ジェトロ世界貿易投資報告 2026年版
第Ⅲ章 世界の通商秩序を巡る動向
第1節 世界の通商政策の最新動向 第2項 主要国・地域の通商政策(ASEAN)
相互関税発動後も米国の対ASEAN輸入は拡大
米国のトランプ政権は2025年4月、IEEPAに基づく相互関税を発表し、ASEAN諸国にも10~49%の高関税を賦課するという内容が明らかにされた。米国の相互関税に係るASEANの対応を時系列で見ると、発表時点ではASEAN各国で関税率に差が見られたものの、交渉を経てASEAN主要国は20%前後に収れんしていった注1。相互関税率を引き下げる代わりに、ASEAN側は、(1)対米輸入の拡大(米国製品に対する市場アクセスの拡大、関税引き下げ、非関税障壁の削減)、(2)迂回輸出の防止などの対応を約束することとなった。例えば、ベトナムは2025年7月の合意で相互関税率20%(第三国からの積み替え品は40%)への引き下げを取り付けたが、米国製品に対して関税で大幅に譲歩することで合意した。
その後、ASEAN各国は相互貿易協定(ART)の交渉、枠組み合意、署名を進めた(進捗は一様でない)。インドネシアは2026年2月19日にARTに最終合意した。米国がインドネシア原産品に対する相互関税を原則19%に維持した上で、既存関税に上乗せして適用し、インドネシア側は米国からの輸入品について関税障壁の約99%を撤廃するというものだ。しかし、同年2月20日に米国最高裁がIEEPAに基づく関税を違法とする判決を下すと、ARTの批准見通しは不透明となった。2025年10月に米国とのARTに署名していたマレーシア政府は、米国側からART批准の通知を待っている状態だったが、「性急な対応はせず、国内経済への便益と影響を徹底的に検討する」という方針を示した。
米国との関係では、相互関税に加えて2026年3月には過剰生産能力や強制労働製品の輸入規制状況を巡り、USTRが301条調査を開始した。この対象国にはベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン注2といったASEANの主要国が含まれており、相互関税以外の通商措置にも対処する必要に迫られている。
ただし、実際の米国のASEAN10カ国からの輸入額の推移を見ると、相互関税の発動以降も拡大を続けているのが実情だ。米国の対ASEAN輸入は、2025年1~3月期で984億ドルであったが、右肩上がりに増加を続けており、2026年1~3月期では前年同期比31.1%増の1,290億ドルに拡大した注3。同期間中、米国の対中輸入が1,027億ドルから609億ドルに縮小したのと対照的な傾向を見せた(図表Ⅲ- 16)。米国側での関税は不安定な状況ではあるものの、大きな潮流として米国のASEANからの輸入は拡大するかたちとなっている。
- 注:
- 他のASEANは、東ティモールを除く。
- 出所:
- Global Trade Atlasから作成
ATIGAやACFTA改正、DEFAの実質合意などの進展
第2次トランプ政権誕生以来、米国への対応に追われたASEAN各国であったが、ASEANが基本理念とする「ASEANの一体性」や、大国に振り回されず、ASEANが地域枠組みの中心となって「ドライビング・シート(運転席)」の役割を担うという概念「ASEAN中心性」が問われた1年だった。2025年はマレーシアがASEAN議長国を担い、東ティモールの加盟、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)の第2次改定議定書の署名開始、ASEAN中国FTAアップグレード議定書(ACFTA3.0)の署名、ASEANデジタル協定枠組み(DEFA)の実質的な合意など、ASEANが主導する経済アジェンダでも、多くの成果が達成された。
2026年のASEAN議長国はフィリピンが担うが、ASEAN域外の対話パートナーとの経済協力・連携では、同年6月にASEAN韓国FTA(AKFTA)アップグレード交渉を開始したほか、前年から続くASEANインド物品貿易協定(AITIGA)の見直し交渉やASEANカナダFTA(ACAFTA)交渉、CPTPPとの連携に向けた取り組みも継続する。他方、中東情勢の悪化により、目下のASEAN経済界の関心はエネルギー安全保障に向けられつつある。ASEAN経済界からは、ASEAN域外の対話パートナーとエネルギー協力・連携に向けた取り組みの加速が期待されており、日本の主導するアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)への期待も高い。2026年4月のAZEC首脳会合では、高市早苗首相がアジア域内のサプライチェーン強靱化を目的とした新たな協力枠組みである「アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ(パワー・アジア)」の立ち上げを発表した。
目次
-
第Ⅰ章
世界と日本の貿易 -
第Ⅱ章
世界と日本の直接投資と産業動向 -
第Ⅲ章
世界の通商秩序を巡る動向 -
- 第1節 世界の通商政策の最新動向
- 2025年以降の通商環境の変化と主要課題
- 主要国・地域の通商政策
- 米国の通商政策
- EUの通商政策
- 中国の通商政策
- ASEANの通商政策
- インドの通商政策
- 新興国ブロック(BRICS・上海協力機構)の動向
- 経済安全保障のトレンドと企業の対応
- 第2節 多国間貿易体制の現状と課題
- 第3節 ルールと価値に基づく国際経済秩序の広がり
- 第1節 世界の通商政策の最新動向
(2026年7月28日)



