エネルギー安全保障の確保にむけた世界各国・地域の動向エネルギー安全保障が加速
中東情勢のASEANへの影響(後編)

2026年5月19日

ASEAN各国は、長期的なカーボンニュートラルやネット排出ゼロといった脱炭素目標を掲げている。一方、化石燃料への高い依存度、急速な人口増加と経済成長に伴うエネルギー需要の拡大、加盟国間の発展段階の差といった制約を抱える地域でもある。本稿の問題意識は、こうした前提の下で進められてきたASEANの脱炭素政策が、中東情勢の悪化を受けて、どのような調整を迫られたのかを明らかにする点にある。その分析の前提として、まず中東情勢以前のASEANにおけるエネルギー政策の設計と地域協力の枠組みを概観する。

エネルギー需要増と脱炭素の両立という前提条件

ASEANの総エネルギー供給(2023年)に占める化石燃料の割合は約75%と高く(注1)、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)の比率は1割未満にとどまっている(図1参照)。国別ではインドネシアやベトナム、フィリピンなどで石炭の比率が高く、マレーシアやブルネイ、シンガポールなどで天然ガス・石油への依存が目立つ。一方、ラオスでは水力、ミャンマーやカンボジアではバイオ燃料・廃棄物など非化石資源も一定の役割を担うなど、資源の賦存状況(各国における資源の分布・存在量)や発展段階に応じた違いがある。

また、分野別の温室効果ガス(GHG)排出量では、多くの加盟国で発電部門および産業プロセスが中核を占めている。こうした排出構造は、エネルギー転換の成否が電力と産業部門への対応に左右されることを示している(図2参照)。一方、国ごとの差もみられる。ベトナム、フィリピン、マレーシア、ラオスなどでは電力部門の比率が高いが、シンガポールでは産業プロセスが大きな比重を占める。また、ミャンマーやカンボジアでは農業の割合が高く、インドネシアやブルネイでは燃料開発部門の影響が大きい。排出構造も各国の資源条件や経済構造を反映して多様だ。

図1:ASEANの総エネルギー供給における燃料別構成(単位:%)
ASEANの総エネルギー供給(2023年)に占める化石燃料の割合は約75%と高く、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)の比率は1割未満にとどまっている。各国別ではインドネシアやベトナム、フィリピン等で石炭の比率が高く、マレーシアやブルネイ、シンガポール等で天然ガス・石油への依存が目立つ。一方、ラオスでは水力、ミャンマーやカンボジアではバイオ燃料・廃棄物など非化石資源も一定の役割を担うなど、資源の賦存状況や発展段階に応じた違いがある。

出所:IEA:Energy Statistics Data Browser(2023年時点)からジェトロ作成

図2:ASEAN各国のGHG排出源構成比(2024年)
分野別の温室効果ガス(GHG)排出量では、多くの加盟国で発電部門および産業プロセスが中核を占めている。こうした排出構造は、エネルギー転換の成否が電力と産業部門への対応に左右されること示している。一方、国ごとの差もみられる。ベトナム、フィリピン、マレーシア、ラオス等では電力部門の比率が高いが、シンガポールでは産業プロセスが大きな比重を占める。また、ミャンマーやカンボジアでは農業の割合が高く、インドネシアやブルネイでは燃料開発部門の影響が大きい。排出構造も各国の資源条件や経済構造を反映して多様である。

出所: ” Emissions Database for Global Atmospheric Research” 2024 report by European Commissionからジェトロ作成

ASEANの脱炭素を難しくしている大きな要因は、エネルギー需要そのものの拡大だ。ASEAN傘下の国際機関である「ASEANエネルギーセンター(ACE)」によれば、人口増加や都市化、工業化を背景に、同地域では今後も電力・エネルギー需要の増加が見込まれている。排出削減を進める一方で、増大する需要にも対応する必要があり、脱炭素化はエネルギー供給能力の拡充と切り離せない課題となっている。

中東情勢以前のASEANの脱炭素政策と成長戦略

こうした制約の下、ASEAN各国は、「国家による貢献(NDC)」やカーボンニュートラル目標を掲げ、再エネ導入ロードマップ策定、電気自動車(EV)の普及、バイオ燃料(B30/B35)の混合などを段階的に進めてきた。これらは、各国の資源条件や産業構造を踏まえた、現実的な脱炭素政策だ。

同時に、脱炭素を経済成長や投資機会と結び付ける理念も共有されてきた。例えばタイでは、2021年に「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」を国家戦略に位置付け、グリーン投資を通じた産業育成を目指している。ASEANの脱炭素は、当初から経済成長を伴う転換を志向していたといえる。

地域統合の下で進むエネルギー協力:APAEC

各国の取り組みに加え、ASEAN統合に向けた地域全体のエネルギー協力枠組みとして、「ASEANエネルギー協力行動計画(APAEC)」がある。2025年10月の第43回ASEANエネルギー大臣会合では、「APAECフェーズII(2021–2025)」の進捗と成果が共有された。例えば、表1の「1.ASEANパワーグリッド構想(APG)」のとおり、同会合では、APGが越境電力取引や国家間の再エネ融通を支える中核インフラとして位置付けられた。ラオス・タイ・マレーシア・シンガポール電力統合プロジェクト(LTMS–PIP)など、多国間の優先接続プロジェクトの進展が評価され、海底送電ケーブル開発に関する枠組みの基本方針(ToR)も承認された。また、「2.トランスASEANガスパイプライン(TAGP)構想」では、石油・ガス供給の途絶に備える「石油安全保障枠組み協定(APSA)」が更新され、エネルギー安全保障が地域共通の重要課題であることがあらためて確認された。

表1:APAECフェーズII(2021–2025)における主要な成果と進捗
No 内容
1 ASEANパワーグリッド(APG)構想
  • 優先接続プロジェクト18件中9件を完了し、総計約10.2GWの送電容量を見込む
  • APG強化覚書(MoU)の署名
  • ASEAN海底電力ケーブル開発枠組みの基本方針(ToR)の承認
  • APG資金調達イニシアティブ(APGF)の承認
  • ASEAN相互接続マスタープラン研究(AIMS)IIIフェーズ3における3つの作業パッケージの完了
2 トランスASEANガスパイプライン(TAGP)構想
  • 13の二国間パイプラインから成る合計3,631キロメートルのパイプラインを整備し、6つのASEAN加盟国(AMS)を接続
  • 7カ国にまたがる計14カ所のガスターミナルで、合計58.76百万トン/年の再ガス化能力を開発
  • ASEAN石油安全保障協定(APSA)を更新
3 石炭およびクリーンコール技術(CCT)の活用
  • 29.7GWのクリーンコール技術(CCT)設置容量を展開
  • ASEANメタンエネルギー高級政策対話を開催 
  • 国際的な協力強化による石炭火力の脱炭素化推進
4 エネルギー効率化・省エネルギー化(EE&C)
  • 2005年比で2023年にエネルギー強度を25.5%削減し、2025年までに32%削減を見込む
  • ASEANエネルギー効率データベースと建築投資プラットフォームの立ち上げ
5 再生可能エネルギー(RE)
  • 2023年に総一次エネルギー供給(TPES)における再エネ比率14%、電力設置容量における再エネ比率33.5%を達成
  • ASEAN地域再生可能エネルギー証書(REC)枠組みの開発
  • ASEAN再生可能エネルギー長期ロードマップ(RE-LTRM)を施行  開始
6 地域エネルギー政策および計画(REPP)
  • 2022年に「第7次 ASEANエネルギー展望(AEO7)」、2024年に「第8次 ASEANエネルギー展望(AEO8)」を発表
  • 2024年および2025年にASEANエネルギー投資報告書を発行
  • 開発パートナー/国際機関との協力、資金調達・ジェンダーなど横断的課題に関する対話プラットフォーム設置、ASEANエネルギーデータベースシステム(AEDS)更新を通じて、地域のエネルギー政策および計画を強化
7 民生用原子力エネルギー(CNE)
  • 原子力安全に関する加盟国の能力強化
  • 国際的ベストプラクティスとの連携強化
  • ASEAN原子力エネルギーポータルを開設し、ASEAN原子力発電所(NPP)開発枠組みを開始

出所:ASEANエネルギーセンター(ACE)「ASEAN Energy Outlook 2026」および第43回ASEANエネルギー大臣会合声明からジェトロ作成

さらに、同会合では、前述の進捗と成果の評価に加えて、次期「APAEC 2026–2030」に向け、新たな目標が設定された。具体的には、2030年までに総一次エネルギー供給(TPES)(注2)に占める再エネ比率を30%、電源設置容量に占める再エネ比率を45%とすること、またエネルギー強度(注3)を40%削減(2005年比)するとされた。ただ、現時点での進捗は限定的であり、技術革新や投資拡大、地域協力の一層の強化が不可欠だ。

また、ACEは、最も意欲的な「カーボン・ニュートラリティ・シナリオ(CNS)」においても、2050年時点のASEAN全体のエネルギー消費量は、2025年の約1.4倍に増加し、その約3割を天然ガスを中心とする化石燃料が占めると見込む(図3参照)。地熱や太陽光などの再エネ比率は7割弱まで拡大する想定だが、化石燃料の利用は引き続き残る見通しだ。そのため、ASEANの脱炭素は、省エネ・再エネの最大化に加え、炭素回収・利用・貯留(CCUS)の活用を前提としたものになるといえよう。さらに、ベースラインシナリオ(BAS)を除く全シナリオ(注4)で、2035年以降の原子力活用が想定されるが、社会的受容性や制度整備など課題は大きい。

図3:ASEANのエネルギー供給量の推移(Mtoe、燃料別)
最も意欲的な「カーボン・ニュートラリティ・シナリオ(CNS)」においても、2050年時点のASEAN全体のエネルギー消費量は、2025年の約1.4倍に増加し、その約3割を天然ガスを中心とする化石燃料が占めると見込む。地熱や太陽光などの再エネ比率は7割弱まで拡大する想定だが、化石燃料の利用は引き続き残る見通しである。そのため、ASEANの脱炭素は、省エネ・再エネの最大化に加え、炭素回収・利用・貯留(CCUS)の活用を前提としたものになると言えよう。さらに、ベースラインシナリオ(BAS)を除く全シナリオで、2035年以降の原子力活用が想定されるが、社会的受容性や制度整備など課題は大きい。

注:総一次エネルギー供給量(TPES)で計算。ASEANがカーボンニュートラルに向けて取り組んだ場合のシナリオ(CNS)に基づく。
出所:ACE「8th ASEAN Energy Outlook」からジェトロ作成

このように、ASEANのエネルギー移行政策は、再エネ拡大やエネルギー効率化を軸としつつ、化石燃料の一定程度の利用継続や域内連携を前提とした現実的な設計であった。越境送電や燃料多様化、省エネ推進には、脱炭素と同時にエネルギー供給の安定性を高める意図も持っていた。その中で、中東情勢の悪化は、こうした枠組みが、地政学的リスクの高まりの下でどのように機能するかを検証する機会となった。

中東情勢を受けた短期的な危機対応

中東情勢の緊迫化により、原油・LNG価格の急騰や海上輸送リスクの高まりが生じ、エネルギー輸入依存度の高いASEAN各国は直接的な影響を受けた。各国政府は、供給維持と価格上昇の抑制を最優先とする対応を進めた。燃料補助金の拡充や価格凍結、物品税・関税の減免、備蓄の放出・積み増しといった措置が広く採用された。フィリピンでは国家エネルギー非常事態が宣言され(3月24日、大統領署名)、燃料価格抑制策や追加備蓄の確保が進められた。タイ、マレーシア、インドネシアでも、補助金付き価格の据え置きや財政出動の拡大が実施された。併せて、在宅勤務の導入や省エネ義務化など、需要抑制を通じた需給調整も講じられ、短期的な危機即応策として機能した(2026年5月11日付地域・分析レポート「中東情勢のASEANへの影響(中編)企業はコスト高と供給網リスクに直面」参照)。

既存エネルギー転換政策を前倒し

他方、中期的な対応としては、危機対応の一環として、既存のエネルギー移行政策を「前倒し」し、エネルギー安全保障対策として再定義する動きが顕在化した。化石燃料や石油化学原料の供給途絶、価格急騰が同時に発生したことで、これらの高い輸入依存が、経済安全保障上のリスクとしてあらためて認識されたためである。

例えば、現地報道によれば、インドネシアでは、パーム油由来バイオディーゼルの混合比率をB50まで引き上げ、7月から軽油輸入を停止する方針が打ち出された。これは脱炭素という長期目標に加え、燃料供給確保を目的とした危機対応策としても位置付けられている。さらに、バイオエタノール混合ガソリン(E10)の生産設備建設も計画し、輸送燃料全体で輸入代替を進める動きがみられる。

タイでも、燃料価格高騰と供給不足への対応として、パーム油由来のバイオディーゼル(B10、B20)や、エタノール混合ガソリン(E20)の利用拡大が進められている。政府は価格差を設けることで、利用転換を促し、エネルギー自給率の向上と価格安定の両立を図っている。これは、燃料不足への対応であると同時に、従来のバイオ燃料政策を安全保障文脈へと転換する試みともいえる。

また、ラオスでは、化石燃料の殆どを輸入に依存していることやガソリン価格の急騰を背景に、EV普及と省エネルギーを危機対応の柱に位置付け、省庁横断で公用車のEV化や燃料車抑制策を進める方針が示された。

さらに、フィリピンでは、「国家エネルギー非常事態宣言」の下、省エネ促進を強化する他、「EVインセンティブ戦略プログラム(EVIS)」を中核としつつ、EVの国内生産を促進する意向も表明している(2026年5月11日付ビジネス短信参照)。マレーシアでは、パーム油由来のバイオ燃料を含む代替エネルギー政策の重要性が再確認されている。

表2:中東情勢を受けた既存エネルギー転換政策の前倒し事例
国名 前倒し・加速された政策 直接の動機 中東情勢との関係
カンボジア EVや再エネ関連機器の関税を4月1日から撤廃/大幅引き下げ 燃料依存低減・物価対策 燃料価格高騰
インドネシア B40普及に加え、B50の導入と、軽油の輸入停止方針の表明(7月1日予定) 化石燃料依存低減・エネルギー自給強化 原油高・供給不安
ラオス EV普及加速に向けた首相令(3月13日発出) 化石燃料輸入依存 ガソリン急騰・供給不安
マレーシア バイオディーゼル
混合率の引き上げ(B10→B15 )、再エネへの移行促進
燃料供給安定・輸入依存低減 原油高・供給リスク対応
フィリピン 省エネ対策の強化やEV支援への転換加速 燃料価格高騰への対応 エネルギー非常事態宣言
タイ B10/B20、E20優遇 価格安定・供給確保 原油高・需要増
ベトナム E10等の代替燃料利用拡大、エネルギー源の多様化 輸入化石燃料依存低減、供給確保 供給不安・価格高騰への対応

出所:ジェトロ海外事務所による情報収集および各種報道等に基づく(2026年3~4月時点)

これらの事例に共通するのは、バイオ燃料やEVといった既存の脱炭素政策が、単なる温暖化対策ではなく、燃料輸入依存の低減、産業・物流の継続性確保を目的とするエネルギー安全保障政策として再定義され、実行が前倒しされている点である。

AZEC 2.0に重なる安全保障路線

もっとも、ASEANの化石燃料依存は直ちに解消されるわけではない。各国では、調達先の多角化や国営企業による供給管理、域内融通、外交交渉を通じた供給確保が並行して進められている。その結果、資源条件や財政余力の違いにより、各国の対応には幅が生じている。

こうした対応は、エネルギー転換を危機対応と一体的に進めるASEANの姿勢を示しているといえよう。すなわち、エネルギー安全保障を基軸に、供給安定、価格耐性、需要管理を優先しつつ、実行可能な分野から段階的に脱化石燃料を進める現実的なアプローチである。この方向性は、日本が主導するアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)とも軌を一にする。中東情勢の悪化を受け、4月15日に開催された「エネルギー強靱(きょうじん)化に関するAZEC+オンライン首脳会合」では、従来の脱炭素やエネルギートランジションに加え、供給網や資源確保を含む「強靱化」の視点が組み込まれ、AZECを「AZEC 2.0」へ発展させる方向性が確認された。新たに打ち出された「アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ(パワー・アジア)」では、原油・石油製品の調達支援、備蓄制度やインフラ整備、重要鉱物の確保、省エネ促進などを通じ、エネルギー安全保障と脱炭素を同時に支えることが目指されている。

総じて、人口増加とエネルギー需要拡大が見込まれるASEANでは、エネルギー安全保障は中東情勢以前から現実的かつ地域全体の重要アジェンダであった。今回の中東情勢はその重要性を一層顕在化させ、エネルギーとサプライチェーンの強靭化をより重視する方向へと政策の重心を押し上げた。一方で、実行可能な分野ではエネルギー移行が前倒しされ、脱炭素とエネルギー安全保障を一体的に推進するASEAN独自のエネルギー転換が、地政学リスクを前提としたかたちで進行しているといえよう。


注1:
本データでは、化石燃料は、「石炭および石炭製品」「天然ガス」「石油および石油製品」を指す。 本文に戻る
注2:
総一次エネルギー供給(TPES)は、1国の1年間の総エネルギー供給量を表す。類似の指標に、最終エネルギー消費量(TFEC)があるが、これは産業ごとの最終段階のエネルギー消費量で、発電用のエネルギーなどが含まれない。 本文に戻る
注3:
エネルギー強度は、一定の経済活動を行うために必要なエネルギー消費量の割合を示し、エネルギー効率を示す指標としても使われる。 本文に戻る
注4:
ACEの未来シナリオは、(1)脱炭素に取り組まず、今のエネルギー利用を継続した場合のベースラインシナリオ(BAS)、(2)各国の脱炭素目標を実現した場合のATSシナリオ、(3)地域の脱炭素目標を実現した場合のRASシナリオ、そして(4)カーボンニュートラル実現を想定したCNSシナリオの4パターンで試算されている。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。