アグリテック企業が革新の主役
米国中西部の産業エコシステム(3)

2025年12月26日

シリーズ第3回の本稿では、IoT(モノのインターネット)やスマート農業をはじめとした、アグリ・バイオ分野でイノベーションが進む米国中西部のファームベルトに焦点をあて、現在注目される技術革新のトレンドや共通する課題を背景に広がる日本企業との連携の可能性を考察する。

米ファームベルト、アグリ・バイオの革新拠点に

イリノイ州やインディアナ州など中西部のほぼ全ての州を含むファームベルトでは、アグリ・バイオ分野のイノベーションが進む。この地域は広大な平原地帯に位置し、農業に適した肥沃(ひよく)な土壌と適度な降水量、夏の長い日照時間と寒冷な冬が、トウモロコシ、大豆、小麦などの作物の栽培に有利な条件を提供している。19世紀後半から20世紀初頭にかけて鉄道の敷設が進んだことから、農業生産物を国内外の市場に効率的に供給することが可能となり、農業の発展を促進し、多くのアグリテック企業が集積した。

この地域は、近年は穀物などの生産だけでなく、センサーやドローンなどのIoT、AI(人工知能)、GPSを活用した農業の効率化や生産性の向上を図るための技術開発や実証実験の中心として、重要な役割を果たしている。特に注目されるのが、農地をマッピングして土壌の状態や作物の成長をリアルタイムで監視し、最適な施肥や灌漑を行うことで生産性向上を図る精密農業だ。また、自動運転トラクターや収穫ロボットなどにより作業の効率化を図る農業の自動化、さらに遺伝子編集技術を用いて作物の耐病性や収穫量を向上させるバイオテクノロジーも注目されている。

自動化やスマート農業の領域で日本企業との連携にも期待

ファームベルトの中心地の1つ、ノースダコタ(ND)州で、農作物の輸出促進にたずさわり、また地域のエコシステムとともに現地企業と各国企業との連携サポートを行っているのがノースダコタ貿易事務所だ。同事務所・輸出アシスタントの谷口裕佳氏は、「ND州に限っても、春先に雪解け水が多すぎることで作付けが難しくなる地域や、乾燥により干ばつ問題が起きやすい地域などさまざまである。育てられている作物も穀物、豆類のみならず、キャノーラ、テンサイ、ヒマワリ、ジャガイモなどの野菜類まで、実にバラエティーに富んでいる。いずれの地域においても、環境汚染・地球温暖化への対応のため農薬や肥料を減らし、環境負荷を最小限に抑えるため品種改良やカバークロップ(被覆作物)を利用、土地の健康を保つためAIによる土壌管理を行うなど、持続可能な農業が求められている」と述べる。

また、同氏によると、ファームベルトでは小麦、トウモロコシ、豆類などが作られている点や、従事する農業人口の減少と高齢化といった課題への対応が求められている点も日本と共通しており、日本企業にとって参入しやすい市場であるという。

2024年2月に米国農務省が発表した農業センサスデータによると、2022年の農業従事者の平均年齢は58.1歳で、過去20年で約5歳上昇した(表参照)。同年の日本の平均年齢68.4歳と比べると10歳以上の開きがあるものの、今後高齢化が進むと予想され、農業の自動化やAIを利用したスマート農業への需要はますます高まるとされる。

表:農業従事者の平均年齢
年齢(歳)
2002年 53.2
2007年 54.9
2012年 56.3
2017年 57.5
2022年 58.1

出所:米国農務省データからジェトロ作成

グランドファーム、米農業イノベーションの結節点に

中西部においてイノベーション促進を目指す機関「グランドファーム」は、農家、企業、スタートアップ、教育機関、研究者、政府、投資家などが連携して、農業の課題を技術で解決することを目指している。同機関は、新たな技術の開発やデジタル化の推進などを実現するために、企業同士の協業促進や実証実験用施設の提供、実験の実施、農業カンファレンスの開催などを行っており、中西部の農業エコシステム形成を牽引している。


農業カンファレンスの様子(ジェトロ撮影)

同機関のエコシステム・ディレクターであるアンドリュー・ジェイソン氏は、「(現在の農業分野でのイノベーションのトレンドは)衛星や植物組織分析を利用して病害を監視すること、センサーと既存の情報を連動させた農業機器により自動化・効率化を図ること、そして、持続可能な農業のために土壌の健康を維持することだ。また、高騰するエネルギー問題への対処も焦点となっている」と語った。

グランドファームが農家や企業を対象に実施したヒアリングによると、農業が解決すべき重要な課題の上位には、「除草剤耐性雑草、昆虫、白カビ病などの病害に対処すること」「気候変動が作物の収量や家畜の健康に与える影響に対処すること」「サプライチェーンに関して、農村地域での輸送上の課題に起因する食品価格の上昇に対処すること」が挙がっており、農業分野でのイノベーションのトレンドとおおむね一致しているという。

現在、グランドファームはND州に本社を置いているが、長期ビジョンとしては、国内外にサテライト拠点を展開する計画である。2024年6月にジョージア州に進出してジョージア大学グランドファームを設立し(2025年5月8日付ビジネス短信参照)、南東部の農業部門でのイノベーションを推進していくことを発表した。今後、米国内の他の地域への展開も積極的に模索しており、ND州や中西部に拠点を置く企業を広域的に支援できる体制の構築を目指している。

また、グランドファームは埼玉県深谷市と連携(注)して、日米間のアグリテック・エコシステムの発展を目指している。この連携により、両国のアグリテック企業や関連機関が相互に協力し、技術革新を推進することが期待される。


2024年6月深谷市によるパートナーシップ発表後、深谷市のキャラクターと記念撮影(ジェトロ撮影)

日本企業の進出拠点として注目される中西部

イリノイ、ミシガン、ノースダコタ、ウィスコンシン、ミネソタの5州のエコシステムについて3回にわたり紹介してきたが、中西部にはこれ以外にも、初回で述べたインテルやホンダの工場設立で新たに注目されるオハイオ州、パナソニックの進出により日本企業の集積が進むカンザス州、スバルが拠点を置くインディアナ州などに、多様なエコシステムが存在している。

多くの企業やエコシステムビルダーが、中西部のエコシステムの魅力について、シリコンバレーを中心とした西海岸やニューヨークやボストンを中心とした東海岸との比較において、人材の真面目さや日本企業との親和性、アクセスや輸送面での優位性、工場建設や人材確保に要するコスト上のメリット、新たなテクノロジーやアイデアを提案する企業に対してのサポート体制の充実を指摘する。

米国での事業展開の最初のステップとして、また拠点設立後に協業や連携の機会を得るためにも、今回紹介したアクセラレーターや大学などのエコシステムビルダーと接点を持つことが重要である。

ジェトロは「グローバル・アクセラレーション・ハブ」事業において本稿で紹介した1871、メディカル・アレイ、インダストリー4.0と連携してスタートアップの海外展開を支援している。また、米国各地で開催している「エコシステム・ビルダーズ・サミット」(2025年1月20日付ビジネス短信参照)を通じて、中西部以外の地域に進出する日本企業に対して、中西部のアクセラレーターや大学を結び付ける事業を実施している。


注:
ジェトロとの協業・連携事例「深谷市役所」参照
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 プログラムコーディネーター(執筆当時)
関谷 篤史(せきたに あつし) 
2024年4月から2025年3月まで大阪市からの出向でジェトロ・シカゴ事務所において、日本企業の米国招へい、スタートアップの米国展開支援を担当。企業・大学連携や半導体投資環境視察ミッションを通じて日米間のイノベーションを推進。ジェトロ大阪では中小企業輸出支援や大阪万博プロモーションを担当。2025年4月以降は、大阪市建設局へ帰任。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 プログラムコーディネーター
三原 洋平(みはら ようへい)
2025年4月から2026年3月まで大阪市からの出向で、ジェトロ・シカゴ事務所において、日本企業の米国招へい、スタートアップの米国展開支援等を担当。