エネルギー供給の脆弱性が顕在化
中東情勢のASEANへの影響(前編)

2026年5月11日

2026年2月末以降の中東情勢の急速な緊張激化は、原油・天然ガス市場を中心に世界的なエネルギー価格ショックを引き起こした。ASEAN経済はエネルギーの中東依存度の高さから、その影響を受けやすい構造にある。エネルギー価格上昇は、物価や食料供給を通じて経済全体に波及しやすく、肥料など農業投入財についても中東地域に依存しているため、エネルギーショックは単なる燃料価格問題にとどまらず、食料安全保障にも直結する構造的リスクを抱える。本稿では、中東情勢がASEAN経済・産業に与える影響について、前編、中編、後編に分け、整理する。前編では、ASEAN各国のエネルギー構造の脆弱(ぜいじゃく)性と影響の波及経路、さらに国際機関による経済成長見通しとシナリオ分析結果を整理する。

3月中旬以降、原油の調達難と価格高騰に直面

2026年2月28日、米国とイスラエルによる対イラン軍事作戦をきっかけに中東情勢は急速に緊迫化した。これにより、世界のエネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡では航路の妨害や封鎖リスクが高まり、原油・LNG輸送の不安定化を通じて世界のエネルギー供給網に深刻な影響が及んだ。天然ガスの指標価格は約90%急騰し、原油価格も30%以上上昇した(注1)

さらに、中東地域は肥料、アルミニウム、石油化学製品の主要供給地でもあり、供給制約はエネルギーにとどまらずさまざまな分野に波及した。例えば、カタールとサウジアラビアは世界の窒素肥料輸出の1割以上を占めている(注2)。関連施設やインフラの物理的破壊が、かつてない規模の長期的供給ショックを引き起こしている。

ホルムズ海峡を巡る情勢不安は、エネルギー輸入依存度の高いASEAN各国において、3月中旬から下旬にかけて、特にガソリン・軽油の供給制約と価格上昇の同時進行のかたちで影響を及ぼした。例えば、ラオスでは3月中旬に、1リットル当たりのガソリン価格が23,000キープ(約170円)から35,000キープ(約260円)へと大幅に上昇した(注3)。供給不足の深刻化で多くのガソリンスタンドが休業や販売制限を余儀なくされ、市中では燃料を求める混乱が顕在化した。また、ベトナムやカンボジアでもガソリン価格が約4割上昇したほか、フィリピンでは石油輸入の9割以上を湾岸地域に依存する構造的脆弱性があらためて浮き彫りとなり、3月24日にマルコス大統領がエネルギー安全保障確保のため国家エネルギー非常事態を宣言した。これらは、ASEAN経済が中東情勢の変化に対して高い感応度を有していることを示している。

原油調達における中東依存度の高さ、備蓄能力の限界

ASEANの多くの国はエネルギー純輸入国であり、特に原油は中東依存度が高いことから(表1参照)、地政学的リスクに対するエクスポージャーが極めて高い。石油備蓄については国ごとの差異が大きいものの、IEA基準(90日分)(注4)を満たす国は限られる。多くの国は1~2カ月程度にとどまり、供給ショックへの耐性は限定的だ。タイは比較的高水準だが、当局の呼びかけにもかかわらず、全国各地でパニック買いが発生した。

表1:ASEAN主要国の原油中東依存度と備蓄日数注:中東依存度は2024年データ。
国名 中東依存度(%) 石油備蓄
タイ 58.8 約95日
フィリピン 95.1 約50~60日
ベトナム 87.7 約30~45日
インドネシア 20.5 約23日
マレーシア 68.8 不明
シンガポール 52.3 数カ月(非公表)

注:中東依存度は2024年データ。

出所:Maybank(2026)“ASEAN Economics Gulf War: Assessing the Fallout”を基にジェトロ作成

さらに重要なのは、エネルギー(原油、LNGなど)と食料・農業部門との連動だ。中東は窒素肥料を中心とする化学肥料の主要供給地であり、供給制約は農業生産コストを直接押し上げる。ASEANでは農業比率が高い国も多く、エネルギーショックは食料安全保障に直結する。

供給、需要、金融における広範な波及経路

中東情勢の緊張は、ASEAN経済・産業に対して「供給」「需要」「金融」の三つの主要経路を通じ、相互に連関しながら複合的な影響を及ぼす可能性がある(図参照)。まず供給面では、原油・LNGなどエネルギー価格の上昇に加え、食料や中間財の輸入コストが上昇する。さらに海上輸送における遅延や、ホルムズ海峡などの海上要衝の地政学リスク上昇により、船舶保険料や運賃が急騰し、輸入インフレ圧力を一段と強める。これはグローバル・サプライチェーンに深く組み込まれたASEAN製造業に直接波及し、電子機器や自動車部品などの輸出産業で供給制約や納期遅延が発生する可能性がある。また、化学、鉄鋼、物流などエネルギー集約型産業の収益も圧迫される。

次に需要面では、地政学リスクの高まりによる観光需要の減退が顕在化する恐れがある。さらに世界経済の減速が長期化した場合、ASEANの外需依存型成長モデルに対し下押し圧力が強まる。特にベトナム、タイ、マレーシアのように輸出型の製造業比率が高い国では、輸出減速を通じた成長鈍化が現れる可能性がある。

マクロ・金融面では、世界的インフレ圧力を背景に主要国の金融引き締めが継続し、新興国からの資本流出圧力が高まる。これにより、通貨安や資産価格の調整が生じ、特に外貨建て債務比率の高い国では金融安定性リスクが増大する。また、インフレ期待の上振れに対応した政策金利引き上げは、借入コスト上昇を通じて内需を抑制する要因ともなる。

これらの影響可能性に対して、各国政府は、需要抑制(節約・行動制限・省エネ)や価格・物価対策(補助金・価格統制・税制調整)などの政策を展開している。また、原油・天然ガスだけではなく、そこから波及する化学誘導品や素材・加工などにも広い影響を与え、進出日系企業にとっては原料調達難などサプライチェーンや操業への影響が顕在化している(中編で解説する)。

図:中東情勢がASEANに与える影響可能性(想定される波及経路)
中東情勢がASEANに与える影響可能性として、3つの波及経路の可能性がある。一つ目に供給(中東からの輸入)がある。エネルギーや食料、中間財の輸入コストが上昇する。また、海上輸送の遅延による運賃や保険料の急騰がインフレ圧力を高める。二つ目に、需要(中東への輸出)がある。観光業への打撃(地政学リスクによる旅行延期など)が想定される。域外輸出への影響は現時点で限定的であるが、紛争が長期化すれば世界的なサプライチェーンの混乱につながるリスクがある。三つ目に、マクロ・金融がある。不確実性の高まりにより資本流出、通貨安、資産価格の下落が生じる。さらに、インフレ抑制のための金融引き締めは、借入コストの上昇や消費の抑制を招く。

出所:ジェトロ作成

各機関は成長率押し下げとインフレ上昇を予測

各国際機関は、中東情勢の緊迫化により、原油価格上昇や供給制約を通じた各国経済の減速を見込んでいる(表2参照)。まずASEAN+3 マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)はASEAN10の2026年成長率を4.6%とし、シンガポール3.4%(最大の減速)、ベトナム7.4%、マレーシア4.6%、タイ1.7%など多くの国で前年からの減速を見込む一方、フィリピン5.3%やミャンマー2.5%は加速すると予測した(注5)。アジア開発銀行(ADB)も同じく4.6%とし、ベトナム7.2%、カンボジア4.5%、タイ1.8%などで減速を予測する(注6)。IMFは、ASEANを含むアジア新興国で成長が前年の5.5%から4.9%へ低下し、ベトナム7.1%、インドネシア5.0%、タイ1.5%としつつ、インフレは2.6%へ上昇するとした(注7)。世界銀行も、フィリピンが1.7ポイント下方修正と最大、タイ0.5ポイント、カンボジア0.4ポイントなど広範な下振れを指摘した(注8)

総じて、いずれの機関も、ベトナムは高成長を維持しつつも減速、タイは低成長で脆弱、インドネシアとマレーシアは比較的安定を保ちながらも鈍化、フィリピンは機関によって予測が割れる結果となった。

表2:ASEAN主要国の経済見通し(各機関予測)(△はマイナス値)
国・地域名 世界銀行 ADB IMF AMRO
2025年 2026年
予測値
(4月時点)
2025年 2026年
予測値
(4月時点)
2025年 2026年
予測値
(4月時点)
2025年 2026年
予測値
(4月時点)
インドネシア 5.1 4.7 5.1 5.2 5.1 5.0 5.1 5.0
マレーシア 5.2 4.4 5.2 4.6 5.2 4.7 5.2 4.6
フィリピン 4.4 3.7 4.4 4.4 4.4 4.1 4.4 5.3
タイ 2.4 1.3 2.4 1.8 2.4 1.5 2.4 1.7
ベトナム 8.0 6.3 8.0 7.2 8.0 7.1 8.0 7.4
カンボジア 4.8 3.9 5.2 4.5 n.a n.a 5.2 4.9
ラオス 4.5 3.5 4.4 4.0 n.a n.a 4.8 4.6
ミャンマー △ 1.3 2.0 △ 2.2 2.4 n.a n.a △ 1.5 2.5
ブルネイ n.a n.a 0.7 1.6 n.a n.a 0.7 1.9
東南アジア全体 n.a n.a 4.8 4.6 n.a n.a 4.9 4.6

出所:各機関公表資料を基にジェトロ作成

国際機関は、ASEAN経済・産業の脆弱性を指摘

各国際機関は、中東情勢の急変を受けた原油価格の急騰や天然ガス市場の混乱、ホルムズ海峡の通航リスク上昇などを踏まえ、地域経済への影響評価とシナリオ分析を実施した。

ADBは、中東情勢がアジア・太平洋に与える影響について、「早期安定化」と「長期化・深刻化」の複数シナリオに基づいて分析した。「早期安定化」シナリオでは、原油価格は一時的に上昇した後に沈静化し、域内の成長率は2025年の5.4%から2026、27年に5.1%へ緩やかに減速するにとどまるとした。一方、「紛争長期化」シナリオでは、エネルギー価格高止まりによりインフレ圧力が高まり、成長率は4.7%程度まで低下するとした。さらに「深刻化」シナリオでは、成長が一段と下押しされる可能性があると指摘する。また、影響経路は、エネルギー・肥料価格上昇による生産コスト増、サプライチェーン混乱、観光減少、金融引き締まりなど、多面的に波及すると見解を示した。

AMROは、ASEAN+3(日本・中国・韓国)への影響について、イランの報復の強度、ホルムズ海峡の遮断度合い、紛争期間に基づく3つのシナリオで分析した。ベースライン(長期消耗戦)では、海峡の断続的な制約により供給が逼迫し、原油価格は紛争開始後4カ月間、1バレル90ドル超で推移し、その後は緊張の緩和に伴い、2026年後半には75~85ドルに落ち着くと想定した。このシナリオでは、2026年のASEAN+3の成長率は4.0%、インフレ率は1.4%と予測される。次に、「制御不能な地域拡大」シナリオでは、湾岸インフラ被害と海峡閉鎖により供給が大幅に減少し、原油価格は100ドル超で高止まりする。金融環境の引き締まりも重なり、成長率は3.7%へ減速し、インフレ率は2%超に上昇すると見込んだ。一方、「管理された緩和」シナリオでは、原油価格は2カ月間90ドル超で推移した後、年内には70~80ドルに低下する。この場合、インフレ率は1.1%、成長率は4.1%とやや高めになる見通しだ。このように、影響の大きさはエネルギー輸入依存度や供給多様化の進展度合いに応じて、国別で差が生じると指摘した。

世界銀行は、エネルギー価格ショックに対する「曝露(ばくろ)度(Exposure)」「脆弱性(Vulnerability)」「政策余地(Policy space)」の観点から影響を整理した。まず、曝露度では、タイ、フィリピン、ラオスなど石油輸入依存度の高い国で物価上昇と生産コスト増が顕在化する。タイ、フィリピンでは、原油価格が20ドル上昇した場合、約0.6ポイントのインフレを押し上げると試算した。一方、マレーシアやインドネシアは資源輸出や価格統制により影響が相対的に緩和される。「脆弱性」では、カンボジア、ベトナム、インドネシアで石油備蓄水準が限定的であり、供給制約に弱い。また、ラオスやミャンマーでは高インフレにより金融政策の対応余地が制約される。「政策余地」では、タイやラオスは政府債務が高く、財政対応が限定的である一方、インドネシアやベトナムは資源収入や制度面の余地を背景に一定の吸収力があるとした。

以上のように、中東情勢の緊迫化は、ASEAN経済や産業に対してエネルギー価格上昇を起点とする供給・需要・金融の多面的なショックをもたらし、各国の成長見通しを下押ししている。特に原油・LNGの輸入依存度の高さと備蓄能力の限界は、構造的脆弱性としてあらためて浮き彫りとなった。一方で、影響の度合いはエネルギー・食糧の対外依存度などによって国によって異なり、資源輸出国と輸入国の間で非対称性も拡大している。中編では、各国政府による対応(国民支援措置、エネルギー需要抑制)および課題や、進出企業への影響について説明する。


注1:
世界銀行(2026)“East Asia & Pacific Economic Update: Industrial Policy in the Digital Age”外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます本文に戻る
注2:
注1と同様。 本文に戻る
注3:
ジェトロ・ビエンチャン事務所調べ。 本文に戻る
注4:
注1と同様。 本文に戻る
注5:
AMRO(2026)“ASEAN+3 Regional Economic Outlook 2026”PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.3MB)本文に戻る
注6:
ADB(2026)“Asian Development Outlook: The Middle East Conflict Challenges Resilience in Asia and the Pacific”PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(20.1MB)本文に戻る
注7:
IMF(2026)“World Economic Outlook, April 2026: Global Economy in the Shadow of War”PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.9MB)本文に戻る
注8:
注1と同様。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ジャカルタ事務所(10~15年)、海外調査部アジア大洋州課(15~18年)、シンガポール事務所(18~22年)などを経て、2024年9月から現職。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。