人と人とのビジネス
英国クリーンテック市場と日本企業の進出戦略(2)
2026年3月9日
英国のサステナビリティー・クリーンテック分野の現状(前編)および日本のスタートアップの英国展開に関する見解とアドバイス(本編)を、現地関係者へのインタビューを通じてまとめた。
英国政府で10年以上にわたりエネルギー・イノベーション政策および立法に携わった後、現在はクリーンテック・フォーUK(Cleantech for UK)ダイレクターを務めるサラ・マックントシュ氏、およびこれまで500以上のスタートアップの事業成長を支援し、自らもメンターとして活動するケンブリッジ大学サステナビリティー・リーダーシップ研究所(University of Cambridge Institute for Sustainability leadership:CISL)イノベーションプログラムダイレクターのビオラ・ジャードン氏に話を聞いた(取材日:2025年12月16日)。両氏とも2025年のジェトロの日系スタートアップの英国展開支援に向けたアクセラレーションプログラムで企業支援に携わった。

「日本品質」にスピード感を掛け合わせる
- 質問:
- CISLはどのような組織か。
- 答え:
- (ジャードン氏)正式名称はケンブリッジ大学サステナビリティー・リーダーシップ研究所(University of Cambridge Institute for Sustainability Leadership)で、ケンブリッジ大学内に設置された研究所だ。人・自然・気候のための経済変革をグローバルに推進するリーダーシップの育成・活性化を目指し、主に以下の4領域で活動している。(1)教育(修士課程など学位プログラムの提供)、(2)リーダーシップ・グループの形成(グローバル企業が政府・規制当局と直接対話する機会の創出)、(3)研究活動(10年後を見据えた課題を特定し、解決策を検討する課題解決型の産業研究)、(4)イノベーションの加速・拡大支援(アクセラレーションプログラムの提供など)。CISLはサステナビリティー分野で約40年にわたり蓄積してきた知識と国際的なネットワークを強みとしている。
- 質問:
- 日本のスタートアップが英国展開を行う際の強みと課題は何か。
- 答え:
- (ジャードン氏)強みとしてまず挙げられるのは、日本企業に共通する非常に高い技術力、確かな実行力、そして長期的な視点だ。分野別ではサステナビリティー、気候関連技術、高度先進技術、材料技術などが、英国市場との親和性が高い。また、「日本品質」という言葉が示すとおり、高い専門性と品質に対する信頼は、海外市場を開拓する際の大きな強みとなる。
- 欧州企業は、「準備が整った」と判断すれば、即座に海外展開を始める傾向がある一方、日本企業は日本国内で十分な実績を積み、市場を確立した後に海外展開へ進むケースが多い。日本では、シリーズB・C(注1)に進んだ段階で「海外進出の準備が整った」と判断する傾向があり、英国ではこの点が高く評価されている。
- 一方で課題としては、市場における立ち位置の確立、ストーリーテリング(注2)、そしてスピード感が挙げられる。特にスピード感については、日本では合意形成が重視される文化があり、関係構築に時間がかかる傾向がある。ゆっくりと関係を築き上げれば長期的で強固なパートナーシップを築ける利点はあるが、スタートアップの世界ではスピードが求められる。日本のスタートアップは、大企業と比較するとスピード感はあるものの、欧州スタートアップと比較するとまだ改善できる部分がある。
- 日本企業の慎重さ自体は良いが、過度に保守的になると判断に時間がかかり、結果として停滞してしまう。最善策はまず試してみることだ。時間をかけて失敗するよりも、早く失敗し、早く学ぶ方が望ましい。
- 質問:
- 海外スタートアップが英国市場に参入する際のアドバイスは。
- 答え:
- (ジャードン氏)マックントシュ氏の発言とも重なるが、最も重要なのは実際に現地に来てみることだ。最も成功しているスタートアップは、早い段階からエコシステムの理解に投資している。海外展開を考えるのであれば、1~2日の短期滞在ではなく、数週間程度現地に身を置き、イベントに参加し、多くの人と会話を重ねることで、エコシステムの感覚をつかむ必要がある。ジェトロが提供するような現地プログラムを利用できればより体系的な支援が得られるが、仮に自力で行ったとしても、将来的には多くの時間、労力、コストを節約できる。
- 母国で机上の検討だけで決断しても、現地に来てその想定が必ずしも通用しないことも多い。実際に他国で成功している企業を見ると、現地でアンカー(基盤)となるエコシステムを見極め、そこから他の領域へと事業を拡大している。 また、パイロットパートナーシップ(注3)から始めることも非常に有効だ。新規市場で主要顧客を獲得できれば事業基盤が安定する。たとえ無償のパイロットであっても、その後の事業展開に必要なネットワークを構築できる。さらにパイロット実施のために2~3カ月現地に継続滞在するケースもあり、これは現地事情を理解する上で有効なルーティンを確保することにもつながる。
- 大切なのは、「ビジネスは人と人が行うもの」であり、技術だけで成功が決まるわけではないという点だ。確かに優れた解決策は必要だが、「人」と「ネットワーク」をおろそかにすると事業は前に進まない。
- 質問:
- 英国で「ビジネスは人と人が行う」が意味するところとは。
- 答え:
- (ジャードン氏)一言で言えば、最も重要なのは人間関係の構築だ。ビジネスを1人で成し遂げることは不可能であり、必ず周りの人の支援が必要となる。例えば企業が海外展開を行う際、多額の資金を投入すれば単独で実現できる可能性もあるが、たいていの場合それは難しい。本当に必要なのは、自身の取り組みに共感し、それを支持してくれる人々のネットワークを見つけることだ。彼らが必ずしも顧客や直接的なビジネスパートナーであるとは限らない。しかし、あなたの活動を信じてもらうことができれば、彼らはあなたの支持者となり、適切な顧客へとつなげてくれる存在となる。例えば、10人があなたを信頼し、それぞれが3人ずつ紹介してくれれば、そのつながりは次第に広がり、最終的には投資家や潜在的なクライアント、パートナーに辿り着く。
- 特に新しい市場に参入したばかりの段階では、適切な関係者とつながるために時間を投資することが不可欠だ。「クライアント候補と話すことだけに時間を費やす」という姿勢では、英国市場では多くのチャンスを逃すことになりかねない。
- 欧州では、業界で20年から25年の経験を積んだベテランが、「独立して働きたい」という理由からコンサルタントに転身するケースが少なくない。彼らは必ずしもターゲットとなる企業に所属しているわけではないが、驚くほど幅広い人脈を持っている。こうしたコンサルタントこそが、最適な人的ネットワークにつなげてくれる可能性を秘めている。
英国は欧州へのゲートウェイ
- 質問:
- 英国でサステナビリティーに関するビジネスを行う際に注意すべき点は。
- 答え:
- (ジャードン氏)サステナビリティーに関する課題は社会のあらゆる領域に存在する。重要なのは、ペイン・ポイント(核心的課題)が何であるかを正確に理解し、適切なプロダクト・マーケット・フィット(製品が特定の市場ニーズに合致し受け入れられている状態)を実現することだ。国が変われば、文化・経済・社会構造の違いなどによってプロダクト・マーケット・フィットも変化する。そのため海外進出に際しては、必ず再評価が必要となる。これはあらゆる成長・拡大戦略において極めて重要なポイントだ。
- 質問:
- 日本のスタートアップをはじめ読者へのメッセージを。
- 答え:
- (ジャードン氏)先にも述べたが、英国は日本のスタートアップにとって欧州進出の優れたゲートウェイだ。サステナビリティー分野に携わるのであれば、米国市場と合わせて検討すべき場所だと思う。欧州市場を視野に入れる場合、英語以外の現地語に堪能でない限り、英国が最初の足掛かりとなる。必ずしも英国を最終的な展開先とする必要はないが、まず英国に来て、ネットワークを構築し、そこを基盤として欧州全体へ展開していくことをすすめたい。

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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
吉田 祥子(よしだ しょうこ) - 2015年大手印刷会社入社後、主に食品・日用品・フォト製品を扱う国内外の多数顧客向けに営業・プロジェクトマネジメントを担当。2024年からジェトロ・ロンドン事務所にて日系スタートアップの英国・欧州展開支援を行う。






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