パーソナルケア
D2C企業の戦略から読むインド市場(2)
2023年3月7日
インドのD2C企業がどのように現地トレンドやニーズに商機を見いだし、どのような戦略でアプローチしているのかを追う連載。第1回記事では、インドのD2C市場を概観してみた。
今回からは、D2Cスタートアップへのインタビュー結果を紹介する。皮切りは、ピルグリム(Pilgrim )。同社は、化粧品やパーソナルケア商品を展開する。その創業者、アヌラグ・ケディア氏に聞いた(2023年2月3日聴取)。
ピルグリムは、マハーラーシュトラ州ムンバイに本拠地を置く。「有害化学物質不使用」「動物実験なし(cruelty free)」「ナチュラル」「動物由来品回避(vegan friendly)」といったトレンドに沿い、スキンケアグッズやパーソナルケアブランドを展開。ミレニアル世代やZ世代を中心に、顧客をつかんでいる。
- 質問:
- 事業領域を取り巻くトレンドは。
- 答え:
- 特に、インドの美容市場にフォーカスしてみる。ここ7~8年は、非常に興味深い変化があった。特にECが大きな進化を遂げている。インドで新しいブランドを展開するに当たって、以前は2つの大きな課題があった。しかし、そのいずれも、非常に早いスピードで解消されてきた。
- 1つ目は、良い商品を作り、魅力あるストーリーを消費者に届ける方法だ。以前は高いコストをかけて新聞やテレビで宣伝するしかなかった。しかし今は、複数のソーシャルメディアプラットフォームがある。低コストで消費者にストーリーを届けることが可能だ。
- 2つ目は、より多くの消費者が商品を入手可能になった。広いインドで、膨大な数の店舗全てに商品を置くことは非常に高いコストをかけないと不可能だった。ところが近年、配達環境が急速に改善。今はインドのエリアほとんどに商品を届けることができる。体感的には、郵便番号のある地域のうち99%に配達可能になった。新型コロナ禍もきっかけとなり、(若い世代だけでなく)中高年もeコマースを使うようになった。
- 質問:
- 現地のニーズに変化は。また、それに対してどのように対処しているか。
- 答え:
- 消費者の購買力と選択肢が増えるにつれ、より多様で、より質の高い製品へのニーズが確実に高まってきた。例えば、肌質に応じた商品や、各人の悩みとその解消に特化することなどだ。また、「動物由来品回避(vegan)」「動物実験なし」「環境配慮」への関心が高まっていると感じる。その点、弊社は、PETA(国際動物愛護団体)の認証を取得している。また、包装には可能な限り、リサイクル原料を使った素材やリサイクル可能なものを使用している。
- ソーシャルメディアの影響で、国外のトレンドがインド国内でも注目を集めるようになった。その最たる例が、韓国のKビューティーだろう。ほかにも、日本やフランスでの流行を挙げることができる。特にネットフリックスがインドでサービスを開始してから、KドラマやKポップが当地トレンドに大きな影響を与えるようになったと感じる。実際、弊社もKビューティーラインの商品を開発している。
- 質問:
- ターゲットとしているセグメントや販売戦略は。
- 答え:
- 弊社はブランドとして、いわゆるマステージ戦略(注1)を取っている。主なターゲットは、プレミアム・マス(注2)だ。年齢層としては、ミレニアルやZ世代が主になる。商品の質の高さと、顧客層のトレンドに敏感なことはとても重要と考えている。
- インド市場では、価格も手頃でなくてはならない。弊社製品の原料は多くを輸入している。インドで製造するのは、完成品の輸入に比べて関税などのコストを抑えられるためだ。
- 質問:
- ブランドストーリーを伝え、ECにつなげる上での工夫は。
- 答え:
- 弊社は、世界中から最高級の美容原料を調達している。顧客に有効な製品を届けるためだ。
- 別の次元の取り組みとして、最近、フランス産赤ワインを主成分とするスキンケア製品のプロモーションのため、セレブリティーのカルキ・ケクラン氏を起用。フレンチ・アンチエイジングシリーズのキャンペーンを実施した。
- ほかにも、ミントラ(Myntra)やパープル(Purplle)といった化粧品ECで、インフルエンサーとコラボレーションした例がある。それぞれ、ライブ配信(Myntra LiveやPurplle Live)に参加している。インフルエンサーが弊社製品とその使い方を紹介し、該当するECプラットフォームで利用可能な限定割引機会を提供する。
- 広告でキャンペーンするに当たっては、自社サイトへのアクセス増加に重点を置いている。ただし、ブランドの活動に関して当社がプレスリリースする場合は、商品の取り扱いがある主なECサイトを紹介するようにもしている。
- 質問:
- ECプラットフォームの使い分け方は。
- 答え:
- アマゾンやフリップカートのようなECサイトは、膨大な数の消費者に一度にアクセスすることができる。自社ECと並行して外部プラットフォームを使うのは、そのためだ。
- 巨大なプラットフォームなので、顧客がこれらのサイトで商品を検索することも多い。そうした際には、弊社の商品にもアクセスできるようになっているべきとも考える。消費者は買い物をしたことがないECサイトよりも、これらの大手ECを信頼しているということもある。となると、新しい消費者へのリーチにも役立つことになる。
- また、これらのプラットフォームは、需要の急増や在庫の変化を容易に管理できる。例えば、弊社の商品がソーシャルメディアで話題になった場合、その影響はすぐにアマゾンの販売数に反映される。このように、大手EC、特にアマゾンでの販売は、ブランドとして規模を拡大しやすい。
- 質問:
- 販売活動を進める上で、課題は。
- 答え:
- 弊社が直面した最も大きな困難は、新型コロナ禍だった。ブランドをローンチするタイミングで最初のロックダウン。州境が閉鎖されてクーリエの配達ができなくなった結果、大量の在庫が倉庫に残ってしまった。
- 現在は、デリバリーの不安は解消された。しかし、国外から原材料を輸入しているため、近年の政情不安やインフレでコストが安定しないことは、なおも大きな課題だ。
- 質問:
- 今後の見通しは。また、外国への事業展開は考えているか。
- 答え:
- インドの美容・パーソナルケア市場はこれからも急成長を続けると確信している。現在はオンライン販売が100%だ。しかし、いずれ実店舗でも販売したい。
- また、国外への事業展開も考えていきたい。特に、(1)インド人在住者が多い中東、(2) ECが伸びている東南アジア、(3)市場規模が魅力の北米に注目している。日本にもチャンスがあればうれしい。もっとも、市場が成熟しているので、難しいのではとみている。
- 質問:
- 外国、日本からの調達や連携ニーズはあるか。
- 答え:
- Kビューティーラインの次に、日本のトレンドにインスパイアされたラインの立ち上げも考えている。より具体的には、有効成分が含まれた原材料などを日本から調達することに非常に関心がある。仮にインドに既存販売代理店があるサプライヤーがあれば、ありがたい。
調査協力:グローバル・ジャパン・コンサルティング
- 注1:
- 「マス」と「プレステージ」を掛け合わせた造語で、マーケティング戦略の1つ。価格帯を大衆消費者が購入可能な水準に近付けると同時に、商品プロモーションなどにより、ブランドの格調高いイメージを維持する戦略。
- 注2:
- 超富裕層を除く富裕層や、上位中間層で構成される消費者層。
D2C企業の戦略から読むインド市場
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューデリー事務所
酒井 惇史(さかい あつし) - 2013年、ジェトロ入構。展示事業部、ものづくり産業部、ジェトロ京都、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年12月から現職。