特集:タイ・インドネシア・ベトナムの自動車など主要産業政策と現地動向国産化に動くEV用バッテリー産業(インドネシア)

2023年4月25日

世界最大のニッケル産出量を有するインドネシアは、豊富なニッケルを用いた電気自動車(EV)用バッテリー国産化を進めている。EV車両製造の国産化とともに同国にとって最重要な産業政策の1つであるEVバッテリー産業については、中国・韓国系企業などの大型投資が進展している。同産業に関する政策と企業動向について報告する。

バッテリー産業振興のための国策会社IBCを設立

インドネシア政府は2021年3月、国産のEVバッテリー産業を振興するため、国営企業4社の連合で「インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)」を設立した。同社は、国営の鉱物資源会社MIND ID、ニッケル資源などの開発を行うアネカ・タンバン(ANTAM)、国営石油会社のプルタミナ、電力公社のPLNがそれぞれ25%ずつ出資する形で形成された国策会社だ。同社は「EVバッテリーのエコシステム」を育成することを掲げ、2030年には年産140ギガワット時(GWh)の電池製造容量を有することを目標としている。2030年までに他社との協力の下で、ニッケル精錬によるバッテリー材料、バッテリーセル、バッテリーパックの製造、二輪・四輪EVのOEM生産、二輪EVのバッテリー交換システムの導入促進、電力貯蔵システム(ESS)のOEM生産と電力会社とのインテグレーションを行うことを目標とする(表1参照)。

IBCは、設立から3カ月後の2021年7月、韓国の現代自動車およびLGエナジーソリューションと、インドネシア初となるバッテリーセル工場の設立についての覚書(MoU)を、投資省とともに締結した。現代自動車のプレスリリースによると、西ジャワ州カラワン県にバッテリーセル工場が建設される予定だ。同工場では、2024年前半に年産10GWhの規模でバッテリーセルの生産が見込まれている。また、LGエナジーソリューションは、中部ジャワ州の政府系工業団地であるバタン工業団地でも、バッテリー関連の工場設立を予定している。

次に、IBCは2022年4月、アネカ・タンバンとともに中国の車載電池大手、寧徳時代新能源科技(CATL)との間で、ニッケルの採掘・精錬を含むEV用バッテリーの統合事業を行うことで合意した。報道によると、北マルク州東ハルマヘラ県で、採掘・精錬など行う計画だ。さらに2023年1月にはマレーシアの電池製造会社チタグローバル(Citaglobal)との間で、バッテリーセル工場の建設やバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)のプロジェクトを実施することでMoUを締結した。また、バッテリー製造以外では、2022年12月に地場の電動バイクメーカーであるグシッツ(Gesits)の株式を53.9%取得した。Gesitsは2018年に設立された地場メーカーで、2022年8月までに4,500台超の電動バイクを販売している。

同社の大きな役割の1つは、インドネシア国内にEVバッテリーに関する付加価値産業を誘致することであり、CATLやLGエナジーソリューションといった世界最大手の電池メーカーと提携を取り付けた点で一定の役割を果たしていると考えられる。同社の2030年の目標は野心的だが、EVバッテリー産業をインドネシア国内に立ち上げて根付かせるうえで、今後も重要な位置づけを担うと思われる。

表1:インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)の概要
名称 インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)
設立 2021年3月
出資者 MIND ID、アネカ・タンバン、プルタミナ、PLN(各25%)
目標 2030年にバッテリー年産能力140GWh、うち50GWh輸出
(インドネシア国内EV200万台、電動バイク1,000万台を想定)
2030年の
事業分野
  • 精錬(バッテリー材料)
  • バッテリー材料・セル製造
  • 二輪・四輪用バッテリーパック製造
  • 二輪EVのOEM生産
  • 四輪eLCVのOEM生産
  • 二輪バッテリーのスワッピング
  • 電力貯蔵システム(ESS)のOEM生産
  • 電力貯蔵システム(ESS)のインテグレータ
主な進捗 2021年7月 インドネシア投資省とともに、現代自動車・LGエナジーソリューション(韓国)とバッテリーセル工場建設に向けたMoUを締結
2022年4月 CATL(中国)、アネカ・タンバンとニッケルの採掘・製錬を含むEV用バッテリーの統合事業に関する協力を行うことで合意
2022年12月 地場の二輪EVメーカーであるGesitsの株式を50%超取得
2023年1月 Citaglobal(マレーシア)とバッテリーセル工場とバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)プロジェクトでMoUを締結

進み始めた電池関連工場の設立

インドネシアのEVバッテリー産業の状況について、現地報道から電池材料やバッテリーセル工場の設立に関する報道を確認すると、主な投資・合意案件として10件が挙げられる(表2参照)。2021年6月には、インドネシア初となる高圧硫酸浸出(High Pressure Acid Leach :HPAL)方式の工場が、北マルク州東ハルマヘラ県で稼働した。同年12月には同県で、2022年8月には中部スラウェシ州モロワリ県でも稼働した。これらのHPAL工場では、正極材の基礎材料となる混合水酸化物(MHP)が製造されることから、インドネシア国内でバッテリー製造を実現するために一歩前進した。さらに既出のCATLやLG エナジーソリューションなどは、いずれも他社との協力のもと、インドネシアのニッケルを用いてバッテリーの生産を行う構えだ。投資金額については、公表されているものだけでもCATLが59億7,000万ドル、現代自動車とLGエナジーソリューションは11億ドルに上る。

他方、インドネシアでバッテリーの生産を行うためには、国内で産出されないリチウムを他国から輸入調達することが必要だ。この点について、インドネシアはオーストラリアに期待を寄せている。ルフット・パンジャイタン海洋・投資調整相は2023年2月、オーストラリアを訪問してアンソニー・アルバーニージー首相と会談の上、同国からのリチウム供給の可能性について議論している。

表2:EVバッテリー製造に関する主な投資事例(-は値なし)
No 発表
時期
事業者 内容 場所
1 2021年6月 寧波力勤資源科技、Harita Group インドネシア初のHPAL工場が稼働 北マルク州東ハルマヘラ県
2 2021年7月 LG Energy Solution、現代自動車 EV用バッテリーセルの合弁工場を設立すると発表 西ジャワ州カラワン県
3 2021年12月 CATL、華友コバルト HPAL工場稼働。 北マルク州東ハルマヘラ県
4 2022年8月 青山鉄鋼、CATL、GEM、阪和興業 HPAL工場稼働。 中部スラウェシ州モロワリ県
5 2022年4月 CATL、IBC、Antam ニッケル鉱石の採掘や製錬、電池の製造や回収 北マルク州東ハルマヘラ県
6 2022年4月 Vale、華友コバルト HPALプラント設立の基本合意 東南スラウェシ州コラカ県
7 2022年8月 LG Energy Solution、LG化学、LX International、POSCO Holdings、華友コバルト、IBC、ANTAM LGエナジーソリューション率いる企業コンソーシアムがIBC・Antamと投資協定。ニッケル採掘から製錬・精製、前駆体・正極材生産、バッテリー生産など。
8 2022年9月 Foxxconn、Indika Energy 商用EVとバッテリーの生産、コンサルティングサービスを提供。
9 2022年11月 SK On、EcoPro、GEM ニッケル・コバルト混合水酸化物(MHP)工場を建設、2024年第3四半期から生産予定。 中部スラウェシ州モロワリ県
10 2022年11月 SGMW、国軒高科股份 インドネシア市場向けのEV用バッテリーを共同開発する覚書を締結

出所:マークラインズ、各種報道から作成

付加価値産業育成のためニッケルの未加工鉱石などの輸出禁止

こうしたインドネシアにおけるバッテリー産業の振興は、世界最大のニッケル産出国でありながらも、高付加価値産業の育成を課題としてきた政府にとって、またとない機会となっている。これまでのインドネシアの鉱物資源政策を振り返ると、未加工鉱石の輸出禁止に関しては、2009年1月に施行された鉱物石炭鉱業法(法律2009年第4号)で、鉱物資源の高付加価値化のため、同法施行から5年後の2014年1月には、未加工鉱石の輸出を禁止し、国内に精錬所の設置など行うことを定めていた。実際に同年同月から、ニッケルの未加工鉱石が輸出禁止となったが、2017年1月にはエネルギー鉱物資源相規定2017年第5号により、輸出禁止の条件を緩和し、2022年1月までは低品位のニッケル鉱石の輸出を可能とした。

輸出制限を緩和したことで再びニッケル鉱石の輸出が増加したが、2014年以降、ニッケルの精錬所が14件増加したことなどから、インドネシア政府は上記の期限を2年前倒しにすることを決定し、2020年1月から再びニッケル鉱石の輸出を禁止した(エネルギー鉱物資源相規定2019年第154号)。

インドネシア政府は2023年以降、ニッケルの加工品を含む、複数の鉱物資源の輸出禁止を導入する方針を発表している。2022年12月にはジョコ・ウィドド大統領が、ボーキサイトと銅コンセントレートなどの輸出を2023年半ばから中止する方針を示した(表3参照)。ニッケルに関しては、エネルギー鉱物資源省が2022年8月、EV用のバッテリーの主要原料を生産する精錬所の開発を推進し、ニッケル鉱石の埋蔵量を保つ目的から、ニッケル銑鉄(NPI)とフェロニッケルなどニッケル含有量の低い原材料の輸出を対象に、輸出税を導入する可能性を示唆している。

表3:主な鉱物資源の輸出制限方針
鉱物資源の
種類
禁止内容 導入時期
(見込み含む)
発表者 詳細
ニッケル鉱石(未加工) 輸出 2020年1月 エネルギー鉱物資源省 エネルギー鉱物資源相規定2019年第154号
ニッケル加工品 輸出 未定 エネルギー鉱物資源省 ニッケル含有率が30~40%のニッケル銑鉄(NPI)やフェロニッケルなどのニッケル加工品に輸出税を課す方針
ボーキサイト 輸出 2023年6月 大統領 ボーキサイトの輸出を禁止。加工物であるアルミナの輸出は可能と発言
銅コンセントレート 輸出 2023年6月 エネルギー鉱物資源省 銅コンセントレートの輸出禁止

出所:各種報道から作成

足元のEVバッテリー市場規模は限定的

こうしたEV用バッテリー産業の振興策に対し、足元の市場規模はどうか。参考資料として、インドネシアの輸入統計のうち車載用EV電池(HSコード85076033)についてみると、2022年の輸入額は1,343万ドルで、タイにおける同品目の輸入額(9,090万ドル)の約15%にとどまった。輸入先については、中国が56%で最も多く、次にインドからの輸入が36%となった。他方、日本からの輸入は1.9%にとどまった(図参照)。今後、インドネシアでEV用電池をどのように調達するか。2023年4月時点では、自動車メーカーの方針は必ずしも明らかになっていない。しかしながら、例えば現代自動車は既出の通り、バッテリーセル工場の設立に乗り出している。同社のインドネシアの車両工場は、東南アジアの生産拠点と位置付けられていることから、車両製造と電池の調達の双方をインドネシアで行う構えとみられる。他方、中国の長城汽車は、タイでEV生産を2024年にも開始する予定である一方、インドネシアでバッテリーを生産するための事業化調査を進めている。

自動車情報データベースのマークラインズによると、2022年の世界全体のEV用電池生産のシェアは、CATLが37%、LGエナジーソリューションが14%、比亜迪(BYD)が14%、パナソニックが7%、SK Onが5%と続く状況だ。インドネシア政府がすでに大手数社の誘致をしていることに加え、自動車メーカーがEV電池の調達先を増やしている状況を考えると、インドネシアのEV市場を順調に拡大させるには、EVバッテリーの投資促進と、国産化政策が鍵を握るとみられる。このうちEVバッテリーの国産化政策は、EV車両の国産化と両輪で動くと考えられることから、インドネシア国内での原材料・部品の調達に関する政策動向などに注視が必要と考えられる。

図:インドネシア、タイにおける車載用EV電池の輸入状況(2022年)

注:タイ・インドネシアのHSコード85076033を集計。
出所:グローバルトレードアトラス

執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
山城 武伸(やましろ たけのぶ)
2007年、ジェトロ入構。ジェトロ愛媛、インドネシア大学(語学研修)、展示事業部展示事業課、ジェトロ・ジャカルタ事務所を経て調査部アジア大洋州課勤務。