EU主要国の脱炭素化・循環型ビジネス最新動向
現地発ウェビナー

2024年4月5日

ジェトロは2024年3月5日、現地発ウェビナー「EU主要国の脱炭素化・循環型ビジネス最新動向」を開催した。EUは2050年の気候中立目標を掲げ、その実現に向けてさまざまな脱炭素化政策を発表している。ウェビナーではまず、安田啓・調査部欧州課長がEUの脱炭素・循環型経済政策を概説。デュッセルドルフ、ワルシャワ、プラハ、パリの各事務所の所長や調査担当者が各国の政策や進捗状況を報告した。海外事務所からの報告の一部を簡単に報告する。


(上段左から時計回りに)司会を務めた安田調査部欧州課長、ウェビナーに登壇した菅野デュッセルドルフ事務所長、石賀ワルシャワ事務所長、山崎パリ事務所シニアリサーチャー、志牟田プラハ事務所長(ジェトロ撮影)

デュッセルドルフ事務所・菅野所長「官民共同で気候中立達成に向け前進」

デュッセルドルフ事務所の菅野一義所長は、ドイツの2045年の気候中立達成に必要なエネルギー関連の各種目標を説明。続いて、省エネルギー(省エネ)、再生可能エネルギー(再エネ)拡大と電化、水素利活用の促進に官民で取り組む現状を紹介した。

発言要旨

ドイツは2045年の気候中立を達成するため(2021年7月6日付ビジネス短信参照)、一次エネルギー消費量を削減し、2030年までに約8,723ペタジュール(対2023年比19.1%減)にすることや、国内の水素生産能力を2030年までに少なくとも10ギガワット(GW)とするなどの数値目標を定める。

実際に、2023年の一次エネルギー消費量は2013年比22.4%減、同消費量に占める再エネ割合も19.6%に拡大した。電化については、まず自動車の電動化があり、2024年1月時点での国内のバッテリー式乗用車は、順調に伸びているものの、推計約144万台にとどまる。電気自動車(EV)用の公共充電設備の拡充も課題だ。建物分野では、「暖房法」(2023年10月17日付ビジネス短信参照)により再エネ使用の暖房への切り替えを進める。再エネ拡大については、洋上・陸上風力発電や太陽光発電の増設のほか、政府内で「発電所戦略」の最終案を調整中だ。同戦略は、風力や太陽光による発電電力量の不安定さの補完や電解槽増設までの時間を考慮し、水素火力で発電できる「H2-ready (H2レディ)」発電所を建設しようとするもの。

注目すべきは水素の利活用推進だ。2023年7月の国家水素戦略改定(2023年10月17日付地域・分析レポート参照)で、水素の需要量予測や電解槽設置目標を引き上げたが、水素の需要と供給のどちらが先かの「鶏と卵」の状態では、民間投資は足踏みする。そこで、需給それぞれで、最初の導入を促進する国や州の補助金による大型プロジェクトが開始。製鉄分野では、ニーダーザクセン州での鉄鋼メーカーのザルツギッターによるグリーン鉄鋼の生産(2022年10月25日付ビジネス短信参照)、インフラ分野では、2月15日に欧州委員会で補助金支給が承認された(2024年3月6日付ビジネス短信参照)、エネルギー大手RWEなどによるニーダーザクセン州~ノルトライン・ウェストファーレン州を結ぶ水素パイプライン整備と電解槽建設の事例などがある。


ウェビナーで視聴者の質問に答える菅野デュッセルドルフ事務所長(ジェトロ撮影)

ワルシャワ事務所・石賀所長「エネルギー転換を進める親日国ポーランド、日本企業のビジネスチャンスは豊富」

ワルシャワ事務所の石賀康之所長は、ポーランドの脱炭素化に向けた政策や取り組みを説明。エネルギー転換に向けた枠組みや、同国が注力する水素分野の国家戦略、現地企業や進出日系企業の動向を紹介した。

発言要旨

ポーランド政府は、2040年までにエネルギー転換を行うための枠組み「2040年までのエネルギー政策(PEP2040)」を発表(2021年2月16日付ビジネス短信参照)。持続可能なEU経済の実現に向けた成長戦略「欧州グリーン・ディール」で定めた目標に沿ってカーボンニュートラル達成を目指す。豊富な石炭資源を有することから、2021年時点の電源構成の8割を石炭が占めるが、2030年までに発電電力量に占める石炭の割合を56%まで削減することや、最終エネルギー消費に占める再エネ率を最低23%まで引き上げることを定めた。在ポーランド日系企業も、工場で再エネ発電由来の電力を使用するなど、対応を進めている。

政府がエネルギー政策の中で特に力を入れている分野の1つが、欧州で3番目の生産量を誇る水素だ。現状は化石燃料を由来としたグレー水素が大半、かつ、国営企業2社が自ら製造して消費するものが国内市場の9割を占め、水素の取引市場は存在しない。政府は2021年に、水素産業の創出を目的とした「2030年までのポーランド水素戦略―2040年に向けて」を発表(2023年12月28日付地域・分析レポート参照)。再エネ由来のグリーン水素や低炭素水素の活用を図り、気候中立を達成しつつ、経済の競争力を維持するために水素を利用する。水素開発に際しては、国産品の活用を最大化することを目的に、国産品比率が50%を下回らないようにする努力目標を掲げた合意書に業界団体などと署名した。水素の製造・輸送・貯蔵、利活用というバリューチェーンを確立し、水素市場設立を目的とした水素バレーの整備も進めている。水素産業で活動する企業の多くは国営企業だが、一部で民間企業の参入の動きも出てきている。

親日国のポーランドでは、日本企業と協業してエネルギー転換を加速させたいと考えるポーランド企業も多く、日本企業にとって、ビジネスチャンスを狙える分野が豊富にあると考えられる。


ウェビナーで視聴者の質問に答える石賀ワルシャワ事務所長(ジェトロ撮影)

プラハ事務所・志牟田所長「チェコ、循環型経済実現に向けた取り組み推進」

プラハ事務所の志牟田剛所長は、政府目標「チェコ循環型経済の戦略的枠組み2040」(2024年1月9日付地域・分析レポート参照)と、その中で定めている優先10分野について概説。このうち「産業、原材料、建設業、エネルギー」と「廃棄物管理」の2分野について、2022~2027年の行動計画(政府が6年ごとに設定)に基づく政策と、企業やスタートアップによる具体的事例を詳しく紹介した。

発言要旨

親EU路線の現政権はEU復興基金を活用してグリーン、デジタル政策を推進。循環型経済への取り組みも、EU方針に沿っている。

政府目標の優先10分野のうち、「産業、原材料、建設業、エネルギー」分野では、循環型経済の実現に向けた投資を促進し、2040年までに原料リサイクル率を2017年の3倍に引き上げ、産業競争力強化を目指す。産業貿易省はEU復興基金を活用し、廃棄物再利用・リサイクル率向上に関する技術を導入する企業に対し、費用の最大40%を補助する制度を実施。2022年の受付期間には当初の想定を上回る231件の申請があった。

「廃棄物管理」分野では、廃棄を厳格に制限し、再使用・リサイクルを最大限に活用することを目指す。2025年までの達成目標として、(1)ペットボトル原料に占める再生プラスチックの割合を25%に、(2)包装のリサイクル率を70%に、それぞれ引き上げた。企業の取り組み事例として、例えば(1)について、チェコとスロバキアの飲料大手がペットボトルリサイクル事業者を買収し、回収したペットボトルのリサイクル工程を一貫して手掛ける体制を目指している(2023年5月29日付ビジネス短信参照)。(2)については、TOPPANがリサイクルに適した透明バリアフィルムの生産拠点を新設し(2024年末稼働予定)、地産地消型のサプライチェーンを構築する。

スタートアップの事例としては、産業廃棄物を売買するオンラインプラットフォームの開発や、リユース容器を使用し、包装廃棄物を出さない流通・販売システムの構築がある。民間企業のモノづくりの技術を生かした産学連携の事例もある。

チェコの自動車大手シュコダ・オートは中期計画の主要項目の1つに「持続可能性」を設定し、生産工程の脱炭素化、リサイクル率の向上を推進している。


ウェビナーで講演する志牟田プラハ事務所長(ジェトロ撮影)

パリ事務所・山﨑シニアリサーチャー「540億ユーロの国家投資計画、5割が脱炭素化・循環型ビジネス分野」

パリ事務所の山﨑あきシニアリサーチャーは、国家投資計画「フランス2030」(2023年12月7日付地域・分析レポート参照)を紹介。脱炭素化・循環型ビジネスに関連する7分野(脱炭素水素、脱炭素エネルギー、脱炭素モビリティ、製造業の脱炭素化、クリティカルマテリアル、スタートアップ支援、外国企業投資事例)について、具体的なプロジェクトを交えながら詳しく解説した。紙幅の都合上、以下の発言要旨では4分野に触れる。

発言要旨

政府は「フランス2030」を通じて、2022年から5年間で約540億ユーロを投資する計画だ。2023年11月までに約3,200件のプロジェクトを選定し、250億ユーロ超の補助金の支給を決定した。このうち、脱炭素化・循環型ビジネス分野は約5割を占める。選定企業の46%が中小・零細企業、プロジェクトの65%が地方発で、地域再生という意味でも注目されている。

まずグリーン水素について。フランスではグリーン水素を「脱炭素水素」と呼ぶ。フランスは2030年までに約90億ユーロを投資して6.5GWの製造装置を設置し、脱炭素水素の生産量を年間60万トンに拡大する目標だ。

脱炭素エネルギーは、再エネと原子力エネルギーを含む。フランス2030では特に浮体式洋上風力発電に力を入れている。フランスでは再エネプロジェクトの実現までにかかる時間が長く、2023年には再エネ生産加速法も施行された。

低炭素モビリティに関しては、2030年までにEVとゼロエミッションカーの国内生産200万台、低炭素航空機の国内生産開始という目標がある。特に航空機部門については、フランス南西部に航空機関連企業が集積しており、スタートアップが水素電池を使った有人飛行を成功させるなどしている。

外国企業誘致では、バッテリー、水素エネルギー、プラスチックリサイクルなどの分野で投資が多く見られる。富士通ゼネラル、伊藤忠商事、三井物産など日本企業の事例もある。


ウェビナーで講演する山﨑パリ事務所シニアリサーチャー(ジェトロ撮影)

今回のセミナーは、オンデマンドで2024年5月13日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは2,000円(消費税込み)で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細は、ジェトロのウェブサイトを参照。

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
二片 すず(ふたかた すず)
2020年5月から調査部欧州課勤務。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
牧野 彩(まきの あや)
2011年、ジェトロ入構。企画部情報システム課、ジェトロ福島、ジェトロ・ロンドン事務所を経て、2022年5月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
岩田 薫(いわた かおる)
2020年5月から調査部欧州課勤務。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
江里口 理子(えりぐち さとこ)
2013年、新聞社入社。記者として広島支局、東京経済部などで勤務。その後、一橋大学国際・公共政策大学院修士課程を経て、2023年にジェトロ入構。