ジェトロ世界貿易投資報告 2026年版

第Ⅲ章 世界の通商秩序を巡る動向
第1節 世界の通商政策の最新動向
第2項 主要国・地域の通商政策(EU)

米中への対応を通じて変化するEUの通商政策

EUを中心とした欧州諸国では米国に対する不信感がかつてないほどに高まっている。2025年の相次ぐ関税政策に加え、グリーンランドの領有に関心を示す米政権の言動が拍車をかけた。グリーンランドを巡っては特に2026年1月に米大統領が「強硬的な方法」を含む措置を選択肢に挙げたことで一時的に米EU間の緊張が高まった。同月にはグリーンランド問題および対米関係を議題とする欧州理事会(EU首脳会議)を緊急開催し、アントニオ・コスタ常任議長が「いかなる威圧に対しても持てる手段を行使しEUや加盟国の利益を引き続き擁護する」とし、米国を牽制した。

関税面では、EU・米国は2025年7月に米国がEU製品への関税の大部分を一律15%とすることで大枠合意し、翌8月に合意内容の詳細を発表した。合意に際して欧州委員会は、自動車・同部品を含め15%を超える追加関税が適用されない合意条件について「現在得られる最善の成果」だと述べた。EU側は米国工業製品に対する関税撤廃などの関連法案の審議に入ったものの、欧州議会は、グリーンランド問題での米大統領の発言や、2026年2月のIEEPAに基づく関税賦課の停止と1974年通商法122条に基づく10%の課徴金賦課の発表を受け、審議を延期してきた。EUの法案審議の遅れを受けて、米国は2026年5月、関税引き上げもちらつかせ法案早期採択を要求、同年6月、欧州議会とEU理事会(閣僚理事会)の両機関が関連法案を正式採択した。米国は同年7月4日までの引き下げ履行を求めていた。一方米国は、同5月に1974年通商法301条に基づく調査を開始。EUで上記の法案が成立した後であっても、新たな関税措置を導入する余地を残している。そのため法案の成立の有無にかかわらず、米EU間の通商環境は予見性が低い状態が続くと見込まれる。2026年6月に米USTRが示した通商法301条に基づく強制労働製品に関する調査結果ではEUは10%の追加関税を課す対象の案に含まれたが、EU米双方は両者の合意に基づく一律15%の適用に影響を及ぼさないことを確認した模様。

なお欧州中央銀行(ECB)は2026年3月、米国関税に伴う追加コストの約95%を輸出元企業ではなく、米国内の輸入業者や消費者が負担しているとの分析結果を発表している(米関税に伴う価格転嫁については第Ⅰ章第1節(3)を参照)。

一方、対中政策においては、デリスキングという従来からの方針を維持している。EU・中国を巡る通商上の争点として中国製バッテリーEV(BEV)への相殺関税措置と、EU外国補助金規則の2点を取り上げる。

まず中国製BEVに対して欧州委は、2024年10月30日の相殺関税措置発動以降も、中国政府との協議や、価格約束に関するメーカーとの交渉を継続してきた。2026年1月には中国製BEV輸出事業者向けに最低価格約束に係る指針を発表。これを受けて2026年2月、欧州委はフォルクスワーゲンの中国合弁会社大衆安徽との間の価格約束や年間輸入台数の制限などを受け入れ、対象車種の相殺措置適用免除を決定した。中国政府は当初、欧州委が個別の企業と協議したことを批判したが、その後受け入れに転じる姿勢を示した。

外国補助金規則(FSR)は2023年7月に適用開始され、2024年以降、EUの入札案件における中国企業への調査が相次いだ。欧州委は2026年1月にFSRのガイドラインを新たに発表するなど経済安全保障政策の一環でFSRを「最大限活用」する方針を打ち出した。2026年4月には、ポルトガルの地下鉄入札でFSR適用により車両サプライヤーを中国系からEU企業に変更することを条件化している。これに対し中国司法部は2026年5月、FSRに基づき欧州委が実施した安全検査装置の製造・サービス企業、同方威視への調査について反外国不当域外管轄条例に定める不当な域外管轄措置であると認定、両者の措置の応酬が続いている。

2つの争点から、EUが中国との間で、BEVでみられるように域内産業の要請を踏まえて現実的な対処をしつつ、FSRはじめ経済安全保障並びに競争力均衡の観点で引き続き中国に対し、厳しい姿勢をとるというケースバイケースの対応を維持していることが確認できる。

複雑化する米国および中国との通商関係を踏まえ、欧州委は2026年1月、WTOルールの基本原則である最恵国待遇(MFN)原則の見直しに言及した。マロシュ・シェフチョビッチ通商担当委員はフィナンシャル・タイムズへの寄稿文注1で、「MFNステータスと相互主義との連関について、加盟国の実際の市場開放性、公正な競争と透明性へのコミットメント、そして当該国の世界貿易に占める比重の高まりを考慮した、率直な議論が求められる」と述べた。EUは従来、WTOルールを中心とした通商秩序の擁護者を自認してきた。今回の動きはルールに基づく秩序を基礎としつつ、既存ルールを所与のものとしない姿勢へと、EUの軌道修正を示した象徴的なメッセージだと受け止められる。

「競争力強化」の下、保護主義的傾向を強めるEU

2024年12月に発足した第2次ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長体制下ではEU内の産業競争力強化を最優先課題に、各種政策を打ち出してきた(図表Ⅲ- 12)。2025年1月発表の政策文書「競争力コンパス」を指針に、同2月に第1次体制下の「欧州グリーン・ディール」に基づく気候中立目標を維持しつつも域内産業支援を重視する基本計画「クリーン産業ディール」をはじめとする政策が矢継ぎ早に発表された(2025年版『ジェトロ世界貿易投資報告』113ページ参照)。

2025年下半期以降も、この方針は継続されている。主な政策ではまず同10月、クリーン産業ディールの対外戦略として気候・エネルギーに関するEUグローバルビジョンを発表。EUのクリーン技術への輸出保証支援の、大型旗艦プロジェクトへの資金調達と実施支援など、クリーン技術における中国の優位性に対処すべく、輸出・投資機会を創出する支援策を示した。

2026年3月には欧州委はクリーン産業のEU域内製造を促す産業加速法案(IAA)を提案した。同法案の支援策やEUの公共調達において「域内原産」であることを要件に含める内容となっている。法案は今後、欧州議会とEU理事会(閣僚理事会)で審議される。

2026年5月には欧州理事会にて競争力強化に向けた立法策をまとめた行程表「1つの欧州、1つの市場」に合意した。行程表では5つの柱を示した中でとりわけ、EU単一市場の統合深化を図るものとして、物品・サービス・人・資本の自由移動というEU域内市場の原則の再強化を重視する。

図表Ⅲ-12 2025年以降の産業競争力に関する主なEU政策
政策の通称 発表時期 概要
競争力コンパス 2025年1月 (1)米中とのイノベーション格差の是正、(2)脱炭素化と競争力強化の両立、(3)過剰な域外依存の軽減と安全保障の強化の3領域における規制の簡略化や産業支援を掲げる。
クリーン産業ディール 2025年2月 (1)手頃なエネルギー、(2)クリーン市場の創出、(3)資金調達、(4)循環型経済・重要原材料へのアクセス、(5)グローバル市場とパートナーシップ、(6)人的資本の6つの柱で、技術中立の原則に基づきエネルギー多消費産業とクリーンテックを支援。
気候・エネルギーに関する
EUグローバルヴィジョン
2025年10月 クリーン産業ディールの対外戦略の位置付け。新たに「欧州対外クリーン移行ビジネス評議会」を立ち上げ、パートナー国における投資の優先順位付けや調整を行う。
リソースEU 2025年12月 一次および二次重要原材料の域内生産の拡大と、サプライチェーンの強靭化や多角化を目指す。レアアース磁石、バッテリー原材料、防衛関連原材料のバリューチェーン強化を主な支援対象とする。
産業加速法(案) 2026年3月 鋼材、コンクリート、アルミニウム、ネットゼロ技術、電気自動車を対象に、公共調達や財政支援に「EU域内産」や「低炭素」の一定比率要件を提案。特定分野の外国投資にも一定条件を課す。
行程表
「1つの欧州、1つの市場」
2026年5月 (1)規制の簡素化、(2)単一市場の統合深化、(3)強靭性の高い貿易の推進、(4)エネルギー価格の低減と脱炭素化、(5)デジタル化とAIによる変革を柱に、立法・政策の野心的な行程表を示す。
出所:
欧州委員会、欧州理事会資料から作成

こうした政策から読み取れる方向性として1点目は、中国を念頭に置いた保護主義の強まりである。例えば産業加速法案では「域内原産」の要件を設けた上、EV向け支援の対象をさらに厳格化してEU内生産を後押しする。2点目として、域内市場統合の重視への回帰が挙げられる。EU域内でのビジネス障壁を低減し、内需拡大を図る。いずれの点も、域内保護、囲い込みの色合いが強く、その傾向は後述のとおり、2026年3月以降のエネルギー価格高騰によって加速している。

方向性を共有する国・地域とのFTAを加速

保護主義的政策を強める一方でEUはこの一年、大型FTAを立て続けに合意にこぎつけた(図表Ⅲ- 13)。

EUメルコスール間では交渉開始から25年を経て2026年5月、暫定貿易協定の適用を開始した。同FTAはEUの農業や市民団体、ブラジルの自動車業界の反発やメルコスール内での政策不統一で協議が長期化したが、2023年のブラジルのルーラ大統領就任や、2025年の米国政権交代で、FTA合意の政治的モメンタムが加速した。

図表Ⅲ-13 2025年以降の主なEUのFTA動向
FTA ステータス 時期 特徴
EU・メルコスール 暫定適用 2026年5月 双方の貿易額の9割以上に対する関税を段階的に撤廃。主要な農産品について関税割当数量枠を設け、セーフガード条項を導入。EU側で350件以上、メルコスール側で220件の地理的表示を保護。アニマルウェルフェアなど、EU市場への流通に関する規制が適用される。
EU・インドネシア 交渉妥結 2025年9月 タリフラインベースで双方98%の関税を撤廃、EU側は90.4%を即時撤廃。デジタル貿易章や国有企業章、ビジネス目的による双方の国・地域への一時的な入国許可(専門家の移動円滑化)などに特徴。
EU・インド 交渉妥結 2026年1月 インドはEUに対し輸出額の97.5%(品目ベースで92.1%)、EUはインドに対し同99.5%(97%)において優遇アクセス。鉄鋼について、EUは2026年7月以降のセーフガード後継措置における関税割当でインドをFTA交渉合意国として同国産品を優遇する方針。
EU・オーストラリア 交渉妥結 2026年3月 EUの輸出品に課される関税の99%、オーストラリアの輸出品の98%が無関税となる。オーストラリア産重要原材料の関税引き下げに加え輸入独占や輸入税その他の制限措置が禁止され、投資機会や将来的な共同投資事業の機会確保。オーストラリア産農蓄産物への関税割当を拡大。
EU・メキシコ 現代化協定署名 2026年5月 農産品など関税削減対象品目を拡大、電子商取引ほかサービス貿易に関するルール、腐敗防止やサステナビリティへの配慮、地方政府レベルへの政府調達開放。EUの対外インフラ支援戦略「グローバル・ゲートウェイ」の推進。
出所:
欧州委員会、ジェトロビジネス短信から作成

EUとインドネシアは2025年9月に包括的経済連携協定の交渉妥結を発表した。EU側では重要鉱物の安定的で予測可能な供給に資する意義を重要視した。

EUとインドも2026年1月、FTA交渉の妥結を発表。交渉開始は2007年で、2012年以降事実上停止が続いた後、2022年に再開し、足掛け20年弱での妥結となった。人口と経済規模がともに世界の2割を超える、両者の経済圏として「最大の協定」となる。

EUとオーストラリアも2026年3月、FTA交渉が、安全保障・防衛パートナーシップと併せて妥結したと発表した。交渉は2018年開始の後、2023年にいったん決裂していたが急展開の妥結となり、EUはインドネシア、インドに続くインド太平洋戦略の一環と説明した。

EUメキシコFTAは2000年に発効しており、2016年にサービスやサステナビリティ条項を含む現代化交渉を開始し、両者は2026年5月に新協定に署名した。

いずれの協定においても、地政学的緊張が高まる中で開かれたルールに基づく貿易を実現する成果であるとEUは強調している。米中に対しては保護主義を強める一方、ルールに基づく秩序の維持が可能と判断する相手とは、それを強化する方向性を明確にした。EUにとって輸出ポテンシャルが高い相手国を優先しており、実利をベースにした関係性という側面も大きい。

なお対外関係では、今後、EUの新規加盟交渉の行方も注目される。ウクライナおよびモルドバは2026年6月、ハンガリーが政権交代により従来の反対を撤回し、分野別の交渉を正式に開始した。新規加盟では、比較的先行するモンテネグロをはじめ西バルカン諸国との交渉が長期化している。西バルカン諸国の加盟実現も、今後のウクライナの加盟進展に影響するとみられる。

エネルギー安保を重視し、グリーンからクリーンへ

EUの経済安全保障戦略は2023年6月に打ち出した戦略に基づきつつ、2025年12月にそれを補強する政策リストを発表。外国補助金規則の最大限の活用、アンチダンピングなどの通商防衛措置や対内直接投資審査規則の運用見直し、公共調達指令や半導体法の改正など、あらゆる措置を活用し先手を打つ方針を明確にした。

同方針に基づき、戦略分野のモノやサービスにおける依存関係の削減とサプライチェーン強靱化を図る施策として、重要原材料の安定供給に向けた行動計画「リソースEU」を同年12月に発表。中国依存の低減を念頭に、当面はレアアース磁石、バッテリー原材料、防衛関連原材料のバリューチェーン強化や域内生産能力の拡大を主な支援対象とする。重要原材料バリューチェーンへの投資、備蓄、共同購入の指揮を執る機関として日本のエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を参考に「欧州重要原材料センター」を設置するとした。

中東情勢を踏まえ、EUではエネルギー価格対策という課題があらためて浮き彫りになっている。欧州委は2026年4月、高騰するエネルギー価格に対応する方針「アクセレレートEU」を発表。ジェット燃料など一部を除き、短期的には域内のエネルギーの安定供給に問題は生じていないとし、内容は既存の規制枠組みの活用やその微調整にとどまる。EUとしては、2022年にガス価格高騰から電力価格高騰を招いたエネルギー危機の再現は回避したい意向だ。

一方EUは2025年12月、ロシア産ガスの域内への輸入完全禁止で政治合意した。以前からのロシア産化石エネルギーとの決別方針を一層鮮明にしたかたちだが、目下の情勢を受け、厳しいかじ取りを迫られている。

高騰するエネルギー価格の根本的な解決には、再生可能エネルギー(再エネ)や原子力などのクリーンエネルギーへの移行が不可欠であるとの従来の立場を「アクセレレートEU」でもあらためて強調している。2019~2024年期の第1次フォン・デア・ライエン体制下の欧州グリーン・ディール政策で中核においた「脱炭素」から、原子力を含めたクリーンエネルギー推進によるエネルギー安全保障重視への転換が進む。

競争力重視の文脈では、EUが推進してきたサステナビリティ関連政策、例えば炭素国境調整メカニズム(CBAM)や、企業持続可能性報告指令(CSRD)などの「簡素化」が進む(本章第3節(3)参照)。簡素化の取り組みには対応コストの低減につながるとして一定の評価がある一方で、企業からはEU政策の予見性、信頼性が損なわれ、ビジネスが難しくなっているとの声も上がる。

デジタルルールの軌道修正とアップデート進む

デジタルルールにおいても米中を意識して、既存ツールを活用しつつ、簡素化、見直しの流れがみられる(図表Ⅲ- 14)。2025年11月にはAI規則の実施時期後ろ倒しなどを含む「デジタルオムニバス法案」を発表し、翌年5月に政治合意に達している。

欧州委は2026年6月に技術主権政策パッケージを発表。EUが主要なデジタル製品、サービス、インフラや知的財産の80%以上を域外企業に依存しており、是正を目指すべく、欧州半導体法の改正などを提案した。

図表Ⅲ-14 2025年下半期以降の主なEUデジタル政策
政策の通称 発表時期 概要
デジタルオムニバス・
パッケージ
2025年11月 AI、サイバーセキュリティ、データに関するルールの簡素化を進める規制枠組みの調整を提案。同時に、高リスクAIシステムに関する規則の適用時期を、2027年12月まで最長で16カ月延期する方針を発表。
サイバーセキュリティ法改正(案) 2026年1月 情報通信技術(ICT)サプライチェーン上の脆弱性に対応、サイバーセキュリティ認証枠組みの簡素化と効率性向上、欧州サイバーセキュリティ庁(ENISA)の権限強化など。
デジタル・ネットワーク法:DNA(案) 2026年1月 AIソリューションや量子コンピューティングなどの競争力強化を目的に、域内の通信ネットワークのコネクティビティ向上、光ファイバー網の正義、行政手続きの簡素化など。
デジタル技術主権政策
パッケージ
2026年6月 欧州半導体法改正(Chips Act 2.0)案のほか、クラウド・AI開発法案、オープンソース戦略、エネルギーにおけるデジタル化とAIの戦略的ロードマップ策定からなり、テック主権の確保を図る。
出所:
欧州委員会資料から作成

注記

注1
Maroš Šefčovič “The WTO needs an overhaul”, Financial Times(2026年1月21日付)元の本文に戻る