英国市場の4つの強み
英国クリーンテック市場と日本企業の進出戦略(1)
2026年3月9日
英国のサステナビリティー・クリーンテック分野の現状(本編)および日本のスタートアップの英国展開に関する見解とアドバイス(後編)を、現地関係者へのインタビューを通じてまとめた。
英国政府で10年以上にわたりエネルギー・イノベーション政策および立法に携わった後、現在はクリーンテック・フォーUK(Cleantech for UK)ダイレクターを務めるサラ・マックントシュ氏と、これまで500以上のスタートアップの事業成長を支援し、自らもメンターとして活動するケンブリッジ大学サステナビリティー・リーダーシップ研究所(University of Cambridge Institute for Sustainability leadership:CISL)イノベーションプログラムダイレクターのビオラ・ジャードン氏に話を聞いた(取材日:2025年12月16日)。両氏とも2025年のジェトロの日系スタートアップの英国展開支援に向けたアクセラレーションプログラムで企業支援に携わった。
クリーンテック分野への民間投資のさらなる加速を期待
- 質問:
- クリーンテック・フォーUKはどのような組織なのか。
- 答え:
- (マックントシュ氏)クリーンテック・フォーUKは投資家連合と連携して活動する政策提言団体だ。具体的には、英国政府の政策が企業の成長をいかに促進できるかという観点から、投資家による投資および投資先企業の成長、さらには英国国内での事業拡大を後押しするエコシステム構築を目指している。また、スタートアップ・スケールアップ企業と協力し、規制上の課題を抱える企業からの相談にも対応している。当社では、クリーンテックを「優れた性能または低コストを実現すると同時に、環境への悪影響を大幅に削減し、気候変動への耐性を高め、再生可能資源の利用を改善する革新的な技術」と定義している。われわれが携わる事業は、風力・太陽光発電、電気自動車(EV)や持続可能な航空燃料(SAF)、二酸化炭素(CO2)回収・有効利用・貯留(CCUS)、エネルギー効率を最適化するためのデジタル・人工知能(AI)技術など、幅広い分野に及ぶ。
- 質問:
- 英国のクリーンテックセクターの特徴は。
- 答え:
- (マックントシュ氏)英国のクリーンテックの強みは、海上エネルギー開発事業と資金調達力に集中している。そしてこれらを支えているのは、世界第2位の規模を誇る洋上風力発電の導入実績はもちろん、海上・海底エンジニアリングサービス、電力システムの運用力と柔軟性、核融合研究・基盤技術、気候・エネルギー金融などだ。
- エコシステム全体を欧州諸国と比較すると、英国はスタートアップのアーリーステージ(創業期)での研究開発(R&D)が進んでいる点、また、その後のスケーリング(注1)に課題を抱えている点は類似している。しかし、特にスケーリング段階では欧州諸国は欧州投資銀行(EIB)の存在や企業投資家の数の多さといった点で恵まれているのに対して、英国はより苦戦しているといえる。ただし、英国では過去約1年間に導入された政策(注2)でレイターステージ(安定・上場準備期)への投資促進に重点を置いており、近い将来の変化を期待している。
- 質問:
- 英国クリーンテック分野の投資状況は。
- 答え:
- (マックントシュ氏)2019年以降、投資は全体的に安定した上昇傾向を示しており、特に2023年は大規模な案件が複数重なったことで好調な年となった(図参照)。さらに従来あまり見られなかったプロジェクトファイナンスへのアクセスも拡大しており、これは英国の投資家や貸し手の市場理解が進み、クリーンテック市場が成熟してきたことを表している。2024年に総投資額が減少しているが、これは英国で総選挙が実施された年であったことと、米国大統領選挙や世界的な市場変動といった国際的要因が英国にも及んだことが背景にある。
- 2025年は株式と融資の両方で回復傾向にあり、2024年の選挙年に遅延したプロジェクトが進行中であることを示唆している。株式・融資の回復は、選挙後に労働党政権が開始した明確な政策と、2025年6月に発表された現代産業戦略(2025年6月25日付ビジネス短信参照)をはじめとする継続的な産業別支援プログラムによって支えられており、これらが民間資本によるプロジェクトへの投資を促進している。
-
図:英国クリーンテックセクターの投資額の推移
出所:クリーンテック・フォーUKを基にジェトロ作成
英国クリーンテック市場の4つの強み
- 質問:
- クリーンテックビジネスを行う場所としての英国をどう見ているか。
- 答え:
- (マックントシュ氏)英国が優れている部分は主に4つだ。(1)現労働党政権下での優れた政策、(2)金融・保険分野における強力なハブ、(3)世界各地と連携しやすいタイムゾーン、(4)多くの投資家が集まる米国と同じ英語を使用している点だ。一方で、高水準のエネルギー価格は課題として挙げられる。
- (ジャードン氏)言語に関して補足すると、真に外国のエコシステムに参入するためには、現地の言語を十分に理解し、その社会に深く根差すことが必要だと感じている。私は台湾出身だが、その点で英国は多くのアジアの人々にとって欧州進出のゲートウェイとなっている。
- 質問:
- 特に欧州他国と比較するとどうか。
- 答え:
- (マックントシュ氏)例えば送電網に関しては、英国は島国である特性を活かし、欧州大陸諸国にはできない方法で開発・運用を進めてきた。英国は多くの洋上風力発電設備を保有し、送電網を柔軟に張り巡らせている(注3)。こうした取り組みは相互接続が高度に進んでいる欧州大陸では容易でない。
- ただ、各国にはそれぞれの強みと弱みがある。例えばオランダは、比較的小規模ながら成長を続けるクリーンテック拠点であり、強力な港湾インフラを最大の強みとして、その分野に集中している。
- 欧州各国はいずれも自国の強みを活かそうとしているが、一方で欧州全体として共通する重点分野も存在する。例えばSAF、電力や水素、代替燃料などは欧州全域で必要とされており、こうした共通ニーズと各国固有の強みを活かした分野が並存している。ただし、CCUS施設は、米国と比べると整備が遅れているのが現状だ。
- 質問:
- 米国との比較ではどうか。
- 答え:
- (マックントシュ氏)米国では2025年の政権交代がクリーンテック企業にネガティブな影響を及ぼしてはいる(注4)ものの、依然としてクリーンテックに友好的な州は存在する。例えばカリフォルニア州やバージニア州ではクリーンテック関連政策が継続されている(注5)。
- 米国のドナルド・トランプ大統領は、米国でEV製造・販売を行うテスラを支持していたとされるように、製造業全般を強く後押しし、EVそのものに必ずしも反対しているわけではない。しかし米国の状況は業界によって非常に異なる。例えば風力発電業界は非常に強い逆風にさらされており、支援の準備がある州に事業拠点を移さなければ事業自体が継続困難になる。英国ではクリーンテック企業全般に対する支援が行われているが、米国ではまず米国内での居場所を見つけ、それを維持する必要がある。
- 質問:
- 英国にはどのような補助金制度があるか。
- 答え:
-
表:英国スタートアップ向け資金援助制度抜粋 項目 資金援助制度 基礎層(TRL 1-5)
研究段階・創業期- 英国研究・イノベーション機構(UKRI) - 7つの評議会で構成される、基礎研究パートナーシップ。
- 英国原子力公社(UK Atomic Energy Authority、UKAEA) - 核融合および原子力研究を行う。
- 高度研究発明庁(Advanced Research and Invention Agency、ARIA) - 高リスク・高リターンな先端的初期研究を支援。
開発層(TRL 4-7)
試験および実装- イノベートUK(Innovate UK) - 助成金、融資、事業支援を担当。
- ガス・電力市場局(Ofgem)戦略的革新基金(Ofgem Strategic Innovation Fund) - ガス・電力に関する革新的な技術を支援。
- エネルギー安全保障・ネットゼロ省(Department for Energy Security and Net Zero、DESNZ) - 英国のエネルギー安定供給と2050年までの温室効果ガス排出ゼロを達成するための司令塔。CCS、原子力、産業向け。
- 先進推進システム技術センター(Advanced Propulsion Centre) - 自動車・輸送の革新技術開発を支援。
- カタパルト(Catapults) - 試験施設の提供と企業の成長を支援。
- 航空技術研究所(Aerospace Technology Institute) - 航空技術を支援。
- 英国水道事業規制局(Ofwat) - 水道分野に関わるイノベーションを支援。
- 運輸省(Department for Transport) - 運輸部門の脱炭素化を促進。
- 地域成長ハブ / 市長基金(Local Growth Hubs / Mayoral funds) - 地域のイノベーションを支援。
- 海洋クリーンテック / 英国持続可能海洋活動・排出削減プログラム(Marine Cleantech / UK SHORE Programme) - クリーンな海洋技術を促進。
成長・展開層(TRL 6-9)
商業開発および商用化第1号案件- ナショナル・ウェルス・ファンド(National Wealth Fund) - 5千万ポンド以上の大規模投資を行う。
- グレート・ブリティッシュ・エナジー(Great British Energy) - クリーンエネルギー投資と共同開発を行う英国政府設立のエネルギー企業。
- 英国輸出信用保証局(UK Export Finance) - 革新的な技術に対する輸出金融およびプロジェクトファイナンスを提供。
- 英国ビジネス銀行(British Business Bank) - 1~2.5千万ポンド規模の資金を提供。
- スコットランド国立投資銀行(Scottish National Investment Bank) - 長期的なリスクマネーと成長を支援。
- ウェールズ銀行(Bank of Wales) - 融資および株式出資を行う。
- 北アイルランド投資庁(Invest NI) - 事業成長を支援。
出所:クリーンテック・フォーUK提供資料を基にジェトロ作成
- (マックントシュ氏)表を見ると全体像がわかりやすい。「基礎層、(Foundation Layer)」が技術習熟度レベル(TRL)(注6)1-5のアーリーステージを対象としている。例えば、まだ大学在籍中の研究者や、初期段階のプロジェクトには、英国研究・イノベーション機構(UKRI)からの資金援助がある。UKRIはさまざまな専門分野別の研究評議会で構成されており、例えば環境科学、物理科学など、大学研究における超初期段階プロジェクトへの資金提供を担っている。さらにここ数年で最も奇抜なアイデア、いわゆる青空思考への投資を目的とする高度研究発明庁(ARIA)という機関も設立された。
- 「開発層(Development Layer)」では、イノベートUKが主要な資金提供機関であり、英国全土で活動し、助成金・融資・一般支援を得るための最初の窓口と位置付けられる。主にイノベーションの試験段階、初期パイロット、実証段階に相当するTRL4-7を対象に支援している。このほか、ガス・電力市場局(Ofgem)というエネルギー分野の規制機関、先進推進システム技術センター(APC)(注7)、航空技術研究所(ATI)など、特定分野に特化して比較的小規模なイノベーション資金を提供する機関も存在する。
- 「成長・開発層(Growth & Development Layer)」は、スケールアップ段階であるTRL6以上が対象だ。主な資金提供機関は、例えばクリーンエネルギー投資を支援するグレート・ブリティッシュ・エナジー(GBE)、企業拡大資金を提供する英国ビジネス銀行(BBB)、スコットランド・エンタープライズ、ウェールズ銀行、北アイルランド投資庁など。この層はより商業性の高いプロジェクト向けの支援が中心となる。
- 質問:
- これらは英国に登記済みのスタートアップのみが使用可能なのか。
- 答え:
- (マックントシュ氏)一般的に何らかのかたちで英国に事業体を有していることが条件となる。ただし、イノベートUKやUKRIは、他国・地域の企業や研究グループとの共同研究など、国際協業を目的とした資金提供制度も用意している(注8)。
- 質問:
- 日本のスタートアップほか読者へのメッセージ
- 答え:
- (マックントシュ氏)ぜひ一度、実際に英国を訪れ、自分の目で市場を見てほしい。英国には協業や新規プロジェクトに強い関心を持つ企業が数多く存在する。そうした観点からも英国という市場を積極的に探索してもらえればと思う。
- 注1:
-
ミドルステージ(拡大期)、レイターステージ(安定・上場準備期)への成長を指す。
- 注2:
-
英国における過去1年の代表的な政策は以下が挙げられる。
- 2025年6月に発表された英国の現代産業戦略 (The UK's Modern Industrial Strategy
): クリーンエネルギー産業を含む8つの重点セクターを発表した。
- 2025年11月に英国政府系金融機関である英国ビジネス銀行 (British Business Bank、BBB)が発表した5カ年戦略計画 (Five-year Strategic Plan
): ネットゼロへの移行支援を含む中小企業支援などの4点を最優先事項として掲げている。
- 2024年12月に発表されたClean Energy Superpower Mission
: ナショナル・ウェルス・ファンド (NWF) やグレート・ブリティッシュ・エナジー (GBE)などを通して2050年までにネットゼロを目指す。
- 2025年6月に発表された英国の現代産業戦略 (The UK's Modern Industrial Strategy
- 注3:
-
これまで主流であった「放射状(Radial)」(個々の発電所から陸地へ1本ずつ線を引く)から「統合型送電網(Integrated Offshore Grid)」(複数の洋上風力発電所を海上でつなぎ、それを巨大なハブとして陸地に届ける)への移行を進めており、特定の送電線が故障しても別のルートでの送電が可能となるなどの柔軟性が期待される。
- 注4:
-
インフレ削減法(Inflation Reduction Act)の実質的な形骸化などを指している。
- 注5:
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例として、カリフォルニア州の気候関連企業データ説明責任法(2023年10月26日付ビジネス短信参照)や、バージニア州内の大手電力会社に対し2050年までに「100%クリーンな電力」の供給を法的に義務付けるバージニア・クリーン・エコノミー法(VCEA)が挙げられる。
- 注6:
-
Technology Readiness Level。新技術の成熟度を表す。経済産業省の資料
(179KB)も参考のこと。 - 注7:
-
英国の自動車産業における次世代の低炭素・ゼロエミッション技術の開発と商用化を支援する組織。
- 注8:
-
例えば、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)とイノベ―トUKはEureka Globalstarsという国をまたいでの補助金プログラムに参加し、企業の研究開発費用の一部助成を行っている(NEDOウェブサイト、Eureka Globalstarsウェブサイト
)。
英国クリーンテック市場と日本企業の進出戦略
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- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ロンドン事務所
吉田 祥子(よしだ しょうこ) - 2015年大手印刷会社入社後、主に食品・日用品・フォト製品を扱う国内外の多数顧客向けに営業・プロジェクトマネジメントを担当。2024年からジェトロ・ロンドン事務所にて日系スタートアップの英国・欧州展開支援を行う。






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