米国コネクテッドカー規則発効、求められるサプライチェーンの透明化

2025年6月11日

米国で、コネクテッドカーに対する規制の具体化が進んでいる。情報通信技術・サービス(ICTS)のサプライチェーンにおける経済安全保障上のリスク低減を目指し、サプライチェーンの透明化とその厳格な管理を企業に求める。関連する企業は、複雑な最終規則を正しく理解し、規制当局と適切にコミュニケーションを取りながら対応することが求められている。

最終規則が発効、第1次トランプ政権が発端

中国(香港、マカオを含む)とロシアが関係するコネクテッドカーの米国への輸入・販売を禁止する最終規則が2025年3月に発効した。1万1ポンド(約4,536キログラム)未満の乗用車(注1)について、(1)ソフトウエアは2027モデルイヤー(注2)から、(2)ハードウエアは2030モデルイヤー(モデルイヤーのない構成品は2029年1月1日)から適用される。米商務省産業安全保障局(BIS)が2025年1月に「コネクテッドカーにおけるICTSサプライチェーン保護」と題する官報外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを公示し、60日後に発効する段取りとなっていた(2025年1月15日付ビジネス短信参照)。

本規則は、ジョー・バイデン前大統領が2024年2月、中国など懸念国の情報通信技術を利用しているコネクテッドカーの安全保障上のリスクを調査し、必要な対応を取るよう、商務長官に対して指示したことに基づく。その後、第2次トランプ政権移行後に最終規則が発効するかたちとなったが、その発端は第1次トランプ政権(2017~2021年)にさかのぼる。2019年5月に発令された、ICTSのサプライチェーンの安全確保を目的とした大統領令13873外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで、商務長官が安全保障上の懸念があると判断した場合、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき、外国の敵対者が所有または支配する者によって設計、開発、製造、供給された情報通信技術やサービスの取引を禁止できると定めている。第1次トランプ政権下では具体的な対策の導入に至らなかったが、続くバイデン政権ではコネクテッドカーを「車輪の付いたスマートフォン」と表し、安全保障上の脅威を認定し、法整備を進めてきた。第2次トランプ政権では、就任初日に発表した「米国第一の通商政策」において、規制を強化する方向で見直すよう指示している(2025年1月22日付ビジネス短信参照、注3)。政権をまたいで着実に法制化が進んでおり、政権交代など国内政治環境の変化が決定に与える影響は限定的といえる。特に対中国を念頭に置いた経済安全保障体制の強化は超党派の支持を得た政策であり、本規制も一過性の政策ではないと捉え、腰を据えた対策が肝要だ。

パブリックコメントを経て規制対象が明確に

規制対象となる技術は、ソフトウエアは車両通信システム(VCS)や自動運転システム(ADS)を直接有効にする(directly enable)ソフトウエアの構成要素、ハードウエアは450メガヘルツ超の無線通信の送受信などを直接有効にするVCSと官報に記されている。主に公道、高速道路での使用を目的とする乗用車に搭載される技術が対象となる(表1参照)。100件を超えるパブリックコメントを踏まえBISは、最終規則において対象となるVCSの定義を狭義に修正し、また、対象となる懸念国についても定義を明確化した。また官報で、40を超える事例を紹介しながら、定義、対象を詳説している。

表1:最終規則で規定された対象・対象外技術
項目 対象 対象外
車両 主に公道、高速道路での使用を目的とする乗用車 商用車、鉄道、建設・農業・鉱業機械、電動スクーターなど
ソフトウエア
  • 車両通信システム(VCS)や自動運転システム(ADS)を直接有効にする(directly enable)ソフトウエアの構成要素
  • ファームウエア(注1)
  • オープンソースソフトウエア
  • 先進運転支援システム(ADAS)
  • 2026年3月17日より以前に設計、開発、製造、供給されたレガシーソフトウエア(注2)
ハードウエア
  • 450メガヘルツ超の無線通信の送受信などを直接有効にするVCS
  • マイコン、半導体チップ、テレマティクス制御ユニット、セルラーモデム、Wifi、Bluetooth、車外アンテナなど外部システムへの通信を直接有効にする技術
  • ライダー(LiDAR)、レーダー、超広帯域無線通信、スマートキー、全球測位衛星システム(GNSS)、AM/FMラジオなどを直接有効にする技術
  • 金具、受動部品、半導体素子

注1:電子機器を制御するために組み込まれた重要なソフトウエア。
注2:同日以降に懸念国の関係者によって補修、増強、改変された場合は規制対象となる。同日以降に懸念国関係者によって供給された場合も規制対象になり得るため、適合宣言の取得などの対応が必要となる。
出所:連邦官報(2025年1月16日付)からジェトロ作成

BISとのコミュニケーションでコンプライアンス順守を

段階を踏んで時間をかけて調整されたとはいえ、最終規則の内容が曖昧で分かりにくいという声が企業から聞かれる。今後、具体的な解説の公表を予定する項目もあるが、対象技術や必要書類について厳密に明示することを避けることで、ケースバイケースでBISが判断する余地を設けていることも一因だ。そのため、規制対象となり得る取引を行う企業は、BISの情報通信技術・サービス室(OICTS)とコミュニケーションを取ることで、コンプライアンス順守のための適切な対応を取ることが推奨される(表2参照)。BISがウェブサイト上に設けたコンプライアンス申請・報告システム(CARS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを活用してやり取りをする。

表2:コンプライアンス順守のためのBISへの申請方法
項目 適合宣言
(Declaration of Conformity)
許可
(Authorization)
助言申請
(Advisory Opinion Request)
対象 対象ソフトウエアを搭載したコネクテッドカー輸入者、VCSハードウエア輸入者 対象ソフトウエアを搭載したコネクテッドカー輸入者、VCSハードウエア輸入者 規制対象となり得る事業を行う者であれば誰でも申請が可能
目的 当該取引が規制対象ではないことを証明するため 当該取引が本来は規制対象だが取引許可を得るため 当該取引が規制対象となるか判断するため
内容 企業情報の提出に加え、サプライチェーンにおけるデューディリジェンスを実施した上で、対象のVCSハードウエアまたは対象ソフトウエアが中国・ロシア関連者によって設計等されたものではないことを証明する「適合宣言」をBIS情報通信技術・サービス室(OICTS)に提出する。 一般許可:小規模事業者、短期間の使用、展示/試験/研究/修理など特定のリスクの低い取引が対象。具体的な要件は今後、官報で公表予定。
特別許可:一般許可の要件を満たさない取引が対象。詳細情報を添えてBISに申請し、ケースバイケースで審査される。
十分な情報を提供することで、OICTSに助言を求める申請ができる。
時期 毎年または新しいモデルイヤーごとに提出が必要。少なくとも最初の取引の60日前までに提出する。 一般許可:BISへの申請不要。
特別許可:随時。90日以内に回答が返される。許可の有効期間はBISがケースバイケースで設定する。
随時。60日以内に回答が返される。

出所:連邦官報(2025年1月16日付)からジェトロ作成

対象となるソフトウエアを搭載したコネクテッドカーを輸入する事業者、VCSハードウエア輸入者はあまねく、まずは自社の製品ごとにサプライチェーンのデューディリジェンスを行い、ソフトウエア部品構成表(SBOM)およびハードウエア部品構成表(HBOM)の作成などを通じて、設計、開発、製造、供給に関わるサプライヤーを特定する作業が必要だ(注4)。その上で、懸念国の関与がある場合に適合宣言(Declaration of Conformity)をBISに提出することになる。その過程で、自社が携わる取引が本規則において規制対象に分類される場合に、一般許可(General Authorization)または特別許可(Special Authorization)の取得に向けて取り組む。

許可なく規制対象の取引に従事する、特別許可の条件に従わないなど、本規則に違反した場合は、IEEPAに基づく民事制裁金として最大36万8,136ドル、刑事罰金として最大100万ドルが科されることが官報に記載されている。本規則を順守するために実施するデューディリジェンス、取引許可を得るための書類作成や10年間の保管が求められる記録管理など、最大7万7,000ドルの初期費用がかかる可能性にBISが言及していることから、対策には一定の事務コストを見込む必要がある。

こうした作業を企業に求める目的としてBISは、サプライチェーンの透明化により米国の安全保障環境を強固にすることを掲げる。各社から提出される適合宣言に盛り込まれているさまざまな製品に関与する企業体の情報は、複雑なサプライチェーンを有する自動車業界の全容を透明化することに資する。ある企業体を安全保障上の脅威と認識した際に、サプライチェーン全体を見渡し、ほかの取引にも関与していないか、早急に把握できると説明する。

日本企業の対策は

最終規則の発効により、コネクテッドカーへの規制が現実味を増したことで、日本の自動車・同部品メーカーも対応に追われている。米国向けコネクテッドカーに何らかの関与がある場合、まずは、自社製品のサプライチェーンを徹底的に洗い出すことから取り組む必要がある。例えば、部品を中国企業から調達している場合は、調達先の変更を検討することが対策の1つとなる。中国企業と立ち上げた合弁企業で開発した製品を米国市場向けのコネクテッドカーに搭載する場合などは、既存事業における中国の関与を本規則と照らし合わせ、解釈の仕方、規制の回避方法などを探す事態に直面する。モデルチェンジのタイミングは車種やメーカーによって異なり、規制の対象となる品目をすぐに代替品に変更できるわけではないため、移行期間に対策の検討を始めることが必要だろう。

ただ、今回の規制の対象となるコネクテッドカーを含め、自動運転技術、電気自動車(EV)バッテリーなど、先進的なICTSに中国の技術、人材は欠かせないという現実がある。イノベーションの中心地であるサンフランシスコ・ベイエリア(シリコンバレー)で新規技術探索や協業連携を模索する日本企業の担当者に聞くと、特に人材面で、スタンフォード大学などが供給する中国人留学生、卒業生が重要な要素となるという。スタートアップ探索において、米政権の対中規制を気にして自主規制をかけてしまうことが、シリコンバレーにおいてはビジネス上のリスクになるという見方もあった。特にアーリーステージのスタートアップだった場合、資金調達の過程で懸念国の関与が急に顕在化するなど、注意のしようがないという実態もある。懸念国が関与する事業体か確認することを本社から求められる、あるいは留意することを求められると回答した企業もあるが、ビジネスの最前線において、本社の危機意識を共有することは実際には難しいという本音も聞かれた。

各社で置かれている状況や取り扱う技術が異なるが、実際に米国への輸入・販売が禁止されるまでの移行期間に適切に対策を進めることは避けられない課題だ。デューディリジェンスの実施、継続的なサプライチェーンの管理・報告など、事業者に求められる対応も多い。複雑な法制度を理解し、自社への影響を精査した上で、BISと丁寧にコミュニケーションを取りながら対策を取ることが重要だ。


注1:
商用車については近い将来、別途、方針を発表すると官報に記載されている。
注2:
自動車の製造年度を大まかに表す。2027モデルイヤーといった場合、2027年1月1日からの1暦年を指す場合、2027年1月1日を含む前後1年間を指す場合があり、製造者の記載に基づく。
注3:
「米国第一の通商政策」で指示された項目の見直し結果を大統領に報告する要旨が2025年4月3日に公表されたが、コネクテッドカーに関しては開示項目がなかった(2025年4月7日付ビジネス短信参照)。
注4:
SBOM、HBOMの作成は義務ではない。デューディリジェンス、あるいはサプライチェーンの精査を実施したことを第三者が証明し、その証明書を適合宣言取得のための申請書類の一部とすることも可能。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課長
伊藤 実佐子(いとう みさこ)
1999年、ジェトロ入構。海外調査部米州課、対日投資部(北米・大洋州担当)、サンフランシスコ事務所を経て2023年8月より現職。2010年5月、米国ペンシルベニア大学大学院修了、公共政策修士。共訳書に『米国通商関連法概説』(ジェトロ、2005年)。