勢い増すアジアのスタートアップ・エコシステム最前線南部が熱い、インドのEモビリティエコシステムに迫る

2024年3月4日

インド政府は、2021年11月に、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)において、インドとして初めてネットゼロ[温室効果ガス(GHG)純排出ゼロ]の達成時期を宣言した。具体的には、2070年までにネットゼロを目指す(2021年11月5日付ビジネス短信参照)。達成に向けては、化石燃料の削減や再生可能エネルギーへの転換に取り組むほか、自動車をはじめとするモビリティ分野での電動化を加速させる方針を示した。インド各地において大気汚染が深刻化し、改善が急務であることも電動化を推し進める理由だろう。中央政府に加えて、各州政府もそれぞれの方針の下で支援策を発表しており、二輪車および自動三輪車(以下、三輪車)も含めた電気自動車(EV)は生産、販売ともに高い伸び率を示す。特に、二輪車、バッテリー、充電インフラなどの分野では、スタートアップ企業の貢献が目覚ましいのも特徴的だ。

インドの中でも発達したスタートアップエコシステムを有するベンガルールにおいて、Eモビリティに特化して支援を行う民間団体がミセリオ・モビリティ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Micelio Mobility、以下ミセリオ)だ。ミセリオのようなエコシステム・イネーブラー(注1)がインドのEモビリティエコシステム全体のイノベーションと企業間のコラボレーションを加速させているという。ミセリオへのインタビュー結果などに基づき、インドにおけるEモビリティエコシステムの現状を報告する(インタビュー日:2023年12月18日)。

インドのEV市場について

はじめに、インドにおけるEV市場の現状を整理したい。インド自動車工業会(SIAM)によると、インドの新車販売台数(四輪車等:乗用車および商用車の合計)は2022年に478万5,472台に達し、日本(同420万台)を抜いて、中国、米国に次ぐ世界第3位の自動車市場となった。

インドの電気自動車生産者協会(SMEV)から確認できる2022年の電気自動車(EV、四輪車等のみ)の販売台数(注2)は、4万716台。四輪車等の全販売台数(478万台)のわずか約1%にとどまる。インドでは、二輪車の新車販売台数が四輪車等の約3倍にのぼる。また、タクシーや配送などの商業部門での利用は三輪車も多い。二輪車および三輪車に絞ると、2022年の販売台数はそれぞれ1,560万7,991台、41万8,341台。対して、EV二輪車および三輪車の販売台数は63万3,845台、35万129台で、全販売台数に占める割合は4.1%、83.7%と、四輪車等よりもEVの普及が進んでいると言える(二輪車と三輪車を合わせると、EVの割合は6.1%)。

二輪車、三輪車、四輪車等(商用車を含む)を合計したEVの販売台数は2022年に初めて100万台を超え、前年比3.1倍と大幅に増加した(2023年2月7日付ビジネス短信参照)。2023年も勢いは衰えず、9月時点で累計100万台を達成(2023年10月27日付ビジネス短信参照)、通年(1~12月)では152万6,384台と過去最大を更新した(図1参照)。2018年(12万9,985台)と比較すると、約12倍の伸びとなった。個人購入が増えたほか、中央政府による生産側および購入時における補助金支給、充電インフラの拡充などが要因とされる。

インド政府は、2030年までに自家用車の30%、商用車の70%、バスの40%、二輪車および三輪車の80%のEV普及率を達成する野心的な目標を掲げている(注3)。国際エネルギー機関(IEA)の「2023年世界EV見通し(Global EV Outlook 2023)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2030年のインドにおける二輪車および三輪車を含むEV シェアは、STEPS(現行政策シナリオ)では約40%(二輪車、三輪車を除くと14%)、APS(政策達成シナリオ)では50%超(二輪車、三輪車を除くと30%)となる。IEA見通しは政府目標をやや下回るものの、今後大きな成長が予測される市場だ。

図1:インドにおけるEV販売台数の推移(2018~2023年)
2018年が二輪車が1.7万台、三輪車が11万台、バスを含む四輪車等が0.3万台。2019年は二輪車が3万台、三輪車が13.3万台、四輪車等が0.2万台。2020年は、二輪車が2.9万台、三輪車が9万台、四輪車等が0.5万台。2021年は二輪車が15.6万台、三輪車が14.7万台、四輪車等が1.5万台。2022年は二輪車が63.4万台、三輪車が35万台、四輪車等が4.1万台。2023年は85.7万台、三輪車が58.2万台、四輪車等が8.7万台。

注1:テランガナ州は含まれない。
注2:各年は1~12月までの累計。
注3:インド道路交通・高速道路省の統計サイト(VAHAN)からSMEVが集計。2024年1月8日時点。
出所:電気自動車生産者協会(SMEV)

インド南部で盛り上がるEモビリティエコシステム

インド商工省傘下の投資誘致機関であるインベスト・インディアによると、インドにおける自動車産業(二輪車、三輪車を含む)は、北部から南部にかけて4つの主な集積地がある(インベスト・インディアウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。ミセリオは、「自動車産業は北部にも集積しているが、Eモビリティ(注4)の分野では南部がハブ」と分析する。その理由として、1つ目にインドの州の中でいち早くEV政策を策定し、EV振興の素地があること、2つ目にEモビリティ分野のスタートアップが集中していることを挙げる。

1. インドにおけるEV政策

インドのEV政策は、中央政府の政策に加えて、各州政府が策定する政策がある。中央政府による主要政策には、2015年に重工業・公営企業省傘下の重工業局(Department of Heavy Industries)が発表した「EV生産早期普及策(FAME)」がある。2019年4月からは第2期(FAMEⅡ)を展開し、EV購入者に対する補助金給付、充電ステーション拡充や公共バスの電動化支援を行う。また、生産側への支援では、EVや燃料電池車(FCEV)の生産工場の新設・拡張に対して、生産連動型優遇策(PLI)の枠組みにより補助金を給付している。

対して、州政府では15州でEV関連政策が導入されている(注5)。ベンガルールを州都とするカルナタカ州では、2017年に15州の中でも最も早くEV政策を発表した。2030年までにオートリキシャ(自動三輪タクシー)、配車サービス用車両、社用車(Corporate fleets)、スクールバスの100%EV化などを目標に掲げる(カルナタカ州資料参照)(24.8MB)。支援策では、購入よりも生産への支援に力を入れており、EVを生産する企業向けの補助金や州物品・サービス税(SGST)の100%還付や充電インフラ設備導入に対する補助金などのインセンティブを提供している。他の州では、アンドラ・プラデシュ州(2018年)、タミル・ナドゥ州、ケララ州(2019年)などの南部の州も、比較的早い時期にEV政策を発表している。

2. Eモビリティ分野のスタートアップ集積

米国のスタートアップデータベースのCrunchbaseによると、インドに本社を置くEV関連のスタートアップは456社だった(注6)。うち、ベンガル―ルに本社を置く企業は87社と、都市別では最も多い(表1参照)。

表1:インドに本社を置くEV関連スタートアップ企業数(都市別、上位10都市)(単位:社)
都市名(州または連邦直轄領名) 社数
ベンガルール(カルナタカ州) 87
ハイデラバード(テランガナ州) 35
プネ(マハラシュトラ州) 35
ニューデリー(デリー首都圏) 28
ムンバイ(マハラシュトラ州) 28
グルガオン(ハリヤナ州) 22
チェンナイ(タミル・ナドゥ州) 20
アーメダバード(グジャラート州) 17
ノイダ(ウッタル・プラデシュ州) 14
デリー(デリー首都圏) 12

注:EV関連企業数のカウント方法は、本文(注6)を参照。
出所:Crunchbaseからジェトロ作成(2024年1月5日閲覧時点)

地域別にみても、約4割の187社が南部(注7)に所在する。次いで北部(注8)に133社(約3割)、西部(注9)に117社(約25%)の順に多い。東部は全体の4.2%と少なく、西ベンガル州に11社と最も多く所在する(図2参照)。

図2:インドに本社を置くEV関連スタートアップ企業の所在地別割合
インドに本社を置くEV関連企業は456社。地域別の割合は、南部41.0%、北部29.2%、西部が25.7%、東部4.2%。割合が高い南部、北部、西部のうち主要州・連邦直轄領別の割合をみると、南部で割合が高い順にカルナタカ州19.7%、タミル・ナドゥ州8.1%、テランガナ州7.7%、南部のその他5.5%。北部で割合が高い順にデリー首都圏9.2%、ハリヤナ州7.9%、北部のその他12.1%。西部で割合が高い順にマハラシュトラ州17.3%、グジャラート州7.7%、ゴア州0.7%。

注:表1に同じ。
出所:表1に同じ

インベスト・インディアによると、EVの中でも、二輪車市場は今後急速にEVに移行するとしており、2025年までに現在の約7倍程度の450万台から500万台(インベスト・インディアウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、2030年までには900万台に達する見通しを示している。また、ミセリオが2022年11月に発表したEモビリティに関する報告書(注10)では、2021年にインドで販売されたEV二輪車の65%はスタートアップによって生産されたという。また、2022年のEV二輪車の登録台数トップ5のメーカーのうち、オラ・エレクトリック・モビリティー(シェア17.4%)、オキナワ・オートテック・インターナショナル(同16.2%)、エイサー・エナジー(同8.2%)の3社がスタートアップで、3社を合わせたシェアは約6割にのぼる。うち、オラ・エレクトリック・モビリティーとエイサー・エナジーはベンガルールに本社を構えている。

カルナタカ州(州都:ベンガルール)、タミル・ナドゥ州(州都:チェンナイ)における自動車集積という土台と、ベンガルールを中心としたスタートアップ集積という2つの特徴を掛け合わせると、Eモビリティ分野のスタートアップハブという観点からはインド南部は優勢といえる。特に、南部におけるEモビリティ分野のエコシステムの利点について、ミセリオの戦略的パートナーシップ・組織開発部門長のマーティン・デイビッド氏は「新しいもの好きな土地柄で、スタートアップがパイロットプロジェクトを始めやすい」と分析する。また、「チェンナイにはインド工科大学マドラス校発のモビリティ系スタートアップが集積し始めている」と言い、大学を中心としたエコシステムが特徴のようだ。

ミセリオによる支援

ミセリオはシュレヤス・シブラル氏が2018年にベンガルールに設立したスタートアップなどの支援団体で、インドのEモビリティエコシステム全体のイノベーションとコラボレーションを加速させることを目的としている。スタートアップ、エンジニア、研究者、NGO、政策立案者まで幅広いステークホルダーと協働し、資本、知識、コミュニティ、エンジニアリングを中心としたさまざまな課題に取り組むことに重点を置いている。


ミセリオ・モビリティ創設者のシュレヤス・シブラル氏(ミセリオ提供)

ミセリオファンドは、Eモビリティ技術の成長を支援するために立ち上げられた2,000ドルのシードファンドだ。特に、プレシードからシリーズAを対象としている。インドにおいてEモビリティ分野に特化した数少ないファンドの1つだという。2023年12月時点で、8社のインドのEモビリティスタートアップを支援している(表2参照)。

投資先は、最先端のモビリティ技術開発を行うスタートアップやインドでのEV普及に不可欠な関連技術、バッテリー開発、充電インフラを持つスタートアップが含まれる。中でも、ePLANE、newtrace、SHERU、oorja.energyの技術はインドでの市場投入には時期尚早であるため、まずは海外市場をターゲットとしているという。

表2:ミセリオファンドのポートフォリオ(2023年12月現在)(-は値なし)
企業名 本社所在地 設立年 ステージ 調達資金総額 事業内容
Cell Propulsion ベンガルール 2016年 420万ドル 商用車の電動化開発
THE ePLANE CO. チェンナイ 2017年 シード 600万ドル 空飛ぶEVタクシー開発
RACEnergy ハイデラバード 2018年 シード 700万ドル バッテリースワッピング技術
SHERU デリー 2019年 シード エネルギーストレージクラウド開発
ElectricPe ベンガルール 2021年 シード 920万ドル EV充電プラットフォームシステム
newtrace ベンガルール 2021年 シード 5億4,400万ルピー グリーン水素量産向け電解槽開発
e-TRNL ENERGY ムンバイ 2021年 シード 7,500万ルピー 先端バッテリー開発
oorja.energy ベンガルール 2022年 シード 150万ドル バッテリーデザイン

注1:設立年順に掲載。
注2:調達資金総額は2024年1月5日閲覧時点。
出所:ミセリオ・モビリティウェブサイト、各社ウェブサイト、Crunchbaseから作成

ミセリオは、Eモビリティ分野でのコミュニティの連携強化にも注力しており、世界からEモビリティ分野の関係者を招き、毎年「グローバル・クリーンモビリティ・サミット(Global Clean Mobility Summit)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を開催している。2023年11月に開催したサミットでは、初めて「モビリティ・アワード」を実施し、外国スタートアップ賞を含む6部門に43社がノミネートされた。審査員には、インドの大手IT企業インフォシスの共同創業者(ベンチャーキャピタル代表を務める)、インド自動車調査協会(ARAI)、グーグルクラウドAPAC、フラウンホーファー・インディア、インド最大の民間インキュベーターであるナーセル(NSRCEL)など、Eモビリティを巡るエコシステムの中でも特に著名なステークホルダーが名を連ねた。

ミセリオによると、本アワードの最大のメリットは、「スタートアップにとって重要となるエコシステムのキーパーソンである審査員とのコネクションやメンタリング、世界のEモビリティ関係者への知名度が得られるなどのソフトサポートが受けられる点」だという。

ミセリオは、このほかにもEモビリティ製品の試験・検証施設であるミセリオ・ディスカバリー・スタジオ(Micelio Discovery Studio)を有しているほか、ARAIと協働でデジタルツインラボの運用している。また、社内シンクタンクであるミセリオパルス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Micelio Pulse)において、Eモビリティ普及のためのワークショップや調査を実施し、Eモビリティ分野のスタートアップエコシステムを支えている。

産学連携やオープンイノベーションにも期待

人口が世界1位となり、今後も成長する巨大なマーケットを見据え、大手企業もスタートアップの育成や協業を進めている。インドにおける自動車シェア1位のマルチ・スズキは、2019年からスタートアップのアクセラレーションプログラムを開始している。2020年8月からはベンガルールにおいて、モビリティ分野のスタートアップを対象とした6カ月のインキュベーションプログラムをナーセルと提携して実施している(2020年12月2日付地域・分析レポート参照)。インド最大の財閥であるタタ・グループでは、タタ・モーターズが2021年から、EVによるライドシェアサービスおよび充電ステーションを展開するスタートアップのブルースマート・モビリティ(BluSmart Mobility)と提携し、EVの供給を開始した(注11)。また、同じくタタ・スチールは2023年1月に、インド工科大学(IIT)マドラス・リサーチ・パーク内に、モビリティ分野に特化したイノベーションセンターを設置し、先進技術の提供支援により、モビリティ分野の産学連携の促進を目指すと発表している(注12)。

政府目標の2030年まで約7年。達成に向けては、さらなる技術革新やインフラ整備に加え、最先端技術やこれまでにないビジネスモデルを持つスタートアップの貢献は不可欠だろう。今後もインド南部を中心としたEモビリティ分野のスタートアップシーンに注目だ。


注1:
イネーブラー(Enabler)とは、成功と目的達成を可能にする人や組織、手段のことを指す。
注2:
SMEVは、自動車の登録を管轄するインド道路交通・高速道路省の統計サイト(VAHAN)のデータを基に集計。なお、販売台数はテランガナ州が含まれない。
注3:
インベスト・インディア(2023年9月9日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注4:
「クリーンモビリティ」と表現される場合もある。
注5:
e-AMRITウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照(2024年1月10日閲覧)。
注6:
本レポートにおける検索条件は、(1)インド国内に本社を置く企業、(2)操業15年以内、(3)操業中および営利企業、(4)IPOおよびM&Aでエグジットした企業を除く(原則シード、アーリーステージ、レイトステージ、プライベートエクイティ)、(5)産業分類がEV、充電インフラのいずれかに該当し、そのほかの産業分類であっても事業内容にEVやEモビリティといった内容が認められる企業、(6)従業員数1,000人以下(例外2社あり)。
注7:
本データで含まれる州は、カルナタカ州、タミル・ナドゥ州、テランガナ州、ケララ州、アンドラ・プラデシュ州、ポンディシェリ。
注8:
本データで含まれる州は、デリー首都圏、ハリヤナ州、ウッタル・プラデシュ州、ラジャスタン州、マディヤ・プラデシュ州、チャッティスガル州、パンジャ州、ヒマチャル・プラデシュ州、ウッタラカンド州、チャンディガル。
注9:
本データで含まれる州は、マハラシュトラ州、グジャラート州、ゴア州。
注10:
Eモビリティの促進(Catalysing E-mobility)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2022年11月発行)Micelio Mobility、 NSRCEL、RMIインディア。
注11:
2021年10月29日付2022年6月6日付タタ・モーターズプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注12:
2023年1月16日付タタ・スチールプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。