FoodMap-ECサイトなどで農家支援
ベトナムスタートアップに聞く(3)

2024年2月28日

ASEAN域内で「コンシューマードリブン(Consumer-driven)イノベーション」 の地として分類されるベトナム(注1)で、さまざまな社会課題の解決に取り組むスタートアップ創業者などへのインタビューを通じ、同国のスタートアップエコシステム、デジタルトランスフォーメーション(DX)、グリーントランスフォーメーション(GX)の最新動向や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。

第3回は、農家の生活改善や農産物の販売促進など、ベトナムの農業分野が抱える課題を解決することを目指し、農家とエンドユーザー(消費者、小売事業者、レストランなど)をつなぐECプラットフォームの運営や、生産した農作物や商品の価値向上のため、農家へのマーケティング支援を提供している「フードマップ(FoodMap)」(注2)を取り上げる。南部ホーチミン市のスタートアップの同社は、Vulpes Ventures、Beenext、Ascend Vietnam Ventures、Wavemaker PartnersからプレシリーズAラウンドで290万ドルの資金調達を実現するなど、国内外のベンチャーキャピタル(VC)から投資を受けている(2023年9月時点の資金調達総額は440万ドル)。また、2019年に「ライスボウルアワードinマレーシア」のベトナム・ベスト・アグリテックスタートアップ部門で優勝したほか、国内外で複数の受賞実績があるなど、注目を集めている。さらに、ホーチミン市共産中央青年団が選ぶ「2020年を代表するベトナムの顔の若者10人」にも選定されている。起業の経緯から今後の展望まで、同社の共同創業者で最高経営責任者(CEO)のファム・ゴック・アイン・トゥン氏に聞いた(インタビュー日:2023年9月19日)


ファム・ゴック・アイン・トゥン共同創業者兼CEO(フードマップ提供)
質問:
提供しているサービスは。
答え:
当社は次の2つのサービスを提供している。
1つ目は「foodmap.asia」という、BtoCとBtoBの両方を対象としたECプラットフォームだ。このウェブサイトでは、ベトナム国内の一般消費者や小売事業者などのエンドユーザーに対し、ベトナムの特に中小規模の農家を中心とした生産者が自身の商品を直接販売している。このプラットフォームではトレーサビリティー制度を導入しており、商品に関する生産情報を透明化させることで、消費者が商品の生産地や原材料、生産者に関する情報を容易に確認できる。
当社は卸売・小売事業者としての役割も担っており、農家から商品を買い取り、一般消費者向けにはこのECプラットフォームを通じてベトナム全土への販売を行っている。また、全国100以上のスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどに商品を卸したり、地場航空会社のベト・ジェットと業務提携を結んで、機内食のケータリングサービスを提供したりしている。当社のサービスを利用することで、農家は自ら商品を販売する手間を省き、広範囲の市場へのアクセスが可能になる。また、生産活動に専念することができ、生産量の増加と品質の向上に貢献している。長い時間をかけて全国の有望な農家とのパートナーシップを築いてきた結果、現在ではベトナム全土63省・市の2,000以上の農家や200以上の農産物ブランドと連携するに至っている。
2つ目は、農家に対して商品のパッケージデザイン、ストーリー作り、ブランディングなど、生産した農産物の商品価値を高めるマーケティング活動の支援を行う「Dtrack」というサービスだ。ベトナム各地にはおいしい特産品があるにもかかわらず、ベトナム人にさえ知られていないこともあり、もったいないと考えている。当社の開発チームがその産地や生産工場まで直接足を運び、製品の写真撮影から製品のイメージとパッケージの改善までした後、自社開発のECサイトやベトナムに拠点を置く大手EC事業者のShopee、Lazada、Tikiなどに商品を掲載している。当社のこのようなサポートを活用することで、各商品の売り上げ増につながっている。

支援前(左)と支援後(右)の商品ページのイメージ(フードマップ提供)
これらの取り組み以外にも、提携先に製造委託(OEM)することで、フードマップの自社ブランド製品(PB製品)の開発にも取り組んでいる。PB製品の場合、フードマップが農家から原材料を通常の売り先の卸売業者などよりも高い価格で購入し、農家に追加収入をもたらす仕組みにしている。 原材料調達から完成品までのデザイン、パッケージング、販売などの過程が全てフードマップによって対応可能な仕組みを作っている。

フードマップECサイト「foodmap.asia」のPB商品表示例
(生産地や原材料名など商品の詳細が表示されている)
質問:
設立のきっかけと、この分野を選んだ理由は。
答え:
創業前にベトナム最大規模の農業生産地の中部ラムドン省の茶農園で働いていた経験があり、ベトナムの農業には幾つかの課題があることを痛感した。
まず、農家の収入の低さだ。ベトナムの農家はたくさんの農作物を生産するが、その割に豊かな暮らしができていない(注3)。彼らが農作物を販売して受け取る収益は、高品質の農産物を生産するために費やした多大な労力に見合っていないと感じた。例えば、当時、ベトナムから台湾へのウーロン茶の原材料の輸出相場は1キロ当たり9~10ドルだった。しかし、台湾から米国には最終製品として1キロ当たり100ドル以上で輸出されており、ベトナムからの輸出単価はその1割にも満たない。ベトナム原産の茶は、米国や欧州などの市場ではブランドとして認知されておらず、そのためのストーリー作りやブランディングなどといったマーケティングが十分に実行されていないことが要因だと感じた。
そこで、ベトナムの農産物を使った最終製品やブランドをつくり、海外市場での認知度が拡大すれば、輸出する際の価格も上がって、農家の生活の向上につながるのではないかと考えた。
また、国内向けの販売はさらに困難な状態だ。中小農家は収穫した農作物をその地域の小規模の卸売業者に一括で大量に販売しなければならないが、その量に見合う金額が支払われることはなく、買い付け量の保証も受けていない。多くの量を生産したからといって、必ずしも全て売り切れるわけでないため、収入が不安定となる。
ベトナムの農産物・製品のサプライチェーンは、生産者の農家からエンドユーザーの一般消費者や小売事業者・レストランに届くまで、通常3から4の仲買人(卸売業者)を介す必要がある。その結果、仲介の手数料がかさみ、最終的に消費者に届く際の価格は大幅に上昇する。
そこで、仲買人(卸売業者)の数を減らすことで農家に入る収入を増やすことができ、それと同時に、消費者が農産品を手にしたときに、どこの農家・農場で生産されたかが分かり、消費者に安心感を与えることもできると考えた。
このような背景から、フードマップのサービスをスタートさせた。フードマップの設立目的は、ECとテクノロジーを活用することで、ベトナムの農業が抱えるこれらの課題を解決し、農産物の隠れた価値を解き放つことだ。
質問:
ベトナムの農産物・食品市場のポテンシャルは。
答え:
ベトナムの農産物・食品市場の成長は著しく、特に生鮮果物の市場で大きなチャンスを見いだしている(注4)。ベトナムでは今後、より高度な農産物加工品を開発できると考えており、国内消費だけでなく、輸出する余地がまだまだあると考えている。国際的に農産物への需要は拡大する一方、供給面は不足している(注5)。そのため、今後5年から10年先までは、ベトナムの農産物・食品市場は持続的に発展するポテンシャルを持ち合わせているのではないかと考えている。
質問:
ベトナムの農産物・食品市場の困難な点は。
答え:
主に次の3点が当社にとってのチャレンジングポイントだ。
  • 農家の大部分は依然として伝統的な栽培・生産方法を採用している。慣れ親しんだ従来の方法から、テクノロジーを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)や生産効率・生産量の拡大につなげる新しい取り組みへの変更には抵抗感があり、彼らを説得するのが難しい。新たな取り組みの導入事例は生まれてきているものの、より多くの農家と連携するには、この部分のハードルは高いと感じている。
  • 農産物や食品のECプラットフォームに参入する企業の増加により、競争が激化している。
  • 卸売りの場合、現在の景気の悪化によって個人消費が減少しているため、価格競争力が必要となっている。
質問:
今後の事業計画は。
答え:
原材料の産地と生産品目を拡大するため、300万~500万ドルの新規資金を調達する予定だ。食品製造会社を買収することも考えている。また、2024年からドリアン、ココナッツなどベトナムの主要果物を中国や日本、米国市場に輸出することを目指したい。同時に、ベトナム市場に輸出しようとしている食品・農業関係の企業との業務・技術提携を追求したい。
質問:
日本企業に期待することは。
答え:
日本企業に対しては、(1)日本市場についての知見やノウハウの共有とともに、自社製品を日本市場に展開するための戦略パートナーシップの構築、(2)ベトナム農産物を日本市場に輸入したい企業との連携、(3)農業分野でベトナム市場への進出、またはベトナムでの販売・ディストリビューションを求めている企業との協業、(4)資金調達での協力に期待したい(注6)。

注1:
ジェトロ調査レポート「東南アジアにおけるイノベーション創造活動に関する調査」(2022年8月)を参照。ベトナムは、(1)1億人に増加した人口を背景とした消費市場拡大への期待、(2)依然として金融、交通・物流、医療などを中心とした多くの社会課題が山積、(3)高いインターネット利用率やデジタルネーティブな若年層人口が豊富なことを背景としたリープフロッグ現象の出現などの観点から、インドネシアなどとともに「コンシューマードリブン(Consumer-driven)イノベーション」 の地として分類される。
注2:
正式社名はUFO TECHNOLOGY AND TRADING COMPANY LIMITED。本原稿では、一般的にメディアなどでも認知されているFoodMapと表記した。
注3:
ベトナム統計総局の発表によると、2022年のベトナムの1人当たり月間平均所得は、都市部の594万5,000ドン(約3万6,300円、1ドン=約0.0061円)に対し、農村部は386万4,000ドンと、格差(約1.5倍)が存在する(2023年5月19日付ビジネス短信参照)。
注4:
Statistaによると、ベトナムの生鮮果物市場の売り上げは、2024年に76憶3,000万ドルに達し、2024年から2028年にかけて年率平均7.4%増で成長すると予測されている。
注5:
2023年10月の世界銀行の発表によると、2025年までに過去最高の9億4,300万人が深刻な食糧不安に直面し、2028年には9億5,600万人に達すると予測されている。
注6:
本スタートアップへの取り次ぎを希望する場合は、ジェトロ・ホーチミン事務所(VHO@jetro.go.jp)まで連絡を。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所
ファン・ウィン
2023年から、ジェトロ・ホーチミン事務所勤務。日本とASEANなどの企業によるデジタル技術を活用した連携を推進する「J-Bridge」事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所 事業統括ディレクター
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。海外見本市課、ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て海外調査部アジア大洋州課にてベトナムをはじめとしたASEANの調査業務に従事。2022年7月から現職。