VCA-炭素貯留農業で有機コーヒー生産
ベトナムスタートアップに聞く(8)

2025年7月18日

ASEAN域内で「コンシューマードリブン(consumer-driven)イノベーション」 の地として分類されるベトナム。(1) 1億人を超える人口を背景とした消費市場拡大への期待、(2)金融、交通・物流、医療などの分野で山積する社会課題、(3)高いインターネット利用率やデジタルネーティブな若年層人口が豊富なことを背景としたリープフロッグ現象などの特徴がある。

本シリーズでは、さまざまな社会課題の解決に取り組むスタートアップ創業者などへのインタビューを通じ、同国のスタートアップエコシステム、デジタルトランスフォーメーション(DX)、グリーントランスフォーメーション(GX)の最新動向や、日本企業との協業に向けたヒントを探る。

第8回は、コーヒー・サプライチェーン・プラットフォームを担うスタートアップのVietnam Coffee Academy(VCA)を取り上げる。同社は、独自のカーボンファーミング(注1)などを駆使し、高品質で大量の有機コーヒー豆の生産と産地開発などを行う。

ベトナムはコーヒー生産で、ブラジルに次ぐ世界第2位。ロブスタ種(主にインスタントや缶コーヒーなどに使用)の主要生産国だ。2022年のベトナムのコーヒー輸出額は約40億ドルに上り、コーヒー産業は約140万人の小規模農家の生活を支えている。一方で、ベトナムのコーヒーの約85%は小規模農園や個人などによって生産されており、生産能力が低いことが課題だ。コーヒー産業に従事する労働者の25.9%が最低賃金未満の収入水準にあり、収入面でも課題を抱えている(2024年9月10日付ILOニュース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

また、生産量は気候変動など外的要因によっても左右され、ブラジルとベトナムの輸出量に世界のコーヒー価格は影響される(2025年3月30日付VnEconomy)。

VCAは、こうしたベトナムのコーヒー農家が抱える課題を解決すべく、2023年に創業したスタートアップだ。ザーライ省(中部高原地帯、コーヒー主要産地の1つ)と南部ホーチミン市に拠点を置く。同社には2023年に日系ベンチャーキャピタル(VC)のジェネシア・ベンチャーズが出資した(金額非公開、シードラウンド、注2)。起業の経緯から今後の展望まで、グエン・フー・ロン(Nguyen Huu Long)創業者兼最高経営責任者(CEO)に聞いた(インタビュー日:2025年3月19日)。


グエン・フー・ロン(Nguyen Huu Long)CEO(VCA社提供)
質問:
提供サービスと強みは。
答え:
当社は独自のカーボンファーミングなどを駆使し、高品質で大量の有機コーヒー豆を生産するほか、産地開発によりコーヒー・サプライチェーン・プラットフォームを展開している。主な強みは、先進的な農業ソリューションとパートナー農家とのネットワークを通じて、広大な地域で環境に優しく、持続可能なかたちで高品質のコーヒーを生産することだ。「種からカップまで(Seed to Cup)」を掲げ、コーヒーの生産から加工、ブランディング、販売までを一貫して手掛け、コーヒーのエコシステムを構築している(図1参照)。

図1:VCAの構築するエコシステム

図1:PDF版を見るPDFファイル(425KB)

VCAは、「種からカップまで(Seed to Cup)」を掲げ、自社の構築するパートナー農家とのネットワークのなかで、コーヒーの生産から加工、ブランディング、販売までを手掛けるコーヒーのエコシステムを構築している。

注:中央黄色のFarmers HubはVCAが運営するコーヒー農家のためのネットワーキング施設。
出所:同社ピッチ資料

具体的には、コーヒー農家の協同組合(図1のVCSC)を通じて、VCAが開発したバイオ肥料や栽培方法(カーボンファーミング)などの農業ソリューションをパートナー農家に提供している。VCAはこの方法で収穫したコーヒー豆を農家から買い取り、自社・共同ブランドの製品に加工するほか、日系を含む世界中のコーヒーブランド企業や商社、小売りチェーン向けに製品を販売している。
現在、自社所有の50ヘクタールと、100軒超のパートナー農家の190ヘクタール(2024年11月時点)の計240ヘクタールのコーヒー農園を運営している。工場のコーヒー豆の生産能力は年間最大8,000トンだ。また、トレーサビリティー・モニタリング・アプリケーション(図2参照)を活用し、各農家の農地面積や生産量、コーヒーの品質、情報をトラッキングしている。

図2:同社が提供するトレーサビリティー・モニタリング・アプリ

図2:PDF版を見るPDFファイル(365KB)

同社が提供するトレーサビリティモニタリングアプリでは、各農場の詳細情報(農場主、土地面積、住所、生産性、栽培工程など)を表示する。マップ機能もあり、マップ上で各農場のデータ(各農場の総生産量、品質、耕作コスト、収益)も確認可能。

出所:同社ピッチ資料

質問:
栽培方法の特徴は。
答え:
当社の展開するカーボンファーミング手法では、バイオ肥料などを駆使し、地表の植生を維持したまま、コーヒーを栽培している。これにより、地表の植生と土壌の微生物の共生が維持されるため、土壌の健康状態の維持・回復が可能になる。併せて、地中に炭素を蓄積できる。それらを通じて持続可能な開発を促進するだけでなく、従来の農法に比べて、生産量を2~3倍増加させることができる。日本(有機JAS制度)、EU(EUオーガニック認証)、米国(USDAオーガニック認証)の有機認証を受けるなど、品質も向上した。販売価格は、ベトナムでの平均より30~50%高くなる。

VCAのカーボンファーミング農園/地表の植生を維持している(同社ピッチ資料から)

伝統的なコーヒー農園/コーヒーの木以外、植物を取り払っている(同社ピッチ資料から)
質問:
設立のきっかけと、この分野を選んだ理由は。
答え:
幼い頃、私の家庭はとても貧しく、学校に行く余裕がなかったため、子供の頃は路上で宝くじを売る生活をしていた。しかし、日本人の養父に出会えたことで財政的な援助を受け、大学まで通う機会を得た。
幼い頃から農業やコーヒー栽培産業に強い関心を持っていたため、学生時代から学業のかたわら、コーヒー栽培にも従事。知見を深めていった。また、ベトナムの大学卒業後、日本で農業やコーヒーについても学ぶ機会を得て、農業やコーヒーへの思いはさらに強くなった。
2015年に私は養父の名前を冠した「Shin Coffee」ブランドを立ち上げた。このブランドは、2019年にベトナムの大手農業・食品加工会社パン・グループ(Pan Group)に売却するまでに至った。しかし、私のコーヒーへの愛は色あせることはなく、この業界に人生を捧げたいと考えていた。
2年前、低品質、低い生産性、低販売価格、持続可能性の欠如といったベトナムコーヒー栽培が直面する課題に対処する新しい手法を求め、ザーライ省を訪れた。広範な調査と研究の末、私の考案した生物学的解決策を実施する施設を建設した。その後、2023年3月にVCAを設立し、50ヘクタールの農園で、前述のバイオ肥料やカーボンファーミングの手法によるロブスタ種のコーヒーの栽培を始めた。
同時に、アラビカ種やロブスタ種と比べて世界的にも流通量が少ないリベリカ種の栽培と研究を続けた。リベリカ種は干ばつに強く、実が多く、品質が良いことが分かった。将来的な主力作物として栽培すべく、現在も収穫量と品質を向上させるため、栽培・研究を続けている。
質問:
この分野のベトナムのポテンシャルは。
答え:
コーヒーの巨大市場の米国向けでは、ベトナム国内に多くの大企業プレーヤーが存在する〔例:ロク・チョイ(Loc Troi)〕が、生産者の実態としては、運営規模が1~2ヘクタールの小規模農園が多数を占める。コーヒー農園を一元的に管理するプレーヤーが存在しないため、VCAのような企業が参入し、コーヒー農園を変革するビジネスチャンスがある。
質問:
この分野で困難な点は。
答え:
一事業者がベトナムでコーヒー事業を営むには、非常に困難がある。成功するためには、より大きな組織の支援が必要と考えている。パン・グループにShin Coffeeブランドを売却したのもそのためだ。VCAを設立するに当たり、この業界の複雑さを乗り越えて、ベトナムでの可能性を最大限に引き出すためには、適切なパートナーと連携することが重要と考えた。
質問:
今後の事業計画は。
答え:
1つ目は、キャパシティー向上だ。今後2年間でコーヒー生産面積を5,000ヘクタールに拡大し、5年以内に50万ヘクタールに到達させる計画だ。ザーライ省で実績を上げた後、他の省への産地拡大も図る。また、マカダミアナッツ、乾燥バナナ、マンゴー、カシューナッツなど、コーヒー以外の農産物の加工能力を向上させ、VCAの農家ネットワークに加入している農家がより高い収入を得られるよう支援したい。
2つ目は、市場開拓だ。日本や米国、韓国、中国、香港、EUなどの市場をターゲットに、輸出の拡大を図りたい。
質問:
日本企業に期待することは(注3)。
答え:
次の4点に期待したい。
  1. コーヒービジネスを行う大手企業との協業。VCAが農園管理のノウハウを提供し、日本企業からはグローバル取引のノウハウ学ぶといった提携。
  2. VCAの農家ネットワークに高品質の肥料や農薬を提供可能なサプライヤーとの提携。
  3. 農業ソリューション・用品のさらなる開発のため、研究開発分野で日本企業や専門機関との協業。
  4. 最後に、バイオ肥料や農法などの当社の独自農業ソリューションをより多くの農家に提供し、ネットワークを拡充していくため、資金調達したい。

注1:
カーボンファーミング(炭素貯留農業)とは、大気中の 二酸化炭素(CO2)を土壌に取り込んで、農地の土壌の質を向上させ、温室効果ガス(GHG)排出削減を目指す農法(参考:三菱総合研究所ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
注2:
シードラウンドとは、スタートアップが創業する段階で最初の資金調達のラウンドを指し、その次の調達ラウンドをシリーズA、シリーズBと呼ぶ。
注3:
このスタートアップへの取り次ぎを希望する場合は、ジェトロ・ホーチミン事務所(VHO@jetro.go.jp)まで連絡を。ジェトロは、日本企業と海外スタートアップなどとのオープンイノベーション・協業・連携を促進する「J-Bridge」というプロジェクトを実施している。その他のベトナムスタートアップの情報については、J-Bridge会員サイトから確認可能。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所 事業統括ディレクター
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。海外見本市課、ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て海外調査部アジア大洋州課にてベトナムをはじめとしたASEANの調査業務に従事。2022年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所
キム・フオン
2025年から、ジェトロ・ホーチミン事務所勤務。