すなわち、対外開放を後退させるのではなく、国内大循環を主体としつつ、国内・国際双循環を相互に促進する新たな発展構造を構築することで、外部環境の変化に対する耐性を高めようとする発想である。2026年の通商政策は、この双循環の考え方を、内需拡大、供給網強化、選択的開放、ルール形成への関与という具体的な政策群として再構成したものと整理できる。

この点を理解する上で重要なのが、2020年10月に雑誌「求是」に掲載された習近平国家主席の論文「国家中長期経済社会発展戦略上のいくつかの重大問題」である注2。同論文は、改革開放、とりわけWTO加盟以降の中国が、市場と資源の「両頭在外(調達と販売の両面で対外依存)」を前提とした「世界の工場」型の発展モデルを推進してきたと整理する一方、近年の脱グローバル化や外部環境の悪化を踏まえ、今後は内需拡大を戦略基点とし、国内市場への依拠を高める必要があると論じている。さらに同論文は、国内循環が円滑になるほど、かえって世界の資源・生産要素を引きつけやすくなり、対外開放とも矛盾しないとの考え方を示しており、現在の「内需主導」と「高水準の対外開放」の両立方針の思想的原点とみることができる。

同論文はまた、産業チェーン・サプライチェーンは「大国経済が備えるべき重要な特性」であり、重要な局面で途切れてはならないとした上で、国家安全に関わる分野では、自主可控(自国で自律的に制御可能)で安全・信頼性の高い国内生産供給体系を構築する必要があることを強調している。加えて、中国が国際的に優位性をもつ産業については国際産業チェーンの中国への依存度を高め、外部からの人為的な供給遮断に対する対抗・抑止力を形成するとの考え方も示しており、近年の中国が進める供給網強化、重要分野の国産化、輸出管理強化を含む安全保障志向の政策運営の重要な論拠となっている。中国政府は「戦略的自律性」や「戦略的不可欠性」という表現こそ用いてはいないが、「自立自強」「自主可控」などの概念で示される外部依存の低減と、国際供給網における中国の不可欠性の維持・強化という方向性そのものは、同論文の問題意識と整合的である。

強大な国内市場の整備の制度的な受け皿として位置付けられているのが、「全国統一大市場」の建設である。これは、地方保護主義や市場分断を是正し、制度・ルール・市場インフラの全国的な統一を進めることで、商品や生産要素の自由な流通と公平な競争を実現し、強大かつ効率的な国内市場を形成することを目指す政策である。政府はこれを「新発展構造(双循環)の基礎的支柱」と位置付けており、2025年12月開催の中央経済工作会議でも重点課題として再確認した。

以上を踏まえると、2026年の中国の通商政策は、従来の「高水準の対外開放の拡大」と「対外貿易・外資の安定化」という基本方針を継承しつつ、その運用を国内市場強化、産業高度化、安全保障能力の向上、対外ルール形成への関与と結び付ける方向へ進めていると整理できる。すなわち、開放政策は維持されるものの、その性格は従来よりも選択的かつ戦略的であり、同時に安全保障色を帯びた通商政策へと移行しつつある。

両用品目輸出管理と一般貿易法体系の接続が進展

通商政策の安全保障面では輸出管理の関連法令の整備が進んだ。中国の輸出管理は、2025年以降、「輸出管理法」および「両用品目輸出管理条例」などに基づく安全保障貿易管理と、「対外貿易法」「貨物輸出入管理条例」「技術輸出入管理条例」などに基づく一般貿易管理の二本立てで強化が進んだ。2024年12月1日に「両用品目輸出管理条例」が施行され、2025年はこれを実務に落とし込む年であったと言える。また同時に、一般貿易の法体系でも技術・製品の輸出管理が戦略産業分野へ広がった。

安全保障貿易管理の制度面では、2025年1月1日に2025年度「両用品目・技術輸出入許可証管理目録」が施行され、両用品目輸出管理の年間運用基盤が整備された。これは、「輸出管理法」「両用品目輸出管理条例」「両用品目輸出管理リスト」を踏まえ、企業が許可申請や該非判定に用いる品名・輸出管理コード・HSコードの参照枠組みを示したものといえる注3。

2025年には、戦略鉱物・希土類関連品目の両用品目輸出管理リストへの追加が相次いだ。2月4日には、タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウムの関連品目が輸出管理対象に追加され、4月4日には、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウムなど7種類の中・重希土類の関連品目が追加された。

運用面では、2025年3月28日に商務部が「両用品目輸出許可申請填報指南」を公表し、輸出許可申請における該否判定の考え方や申請書類に記載すべき事項などを明確化した。

さらに、2025年6月16日の海関総署公告2025年第123号により、税関による「両用品目輸出管制海関質疑」制度が制度化された。通関申告された貨物位について税関が両用品目として輸出管理対象となる可能性を認めた場合には、契約書、技術資料、用途説明、検査報告などの提出を求め、質疑または鑑別の期間中は貨物の通関を許可しないとする仕組みである。これにより、税関における両用品目検査に関する根拠が整ったことになり、税関での検査強化につながる基礎となった。

同時に、一般貿易に関する法体系でも管理範囲の拡大が進んだ。2025年7月15日には、「中国禁止輸出・輸出制限技術目録」が改正され、電池正極材料製造技術やリチウム抽出・製造関連技術が制限輸出技術に追加された。これにより、技術輸出は「禁止」「制限(許可制)」の既存枠組みの下で、電池関連分野にも管理が及ぶ形となった。また、2025年9月26日には、商務部など4部門が、純電動乗用車への輸出許可証管理導入を決定し、2026年1月1日から施行した。戦略産業である新エネルギー車が一般貿易法体系上の許可証管理に取り込まれたことは、資源・素材にとどまらない管理強化の拡大を示唆している。

2025年末から2026年初にかけては、一般貿易制度と両用品制度の接続関係が明文化された。2026年版「輸出許可証管理貨物目録」では、一般貿易に関する目録掲載貨物でも、それが両用品目輸出管理リストに該当する場合や臨時管制品目に該当する場合は、両用品目・技術輸出許可証の取得が必要であり、逆に両用品許可証を取得していれば一般の輸出許可証は免除されると整理された。加えて、2025年12月には一部鉄鋼製品も一般貿易の輸出許可証管理対象に追加された。

米中は主要措置を暫定停止

2025年2月以降、米国の対中追加関税と中国の対抗関税が応酬され、4月には急速に激化した。米国は対中追加関税を大幅に引き上げ、中国も米国原産の全輸入品への追加関税(最大125%)で対抗した。その後、5月12日のジュネーブ会談を受け、中国は対米追加関税のうち91%分を取り消し、34%のうち24%を90日間停止して10%を維持した。以後、協議を経て停止措置は延長され、税委会公告2025年第10号により、24%分の停止は11月10日から1年間延長された。

図表Ⅲ-15 中国が実施した関税以外の主な措置
施行日 項目 内容
2月4日 輸出管理 タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウムの関連品目を輸出管理の対象に追加。
信頼できないエンティティー・リスト カルバン・クラインなどを運営する米アパレル大手PVHをリストに追加。
米バイオ企業イルミナをリストに追加。
独占禁止法 米グーグルに対し、中国の独占禁止法違反の疑いで調査開始。
WTO WTOに提訴。
3月4日 輸出管理 米国企業15社を「輸出管理コントロールリスト」に掲載し、これら企業への両用品目の輸出を禁止すると発表。(※米中合意により2025年11月10日から1年間同措置を停止)
検疫措置等 米国産原木から害虫を検出したとして米国産原木の輸入を停止すると発表。
米国産大豆からの麦角菌等の検出を理由に、米農協CHSなど3社からの大豆輸入停止を発表。
信頼できないエンティティー・リスト 10社の米国企業を同リストに追加。米イルミナについて、中国向けのゲノムシーケンサーの輸出を禁止。(※米中合意により措置を停止)
貿易救済措置 米国を原産地とする一部の光ファイバー製品に対する「反規制回避調査」を行うと発表。
4月4日 輸出管理 サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム等のレアアース7種の関連品目を輸出管理の対象品目に追加。
米国企業16社を「輸出管理コントロールリスト」に掲載し、これら企業への両用品目の輸出を禁止すると発表。(※米中合意により2025年11月10日から1年間同措置を停止)
検疫措置等 米国産ソルガムから、基準値を超えるカビを検出したとして米国C&D社からの輸入停止を発表。
米国産鶏骨粉からサルモネラ菌を検出したとして、米国3社からの輸入停止を発表。
信頼できないエンティティー・リスト 11社の米国企業を同リストに追加。中国との貿易活動および中国への新規投資を禁止。
※米中合意により2025年11月10日から1年間同措置を停止。
独占禁止法 米化学大手デュポンの中国現法に対し、独占禁止法違反の疑いで調査開始。
貿易救済措置 米国・インド原産の医療用CT装置用X線管・管芯に対するアンチダンピング調査を開始したと発表。
4月10日 輸出管理 米国企業12社を「輸出管理コントロールリスト」に掲載し、これらの企業への両用品目の輸出を禁止。
※米中合意により2025年8月12日から同措置を停止。
信頼できないエンティティー・リスト 6社の米国企業を同リストに追加。中国との貿易活動および中国への新規投資を禁止。
7月9日 輸出管理コントロールリスト 同リストに台湾の8社・団体を新たに掲載し、これらへの両用品目の輸出を禁止。
9月25日 信頼できないエンティティー・リスト 同リストに米国企業3社を新たに掲載。中国関連の輸出入や中国境内への新規投資を禁止。
10月9日 信頼できないエンティティー・リスト 米国企業およびカナダ企業計14社を掲載。中国関連の輸出入、中国への新規投資、中国国内の組織・個人との取引・協力を禁止。
10月9日 輸出管理
  • 10月9日に以下の措置を公布。米中会談の合意(10月30日)により翌年11月10日まで措置を暫定停止。
  • 一部のレアアース品目、関連技術についての中国国外における再輸出規制措置(一部は公布日同日施行、12月1日施行)
  • レアアース関連技術の輸出規制(10月9日施行)
  • 超硬材料関連品目に対する輸出規制(11月 8日施行)
  • レアアース関連設備および原材料、補助材料に対する輸出規制(11月8日施行)
  • 一部の中・重希土関連品目に対する輸出規制(11月8日施行)
  • リチウム電池関連品目・技術、人造黒鉛負極材料関連品目・技術に対する輸出規制(11月8日施行)
12月26日 反制裁リスト 米国企業20社と個人10人に反外国制裁法を適用。対象企業20社には中国国内資産の凍結と、中国国内での取引・協力などを禁止。対象個人10人には同様の資産凍結と取引・協力禁止に加え、ビザ発給停止および香港・マカオを含む中国への入境などを禁止。
注:
年月日は施行日。ただし、10月9日公布の輸出管理措置のみは公布日を記載。
出所:
中国商務部、税関総署、国家市場監督管理総局、外交部ウェブサイトから作成

他方、米国の「フェンタニル関税」への対抗として2025年2月と3月に導入した一部品目向け追加関税のうち、税委会公告2025年第2号分は11月10日に停止された。一方、第1号公告分については、確認できた公式公告の範囲では停止が示されていない。このため、2025年以降の中国の対米追加関税は、全輸入品に対する追加10%を基本に、第1号公告対象品目には追加10%または15%が一部併存する構造とみられる。

中国の対米非関税措置としては、2月4日に米国アパレル企業のPVHとバイオ企業のイルミナを「信頼できないエンティティー・リスト」に掲載し、グーグルへの独禁法調査にも踏み切った(図表Ⅲ- 15)。3月4日には、米企業10社を同リストに、15社を「輸出管理コントロールリスト」に追加し、対抗措置の制度化を進めた。

転機となったのは4月4日である。中国はサマリウム、ジスプロシウムなど7種の中・重希土類関連品目を輸出管理対象に追加した。この対象は米国企業に限らないことから後述のとおり日本企業にも大きな影響をもたらした。同時に米企業11社を「信頼できないエンティティー・リスト」、16社を「輸出管理コントロールリスト」に掲載したほか、検疫措置、アンチダンピング調査、デュポン中国への独禁法調査も打ち出した。さらに4月10日には米企業12社を輸出管理コントロールリストに、6社を信頼できないエンティティー・リストに追加し、リスト形式の措置を積み増した。これにより、中国の非関税措置は、輸出管理を軸に、企業規制、検疫、競争法、貿易救済を組み合わせるいわばパッケージ型となった。

5月のジュネーブ協議を受け、中国は4月2日以降の対米非関税措置の一部を停止し、4月4日および9日公表分の企業リスト措置を90日間停止、その後8月にはさらに90日延長した。一方、4月4日付の7種レアアースの輸出管理は継続し、交渉下でも中核的なレバレッジを維持した。加えて7月には台湾の8社・団体を「輸出管理コントロールリスト」に追加し、9月には米企業3社を同リストに別の米企業3社を信頼できないエンティティー・リストに追加した。

10月9日には、追加のレアアース関連品目、関連設備、技術、再輸出などを含む包括的な輸出管理措置が公表されたが、10月末の米中協議を受けて、これらは2026年11月10日まで暫定停止された。ただし、4月4日のレアアース規制は停止対象外であり、年末には反外国制裁法に基づく米企業20社・個人10人への制裁も発動された。2025年の中国の非関税措置は、停止と再開を織り込んだ交渉カードとして運用されたといえる。また、他国が中国市場に大きく依存しているという戦略的不可欠性を利用したレアアースなどの希少資源・品目の武器化が一層進んだ。加えて、台湾問題などとも関連した安全保障政策としての性格を強めたといえる。

米中は「建設的な戦略的安定」枠組みで対立管理を目指す

2026年5月14日、米国のトランプ大統領は北京で習近平国家主席と会談し、両国が「建設的な戦略的安定」を新たな関係の枠組みとすることで一致した。両国がそれぞれ発表した合意内容注4 注5 注6を見ると、中国による米国産品の購入拡大などに相違があるなど細部が異なる一方で、両国関係を「建設的な戦略的安定」と位置付ける点では一致している。

経済・通商分野では、米側が貿易理事会および投資理事会の設置、レアアース・重要鉱物、航空機、農産品などでの成果を列挙したのに対し、中国商務部が2026年5月20日に公表した米州・大洋州司(美大司)責任者のコメントでは、両理事会の創設を中米経済・貿易協議の「協議メカニズムによる管理」に向けた基盤と位置付けた。

加えて同責任者は、2025年10月のクアラルンプール協議で2026年11月10日まで停止された関税、輸出管理、海事・物流・造船分野の301条措置などについて、延長に向けた協議継続の方針を示した。

台湾問題については、中国側が「中米関係の中で最も重要な問題」と位置付けたのに対し、米側公表文では明示されていないといった大きな相違点がみられた。中国人民大学国際関係学院の刁大明(ディアオ・ダーミン)教授は「最も重要な台湾問題を適切に処理できなければ、米中関係は極めて危険な状況に追い込まれる」としており注7、今後も「建設的な戦略的安定」を巡る米中間の認識差や台湾問題が両国関係の不安定化要因となり得ることが示唆される。さらに、貿易や産業政策などの構造問題が未解決である以上、今回の会談の成果は対立解消というよりも、「競争を管理する枠組みの再確認」にとどまったと評価されている。

追加関税の影響は限定的、レアアースなどの輸出管理強化で日本企業に大きな影響

中国でビジネスを展開する日系企業では、2018年前後からの米中対立をきっかけにサプライチェーン断絶のリスク低減のため中国と米国の間での直接貿易の比率を下げる動きが目立っていた。ジェトロの2025年度日系企業調査によると、中国進出日系企業(製造業)による対米輸出について「直接」または「第三国・地域または取引先経由」の輸出を含む輸出があると回答した企業は30.8%だった。韓国進出日系企業(75.6%)、ベトナム進出日系企業(58.2%)、タイ進出日系企業(53.9%)などと比べてアジア圏の日系企業としては比較的低い比率となっている注8。ジェトロによる中国進出日系企業へのヒアリングにおいても、直接対米輸出を行っているケースは少なく、米中摩擦の影響については、国内景気の悪化や取引先となる現地企業からの受注減など間接的な影響を懸念する企業が多かった注9。一方で、米国の追加関税措置よりも、それと同時期に断続的に実施された中国によるレアアースやレアメタルの輸出管理強化による影響が大きいとの声が聞かれる注10。特に2025年4月4日に施行されたレアアース7種に対する輸出管理の強化については、日系企業が構築してきた磁石関連サプライチェーンに対し、供給制約と取引コストの上昇という二重の影響をもたらした。とりわけ、サマリウム、ジスプロシウム、テルビウムを用いた永久磁石は、自動車、産業機械、電子機器などの広範な製造分野において基幹部材として位置付けられており、中国から日本向けの輸出停滞は、個社の調達計画のみならず関連サプライチェーンの生産活動全体に波及する構造となっていた。

また、輸出の許認可手続には長期間を要する事例が多く、企業実務における予見可能性が低い状態が続いている。とりわけ、申請から許可取得まで3カ月以上を要する場合があること、ならびに審査基準や進捗に関する透明性が十分でないことは、在庫確保、納期遵守、顧客対応等の観点から大きな問題となっている。

日系企業に共通する課題としては、第1に、組み込み品を含む自社製品が輸出管理の対象に該当するかなどの該非判定の難しさが挙げられる。第2に、許認可運用の不確実性と審査期間の長期化、第3に、税関対応の非統一性に起因する検査遅延や保管費増大、第4に、申請過程で海外サプライチェーンや製品組成等の機微情報の提出を求められることによる営業秘密保護上の懸念である。

これらレアアースなどの輸出管理の強化について、中国政府は直接的な対米対抗措置であるとは公式には説明していない。米中の交渉枠組みにおいてその措置自体が廃止される可能性について引き続き注視する必要がある。

なお、2026年に入ってからは、中国は日本に対する両用品目の輸出管理をさらに強化(1月6日施行)したほか、一部の日本企業・組織を輸出管理コントロールリストや注視リストに掲載するといった措置(2月24日施行)をとっている。中国政府は、日本に対し「新型軍国主義」や「再軍事化」といったナラティブで批判を繰り返している。商務部の1月8日の定例記者会見で何亜東報道官は、対日両用品目輸出管理強化の目的として「再軍事化と核武装の企図を阻止することにあり、完全に正当であり、合理的かつ合法である」との説明をしている。

従って、これらの輸出管理措置は、日本に対する「再軍事化」といったナラティブと一体化し今後も管理リスト掲載企業の拡大などのかたちで強化されることが懸念される。

周辺国などとの経済貿易関係の強化と米国による関与の影響

2025年後半以降、中国の対外経済協力は、周辺国とのサプライチェーン協力の制度化と、国・地域間の高水準協定への接続強化を軸に具体化が進んだ。周辺国との外交の在り方などを決定する中央周辺工作会議(2025年4月)では、周辺を外交全体の最重要課題の1つに位置付けた上で、高水準の相互接続網の構築や産業チェーン・サプライチェーン協力の強化を打ち出した。

対ASEAN関係では、中国・ASEAN自由貿易協定(ACFTA)3.0で大きな進展があった。2025年5月、中国とASEANは3.0版交渉の全面妥結を公表し、同年10月28日にはクアラルンプールでアップグレード議定書に正式署名した。商務部によれば、新協定はデジタル経済、グリーン経済、サプライチェーン相互接続など9分野を対象とし、従来の関税・投資中心の協力から、ルール・規制や新興分野を含む制度的一体化へ踏み込む内容となっている。

二国間では、ベトナム、マレーシアとの協力が実務面で前進した。2025年4月の中越共同声明では、両国関係を周辺外交の優先事項と位置付け、2026年4月のベトナム共産党書記長訪中時には、越境経済合作区建設と産業チェーン・サプライチェーン協力の作業部会設置に関する覚書が締結された。マレーシアとの共同声明でも、デジタル、グリーン、AI分野での協力拡大と、サプライチェーンの安定化が確認されている。

他方、高水準協定への接続では、DEPAでは交渉実務が継続し、CPTPPについても加入準備と対外調整の継続が示された。商務部は2025年6月、中国はCPTPP加入に向け「十分な準備」を整えたと表明した。DEPAについても、2026年4月に第10回首席交渉代表会合、同年5月に閣僚級会合が開催され、交渉加速と早期成果を目指す方針が確認された。中国は対外経済連携において、周辺国との供給網協力を深めつつ、ACFTA3.0、RCEP、CPTPP、DEPAを組み合わせて多層的に関与を強める動きを見せている。

なお、中国の経済貿易協定の実効性を検討するにあたっては、近年、米国が一部の通商枠組みに導入した、いわゆる「ポイズンピル」条項の含意を踏まえる必要がある。USMCA第32.10条は、締約国が「非市場経済国」と自由貿易協定の交渉・締結に進む場合に、他の締約国に協定終了の選択肢を付与する仕組みであり、ベーカー研究所は、同条項が実質的に中国を念頭に置いたものであったと指摘している注11。 2025年10月に公表された米国・マレーシア、米国・カンボジア間の相互貿易協定(ART)においても、第三国との協定が米国の本質的利益または経済・国家安全保障上の利益を害すると判断される場合に協定終了の余地を残す、より広範な規定が導入された。

もっとも、これらの条項が中国との経済貿易協定を直ちに無効化し、またはその締結自体を一律に阻止するとの評価は、必ずしも支配的ではない。元ケイトー研究所のサイモン・レスター氏らは、USMCA上の当該条項がもたらす制度上の制約は限定的であり、実際の制約要因としては、米中対立の激化に伴う政治的・経済的な副次的影響の方が大きい可能性を指摘している注12。 さらに、グローバルトレードアラート(GTA)のサイモン・エヴネット氏は、ポイズンピル条項の実質的な効力は、条文そのものよりも、相手国の対米輸出依存度、代替市場の有無、協定終了後における米国の措置の厳格性といった国別事情に左右されると分析している注13。このため、当該条項は、厳格な法的障壁として理解するよりも、むしろ相手国の政策判断および企業行動に対して抑制的に作用する仕組みとして把握することが適当と考えられる。

この点につき、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のメアリー・ラブリー氏らは、2025~2026年に米国が締結したARTについて、単なる関税調整の枠組みを超え、中国企業・中国資本・中国技術の活動余地や、中国由来付加価値を含む第三国輸出を管理するための「法的アーキテクチャー」として位置付けている注14。すなわち、中国との協定が形式上維持される場合であっても、相手国企業が対米市場へのアクセス確保を優先し、中国由来部材の使用や中国企業との連携を抑制するならば、当該協定の商業的効果は相応に減殺され得ることになる。 他方、ローウィー研究所のローランド・ラジャ氏らは、東南アジア諸国には、なお貿易相手の多角化余地が残されており、米中両国との関係を一定程度並行して維持する余地も存在するとみている注15。

これらを総合すると、米国のポイズンピル条項は、中国の対外経済協定の締結自体を全面的に阻止する装置というよりも、相手国の政策裁量および企業行動に萎縮効果を及ぼし、協定の商業的実効性を低下させ得る要因として位置付けるのが適当である。 従って、中国にとっては、関税優遇の確保にとどまらず、越境産業協力区の整備、サプライチェーン接続の強化、デジタル・グリーン分野における制度協力の深化などを通じて、相手国に対し、米国市場依存を相対的に低下させ得る実体経済上の利益を提示できるか否かが、今後の協定の実効性を左右する主要な論点になると考えられる。

相互貿易協定については、マレーシア投資貿易産業省(MITI)が2026年2月21日、米国連邦最高裁判所がIEEPAに基づく関税を違法とする判決を下したことを受け、その判決に留意するとの声明を発表した。米国法との関係において相互貿易協定がどのような扱いとなるのか、無効となった場合はどのような枠組みで新たな貿易交渉を進めていくのか、注視が必要である。なお相互貿易協定の成否の如何によらず、米国としては、ASEAN諸国との貿易協定においては先述のポイズンピル条項のような仕掛けにより同地域における中国との主導権争いを今後も繰り広げるものと考えられる。

注記

注1
新華社「中央经济工作会议在北京举行 习近平发表重要讲话外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2025年12月11日付)元の本文に戻る
注2
求是「国家中长期经济社会发展战略若干重大问题外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2020年10月31日)元の本文に戻る
注3
HSコードが示されていない品目も存在する。なお、商務部の説明によると掲載されているHSコードはあくまで参考との位置付けである。元の本文に戻る
注4
ホワイトハウス “Fact Sheet: President Donald J. Trump Secures Historic Deals with China, Delivering for American Workers, Farmers, and Industry”(2026年5月17日)元の本文に戻る
注5
中国外交部「习近平同美国总统特朗普会谈」(2026年5月14日)元の本文に戻る
注6
中国商務部「商务部新闻发言人就中美经贸磋商初步成果答记者问外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2026年5月16日)元の本文に戻る
注7
中国新聞網「事关“最重要的问题”,专家解读中美元首会晤涉台表述」(2026年5月14日付)元の本文に戻る
注8
ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2025年11月26日)元の本文に戻る
注9
中国北京市、上海市、広東省などにおける日系企業ヒアリング(2025年5月~9月実施)に基づく。元の本文に戻る
注10
中国北京市、上海市、広東省などにおける日系企業ヒアリング(2025年5月実施)に基づく。元の本文に戻る
注11
Simon Lester “China’s Role in the USMCA Review外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます”, Rice University’s Baker Institute for Public Policy.(2026年1月20日)元の本文に戻る
注12
Simon Lester et al. “The Canada-China FTA in Peril Part I: The USMCA ‘Non-Market Country’ Provision”, Georgetown Journal of International Affairs.(2019年2月28日)元の本文に戻る
注13
Simon J. Evenett “Can Trading Partners Still Hedge? U.S. Poison Pills and the Limits of Dual Engagement”, Global Trade Alert, Zeitgeist Series Briefing #77(2025年10月31日)元の本文に戻る
注14
Mary E. Lovely and Christine Y. Wan “US reciprocal trade deals built to push America’s trade partners away from China外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます”, PIIE RealTime Economics.(2026年6月4日)元の本文に戻る
注15
Roland Rajah et al. “Navigating the storm: Southeast Asia and the global trade shocks”, Lowy Institute.(2025年12月10日)元の本文に戻る