企業はコスト高と供給網リスクに直面
中東情勢のASEANへの影響(中編)
2026年5月11日
本稿(中編)では、中東情勢の緊迫化に伴うエネルギー価格の上昇と供給の不安定化がASEAN経済に及ぼす影響について、各国政府の政策対応とその課題、ならびに進出日系企業への影響を整理する。各国は、短期的にはインフレ圧力の抑制と国民生活の保護を目的に補助金や価格抑制策を講じるとともに、エネルギー需要の抑制を進めている。一方で、中長期的には再生可能エネルギー導入などを通じたエネルギー構造転換も志向している。ただし、これらの政策対応は財政負担の増大を伴っており、その持続可能性の確保が重要な課題となっている。また、こうした環境変化は、進出日系企業のサプライチェーンやコスト構造にも複合的な影響を及ぼしている。中東情勢の長期化は、ASEAN各国のマクロ政策だけでなく、企業のコスト構造や供給網の再設計を迫る構造的リスクとして顕在化しつつある。
エネルギー需要抑制と国民生活保護を同時に進行
ASEAN各国政府は、中東情勢の緊迫化に伴うエネルギー価格の上昇と供給不安定化に対応するため、「(1)需要抑制(節約・行動制限・省エネ)」「(2)価格・物価対策(補助金・価格統制・税制調整)」を柱とする政策を展開している。前者は短期的な需要抑制、後者は家計・企業への影響緩和を目的としており、両者は相互補完的に機能している。
このうち、「(1)需要抑制(節約・行動制限・省エネ)」では、労働・移動・建築・交通などエネルギー消費の主要分野において、即効性のある措置が導入されている(表1参照)。
| 国名 | 在宅勤務:リモートワーク奨励・義務化 | 冷房:エアコン温度設定の上限 | 出張:公務員による航空・陸路での移動制限 | 学校・大学:閉鎖または開校時間の制限 | キャンペーン:消費者にエネルギー需要抑制を要請または義務付け | 交通:車両の使用制限、燃料の配給、速度制限の引き下げ、公共交通機関の利用促進 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ブルネイ | — | — | — | — | — | 外国車および国内車両の燃料購入制限 |
| カンボジア | 公務員の会議をオンラインで実施 | 公共オフィスにおける室温を24~25度に抑制することを奨励 | 長距離の公務出張を削減し、通勤ラッシュ時の移動を回避 | — | 国営電力会社が国民に対し電力使用の削減を呼びかけ | EV、再生可能エネルギー、電気コンロ関連製品の輸入税を引き下げ |
| インドネシア | 公務員は金曜日に在宅勤務を行う | — | 公務員の移動制限 | — | 政府庁舎における省エネ対策を奨励 | バイオディーゼル計画を加速、補助燃料の購入制限 |
| ラオス | 公務員に対するリモートワークおよび交代勤務の導入 | — | — | 学校の週の授業日数を5日から3日に短縮する | 国民に燃料節約を呼びかけ | 公共交通の利用促進、電気自動車の料金・税を引き下げ、電動トラックの導入奨励 |
| マレーシア | 公務員のリモートワーク | 地方自治体に対し、室温を24度に抑えるよう奨励 | 公務員の移動を制限し、より直行的な航空ルートを許可・奨励 | — | 地方自治体に対し、建物のエネルギー使用の最適化や太陽光パネル・LED照明の導入を指示 | — |
| ミャンマー | 公務員に対して水曜日のリモートワークを義務化 | — | — | — | — | 車両の交互通行制を導入、燃料配給制 |
| フィリピン | 公務部門における週4日勤務制度 | 公共オフィスにおける室温を24度に抑えることを奨励 | 不要不急の政府出張を制限 | — | 国家エネルギー緊急事態を宣言。公的機関に燃料消費削減を求め、消費者に需要抑制を要請し、省エネルギー診断を推進 | 一部都市で学生や労働者に無料バスを提供 |
| シンガポール | — | エアコンの設定温度を25度に引き上げ、扇風機の使用を優先するよう奨励 | — | — | 国民に省エネと高効率機器の使用を促し、企業向け効率化補助金を全産業に拡大。「エネルギー節約」キャンペーンを開始、気候バウチャー制度の利用促進 | 自家用車の使用削減と公共交通・相乗りの利用奨励 |
| タイ | 公的部門および民間部門の全てにおいて、リモートワークとビデオ会議の活用を奨励 | 室温を26度に抑えることを奨励 | 公務員の海外出張を回避 | — | オフィスワーカーに対し、階段利用や機器の電源オフなどを呼びかけ需要抑制 | 相乗りと不要不急の移動の抑制を奨励、高バイオ燃料混合ガソリンを安価に |
| ベトナム | リモートワークを奨励 | — | 公務員の移動制限 | — | 地方政府に省エネへの協力を要請 | 自家用車の利用を抑制し、公共交通や相乗りを促進 |
注:「-」は該当する措置がない、または公表資料から確認できないことを示す。
出所:IEAからジェトロ作成
労働分野では、インドネシア、タイ、ベトナムなどで在宅勤務の奨励が進み、通勤に伴う燃料需要の抑制が図られている。また、公務員の出張制限や海外渡航抑制など、公共部門を中心とした移動需要の抑制も強化されている。これらの措置は、燃料補助金負担の増大や都市部の交通混雑といった構造的課題にも対応するものであり、短期の節約策にとどまらず、働き方の見直しを通じた中長期の需要管理にもつながっている。
建築・電力消費分野では、シンガポール、マレーシア、フィリピンなどでエアコン設定温度の適正化(24~26度)の推奨や義務化がされ、電力需要のピーク抑制が図られている。加えて、LED照明や太陽光発電設備の導入促進など、省エネ投資を促す政策も並行して展開されている。建物部門は都市部の電力需要の大半を占めるため、設定温度の適正化や省エネ投資の促進は、ピーク需要の抑制と電力供給の安定化に直結する政策として位置付けられる。
交通・燃料分野では、自家用車依存の抑制と公共交通・カーシェアリングへの誘導が進められる一方、ミャンマーの燃料配給制や車両交互運行制のように、より強制力の強い措置も確認される。インドネシアでは補助燃料の購入制限やバイオディーゼル普及政策を通じ、燃料消費構造の転換も進められている。同分野では、燃料補助金負担や輸入依存度の高さといった構造的制約が政策選択を左右しており、各国のエネルギー安全保障上の脆弱(ぜいじゃく)性が対応の強度に反映されている。
さらに、ラオスの学校週短縮やフィリピンのエネルギー緊急事態宣言、省エネキャンペーンの展開など、社会全体の行動変容を促す取り組みも拡大している。また、EV導入支援や再生可能エネルギー関連投資への税制優遇など、中長期的な脱炭素・省エネ構造への移行を見据えた政策も併用されており、短期対応と中期的な構造転換が同時並行で進展している。これらの取り組みは、短期的な需給逼迫への対応にとどまらず、社会行動の変容とエネルギー構造の転換を同時に進める政策体系として位置付けられている。
消費者保護は、財政支援・税制措置・所得補填を組み合わせた多層型展開
次に、「(2)価格・物価対策(補助金・価格統制・税制調整)」については、エネルギー価格上昇への緊急対応として、ASEAN各国で価格統制、財政支援、税制措置を組み合わせた国民生活の保護策が展開されている(表2参照)。これらは、価格上昇の直接的抑制に加え、所得補填(ほてん)を通じて実質購買力の維持を図る目的がある。
| 国名 | 価格上限:燃料価格の上限を設定 | 燃料補助金:直接的な支援を拡充 | 課税:エネルギー税引き下げ | その他 |
|---|---|---|---|---|
| カンボジア | — | — | 燃料に対する付加価値税(VAT)を引き下げ | 燃料小売価格の不当なつり上げを防ぐため、政府の監視を強化 |
| インドネシア | — | 燃料補助金のための国家予算を増額 | 航空燃料サーチャージを引き上げる一方で、エコノミークラス航空券のVATを引き下げ | — |
| ラオス | — | — | 燃料に対する物品税(消費税)を引き下げ | 補助金プログラムの資金を価格安定化のために配分 |
| マレーシア | — | — | — | 政府保証付き融資、規制緩和、税・輸入関税の免除を含む中小・零細企業向けの支援パッケージを提供 |
| フィリピン | — | バス・タクシー・配送・ライドシェアの運転手や運輸労働者への燃料補助、農家・漁業者への燃料および肥料補助を実施 | 燃料の物品税を引き下げ | — |
| シンガポール | — | — | 2026年の法人所得税の還付(減税措置)を拡充 | 家計に対する一律の現金給付に加え、タクシーやプラットフォームドライバーへの追加支援、必須バスサービスのコスト増を一時的に補填 |
| タイ | 調理用燃料の価格を5月まで凍結 | — | — | 石油燃料基金の下で燃料補助を提供 |
| 東ティモール | 燃料価格に上限を設定 | — | — | 石油燃料基金の下で燃料補助を提供 |
| ベトナム | — | — | 4月30日まで燃料の輸入関税を引き下げ | 既存の燃料価格安定化制度に追加資金を投入 |
注:「-」は該当する措置がない、または公表資料から確認できないことを示す。
出所:IEAからジェトロ作成
価格面では、タイなどで燃料価格の上限設定や一時的な価格凍結が実施され、市場価格の急騰を直接抑制する措置が講じられている。価格統制は即効性が高い一方で財政負担を伴わないため、補助金余力の乏しい国で採用されやすい政策である。
財政面では、インドネシアが燃料補助金関連予算を拡充し、フィリピンも交通従事者や農業・漁業分野を中心に燃料・肥料補助を重点的に実施するなど、セクター別支援が強化されている。燃料補助金は財政負担が大きいものの、社会的影響の大きい交通・農漁業分野を中心にターゲット型で実施される傾向が強い。
税制面では、ベトナムやラオスにおいて、燃料物品税や輸入関税の引き下げ、価格安定化基金への追加拠出を通じて、制度活用が進められている。カンボジアでは燃料付加価値税(VAT)の引き下げと価格監視体制の強化が実施され、市場規律の維持が図られている。税制調整は即効性と財政負担の低さを両立できるという利点がある。
さらに、マレーシアやシンガポールでは、中小企業支援、現金給付、税還付といった間接支援策が拡充されており、家計および企業の所得を下支えする施策が強化されている。所得補填や企業支援は、価格統制や補助金と異なり市場メカニズムを歪めにくく、制度成熟度の高い国で採用されやすい。
中東情勢長期化と政府支援が財政・対外バッファーを圧迫
もっとも、これらの施策対応は財政負担の増大を伴い、各国の財政および対外バッファーを圧迫する要因にもなり得る。
インドネシアおよびマレーシアでは、燃料価格に対する直接補助により家計負担の抑制を図っているものの、補助金支出の増加は財政赤字の拡大や財政健全性の低下につながるリスクがある。一方、タイとベトナムでは、石油安定化基金により国際価格変動の国内価格への波及を緩和しているが、今後、エネルギー価格の高止まりが長期化した場合、基金残高の減少を通じて政策対応余力が制約される可能性がある。また、フィリピン、カンボジア、ラオスでは、財政負担の抑制を重視し、低所得層や特定産業に対象を絞った支援や減税措置を優先している。この結果、価格転嫁が相対的に進みやすく、家計および企業のコスト負担が他国と比較して大きくなる傾向がみられる(注1)。
このように、ASEAN各国の政策対応は、物価安定と財政健全性のトレードオフの関係にあり、各国の財政余力やエネルギー輸入依存度に応じて対応の差異がある。今後は、短期的な物価安定と中長期的な財政持続性の両立に加え、エネルギー価格ショックへの耐性強化が重要な政策課題となる。
格付け機関は外部環境悪化リスクを指摘
S&Pグローバル・レーティングスは、中東情勢の長期化がASEAN諸国のソブリン格付けに及ぼす影響について分析レポート(4月13日付)を公表した(注2)。
同レポートは、エネルギー価格の高止まりがASEAN各国の財政および対外バッファーを侵食するリスクを指摘した。分析の前提として、4月中にホルムズ海峡の閉鎖が緩和されるベースシナリオを想定している。一方、中東紛争の継続期間、地理的拡大の有無、さらに商品価格およびサプライチェーンへの影響の程度については不確実性が高く、ベースライン予測自体に大きな下振れリスクを伴うと指摘した。仮にエネルギー市場の混乱が長期化した場合、財政収支や経常収支などの主要な信用指標の悪化を通じて、域内諸国のソブリン格付けに対する下押し圧力が強まる可能性がある。
国別では、インドネシアは、燃料補助金の拡大や経常収支の悪化を背景に、信用力が相対的に最も影響を受けやすいとした。一方、マレーシアは国内エネルギー資源や歳入構造の多様性を背景に、外部ショックに対する一定の耐性を有すると評価した。また、タイは健全な対外ポジションと安定した金融環境、ベトナムは高成長と輸出競争力の強さを背景に、それぞれ一定の外部バッファーを確保していると指摘した。ただし、いずれの国も、エネルギー輸入コストの上昇や国際金融市場における資本流出圧力を通じて外部環境が悪化するリスクは共通しており、今後のソブリン格付けの方向性は、中東情勢の収束時期やエネルギー市場の安定化のタイミングに大きく左右されると結論付けている。
進出日系企業のサプライチェーンに複合的な影響
中東情勢の緊迫化は、ASEANに進出する日系企業の事業展開に広範かつ複合的な影響を及ぼしている。影響は、単なる原油・天然ガスの価格の上昇や供給途絶にとどまらず、「石油製品・誘導品、素材・加工への波及による供給制約」「素材・原材料の価格変動」「物流混乱」「事業計画の不確実性の高まり」など多層的に顕在化している。特に石油・ガスおよび石油化学製品を起点としたサプライチェーン全体への波及が顕著である。以下ではジェトロ海外事務所による企業ヒアリングを基に整理する(参考参照)。
参考:ASEAN進出日系企業に与える影響
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1. エネルギー・原材料の供給制約
石油化学原料(LPG、ナフサ、プロピレン、塩化ビニルモノマー(VCM)など)の供給不安 - 「LPGはディストリビューターからの入荷が不安定」(産業用機械メーカー)
- 「4月以降の石油原料の入荷予定が不明で、入らなければ操業停止の可能性」(化学品メーカー)
- 「VCMが入荷しなければ操業停止の可能性。原料の多くは海外依存で代替調達も限界」(化学メーカー)
- 「LPGは供給停止の連絡。代替調達先も確保できない」(医療機器メーカー)
- 「レジン価格が約2倍に高騰」(化学・医薬メーカー)
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2. 価格高騰とコスト変動の急激化
原材料・燃料・物流コストが同時に上昇 - 「レジン価格は約2倍に高騰。価格転嫁できなければ利益減の可能性」(化学メーカー)
- 「原料価格は2月末比で20〜50%上昇、日々価格が変動」(化学・医薬メーカー)
- 「包装資材や樹脂は30〜100%上昇」(消費財メーカー)
- 「アルミ地金価格は3〜4月で3割程度のコスト上昇見通し」(金属加工メーカー)
- 「燃料・ガス高騰で工場コスト全体が上昇」(ガラス製造メーカー)
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3. 物流混乱・リードタイム長期化
海上・航空輸送ともに制約が発生し、サプライチェーンが不安定化 - 「ホルムズ海峡手前で船が立ち往生し、約1カ月遅延・追加費用が発生」(食品商社)
- 「航空貨物スペースが世界的に約2割程度減少し、価格が高騰」(物流会社)
- 「船舶が寄港できず途中港で荷下ろし、保管費用は荷主負担」(物流会社)
- 「空港で貨物処理が10日遅延、生産停止事例も発生」(物流企業)
- 「欧州向けはスエズ経由停止で迂回、リードタイムが大幅増加」(樹脂メーカー)
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4.サプライチェーン再構築と調達混乱
調達先の多元化が進む一方、供給逼迫と過剰オーダーが発生 - 「中国から緊急調達に切り替え、影響は軽微だが不安定」(化学メーカー)
- 「韓国・台湾サプライヤーがフォースマジュールを発動し、原料調達に影響」(樹脂メーカー)
- 「各社が在庫確保目的で過剰発注し、見かけ上の需給が発生」(石油化学メーカー)
- 「ナフサは世界的に取り合い状態でスポット価格が高騰」(化学メーカー)
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5. 生産・事業計画の不確実性
操業維持と将来見通しの不透明性が進行 - 「4月分の在庫のみ確保、5月以降は不透明」(医療機器メーカー)
- 「生産停止を回避することに全力を注いでいる」(化学メーカー)
- 「減産が5月以降発生する可能性、顧客も調達不安」(商社)
- 「中長期の需要減少次第では操業調整の可能性」(縫製メーカー)
- 「EVシフトと中東危機が重なり部品メーカーの再編リスク」(自動車関連装置メーカー)
出所:ジェトロ海外事務所によるヒアリング(2026年3~4月)
第一に、「エネルギー・原材料の供給制約」である。ホルムズ海峡における混乱は、原油や天然ガスの供給途絶・価格上昇のみならず、LPG、ナフサ、エチレン、プロピレン、VCMなど石油化学由来原料の調達不安を拡大させている。既存契約に基づく供給は維持されているケースが多いものの、新規調達や追加発注は困難となっているほか、一部の石油化学関連企業では、不可抗力(フォースマジュール)条項(注3)を発動していることが確認されている。
第二に、「価格高騰とコスト変動の急激な拡大」である。樹脂価格が短期間で約2倍に上昇するなど、石油化学原料全般で30〜50%の価格上昇が確認されている。さらに同製品の調達にあたって見積有効期限が従来の1〜2カ月から数日に短縮されるなど、価格の不安定性が急速に高まっている。燃料費や電力費、副資材価格も連動して上昇しており、製造業全体のコスト構造が悪化している。現時点では企業努力によるコスト吸収で対応しているが、今後は価格転嫁の可否が収益を左右する局面に移行する可能性がある。
第三に、「物流混乱とリードタイムの長期化」である。ホルムズ海峡周辺の不安定化で、海上輸送では迂回航路の採用や寄港地変更が常態化し、輸送日数が1カ月程度延びる事例や中間港で滞留するケースが発生している。航空貨物についても中東経由便の減便によりスペースが逼迫し、世界的に輸送能力が約2割減少している。これにより、在庫滞留や納期遅延などが連鎖的に発生している。
第四に、「サプライチェーンの再構築の進展と混乱」である。中東依存の供給網が機能不全となる中で、企業は調達先の多元化を進めている。しかし、代替調達先も必ずしも安定しておらず、調達競争の激化によりスポット価格の上昇や確保困難が生じている。また、将来的な供給不足への懸念から在庫確保を目的とした過剰発注の動きもあり、市場の需給バランスを不安定化させている。
第五に、「生産・投資計画の不確実性の高まり」である。各社にとって、原材料供給の見通しが不透明となる中、操業計画の期間が短期化し、企業によっては減産や一部ライン停止リスクを織り込んだ運営を行っている。同時に、在庫確保や代替生産の検討が進められている。中長期的にはEV化の進展や代替素材導入、バイオ化学品への移行など、構造転換の視点も求められる。
以上のとおり、中東情勢の緊迫化は、ASEAN経済および進出日系企業に対し、単なるエネルギー価格上昇にとどまらない複合的な影響をもたらしている。各国政府は、補助金や価格統制などによりインフレ圧力の抑制を図るとともに、省エネや需要抑制策を通じた短期対応を強化している。一方で、再生可能エネルギー導入や脱炭素化といった構造転換も同時に進められているが、これらは財政負担の増大を伴い、政策の持続可能性が課題となる。
企業レベルでは、「原材料制約」「物流制約」「価格不安定」が同時進行する中、短期的にはコスト管理や調達多元化、在庫戦略の見直しが不可欠である。中長期的には、サプライチェーンの多元化・強靭(きょうじん)化に向けた再設計や、代替素材・エネルギーへの転換を含む構造的対応を検討する必要がありそうだ。
- 注1:
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Krungsri Research(2026)"Beyond the Barrel: Middle East Conflict Spillovers to ASEAN"
- 注2:
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S&P Global(2026)"Southeast Asia Sovereigns: A Prolonged Energy Shock Would Erode External And Fiscal Buffers"
- 注3:
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災害、戦争、疫病などにより販売先への供給義務が履行できない場合に適用される条項。ASEANでは、インドネシア最大手の石油化学メーカーであるチャンドラ・アスリ・パシフィックが3月3日、中東からのナフサ調達が困難となったことを理由に同宣言をした。また、エチレンおよびプロピレンを生産するタイ大手サイアム・セメント・グループ傘下のラヨーン・オレフィンズも3月10日、同様の措置を講じた。
中東情勢のASEANへの影響
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき) - 2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ジャカルタ事務所(10~15年)、海外調査部アジア大洋州課(15~18年)、シンガポール事務所(18~22年)などを経て、2024年9月から現職。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。





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