背景・投資概況
台頭するバングラデシュのスタートアップ(1)

2023年5月30日

バングラデシュでは近年、テック系スタートアップ(SU)が数多く台頭している。経営コンサルティング企業のライト・キャッスル・パートナーズによると、現在アクティブなSUの数は1,200社以上にのぼり、毎年新たに200社以上が生まれている。背景にあるのは、豊富なIT人材の存在と、国民生活へのICT(情報通信技術)の浸透だ。同国ICT省によると、国内に約65万人のフリーランサー(その多くがIT関連に従事する)が存在するとされ、そのうち約50万人が実際に活動しているという。オンラインで働くフリーランサーの数は世界的に見てもインド、パキスタンに次ぐ水準だ。政府が2023年1月に発表した統計によると、世帯レベルでの携帯電話の保有率は97.4%、スマートフォンの保有率は52.2%に達する(2023年1月20日付ビジネス短信参照)。つまり、新たなデジタルサービスを開発する供給サイドと、そのサービスを利用する需要サイドの双方の成長がテック系スタートアップの台頭につながっているといえるだろう。こうした状況の中、ソフトバンクが2021年に資本参加したモバイルペイメント「ビー・キャッシュ(bKash、2021年11月24日付ビジネス短信参照)」を筆頭に、一部のSUが提供するデジタルサービスはすでに国民生活に根付いているといっても過言ではない。

さらに、「デジタル・バングラデシュ」「スマート・バングラデシュ」といったスローガンのもと、政府もSU育成を後押ししており、2020年には政府系のベンチャーキャピタル(VC)である「スタートアップ・バングラデシュ」が設立され、2025年までに同国内に5社のユニコーン企業を輩出することを目標として活動している。

本連載では、バングラデシュのSUを取り巻くビジネス環境について整理するとともに、次回以降では個別のSU企業の取り組みについて紹介する。

巨大な国内市場でのシェア拡大が成長の鍵

バングラデシュのSUが取り組むビジネス分野は多岐にわたる。過去の資金調達額でみると、前述のbKashや、伝統的な小売店向けに調達・配送・マイクロファイナンスを組み合わせた総合的なサービスを提供するショップアップ(ShopUp)など、フィンテック分野での大規模な調達が目立つ。一方で、ロジスティクス・モビリティ、エドテック、eコマース、トラベルテック、アグリテック、ヘルステックなど、他の分野にも有望プレーヤーが存在し、精力的に事業を行っている。 バングラデシュでアクセラレーターとして活動する「スタートアップ・ダッカ」のムスタフィズール・ラーマン・カーン氏は「バングラデシュには、まだまだデジタル化・効率化が進んでいない領域が数多く存在する。さらに、人口1億6,000万人以上の巨大な市場があるため、国内市場のみをターゲットにしたビジネスでも十分にスケールアップが可能で、特にボリュームゾーンである低所得者層を取り込む形の事業が主流となっている。海外のSUがすでに取り組んでいるビジネスモデルをバングラデシュで実践するような展開も十分魅力的であり、ビジネスモデルのユニークさは必ずしも重要な要素ではない」と話す。つまり、バングラデシュのSUの実力、成長可能性を判断するうえで、国内市場でのシェアをどれだけ確保できているか、今後どれだけ拡大できるかが1つの重要な視点であると考えられる。

国外からの投資が主体だが、アーリーステージでは国内投資家も存在感

続いて、バングラデシュのSUへの投資動向について概観する。ライト・キャッスル・パートナーズのレポートによると、バングラデシュのSUへの2022年の総投資額は1億1,200万ドル[うち、米国系VCのヴァラー・ベンチャーズ(Valar Ventures)とフローリッシュ・ベンチャーズ(Flourish Ventures)によるショップアップへの投資額が6,500万ドル]となっており、同年のインドのSUへの投資額が210億ドルであることと比較すると、人口規模および経済規模の差を考慮してもまだまだ投資額は小さく、伸びしろが大きいのが現状だ。 また、投資元の内訳に着目すると、投資金額ベースで、バングラデシュ国外からの投資が総投資額に占める割合が92%となっており、過去10年間の傾向を見ても国外からの投資によって同国のSUの事業が支えられている状況がみてとれる。一方で、投資件数ベースでみると、55%は国内の投資家によるもので、政府系ファンドのスタートアップ・バングラデシュや、ノンバンク大手のIDLCなどのVCに加え、一部のエンジェル投資家もアクティブに活動している。特に、プレ・シード、シードのラウンドにおいては、国内の投資家が重要な役割を担っているといえるだろう。 投資のステージ別にみると、バングラデシュのSUエコシステムの成熟に伴い、総投資額に占めるミドルステージ以降の割合が上昇傾向にあるものの、投資件数ベースでみるとシリーズAまでのアーリーステージの割合がほとんどで、2022年についてはプレ・シードとシードで全体の58%を占めた。

シンガポールや米国での資金調達が主流

スタートアップ・ダッカのカーン氏へのヒアリングに基づき、参考までに、国外からバングラデシュのSUに出資をする際(SU側からみると、国外から資金調達する際)の資金の流れを整理する。想定されるのは以下の3つのパターンだ。

  1. バングラデシュのスタートアップの口座に国外から直接投資する。
  2. 非居住投資者向けタカ建て口座(NITA: Non-Resident Investor’s Taka Account)を投資家が開設し、同口座から政府公認の国内ファンド(IDLC、SBKなど)を介して投資する。
  3. バングラデシュのSUが国外からの資金調達を目的にシンガポールや米国など第三国に設立した法人(親会社)に対して出資する。資金調達を受けた同法人はバングラデシュ法人(子会社)に対し、増資などにより資金投下する。

1.については、配当など出資元への送金に際し、送金の名目などに応じてバングラデシュ中央銀行(BB)や投資開発庁(BIDA)の許認可が必要となり、国外への送金規制が厳しいバングラデシュにおいて資金回収が困難になるリスクがあるため、現実的ではない。

2.については、送金前のBBやBIDAからの許認可が不要(事後的な定期報告のみ)で、送金時に必要なのは証券取引委員会(BSEC)への申告のみであることが利点だ。一方で、昨今、市中銀行の外貨不足が問題となっている状況の中、外貨を十分に保有している銀行でNITA口座を開設することが肝要であるが、これも容易でない。現時点では、このスキームを利用した投資は、国外からのバングラデシュのSUへの投資額の1%にも満たないという。

最も一般的(全体の99%以上)なのが3.のスキームで、国外からの資金調達を視野に入れているSUは、シンガポールや米国など第三国に形式上の親会社を設立し、親会社からバングラデシュ法人に資金を投下するケースがほとんどだという。バングラデシュでの事業拡大が親会社の株価上昇につながることで、投資家はイグジット時に親会社の所在国で株式の売却益を得られる。そのため資金回収に際して、バングラデシュ法人からの海外送金の必要がないため、前述1.、2.よりも資金回収時のリスクが低い。なお、この手法はバングラデシュに限らず、インドなどの他の途上国のSUも採用しているという。

日本のVCによるバングラデシュのSUへの投資は、まだまだ一般的ではないものの、今後の動向に期待がかかる。

ここまで、第1回ではバングラデシュのSUを取り巻く環境について見てきた。

次回からは、様々な分野で事業を展開するバングラデシュのSUの事例について、インタビュー形式で紹介する。

台頭するバングラデシュのスタートアップ

執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
薄木 裕也(うすき ゆうや)
2020年、ジェトロ入構。市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て、2022年から現職。