マルチ・スズキ、ベンガルールでインキュベーション(インド)
モビリティー分野のスタートアップを育成・協業へ

2020年12月2日

インドの自動車市場で圧倒的なシェアを誇るマルチ・スズキ。同社は8月に南部のベンガルールでモビリティー分野のスタートアップを対象としたインキュベーションを行うことを発表し、9月末日に応募を締め切った。インドで大規模なインキュベーションプログラムを実施するのは、日系企業として同社が初だ。

同社プログラム担当の和久田典隆氏へのインタビューを通じ、ベンガルールにおける企業のインキュベーションやアクセラレーションプログラムの活用について紹介する。

スタートアップとの直接的な協業創出を目指す

質問:
インキュベーションプログラムの概要は。
答え:
このプログラムは、インド経営大学院バンガロール校(IIMB)のインキュベーション施設NSRCELと連携して実施するものだ。2002年に設置されたNSRCELは、インド国内でも有数のインキュベーションの歴史を誇る。本プログラムの開始に当たり、インド国内の複数カ所のインキュベーション施設を訪問して比較した。その結果、育成したスタートアップの数やインキュベーションの質などで、NSRCELは抜きんでていた。また、産学連携にも積極的だったことも連携の決め手となった。
インド北部を基盤とする当社にとって、NSRCELと提携することで、インド南部のベンガルールのスタートアップ・エコシステムとより深い接点を持てることも非常に意味がある。

IIMBキャンパス内に位置するNSRCEL(ジェトロ撮影)
質問:
このプログラムが目指すスタートアップとの連携とは。
答え:
当プログラムでは、NSRCELが持つインキュベーションのノウハウを活用し、まず3カ月間を「プレ・インキュベーション期間」として、参加者はアイデアを基にどのように起業するかを学ぶ。その後、ピッチコンテストを行い、スタートアップとしてのインキュベーションを行う企業を絞り込む。対象企業を、6カ月間かけて育成する。
この6カ月間でPoC(Proof Of Concept:概念実証)ができたスタートアップと直接協業できることを期待している。今後、この9カ月のプログラムを毎年1回実施していく計画だ。

インキュベーションとアクセラレーションで異なる利点

質問:
そのほかに実施しているプログラムは。
答え:
今回のインキュベーションプログラムとは別に、2019年からスタートアップのアクセラレーションプログラム「Mobility and Automobile Innovation Lab (MAIL)」を開始した。この枠組みで、年2回のスタートアップのアクセラレーションも行っている。
インドでは、新型コロナウイルス感染拡大によって、2020年3月から外出禁止を伴う厳しいロックダウンが実施された。しかし、アクセラレーションプログラムはオンラインミーテイングを活用しながら継続している。2020年初頭から始まった3期目のプログラムは、予定よりやや遅れて5月に終了した。これまで採択したスタートアップはいずれも優秀な成果を上げている。現在、4期目となる参加スタートアップを選定しているところだ。

MAILプログラムの成果発表会の様子(ジェトロ撮影)
質問:
MAILプログラムとインキュベーションプログラムの違いは。
答え:
両者には異なる利点がある。 アクセラレーションプログラムの場合、対象のスタートアップは既に確立した自社技術を有している。早期の協業開始を見込むことができることになる。しかし、事業部のニーズとスタートアップの持つ技術がうまくマッチングしない場合がある。
一方、インキュベーションでは、スタートアップとしての立ち上げ時点、技術やビジネスの方向性の企画段階から関与できる。このため、スタートアップとして形になるまで育成する必要が生じる。反面で、協業を進めやすい場合がある。
そのため、インキュベーションとアクセラレーションの各プログラムを併存させる方針だ。

早期の囲い込みに有効な自社プログラムの実施

協業先候補となるスタートアップとの接点を持つ場として、ベンガルールでは、(1)インキュベーター・アクセラレーターからの紹介、(2)展示会・ピッチイベントでの接触、(3)コンサルタントからの紹介、(4)ハッカソンなどイベント開催による募集、といったかたちをとることが多い。いずれも有力な方法と認識されている。

しかし、いまや世界的な技術トレンドの人工知能(AI)や機械学習を活用した認識技術、ビッグデータ解析などについては、世界が求める技術を有する有望なスタートアップと少しでも早く接点を持つことも重要だ。その方法として、自らインキュベーション、アクセラレーションプログラムを実施するグローバル企業が増加している。

ベンガルールだけを見ても、GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト)、シスコやSAPといったグローバルIT企業で取り組み事例がある。それだけでなく、エアバス、アクセンチュア、ソシエテジェネラル、フィリップス、GEといった企業が自社のR&Dに加え、スタートアップとの協業を狙い、インキュベーションやアクセラレーションのプログラムを展開。多彩なインセンティブを提示して、スタートアップを募っている(下表参照)。いずれの企業も、自社プログラムに採用したスタートアップと自社との協業効果が高ければ、プログラム終了後直ちに買収や出資などを含む協業に入る。

表:スタートアップ育成プログラムを持つグローバル企業の例
分野 企業名
IT/IoT SAP
IT/IoT CISCO
コンサルティング Accenture
金融 Societe General
航空宇宙 Airbus
航空宇宙 Boeing
ライフサイエンス Philips Healthcare
ライフサイエンス GE Healthcare
小売 Target
石油 Royal Dutch Shell
自動車部品 Bosch

出所:企業発表などからジェトロ作成

高度なIT技術を中核としたポテンシャルから、インドのスタートアップとの連携を模索する企業が世界的に増加し、より早期の段階からの囲い込みが進む。その中にあって、インドで高い知名度を誇るマルチ・スズキの取り組みは注目を浴びている。進出日系企業の中では、ほかにも楽天がベンガルールでのアクセラレーションプログラムの実施を公表している。デジタルトランスフォーメーション(DX)を主な目的としたインドのスタートアップとの協業に関心を持つ日本企業が増える中、連携の1つの進め方として、インキュベーション、アクセラレーションプログラムの活用に注目が集まっている。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
遠藤 豊(えんどう ゆたか)
2003年、経済産業省入省。産業技術環境局、通商政策局、商務情報政策局等を経た後、日印政府間合意に基づき設置された日印スタートアップハブの担当として2018年6月からジェトロ・ベンガルール事務所に勤務。