新次元を迎えた経済連携を議論
日タイ経済政策対話フォーラム(1)

2022年8月12日

タイ商務省、日本の経済産業省、在タイ日本大使館、ジェトロは5月9日、「日タイ・ハイレベル経済政策対話フォーラム」を、バンコク近郊の商務省(ノンタブリー県)で開催した。同フォーラムは、日タイ修好135周年を記念したイベントで、両国の貿易・経済関係を深めることを目的に、日タイの官民のリーダーが議論を交わした。地域的な包括的経済連携(RCEP) 協定 や日タイ経済連携協定(JTEPA)など、タイと日本の自由貿易協定(FTA)の活用促進をはじめ、カーボンニュートラル、サプライチェーンの強靱(きょうじん)化、デジタル化の促進、イノベーションの共創など、日本とタイの経済、貿易、投資における新しい次元の政策と協力が議題となった。官民のリーダーが展望する、日タイの新たな経済関係を紹介する。


日タイ両国は修好135周年を迎える

グリーン成長分野での日タイ連携の強化に期待

日タイ・ハイレベル経済政策対話フォーラムでは、タイ商務省からシニット・ラートクライ副大臣が登壇し、日本とタイの経済関係の重要性を強調した。シニット副大臣によると、両国の関係は600年以上と長きにわたり、政府、民間企業、市民レベルの全てのレベルで関係が非常に緊密になっている。日本とタイは重要な経済パートナーであり、特に日本は長期間にわたり、タイにおいて最大の投資国の地位を堅持している。タイへ進出している日系企業は約6,000社におよぶ。


シニット・ラートクライ商務副大臣(ジェトロ撮影)

また、シニット副大臣は「日タイは貿易相手国として互いに重要なパートナー」とした。新型コロナウイルスの感染が拡大し、世界経済が停滞した2021年においても、日タイ間の貿易額は前年比で約20%以上も拡大した。特に日タイ貿易が拡大する最大の理由は、「日本とタイの間に、自由貿易協定(FTA)の枠組みがあるからだ」とした。日タイ経済連携協定(JTEPA)、日ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定があり、タイの対日輸出総額に占めるJTEPA、AJCEPの活用割合は8割以上を占める。

シニット副大臣は、2022年に発効したRCEPへの期待を述べた。RCEPは物品・サービス貿易をカバーしており、加盟国の総人口は20億人に上る。他のFTAよりも多くの品目が関税削減対象となっており、加えて、通関手続きの簡易化、貿易促進、サプライチェーンの拡大にもつながるという。同副大臣によると、「2022年1~3月のRCEPを利用した輸出先としては日本が首位だった」という。

タイ商務省は、タイと日本の間で様々な経済協力連携を実施している。例えば、同省の商業促進局(DITP)と山梨県甲府市は、宝石・宝飾品産業の貿易促進にかかる覚書(MOU)を締結し、日本人専門家によるタイの生産品の改良支援、オンライン・ビジネスマッチングの実施、日本のイベントへのタイ事業者の参加など、あらゆる形で協力、連携が行われている。

また、シニット副大臣は、国際社会の潮流に合わせた新たな分野での貿易協力として、「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」政策を挙げた。BCG政策は、日本のグリーン成長戦略と目指す方向性が一致しており、様々な未来の産業における貿易投資の促進につながるという。例えば、クリーンエネルギー、電気自動車(EV)、スマートエレクトロニクス、デジタルウェルネスと医療などを挙げた。さらに、日本の新たな枠組みである「アジア未来投資イニシアティブ(AJIF)」では、タイも投資先として選定されている。「両国が連携し、持続的な経済社会の発展につながるものと考えている」とした。

最後に、シニット副大臣は「タイ政府としては、日タイの経済貿易・投資が、より進化していく流れにあると認識している」と述べ、「タイ商務省はAPEC会合などの機会を通じて日本と協議し、緊密な連携をとっていきたい」とした。そして、タイはAPEC の枠組みの中で、「オープン、コネクト、バランス」をテーマに、アジア太平洋地域の経済が持続的かつ包括的に回復していくことを目指す、と結んだ。

萩生田経済相はAJIFによる日タイ経済連携を紹介

萩生田光一経済産業相は、日タイの経済連携を念頭に、日本政府の取り組みや展望を述べた。萩生田大臣は2022年1月、タイを含むASEAN諸国を訪問。その際、日本の新たなイニシアティブとして、イノベーティブで持続可能な経済社会の構築に向けて、ASEANと共に未来志向の新たな投資を積極的に行っていく「アジア未来投資イニシアティブ(AJIF)」を発表した。


萩生田経済産業大臣(ジェトロ撮影)

AJIFのキーワードは「共創」だ。(1)相手国が抱えている社会課題に向き合い、実効的な解決策を提供する、(2)官民が手を取り合い、民間のイノベーションを活用し、持続可能な経済社会を創る、(3)相手国の企業との協業を通じ、地域の未来を共創していく、というAJIFの理念を紹介した。

萩生田大臣はタイを例にして、同国がメコンの中心に位置し、グローバル・サプライチェーンのハブとして製造業の集積があるという魅力を挙げた。それを更に高めるため、(1)サプライチェーンの多元化に向けた日本企業によるタイへの設備投資を後押し、(2)強靱(きょうじん)なサプライチェーンの構築のため、データ利用・連携を促進するという。加えて、(3)高専システムによる優秀な人材の育成や、製造業のデジタル化を支える「高度な産業人材の育成」も重要だと述べた。

また、日・タイ企業が協業した社会課題解決の取り組みとして、例えば、タイの複数の大学や学会と連携し、AI(人工知能)を活用して、がんの早期発見・診療に寄与するデジタルプラットフォームの構築に取り組む日本企業を支援する、といった取り組みを紹介した。

同大臣は、こうした経済産業省の取り組みは、「タイのBCG経済モデルの推進に日本がパートナーとして協力するもの」と強調した。日本政府としては、APEC議長国であるタイが掲げる「オープン、コネクト、バランス」のテーマの下、議長国タイと緊密に協力していく、とした。また、RCEP協定については、同協定の着実な利用と実施が両国の更なる経済成長につながると期待していると述べた。

長い経済交流の歴史に裏打ちされた日タイの信頼関係を地域展開

梨田和也駐タイ大使は、まず日タイ経済交流の歴史を振り返った。1887年9月26日の日タイ修好宣言により、日タイ両国の国交が正式に開かれたことに触れ、同宣言は、明治政府が東南アジア諸国と外交関係を結んだ最初の条約で、両国が国交を結び、通商と航海を奨励するという商業・交易を促進する内容だったと紹介した。


梨田大使(ジェトロ撮影)

また、日本とタイの交流は600年前にさかのぼり、当時は御朱印船による日タイ交易を通じ、首都アユタヤには日本人町が形成され、民間交易のほかに、徳川幕府ともアユタヤ朝の間で献上品の交換などが行われたという。同大使は、こうした日タイ両国の長い商業交易の歴史に触れた上で、「世界情勢は再び激動の時代を迎えつつあり、アジア地域の安定的な成長のため、日本とタイは改めて連帯を確かめる必要がある。歴史と連帯に裏付けられた日タイの関係強化はその要諦となる」と強調した。

梨田大使は、2022年5月の岸田文雄首相のタイ訪問について、日本の首相が国際会議への出席ではなく、約10年ぶりに二国間関係のためにタイを訪れたことに触れ、「2022年の APEC 議長国であり、 ASEAN における日本との調整役を務めるタイと、経済関係をはじめ世界情勢など様々な議論がされた」と紹介した。

同大使によると、タイには8万人以上の在留邦人が居住し、日系コミュニティの定着も相まって、タイの人々は日本に好意的であるという。「日タイ両国の信頼関係を基礎に、日ASEAN地域の経済関係強化をはかる。具体的には、『共創』の精神で、タイ国内のみならず、ASEAN地域の他国でのビジネス展開をはかることが重要だ」と述べた。

そのためには、地域経済統合を進める経済連携の推進が必要で、「RCEPの発効は、こうした観点で、日タイ両国において重要性が際立つ」(梨田大使)という。日タイ修好135周年を契機に、日本の官民、オールジャパンで今後の日タイの新たな経済関係を切り開き、日タイ経済発展における相互利益を追求したい、と結んだ。

カーボンニュートラルを推進する日系企業のBCG経済への貢献に期待

ジェトロの佐々木伸彦理事長は「タイは東南アジア最大の日系企業の集積があり、日本にとってタイは最重要国の1つ」と述べた。ジェトロの調査によると、2008年に3,800社余りだった在タイ日系企業数は2022年に5,800社に上り、10年余りで約1.5倍に増えたことを紹介した。また、2021年のタイへの外国直接投資をみても日本が首位となっており、「ポストコロナを見据え、日本企業の今後のタイへの投資意欲も回復傾向にある」とした。


佐々木理事長(ジェトロ撮影)

佐々木理事長は「タイはデジタル・トランスフォーメーション(DX)やそれに伴う人材育成・リスキリング(注)、高齢化やヘルスケアの拡充といった、日本と同じような課題を抱えている」と指摘した上で、「日タイがともに課題を乗り越えて、経済成長につなげていくことが重要」と述べた。同理事長は、2021年にタイでユニコーン(企業評価額10億ドル以上の未上場企業)が複数誕生したことに着目しているという。「特に日系企業や日本人起業家の多いタイならではの、両国で連携したオープンイノベーション、社会課題の解決が期待できる」とした。

また、佐々木理事長は、グローバルに乗り越えるべき課題として、グリーン、脱炭素化が世界的な潮流となる中、東南アジア各国に先駆けてタイがBCG経済モデルを提唱したことに触れ、「そういった新たな領域でも、日タイの協業・連携が推進・加速することが期待されている」とし、「BCG経済モデルはカーボンニュートラルや気候変動への対応を経済の足かせとせず、タイ経済・社会の高度化に寄与させ、むしろ成長につなげていくという点で画期的な構想だ」と述べた。

日本企業も、APEC議長国としてのタイのリーダーシップに期待しており、BCG経済モデルを後押しするような活発な取り組みがみられるという。ジェトロの在タイ日系企業へのアンケートでは、57%が脱炭素化に既に取り組んでいる、または取り組む予定だという結果が出ている。

佐々木理事長は「ジェトロは日タイ企業を結び付けるさまざま取り組みを行ってきたが、今後も、さらなる日タイ企業の連携、関係構築の強化に資するよう取り組んでいく」と結んだ。


注:
リスキリングとは、自動化の推進などから、働き方が変化することで、新たに生まれる業務で役立つスキルや知識の習得する取り組みを意味する用語。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。