外貨不足の構造的要因
エジプト外貨問題を振り返る(1)

2026年8月27日

アフリカ第2位の経済大国エジプト。国全体のGDPは3,646億ドルで、人口は1億人を超え、日系企業拠点数も南アフリカ共和国、ケニアに次いで多い。消費市場としてのみならず、欧州・中東・アフリカの結節点という戦略的立地と、豊富で安価な労働力を生かした製造拠点としても注目されている。

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、エジプトでは外貨不足の問題が深刻化した。2021年には400億ドル以上を維持していた外貨準備高は、ウクライナ侵攻開始後に大幅に下落し、2022年8月には約330億ドルまで落ち込んだ(図1参照)。海外送金が実質的に困難になり、日本企業の活動を含む同国のビジネス環境に多大な影響をもたらした。2024年2月のアラブ首長国連邦(UAE)による350億ドルの大型投資(2024年2月27日付ビジネス短信参照)を契機として深刻な外貨不足を脱し、外貨準備高はウクライナ侵攻以前を超える水準まで回復した。2026年6月末には、エジプト中央銀行(CBE)が発表する外貨準備高が550億ドルを突破した。IMFによれば、同月末のグロス外貨準備高は外貨準備適正性指標(ARA)の119%に達した。その間、在エジプト日本大使館、エジプト日本商工会(JBA)およびジェトロからのエジプト政府への働きかけも奏功し、日本企業の債権回収問題も大部分が解決した。外貨不足問題の根源である貿易赤字や対外債務への依存といった構造的課題が解消されたわけではないが、危機を経験したことで、外資製造業の進出や輸出志向型投資が拡大するなど、エジプト経済には新たな変化も生まれている。

図1:エジプトの外貨準備高推移(2021年1月~2026年7月)
エジプトの外貨準備高は2022年2月まで400億ドル以上を維持していたが、翌3月から急落、8月には約330億ドルまで落ち込んだ。2024年2月まで約350億ドル程度で推移していたが、翌3月に400億ドルまで回復、その後は増加を続けている。

注:軸は0起点ではなく、200億ドルを下限として表示している。
出所:エジプト中央銀行(CBE)発表からジェトロ作成

本連載では、外貨不足の構造的要因、ウクライナ侵攻によるショック、そしてUAEの大型投資後の変化を通じて、エジプトが外貨危機をどのように乗り越え、今後どこへ向かおうとしているのかを考察する。第1回となる本稿では、エジプトの外貨不足の根本的な原因について分析する。

エジプトの基礎的な経済指標およびマクロ経済については、「概況・基本統計」および「エジプトの貿易投資年報」を参照されたい。

経常収支は慢性的に赤字

ウクライナ侵攻以前より、エジプト経済には外貨不足に陥りやすい構造があった。資本・金融収支の黒字により、国際収支は年によって黒字になることもあるが、経常収支は慢性的に赤字だ(表1参照)。経常収支は貿易収支、サービス収支(スエズ運河通航料収入、観光収入を含む)、所得収支、移転収支(海外送金、贈与など)から構成される。資本・金融収支は直接投資、証券投資、借り入れなどを含む。

表1:エジプトの国際収支推移(単位:10億ドル)(△はマイナス値)注1:エジプトの会計年度は7月始まり。2020/2021年度は2020年7月~2021年6月を指す。 注2:2025年7月~2026年3月。 注3:国際収支は経常収支、資本・金融収支のほか、誤差脱漏(統計上の誤差を調整する項目)から構成される。
項目 経常収支 資本・金融収支 国際収支(注3)
2017/2018年度(注1) △ 6.0 22.0 12.8
2018/2019年度 △ 8.2 8.5 △ 0.1
2019/2020年度 △ 11.2 5.4 △ 8.6
2020/2021年度 △ 18.4 23.4 1.9
2021/2022年度 △ 16.6 11.8 △ 10.5
2022/2023年度 △ 4.7 8.9 0.9
2023/2024年度 △ 20.8 29.9 9.7
2024/2025年度 △ 15.4 10.2 △ 2.1
2025/2026年度〔第3四半期まで(注2)〕 △ 14.6 9.9 △ 1.8

注1:エジプトの会計年度は7月始まり。2020/2021年度は2020年7月~2021年6月を指す。
注2:2025年7月~2026年3月。
注3:国際収支は経常収支、資本・金融収支のほか、誤差脱漏(統計上の誤差を調整する項目)から構成される。

出所:CBE発表からジェトロ作成

貿易収支は慢性的に赤字であり、経常収支の赤字の主な要因となっている(表2参照)。エジプトは石油、天然ガスの産出国だが、同額程度もしくはそれ以上の額を輸入している。また、1億人超の人口を抱え、食料、製造業向け原材料・中間財、資本財などへの輸入依存度が高く、慢性的な非石油貿易赤字を抱えている。一方で、民間部門主導の輸出産業の育成は十分進んでおらず、非資源分野の輸出競争力は限定的だ。IMFは、その背景として、過去約10年間にわたりエジプト政府が推進してきたメガプロジェクトや、国有・軍関連企業を中心とする国家主導型の成長モデルへの依存が、民間企業の成長や輸出拡大、生産性向上を阻害してきた可能性を指摘している。

表2:エジプトの貿易収支推移(単位:10億ドル)(△はマイナス値)注:エネルギーには、原油、天然ガス、石油製品を含む。
項目 輸出 輸入 貿易収支
エネルギー
(注)
非エネルギー 輸出計 エネルギー 非エネルギー 輸入計
2017/2018年度 8.8 17.1 25.9 12.5 50.6 63.1 △ 37.2
2018/2019年度 11.6 16.9 28.5 11.5 55.0 66.5 △ 38.0
2019/2020年度 8.5 17.9 26.4 8.9 53.9 62.8 △ 36.4
2020/2021年度 8.6 20.1 28.7 8.7 62.1 70.8 △ 42.1
2021/2022年度 18.0 25.9 43.9 13.5 73.8 87.3 △ 43.4
2022/2023年度 13.8 25.8 39.6 13.4 57.4 70.8 △ 31.2
2023/2024年度 5.7 26.8 32.5 13.4 58.8 72.1 △ 39.6
2024/2025年度 5.6 34.6 40.2 19.5 71.7 91.2 △ 51.0
2025/2026年度(第3四半期まで) 4.2 27.3 31.5 17.3 61.9 79.2 △ 47.7

注:エネルギーには、原油、天然ガス、石油製品を含む。

出所:CBE発表からジェトロ作成

経常収支に含まれる項目のうち、主な外貨収入源となっているのが(1)観光収入、(2)スエズ運河の通航料収入、(3)海外で働くエジプト人からの郷里送金だ(図2参照)。ギザの三大ピラミッドをはじめとする古代エジプト文明の遺跡群や地中海・紅海のリゾートなど、エジプトは豊富な観光資源を有するが、観光は新型コロナウイルス感染症の感染拡大など外部ショックの影響を受ける可能性がある。スエズ運河の通航料収入は比較的安定した収入源であったが、中東の地政学リスクは避けられない(紅海におけるイエメンのフーシ派の活動の影響については連載第3回で述べる)。

外貨収入を支えるのが、年間200~400億ドルに上る郷里送金だ。エジプトは労働力の供給国であり、医者などの知識階級から単純労働者まで、中東湾岸諸国を中心に、米国や欧州など幅広い地域でエジプト人が働いている。エジプト中央動員統計局(CAPMAS)は、2023年末時点の海外在住エジプト人数を約1,100万人と推計しており、同年のエジプトの送金受取額は世界6位であったとしている。

図2:エジプトの主な外貨収入源とその推移
エジプトの主な外貨収入源のうち、観光は10~20億ドルを占めるが、2020/2021年度は激減した。スエズ運河通航料収入は安定して5億ドル前後だが、2024/2025年度以降は減少している。最も多くを占めるのが郷里送金で、200~400億ドルの規模だ。

注:第3四半期まで(2025年7月~2026年3月)の値。
出所:CBE発表からジェトロ作成

資本・金融収支は黒字も、不安定な資本流入に依存

資本・金融収支は黒字を維持しているが、ここでは主な資本流入源である(1)対内直接投資、(2)ポートフォリオ投資、(3)対外借り入れの3点に分けて分析する(表3参照)。エジプトの対内直接投資額は、UAEからの大型投資が入った2023/2024年度を除いてもおよそ50~100億ドル程度で推移しており、安定した外貨収入源となっている。一方、ポートフォリオ投資は、金額規模では対内直接投資額を上回る年もあるが、海外投資家のホットマネー(短期資本)が多くを占めており、浮き沈みが激しい。外部要因に左右されやすいポートフォリオ投資への依存は、エジプトの外貨収入が安定しない一因といえるだろう。また、資本流入の一部が対外借り入れであることにも留意が必要だ。2010年代後半、エジプトはインフラ投資や財政運営のために対外借り入れを拡大した。対外債務が積み上がると、元本返済や利払いのために外貨需要が増加する。実際に、2021年以降は毎年150~350億ドルが借り入れの返済に充てられている。

表3:エジプトの主な資本流入とその推移(単位:10億ドル)(△はマイナス値)注:第3四半期まで(2025年7月~2026年3月)の値。
年度 対内直接
投資
対内ポート
フォリオ投資
対外借入
ネット借入 うち中長期借入
実行額
うち中長期借入
返済額
2017/2018年度 7.7 12.1 10.3 8.8 △ 2.1
2018/2019年度 8.2 4.2 6.3 5.5 △ 2.2
2019/2020年度 7.5 △ 7.3 4.1 9.3 △ 2.0
2020/2021年度 5.2 18.7 8.0 6.5 △ 2.2
2021/2022年度 8.9 △ 21.0 △ 1.4 3.7 △ 3.0
2022/2023年度 10.0 △ 3.8 1.4 3.2 △ 3.4
2023/2024年度 46.1 14.5 4.9 4.1 △ 6.9
2024/2025年度 12.2 1.6 △ 0.7 5.9 △ 8.2
2025/2026年度(注) 13.0 △ 4.4 6.1 7.5 △ 4.3

注:第3四半期まで(2025年7月~2026年3月)の値。

出所:CBE発表からジェトロ作成

欧州復興開発銀行(EBRD)は、高い債務負担がエジプトのマクロ経済の不安定化要因の1つであると指摘している。エジプトの対外債務残高は、2015年の約500億ドルから拡大し、2019年には1,000億ドルを突破した。その後も1,300億ドル~1,700億ドルの高水準で推移している(図3参照)。これに伴い、対GDP比対外債務残高も2015年の14%程度から2017年には30%超へ上昇し、対外債務の経済規模に対する負担が大幅に高まっている。また、対外債務返済負担率も上昇傾向にあり、2016年に15%、2020年には30%を超えた。これは、外貨収入の相当部分が債務返済に充てられている状況を示している。

図3:エジプトの対外債務規模と返済負担の推移
エジプトの対外債務負担の推移を示すグラフ。対外債務残高は2015年の約500億ドルから2023年に約1,680億ドルまで増加し、対GDP比対外債務残高と対外債務返済負担率も2024年にそれぞれ約53%、約50%まで上昇している。

注:対外債務の元本返済および利払い額が財・サービスの輸出および第一次所得受取額に占める割合。
出所:世界銀行、IMF公表データからジェトロ作成

以上のとおり、エジプトの外貨不足問題の根源は、輸出による外貨収入よりも輸入や債務返済に必要な外貨の割合が大きく、その穴埋めを不安定な外貨収入源や対外借り入れに依存してきたことにある。第2回では、ロシアによるウクライナ侵攻の影響について論じる。

執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 リサーチ・マネージャー
塩川 裕子(しおかわ ゆうこ)
2016年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ富山、企画部(中東担当)、ジェトロ・カイロ事務所を経て、2026年7月から現職。中東・アフリカ地域の調査・情報発信を担当。