医療・バイオで産学連携が深化
米国中西部の産業エコシステム(2)
2025年12月26日
シリーズ第2回の本稿では、ヘルスケア・ライフサイエンスのエコシステムとして、全米随一の医療都市が所在するミネソタ州と医療バイオテクノロジー企業が集積するウィスコンシン(WI)州に焦点を当てる。
医療ヘルスケアのイノベーション拠点、メディカル・アレイ
ミネソタ州は、カナダ国境に面し、州北東部は五大湖の1つであるスペリオル湖に面している。州内には、ユナイテッド・ヘルス(UnitedHealthcare、保険)、ターゲット(Target)やベスト・バイ(Best Buy、小売り)、3M(化学)などフォーチュン500に名を連ねる大手企業17社のほか、オリンパス、武田薬品、沢井製薬、栗田工業、ダイキン、住友化学などの日本企業も拠点を構えている。
特に、ミネアポリス市とセントポール市周辺の医療技術、バイオテクノロジー、ヘルスケア関連産業が集積するエリアは「メディカル・アレイ」と呼ばれ、全米屈指の総合病院メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の高度医療と研究、ミネソタ大学の技術開発、そして医療機器メーカーのメドトロニック(Medtronic、注1)をはじめとする医療機器企業の成長によって発展した。
現在、メディカル・アレイは、メイヨー・クリニックを核とした医療関連サービスの集積だけでなく、生活インフラも充実した複合的なヘルスケア都市として知られる。世界有数の医療専門家、教育者、研究者、企業が集まり、革新的な医療技術や治療法の開発を促進する場として、医療・ヘルスケア分野のイノベーション拠点になっている。
同地区にあるディスカバリー・スクエア
など最先端の建物には、研究室やコラボレーションスペースが備えられている。入居する企業に対しては、メイヨー・クリニック関係者との定期的な会合や新しい技術開発などのレビューを行う機会を提供している。このほか、著名な臨床医や科学者と協力した新技術の評価、共同開発の機会や人材開発のためのトレーニングプログラムの提供、同クリニックの研究者が勤務する研究室の利用の機会を提供し、多方面からライフサイエンス分野の革新を推進している。
全米屈指の医療機関によるスタートアップ支援
メイヨー・クリニックは、ロチェスター市で1889年に創設された。「ニューズウィーク」誌が発表する「ワールド・ベスト・ホスピタル
」で6年連続トップを獲得したほか、「USニューズ&レポート」誌の「全米の優れた病院ランキング
」でも常に上位にランクインするなど、先端技術を駆使した難病治療などで世界的に知られている。アリゾナ州、フロリダ州、ミネソタ州に主要キャンパスを構える同クリニックは、スタートアップの受け入れも重要な取り組みの1つとしており、「メイヨー・クリニック・プラットフォーム
」を設立している。同地区のエコシステムを支えるアクセラレータープログラムや投資家としてのサービスを提供している。このプログラムに参加することで、同クリニックの匿名化された豊富なデータセットへのアクセスが可能となる。また、規制、臨床、テクノロジー、ビジネス分野のリーダーによる厳選された教育セッションや、30週間にわたる臨床専門家との1対1 のメンターシップなども受けることができる。

メディカル・アレイ協会、スタートアップ企業の米国進出を後押し
メディカル・アレイ協会は、医療分野の革新を推進し、業界全体の発展に寄与することを目的に設立された。医療業界のリーダーや企業との連携を促進するためのネットワーキング、スタートアップ企業への投資や資金調達のサポート、医療政策の進展を支援するための政策提言、医療イノベーションに関するサミットやカンファレンスの開催など、活動は多岐にわたる。世界中の800以上のパートナー組織と連携している。
同協会はまた、米国での医療ビジネスに関する専門的なアドバイスや人的ネットワークの紹介などにより、スタートアップ企業の成長を支援する「メディカル・アレイ・スタート
」をはじめとするアクセラレータープログラムを通じて、メイヨー・クリニックを中心とした医療都市に集積する企業や研究者とスタートアップ企業を結び付ける取り組みも実施している。
アクセスと人材を武器に、ミネアポリスで技術革新を推進
医療機器メーカーは、医療従事者のニーズを迅速かつ正確に把握する必要がある。ミネソタ州ミネアポリス市に拠点を構えるオリンパス(注2)の林夕人製造戦略企画部長は、同市での拠点設立のメリットについて、第1に医療機関やヘルスケア関係の企業が集積しており豊富な情報を収集できること、医療従事者へのアクセスが比較的容易であることを挙げている。「特に医療機器を実際に使用する臨床医の話を聞きやすい環境にいられることは大きな利点である」という。また、医療機器の製造に必要な部品のサプライヤーの豊富さや米国各都市および日本へのアクセスでも優位性があるという。
ミネアポリス・羽田(東京)間の直行便が毎日運航していることは、日本企業にとっては大きな利点だ。また、ミネアポリス・セントポール国際空港はデルタ航空のハブ空港となっており、3時間半以内のフライトで両海岸を含む米国の各都市にアクセス可能だ。
人材確保についても、「日本では採用が困難だった医療機器製造に不可欠な滅菌工程の知識・経験を有する技術者の確保も現地では比較的容易であった。人材流動性は比較的高く、5年程度でキャリアアップを目指す社員が一定数存在する。その分、期間内でしっかりと結果を出そうとする人が多く、パフォーマンスも概して高いため、それをポジティブに捉えている」という。
同社の前田一平先進技術開発部長は、内視鏡の画質は4Kに対応してさらなる技術開発に取り組んでいるとし、「医療機器の今後の技術開発は、ソフトウエアに重点をおいた開発が重要であり、とりわけ人工知能(AI)をどう導入するかが肝である」と語る。
バイオ産業集積が進むウィスコンシン州で産学連携が加速
WI州では、マディソン大学やジェネレーター(gener8tor)、バイオフォワード(BioForward)などの地域に根差したエコシステムビルダーを核として、電子医療記録(EMR)ソフトウエアの開発・販売を行うエピックシステム、バイオテクノロジー製品を手掛けるプロメガや富士フイルムなど、バイオテクノロジー分野の主要企業が集積している。こうした企業群は、エコシステムビルダーが提供する支援環境や連携ネットワークを活用することで、技術革新や事業展開を加速させている。
WI大学マディソン校は、研究開発(R&D)支出額が約17億3,000万ドルと全米6位(公立大学の中で1位)に位置する大学であり、バイオ、製薬をはじめ、工業、農業など幅広い学部で高い評価を得ている。
企業連携に関しては、担当の「ビジネス・エンゲージメント・オフィス
」が、企業のニーズと大学が保有する研究、人材、ソリューションなどのリソースを適切かつ円滑に結びつけるために、大学内の学部を横断した事業連携サポートを行う。また、在学中の4年次の学生が企業から提供された実際の課題に取り組む「キャップストーン・プロジェクト
」は、学生の実践経験と企業の研究開発および人材確保の双方に資するプログラムとして近年注目を浴びているという。
ビジネス・エンゲージメント・オフィスのマネージングディレクターを務めるジョン・ガルネッティ氏は、「大学との共同研究はハードルが高く見えるかもしれないが、私たちはリスクの高い大きなプロジェクトでなく、小さなプロジェクトから始めることが重要だと考えている。当初から大きな予算は必要ないため、まずはコミュニケーションをとり、実現可能なプロジェクトの模索に喜んで協力したい」と述べ、課題解決のための共同研究や調査を希望する企業を積極的に支援する意向を示した。

マディソンに本社を置くグローバルなバイオテクノロジー企業プロメガの創設者であるビル・リントン最高経営責任者(CEO)は、「マディソンはバイオテクノロジー分野で非常に大きなエコシステムを構築してきた。プロメガは1978年の設立以来、特に遺伝子工学や選択的生物学と呼ばれる分野でWI大学の多くの研究室と協力関係を築いてきた。当社の多くの製品の製造方法は大学から得た知見に基づいている。また、WI州のバイオヘルス産業を促進する団体であるバイオフォワードは、企業と研究機関が協力して新しい技術や治療法を開発するための環境整備において重要な役割を果たしている」と語る。
プロメガの事業は、分子生物学から始まり、細胞生物学、臨床診断へと拡大し、現在では4,000種類の製品を100カ国以上に提供している。また、富士フイルムとの研究開発パートナーシップや日立グループとのフラグメント解析装置(注3)の共同開発など、日本企業とも連携している。

産学官連携が創出するライフサイエンスの革新
本稿で取り上げたように、ミネソタ州とWI州では、医療機関、大学、企業、州政府などが高度に連携することで、それぞれ医療機器、デジタル医療、バイオヘルスの分野で、全米トップレベルの実績をもち、世界に向けてイノベーションを発信している。当該地域を中心に米国中西部においても、医療機関や大学などの研究機関を中心としたライフサイエンス分野のエコシステムが形成されている。
こうした中、ジェトロでは、2025年11月にWI州でバイオ関連分野のビジネス環境視察ミッションを企画・実施し、日本企業19社23人が参加した(2025年11月14日付ビジネス短信参照)。同州経済開発公社(WEDC)やWI日米協会との共催の下、連邦政府から約4,900万ドルの支援を受け、創薬・AI解析・医療機器などの協働基盤を強化している「バイオヘルス・テックハブ」のエコシステムを視察した。
WI大学マディソン校視察では、WI同窓研究財団(WARF)や大学リサーチパークによる研究・特許・事業化支援体制を確認。年間約400件の発明申告と55件のライセンス契約を誇り、富士フイルム・セルラー・ダイナミクス(FCDI)の事例が大学発技術の国際展開モデルとして紹介された。また、企業訪問では、イグザクト・サイエンシズの大腸がんスクリーニング事業や多がん種検査開発、プロメガの研究文化、GEヘルスケアのAI搭載画像診断技術を視察。さらにWI医科大学では、年間4億ドル規模の研究活動と産業化を加速するプログラムが紹介された。
参加者からは、大学・企業・行政が連携する同州のエコシステムを高く評価する声が聞かれた。基礎研究から事業化までを結ぶ有望なパートナー地域として、日本企業の関心を集めている。
- 注1:
- 1949年にパーマー・ハーマンによって設立され、1950年代にミネソタ大学の技術支援、メイヨー・クリニックの臨床試験や医師の協力を受け、心臓ペースメーカーの開発に成功し、医療機器業界のリーダーとして成長した
- 注2:
- 1919年創業時、顕微鏡の製造・販売からスタートし、その後、カメラ事業を中核にしながら医療機器の製造・販売に着手。現在は内視鏡を中心とする医療機器に特化し、近年は治療機器ビジネスを拡大している。 東京に本社を構え、37の国と地域に事業所を開設しており、2024年の全世界の売り上げの38%を北米が占めている。
- 注3:
- キャピラリー電気泳動を用いて、DNAフラグメントをサイズ別に分離する遺伝子技術。法医学的DNAプロファイリングや骨髄移植の成功のモニタリングなどの用途で一般的に使用される。
米国中西部の産業エコシステム
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シカゴ事務所 プログラムコーディネーター(執筆当時)
関谷 篤史(せきたに あつし) - 2024年4月から2025年3月まで大阪市からの出向でジェトロ・シカゴ事務所において、日本企業の米国招へい、スタートアップの米国展開支援を担当。企業・大学連携や半導体投資環境視察ミッションを通じて日米間のイノベーションを推進。ジェトロ大阪では中小企業輸出支援や大阪万博プロモーションを担当。2025年4月以降は、大阪市建設局へ帰任。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シカゴ事務所 プログラムコーディネーター
三原 洋平(みはら ようへい) - 2025年4月から2026年3月まで大阪市からの出向で、ジェトロ・シカゴ事務所において、日本企業の米国招へい、スタートアップの米国展開支援等を担当。




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