外貨危機後の新局面を読む
エジプト外貨問題を振り返る(3)

2026年9月2日

エジプトの外貨不足問題について考察する連載。第1回「外貨不足の構造的要因」では、外貨不足の根本的な原因について分析し、第2回「ウクライナ侵攻の衝撃」では、2022年2月に勃発したロシアによるウクライナ侵攻の影響と、外貨不足状況下でのエジプト経済について論じた。第3回となる本稿では、2024年2月末のアラブ首長国連邦(UAE)からの大型投資を契機とした外貨流動性の回復と、今後の見通しについて解説する。

転機となったUAEの大型投資

2024年2月23日、UAEのムハンマド・ビン・ハッサン・アルスワイディ投資相がエジプトを訪問し、総額350億ドルというエジプト史上最大の対内直接投資案件に調印した。エジプト北西部、地中海沿岸の町ラス・アルヘクマ(Ras Al-Hekma)をリゾートや商業、住宅、教育機関などに向けて総合開発する案件だ。このうち240億ドルは新規資金で、110億ドルはUAEがエジプト中央銀行(CBE)に預託していた既存資金を投資に転換するものだった。総額で当時のエジプトの外貨準備高(353億ドル)に匹敵する額に上り、2023/2024年度(注1)の総外貨収入額目標830億ドルのうち、対内直接投資額の目標とされた110億ドルを、この1件で3倍超上回った。

本投資案件の調印後、IMFから80億ドル、EUから74億ユーロ、世界銀行から60億ドルと、国際機関から相次いでエジプトへの財政支援が発表された。エジプトの外貨準備高は2024年2月末の353億ドルから翌3月末には404億ドルに増加、5月には460億ドルと、ウクライナ侵攻前の水準を50億ドル以上上回る水準にまで回復した(図1参照)。

図1:エジプトの外貨準備高推移(2021年1月~2026年7月)
エジプトの外貨準備高は2022年2月まで400億ドル以上を維持していたが、翌3月から急落、8月には約330億ドルまで落ち込んだ。2024年2月まで約350億ドル程度で推移していたが、翌3月に400億ドルまで回復、その後は増加を続けている。

注:軸は0起点ではなく、200億ドルを下限として表示している。
出所:エジプト中央銀行(CBE)発表からジェトロ作成

外貨流動性回復と為替並行市場の排除

外貨準備高の増加に伴い、外貨流動性も回復した。銀行部門の対外純資産(NFA)は、2022年6月末、2023年6月末には100億ドル以上の大幅なマイナスであったが、2024年6月末には27億5,000万ドルのプラスに回復した(図2参照)。2025年3月末も約25億ドルとプラスを維持しており、外貨流動性が改善していることがうかがえる。2024年8月のIMFの報告では、銀行の外貨需要バックログ(注2)が解消され、ゼロの状況が続いているほか、銀行間外国為替市場の取引高が2024年3月以前と比べて約10倍に増加したとしている。IMFは、エジプト国内の複数の国際企業が配当送金のための外貨調達について正常化を確認したとしており、外貨流動性の回復が裏付けられる。

図2:エジプト銀行部門の対外純資産(NFA)残高推移
エジプトの銀行部門の対外純資産は、2022年6月末、2023年6月末は100億ドル以上の大幅なマイナスであったが、2024年6月末には27億ドルのプラスに回復した。

注:数値は各年の6月末の残高。2025年のみ3月末の残高。
出所:CBE発表からジェトロ作成

さらに、CBEは2024年3月、政策金利を6ポイント引き上げて27.75%とするとともに、為替相場をあらためて自由化すると発表し、実質的に通貨エジプト・ポンド(EGP)を切り下げた(図3参照)。第2回「ウクライナ侵攻の衝撃と経済の底力」で述べたように、外貨不足の状況下では公式市場での外貨の調達が困難となり、並行市場が拡大した。2023年半ばには1ドル=約40EGP、2024年初頭には一時1ドル=70EGPを超える水準までEGP安が進行していた。外貨流動性が回復し、公式市場で必要な外貨を調達できるようになったことで、公式レートと並行市場レートの乖離はほとんどなくなった。

図3:EGPの対ドル公定レート推移(2022年1月~2026年8月)
EGPの対ドル公定レートは2022年1月の1ドル=約15EGPから、3度の切り下げを経て、2023年初から2024年初までは1ドル=約30EGPの水準で一定だった。2024年3月に1ドル=約50EGPに切り下がって以降は、それまでよりも需給に応じて為替が細かく変動するようになったが、概ね1ドル=50EGP前後で推移している。

出所:CBE発表からジェトロ作成

経済状況好転でビジネスも活性化

経済指標はUAEの大型投資により改善したが、2024年2月以降もしばらくは、外貨送金が難しい状況が続いていた。IMFが2024年8月時点で、「外貨需要バックログがゼロの状態を維持していること」や、「国際企業による配当送金へのアクセスが正常化したこと」に言及していることから、企業レベルでの外貨アクセス正常化には一定の移行期間を要したと考えられる。

他方、経済指標が改善したことで、外国企業による対エジプトビジネスは活性化した。2024年以降、特に目立つのが製造拠点の進出だ(表1参照)。国内市場向けに加え、外貨不足の経験から、エジプトで製造し、欧州、中東などに輸出して外貨を稼ぐビジネスモデルが主流になりつつある。また、こうした企業向けにサービスを提供する物流企業の投資も相次いでいる。エジプト政府も、外貨獲得のための輸出産業育成を進めており、製造業向けの現金補助制度や投資税額控除制度を通じて、外資による製造拠点進出を歓迎している。さらに、2025年に米国のトランプ政権が発動したエジプトに対する相互関税は10%であったため、対米輸出を志向する繊維産業などの製造業に追い風が吹いた。

表1:エジプトにおける外資製造業および物流企業の進出事例(2024年以降発表)

(1)製造拠点
発表時期 企業名 本社
所在国
内容
2024年9月 ベコ(BEKO) トルコ 1億1,000万ドル規模を投じ、カイロ北東のテンス・オブ・ラマダン市に工業団地を開設。家電生産、R&Dセンターを実施
2025年1月 吉利汽車(Geely) 中国 エジプトで「吉利(Geely)」ブランドの完成車組み立てを開始すると発表
2025年8月 賽輪集団(SAILUN) 中国 スエズ運河経済特区でのタイヤ工場建設の契約書に署名。2026年6月、新たに11億ドル超の追加投資を発表
2025年12月 レオニ ドイツ エジプト第4工場稼働と第5工場起工。自動車用ワイヤーハーネスを生産
(2)物流拠点
発表時期 企業名 本社
所在国
内容
2025年8月 シグマ・ロジスティクス
ロジ・トレード
トルコ スエズ運河経済特区への投資を発表。コンテナの保管、取り扱い、修理の保税ヤード2カ所を運営
2025年10月 DPワールド UAE スエズ湾に面する物流ターミナルが開業。テンス・オブ・ラマダン市での低温倉庫建設開始を発表

出所:ジェトロ「ビジネス短信」から作成

日本企業もエジプトビジネスを推進している。エジプトにおける日本企業のビジネスは主に(1)再生可能エネルギー、医療、教育など国家戦略分野への参画、(2)豊富で安価な労働力と通貨安を生かした製造業の輸出拠点化、(3)人口1億人超の巨大消費市場を狙った内需取り込みに大別されるが、このうち、前述した外資企業と同様に、(2)の製造拠点進出が増加していることに注目したい(表2参照)。日本企業にとって、欧州、中東、アフリカといった日本やアジアから遠い市場に近接し、これらの国・地域と多くのFTAを有するエジプトへの製造拠点進出はメリットが大きい。また、類似の条件を有するトルコやモロッコに比べて、投資や操業にかかるコストが安価であることも魅力の一つだ(ジェトロ「投資コスト比較」参照)。

表2:エジプトにおける日系企業の製造拠点進出事例(2024年3月以降発表)
発表時期 企業名 内容
2024年7月 サラヤ スエズ運河経済特区でエジプト工場を開所し、ホホバオイルの生産開始
2024年7月 シャープ エジプト最大手の家電メーカーとの間で新型冷蔵庫製造に向けた合弁会社設立契約を締結
2024年12月 日産自動車 新車種生産に向け4,500万ドルの投資を発表。2026年6月、アフリカ大陸で初となる「日産マグナイト」の生産開始を発表。
2025年5月 JMS エジプトでの血液バッグ製造のための合弁会社設立契約に調印
2025年6月 住友電装 テンス・オブ・ラマダン市に建設した自動車向けワイヤーハーネス生産新工場が開所
2025年7月 東洋一通商 エジプト最大手の家電メーカーと共同出資する建築・輸送機器用ガラス工場が稼働開始
2026年2月 大塚製薬 テンス・オブ・ラマダン市で「オロナミンCドリンク」の工場が竣工

出所:ジェトロ「ビジネス短信」から作成

外貨問題の今後を読む

CBEが発表する外貨準備高は2026年6月末に550億ドルを突破した。IMFによれば、同月末のグロス外貨準備高は外貨準備適正性指標(ARA)の119%に達した。翌7月末には560億ドルを達成した。一方で、第1回「外貨不足の構造的要因」で見たように、エジプトの外貨不足問題には構造的な原因があり、大型投融資による外貨準備高の増加だけでは根本的な解決にはならない。ここでは、エジプトの国際収支全体の今後について考察する(表3参照)。

まず経常収支について考える。貿易収支を見ると、プラス要因、マイナス要因のいずれも考えられるが、貿易収支の黒字化は短期的には難しいだろう。プラス要因としては、2024/2025年度までは非エネルギー分野で輸出の伸びが続いていることだ。政府は輸出産業育成のために外資製造業誘致を進めており、上記で見たように、輸出指向型の製造拠点進出が相次ぐ。一方で、マイナス要因として、エネルギー分野の輸出は2022/2023年度をピークに減少が続いている。さらに、米国・イスラエルとイラン間の紛争により、世界的にエネルギーの需給が逼迫しているため、エネルギー部門の貿易赤字は拡大が見込まれる。また、エジプトは燃料のほか、食料、製造業向け原材料・中間財、資本財などへの輸入依存度が高いため、人口増加や経済成長によって輸入額が増加することが考えられる。

経常収支に含まれる項目のうち、主な外貨収入源となっているのが(1)観光収入、(2)スエズ運河の通航料収入、(3)海外で働くエジプト人からの郷里送金だった。観光については、2024年の観光客数は過去最高の1,530万人に達し、2025年には1~9月で既に1,500万人を突破したという。欧州や湾岸からの紅海や地中海沿いのリゾート需要が旺盛であるほか、2025年11月には観光の目玉となる大エジプト博物館(GEM)がフルオープンした。通貨安による旅行コストの相対的な低下に加え、中東情勢の悪化の影響をほとんど受けておらず、国内政治や治安が安定していることも追い風となっている。郷里送金についても、2024/2025年度に過去最高の365億ドルを記録した。為替の並行市場が排除され、通貨急落の懸念が少なくなっていることから、今後も堅調に推移すると見込まれる。ただし、エジプト人労働者は中東湾岸諸国に多く居住しており、昨今の情勢悪化による経済動向に送金額が左右される可能性があることには留意が必要だ。

スエズ運河の通航料収入は短期的には回復が見込みづらい。2023年11月からイエメンのフーシ派が紅海で船舶に対する攻撃を開始し、紅海の南端のバブ・エル・マンデブ海峡および北端のスエズ運河の船舶通航量は激減した(図4参照)。2026年7月頃からフーシ派とサウジアラビア間の緊張が再び高まり、商船への攻撃も再発している。2023年末から南アフリカ共和国の喜望峰経由の代替ルートが利用され、既に定着しつつあることを考えると、紅海を巡る情勢が改善したとしても、物流の正常化までには相当の時間がかかることが見込まれる。

図4:バブ・エル・マンデブ海峡、スエズ運河および喜望峰の通過隻数(1日当たり)の推移(2023年1月1日~2026年7月26日)
バブ・エル・マンデブ海峡およびスエズ運河の1日あたり通貨隻数は、2023年11月までは60~80隻程度だったが、2023年末に急減し、その後2026年7月に至るまで20~40隻程度で推移している・喜望峰は2023年末までは50隻程度で推移していたが、2023年末以降増加、100隻近い数値になっている。

注:本統計は船舶自動識別装置(AIS)に基づいており、AISを停止して航行している船舶は含まれない。
出所:IMF「ポートウォッチ」からジェトロ作成

金融・資本収支のうち、対内直接投資は先に見たように好調だ。2025/2026年度の対内直接投資額は第3四半期までで2024/2025年度年間の流入額を超える130億ドルに達した。ポートフォリオ投資については、投機的な性格もあり、今後も米国の金利や中東情勢をはじめとする外部要因によって激しい変動が見込まれる。対外借り入れを見ると、2025/2026年度第3四半期までのネット借り入れは61億ドルで、過去5年間で最大だ。2025/2026年度および2026/2027年度にはそれぞれ約259億ドル、以降は約304億ドルの返済・借り換えが必要とのIMFの分析も報じられている。しかし、IMFは2026年3月に、債務の対GDP比率は徐々に低下していると評価しており、実際の対外債務残高も2024年にピークアウトしている。また、8月には、為替自由化、財政健全化、外貨準備の積み上げ、資本市場へのアクセス回復により、エジプトの対外債務管理能力は近年大きく改善したと指摘した。IMFは、外貨準備は増加基調にあり、政府債務比率も中期的には低下が見込まれると、前向きな見方を示している。

本連載では、エジプトの外貨不足問題について、その構造的要因、ウクライナ侵攻による外部ショック、そしてUAEによる大型投資を契機とした外貨流動性の回復という3つの視点から考察してきた(表3参照)。

表3:エジプトの国際収支構造の変遷と評価注:今後の見通しはCBE、IMFの公表データや分析を総合して筆者が分析した。
項目 事項 構造的な要因 ウクライナ侵攻の影響 現状、今後の見通し
全体 全体評価 経常収支赤字を資本流入で補う構造。 外部ショックで構造的脆弱性が顕在化。外貨準備減少、送金制限、並行市場との為替レート乖離が発生。 外貨流動性は大幅に改善も、経常赤字構造は継続。持続的安定には輸出産業育成と経常収支の改善が不可欠。
経常収支 貿易収支 慢性的赤字。非石油輸出の競争力不足。 小麦価格高騰、エネルギー価格上昇で赤字拡大。輸入抑制策も発動。 製造業輸出は増加。一方、エネルギー輸出減少と輸入需要増加により赤字継続。
観光収入 コロナ禍から回復局面。重要な外貨獲得源。 比較的堅調に回復。外貨不足期にも大きく崩れず。 観光客数・収入ともに過去最高水準。外貨獲得を支える。
スエズ運河収入 安定した外貨収入源。 好調。2022/23年度は過去最高水準。 フーシ派による紅海情勢悪化で急減。最大の下押し要因。
郷里送金 年200~400億ドル規模の安定した外貨源。 並行市場拡大で公式統計上急減。送金の非公式化が進展。 為替自由化により公式市場へ回帰。過去最高水準まで急回復し、今後も堅調な推移が見込まれる。
資本収支 FDI(直接投資) 年50~100億ドル程度で安定。エネルギー中心。 外貨不足にもかかわらず一定規模を維持。グリーン・製造業投資が増加。 UAEからの大型投資案件を契機に急増。輸出志向型製造業投資も拡大。
ポートフォリオ投資 高金利を背景に流入するが変動大。ホットマネー依存。 大規模流出(資本逃避)。外貨準備減少の主因の一つ。 一部回復したが依然不安定。国際金利・地政学リスクの影響大。
借入金・債務返済 対外借り入れで国際収支を補完。債務残高は上昇基調。 IMF・湾岸諸国などへの依存拡大。返済負担が重石。 借り換え・返済需要は依然巨額。IMFは管理能力改善を評価するが脆弱性は残存。

注:今後の見通しはCBE、IMFの公表データや分析を総合して筆者が分析した。

出所:CBE、IMFを基にジェトロ作成

2024年以降、外貨準備高の増加や為替市場の正常化、対内直接投資の拡大などを背景に、エジプト経済は危機的な局面を脱しつつある。また、観光収入や郷里送金も堅調であり、短期的な外貨繰りリスクは大きく低下した。一方で、貿易収支の構造的赤字、スエズ運河収入の低迷、巨額の対外債務返済・借り換え需要といった課題は依然として残されている。今後、エジプトが持続的な成長と通貨・対外部門の安定を実現できるかどうかは、一時的な資金流入への依存から脱却し、製造業の育成や輸出拡大を通じて、自律的な外貨獲得能力を高められるかにかかっている。


注1:
エジプトの会計年度は7月始まり。2023/2024年度は2023年7月~2024年6月を指す。 本文に戻る
注2:
銀行に持ち込まれた外貨購入・送金需要のうち、外貨不足によって未処理のまま滞留している需要残高。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 リサーチ・マネージャー
塩川 裕子(しおかわ ゆうこ)
2016年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ富山、企画部(中東担当)、ジェトロ・カイロ事務所を経て、2026年7月から現職。中東・アフリカ地域の調査・情報発信を担当。