市場規模が急拡大
D2C企業の戦略から読むインド市場(1)

2023年3月7日

インドの電子商取引(EC)市場は、新型コロナ禍以降、急拡大した。決済や物流・配送など、関連サービスの整備も進んでいる。こうした環境下、インドで成長しているのがD2C(Direct to Consumer)型のECサービスだ。D2Cとは、メーカーやブランドがウェブサイトなどを通じて消費者へ直接販売する形態を指す。

インドは、概して価格に敏感な市場だ。ボリュームゾーンでは、低価格重視のニーズが根強い。しかし、ニッチ市場とは言え、特定の消費者層に向けマーケティングや流通を工夫し、多様化する中間層・富裕層の消費を取り込むインドのD2Cブランドの例もある。

この連載では、そうしたD2C企業がどのように現地トレンドやニーズに商機を見いだし、どのような戦略でアプローチしているのかを追う。そうした考察は、日本企業がインド戦略を考える上でも参考になるはずだ。

第1回目の本記事では、まず、インドのD2C市場概況について整理する。次回以降は、当地でD2Cブランドを展開するスタートアップ企業の戦略と課題について、インタビューを交えて紹介する。

インドでD2C市場が急成長

インド商工省傘下のIndia Brand Equity Foundation(IBEF)の2022年11月発行のレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、インドの小売市場規模は今後、年平均成長率9%で成長。2026年までに1兆4,070億米ドル、2030年までに1兆8,840億米ドルに達する見込みだ。2019年に7,790億米ドルに過ぎなかったことからも、その伸びの大きさが見てとれる。同時に、特に上位中間層を中心とした所得水準向上に伴って、消費が多様化する傾向にある。

インドの小売市場全体の中で、EC市場は2021年に7%を占めた。この時点までの成長率は、年率25~30%に及ぶ。その結果、2030年に流通取引総額が3,500億米ドルに達すると予測される。これほどの成長を支えてきたのは、安価なスマートフォン、モバイルデータ通信・電子決済の普及や、いわゆるZ世代など若年層が多い人口構成などだ。加えて、新型コロナ禍を機にさらにEC活用が進み、成長が加速した(2020年7月29日付地域・分析レポート参照)。

小売・EC市場の拡大と並行して、ソーシャルメディアが普及し広告技術も進化した。これにより、ニッチな領域でも特定の顧客層に効果的にリーチすることが可能になった。さらに、EC事業者向けの倉庫・物流最適化のソリューションも登場(2022年4月11日付地域・分析レポート参照)。各地に点在する消費者にも商品を届けやすくなった。これらの環境変化が、D2Cブランドとその市場の成長の背景にある。

Inc42(スタートアップメディア)のレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、インドのD2C市場は、2025年までに年平均成長率25%で拡大する。その規模は、1,000億米ドルを超えると予測されている。既にインドには800を超えるD2Cブランドが存在している。また、その分野は食品、消費財、ファッション、家具や家電、電子機器など多岐にわたる。特定のニーズへの対応や利便性を武器に、高付加価値製品の販路としても機能しつつある。D2Cスタートアップの創業やユニコーン企業化、買収も、相次いでいる。

D2Cが消費者に選ばれる要因とは

当地の主なD2C企業例としては、以下のようなものがある。

表:インドにおけるD2C企業の例
企業・ブランド名 商品分野
ママアース(Mamaearth) 天然素材の美容製品やベビー用品
ナイカ(Nykaa) 化粧品・美容製品
プラムグッドネス(Plum Goodness) ビーガン(vegan)化粧品・美容製品
レンズカート(Lenskart) 眼鏡・アイウェア
リシャス(Licious) 食肉・魚介類の冷蔵宅配
ファーストクライ(Firstcry) ベビー用品・子供用品
ボート(BoAt) ヘッドホン・電子機器など
ボンベイシャツカンパニー
(Bombay Shirt Company)
アパレル製品
ウェイクフィット(Wakefit) 寝具・家具など
ファーレンコ(Furlenco) 家具・家電のレンタル
ペッパーフライ(Pepperfry) 家具・家庭用品

出所:Inc42資料などからジェトロ作成

ここで、消費者がD2Cブランドを選ぶポイントを整理してみる。

まず、特定のニーズへの対応や、ブランドへの信頼性が挙げられる。例えば、ママアースは、天然原料を使用したベビー用品や美容製品を製造販売するインド発ブランドだ。従前は、大手ブランドによる大量生産のベビー用品が多く市場に出回っていた。しかし同社は、「化学物質不使用」「健康」「安全」といった要素を付加価値として訴求。ブランディングに成功している。

2つ目は、「欲しい製品を見つけたい」「いつでも入手したい」というニーズへの対応だ。ナイカは、化粧品を中心とするEC企業で、他社ブランドの販売のほか、自社オリジナルブランド品も展開している。従来、化粧品は店頭購入が主流だった。しかし、近隣店舗で取り扱われるラインアップには、そもそも限りがある。さらに、流通やアナログ式の在庫管理の問題から、店舗に行っても欠品が多くなりがちという問題もあった。そこで同社は、自社ECプラットフォームで海外ブランドを含む商品を充実させ、目当ての製品がいつでも買える仕組みを構築。加えて、インフルエンサーの起用やYouTube、インスタグラムを活用して取扱商品の使用法の紹介動画を投稿し、ニーズを生み出した。

3つ目に、デジタル化で買い物を便利にする、あるいは促す仕組みもポイントだ。レンズカートは、眼鏡・サングラスなどのD2Cブランド。この分野では現在国内最大とも言われる。インドを中心にシンガポールやドバイなどにも進出し、1,100以上の店舗網、2,000万以上のアプリダウンロード数を誇る。その年間販売実績は、1,000万本以上という。同社のアプリを使うと、ユーザーの輪郭データをモバイルやパソコン(PC)のカメラで読み取り、顔型に似合う最適な眼鏡を提案してもらえる。店舗に出向かなくても、バーチャル上で試着することも可能だ。垂直統合したサプライチェーンにより、手頃な価格で、オンライン注文後数日で眼鏡が自宅に届く仕組みを実現した。

なお、D2Cブランドが、実店舗販売を組み合わせる例も多い。オンラインだけで販売を拡大することは難しいのが実情だからだ。消費者の目に留め実際に試してもらう場として、リアルの販売との組み合わせが重要ということだろう。


ナイカの商業モール内店舗。展示会のブースのような形状の中に、店員が入って対面販売する(ジェトロ撮影)

高級スーパー内で販売されるママアースの製品。
4段の棚に、同社の美容製品が多数並んでいる
(ジェトロ撮影)

日本企業との連携事例も

インドのD2C企業には、日本企業が関心を寄せ提携に至る例もみられる。

例えば、リシャスは、食肉・魚介類の流通・宅配を手掛けるD2Cだ。インド複数都市で食肉ECと冷蔵スピード宅配を展開する。このリシャスに2018年、ニチレイ(本社:東京都)が出資した。ニチレイ側の狙いは、リシャスが持つノウハウ(コールドチェーンや、購買データに基づくデジタルマーケティングなど)を生かし、インドでの新ビジネスに向けて可能性を模索するところにあった。反対にリシャスには、ニチレイの持つ高い衛生管理技術や加工技術などに期待があった。両社双方にとって戦略的な連携を図った例と言える(注)。

また、2022年6月には、眼鏡などの製造販売を行うオンデーズ(本社:東京都)がレンズカート(既述)との経営統合を発表した。オンデーズのプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、この連携の意図は、日本ブランドとしての高いサービスと信頼性、レンズカートの強みである先進的なテクノロジーを融合し、そのデジタルマーケティング手法を今後の市場展開に生かすところにある。

冒頭で述べた通り、一般論として、インドは価格圧力が強い市場だ。日本企業にしてみると、安価な大量生産品や、大規模資本投下が可能な大企業、ローカルに根付く地場企業などとの競争が厳しいのが通例になる。競合に対抗するには、消費者のニーズに合わせた製品やサービスを提供し、ブランドを確立しなければならない。

そう考えていくと、既述の例にみられるように、当地D2C企業との提携を、インド市場展開に生かすというのも有益だろう。あるいは、日本から完成品を輸出する以外の展開、例えば、当地D2C企業に機能性素材や部品を提供したり、共同で製品開発したりする協業シナリオも、選択肢としてあり得るだろう。

次回からは、実際に事業を展開するインドD2Cスタートアップの事例について、インタビュー形式で紹介する。

協力:グローバル・ジャパン・コンサルティング


注:
出所:Global Japan AAP Consultingウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
酒井 惇史(さかい あつし)
2013年、ジェトロ入構。展示事業部、ものづくり産業部、ジェトロ京都、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年12月から現職。