製造業発イノベーションが加速
米国中西部の産業エコシステム(1)

2025年12月26日

米国のイノベーションやエコシステムというと、シリコンバレーを中心とした西海岸やニューヨークやボストンを中心とした東海岸が注目されることが多い。しかし、近年では、事業規模が初期投資額だけでも200億ドル以上といわれるオハイオ州へのインテル進出に伴う関連企業の集積(2024年11月28日付ビジネス短信参照)や、EV(電気自動車)バッテリー、クリーンエネルギー分野における各州の企業誘致成果である大規模投資によって、次世代産業分野で中西部(注1)の果たす役割は一層増している。

スタートアップ・エコシステムの研究やコンサルティングを手掛けるスタートアップゲノムが発表した、2025年度のグローバル・スタートアップ・エコシステム・ランキングにおいて、シカゴが16位にランクインした。また、今後数年間で世界トップのパフォーマーになる可能性の高いエコシステムをランク付けするエマージング・エコシステム・ランキングにおいては、デトロイトが12位、ミネアポリスが13位にランクインしたほか、インディアナポリス、コロンバス、マディソンといった中西部の都市も多数ランクインした。中西部には、世界から注目を集めるエコシステムが多数存在していることがうかがえる。

革新拠点となるシカゴを軸に広がるイノベーションと大学連携

中西部の産業エコシステムの中心となるのは、人口、経済規模において、中西部を牽引する存在であるシカゴだ。同市は、製造業やAI(人工知能)関連を中心に映画・音楽、ヘルステック、不動産テックなどの分野に特化した20以上のアクセラレーター(注2)やインキュベーターが存在し、あらゆる分野でイノベーションの創出を推し進めている。

一方、中西部にはシカゴだけでなく、東部の五大湖周辺に広がる「インダストリアルハートランド」と呼ばれる工業エリアや、西部に広がるファームベルトと呼ばれる広大な平野を有する農業エリアがある。これらの地域には、ともに関連する企業が集積し、エコシステムが構築されている。また、ミネソタ州では、1864年設立の全米屈指の総合病院メイヨー・クリニックが研究と教育を重視する医療都市モデルを構築し、医療技術の発展を牽引。ライフサイエンスの分野でのイノベーションの中心地域となっている。

また、中西部には、タイムズ・ハイヤー・エデュケーションの発表する大学ランキングにおいて米国内第8位に位置するシカゴ大学をはじめ、イリノイ州のノースウェスタン大学、イリノイ大学、ウィスコンシン(WI)州のWI大学、インディアナ州のパデュー大学、オハイオ州のオハイオ州立大学などがある。これらの大学は、優秀な人材を輩出するとともに、企業とも積極的な事業連携を行っている。こうした大学がイノベーションの機会を創出することにより形成されている大学を中心としたエコシステムや、大学と企業との連携の現状を以下に紹介する。

インダストリアルハートランドの再興

米国中西部の工業地帯のエコシステムである「インダストリアルハートランド」は、五大湖の豊かな水運、鉄鉱石や石炭などの製造業に必要な原材料の調達の容易さ、製品の効率的な輸送によって発展した。特に自動車産業が盛んで、20世紀初頭にフォード、ゼネラルモーターズ(GM)、クライスラーなどの大手自動車メーカーがミシガン州デトロイトに拠点を構えたことから始まり、この地域は「モーターシティー」として知られ、長年にわたり米国の自動車製造の中心地として発展してきた。製造拠点はミシガン州からインディアナ州、オハイオ州、イリノイ州へと広がり、自動車部品の製造や組立工場が集積し、強固なサプライチェーンを形成している。

1970年代から1980年代にかけての不景気をきっかけに、海外製品の流入やコスト削減のための生産拠点の海外移転、さらに米国経済の中心が製造業からサービス産業へシフトしたことなどにより、製造業は一時期衰退した。しかし、近年の大手テクノロジー企業や製造企業による同地域への投資拡大で、再度注目を集めている。今後、EVや自動運転技術などの開発が進む中、同地域は新領域のテクノロジー創出で重要な役割を果たすと期待されている。

このような技術革新と投資の動きを加速させているのが、シカゴのスタートアップ支援拠点1871(2019年5月7日付地域・分析レポート参照)や製造業に特化したイノベーション拠点エムハブ(mHUB、2019年2月4日付地域・分析レポート参照)、ミシガン州のインダストリー4.0アクセラレーター、WI州のジェネレーター(gener8tor)といった地域に根差したアクセラレーターなどのエコシステムビルダーの存在である。これらの組織は、次世代テクノロジーの開発と地域産業の再生を牽引する原動力となっている。

ミシガン州、製造業エコシステムに日本企業の参画を呼びかけ

インダストリー4.0アクセラレーターは、 製造業者と革新的なスタートアップ企業を結び付けることで、最先端技術の実装を推進し、効率性と競争力を高めることを目的に設立された。モビリティー分野におけるイノベーションの中心地の1つであるミシガン州において、イノベーションを推進する。スタートアップの事業展開に際しての支援や、同分野における幅広いネットワークを活用した協業促進のためのメンタリングやイベントの企画などを実施する。さらに、先進技術の導入支援として、IoT(モノのインターネット)、AI、ビッグデータ、5G(第5世代移動通信システム)、デジタルツインなどの技術を活用し、工場のスマート化や労働力や生産性向上のための支援を行う。

なお、同アクセラレーターは、2024年度にスタートアップ企業の海外展開を支援する「グローバル・アクセラレーション・スタートアップ・プログラム」の「マニュファクチャリング・テックコース」において、日本のスタートアップ8社に対して、米国市場参入に向けた戦略立案のためのメンタリングや現地のビジネスパートナー・投資家とのネットワーキングなどを実施し、現地でのビジネス展開に必要な知識やスキルを習得する機会を提供した。現在も、日本のスタートアップ支援は継続されている。 ジェトロは2025年9月、米国ミシガン州と共催で「米国ミシガン州・イノベーションセミナー」を開催し、日本企業関係者約80人が参加した。ネットワーキングでは、同州政府や企業、大学と日本企業による個別面談を実施。自動車産業の新技術を牽引する拠点としてのミシガン州の魅力を訴えた。

グレッチェン・ウィットマー州知事は、日本との長年のパートナーシップが米国の経済政策の不透明さに左右されず、今後もオープンであり続けると強調。さらに、イノベーションを州の成長戦略の中心に据える姿勢を示し、具体的な取り組みとして、高成長企業への投資を目的としたイノベーションファンドなどを後押しする新イニシアチブを紹介した。ウィットマー知事は、「ミシガン州は自動車産業の変革をリードするだけでなく、次世代モビリティーや先端技術の実証の場として世界に開かれている」と述べ、日本企業に積極的な参画を呼びかけた。

ウィスコンシン州の地域密着型アクセラレーター

WI州マディソン市に拠点を置き、スタートアップ企業の成長を支援するジェネレーターは、世界48都市でアクセラレーター・プログラムを実施している。スタートアップ企業の設立、ビジネスプランの策定、製品開発など事業化に必要な基礎を支援するアルファプログラムを提供する。また、初期段階の企業の成長と資金確保などを個別指導やメンタリングにより支援するGベータプログラムなどのアクセラレーションプログラムを通じて企業を支援する。


ジェネレーターによるアクセラレーションプログラム
紹介セミナーの様子(ジェネレーター提供)

ジェネレーター主催イベントの様子
(ジェネレーター提供)

同アクセラレーターは製造業のみならず、同州で盛んな農業、バイオ、ヘルスケアの分野にも強みを持ち、次稿で紹介するファームランドにおけるアグリテックやバイオ分野での支援も得意とする。また、地域コミュニティーや地元企業との連携も重視しており、共同創設者のジョー・カーギス氏は、「私たちは、サービスを提供するコミュニティーと協力するプログラムやパートナーシップを構築するためにあらゆる努力をしている。地方都市に所在するアクセラレーターとして、地方コミュニティーの再建にも焦点を当てながら、企業が大都市と同じ成果を地方都市で達成することを支援する」と説明する。人とコミュニティーに着目した地域密着型のアクセラレーターとして、過去10年間で1,500社以上の企業を支援し、20億ドル以上の資金調達を行った。大半の企業にとりジェネレーターが最初の投資家となっている。

イノベーション拠点としての期待高まる

このように、インダストリアルハートランドは、工場生産のモノづくりだけでなく、新たなテクノロジー領域でイノベーション創出拠点として成長を続けている。本稿で取り上げたようなアクセラレーターを中心に、今後もスタートアップを含むさらなる企業の集積が期待される。


注1:
米国中西部は、米国の中心に位置する12州(イリノイ、ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタ、オハイオ、インディアナ、アイオワ、カンザス、ノースダコタ、サウスダコタ、ミズーリ、ネブラスカ)を指す。2025年第1四半期には、中西部の12州で全米のGDPの18.8%を占めており、製造業GDPでは28.4%、農林水産業GDPにおいては23.3%を占める。
注2:
アクセラレーターとは、資金提供やメンターシップを通じてスタートアップ企業の成長を支援するプログラムや組織。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 プログラムコーディネーター(執筆当時)
関谷 篤史(せきたに あつし) 
2024年4月から2025年3月まで大阪市からの出向でジェトロ・シカゴ事務所において、日本企業の米国招へい、スタートアップの米国展開支援を担当。企業・大学連携や半導体投資環境視察ミッションを通じて日米間のイノベーションを推進。ジェトロ大阪では中小企業輸出支援や大阪万博プロモーションを担当。2025年4月以降は、大阪市建設局へ帰任。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 プログラムコーディネーター
三原 洋平(みはら ようへい)
2025年4月から2026年3月まで大阪市からの出向で、ジェトロ・シカゴ事務所において、日本企業の米国招へい、スタートアップの米国展開支援等を担当。