日本企業とタイ企業の新たな協力に向け議論
日タイ経済政策対話フォーラム(4)

2022年10月18日

日本とタイの政府間で協定や覚書など連携の動きがみられる中、両国の民間企業によるビジネスベースでは、実際にどのような協力関係が進んでいるのか。バンコク日本人商工会議所(JCC)、タイ工業連盟(FTI)、デンソー、SCGケミカルズの代表者が日タイ企業による協力関係や、製造業のデジタル化、脱炭素といった観点で意見を交わした。日タイ経済政策対話フォーラム(2022年5月9日、バンコク)での民間企業同士の議論を報告する。シリーズ4回目。


日本・タイ両国企業の代表者が議論(ジェトロ撮影)

次世代産業に向けたJCCの取り組み

バンコク日本人商工会議所(JCC)の加藤丈雄会頭は、現在の在タイ日系企業を取り巻く環境について言及。JCCは半年に1回、会員向けのアンケート調査を実施しているが、直近では、原材料費の上昇や輸送コストの増加など、世界的な課題がタイでも大きな問題となっている。加えて、過当競争や人件費上昇といったタイの構造的な問題もある。こうした問題の解決を探るため、JCCでは各種支援事業やタイ政府への要望活動を展開しており、特にビジネス環境整備活動では、日系企業にとって問題になりやすい分野の税制、関税、ロジスティクス、労務などの課題について、タイ政府と対話を行っている。

加藤会頭はタイ政府が推進している「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」についても、日系企業として対応が必要だという認識を示した。JCCは2021年10月にBCG委員会を新設し、関係機関から情報収集を行うとともに、在タイ日系企業が同分野でどのように貢献できるかといった議論を重ねている。また、タイの中長期的な課題の少子高齢化を踏まえ、注目されるヘルスケア産業についても、新たに「ヘルスケア産業部会」を立ち上げた。同分野はタイで成長が見込まれる産業で、会員企業によるコラボレーションやイノベーションが誘発されるよう機会を増やしていくという。


JCCの加藤会頭(ジェトロ撮影)

タイ地場財界、グリーン経済などで日本企業との連携望む

APECビジネス諮問委員会(ABAC)のスパン・モンゴンストリー会長は、タイ産業界の視点を紹介した。同会長はタイ産業連盟(FTI)会長を3期務めた。FTIには45の産業部会があり、加盟企業数は1万4,500社に上る。GDPの約6割はFTI会員企業によるという。FTIには多くの日系企業も加入し、特に自動車部会、鉄・金属部会、エンジン・機械部会、ゴム・プラスチック・人工皮革部会、電気・電子機器部会に会員企業が多い。

スパン会長は、日本がタイへの最大の投資国だと考え、FTI内に日タイ協力部会を設立し、複数の協力事業を推進してきた。タイの民間企業から見ても、日本はこれまでタイを支援し続けてきたと認識されており、投資のほかにも、工場や現場の改善・効率化、輸出の拡大といった面で日本企業の貢献は大きいという。

タイ財界が今後どのように日本と連携していくかについて、スパン会長は「最近、タイ政府が力を入れているのはグリーン。日系企業との会話ではBCGが話題となる」という。スパン氏はFTI会長だった時期に、カーボンクレジットに関する研究を行うタイ温室効果ガス管理機構(TGO)を設立。バイオ産業や循環型経済の部分では、タイの国産材料を有効活用できると期待する。「さまざまな業種の環境対応や中小企業の人材育成などを日本企業と一緒にできれば良い。合弁事業、貿易拡大、タイ起業家の育成などの機会がある」と述べた。


スパン・モンゴンストリーABAC会長(ジェトロ撮影)

デンソーはCASEに対応へ

デンソー・インターナショナル・アジアの末松正夫副社長は、同社のタイでの取り組みを紹介した。デンソー・グループはASEAN を中心にアジア地域(ASEAN、南アジア、中東など)に40の拠点があり、約3万5,000人の従業員を抱える。その中で最大規模の拠点であるタイには10のグループ会社がある。

同社はASEAN地域で、かさばる製品は各国で製造し、小型かつ高機能な製品は域内のいずれかの国で集中生産し、コストを下げて各国に輸出している。末松副社長は「FTA(自由貿易協定)のメリットを最大限に活用する重要な戦略」とした。かさばる製品については、コストを下げるために集中生産しても、物流費が高くなるため、最終的に競争力はなくなってしまう。よって「小型・高機能(製品)の集中生産こそが競争力を高める戦略だ」(末松副社長)と強調する。

同社では、タイの拠点で集中生産している品目が最も多い。タイは他国に比べ、生産技術やサプライチェーンも含めた製品競争力が高いという。デンソーは今後大きく成長が予測される電動化部品についても、タイで集中生産を行い、各国に輸出することを検討している。

また、タイにおけるデンソーのグループ会社は、大部分が首都バンコクの東部にあるサムットプラカン県からチョンブリ県、ラヨン県の東部経済回廊(EEC)に集中している。EECは自動車産業の集積地でもある。EECには世界有数のレムチャバン港があり、タイの輸出基地化を目指す同社にとって、非常に好都合な立地となっている。

自動車産業が100年に一度の大変革期を迎える中、同社は今後、CASEと言われる「コネクテッド」「自動運転」「シェアリング」「電動化」に力を入れていく。電動化では環境負荷の低減と高効率化モビリティーの実現、自動運転領域では事故のない安全な社会と自由で快適な移動の実現、コネクテッドの分野では車・人・物がつながる新たなモバイル社会の実現を目指す。

また、非自動車分野では、今まで培ってきた技術力を社会産業の生産性向上に活用していく。例えば農業分野では、空調技術を使い、イチゴの旬をずらして栽培できる実証実験をタイ北部のチェンマイで行っている。


デンソー・インターナショナル・アジアの末松正夫副社長(ジェトロ撮影)

経済連携協定に加え、民間企業同士のコラボレーションが重要

SCGケミカルズのタナウォン・アリーラチャクン社長兼最高経営責任者(CEO)は、同社の主な事業を紹介した。同社はポリエチレンやポリプロピレンなどのポリマーやポリ塩化ビニル(PVC)など樹脂を生産・輸出している。輸出の際はFTAの中でも特に日タイ経済連携協定(JTEPA)を活用している。マプタプット工業団地に主要な生産拠点があり、インドネシアやベトナムにも拠点を持つ。

同社にはグリーン経済に向けた4つの柱がある。(1)既存のポリマー技術を使った省エネ・二酸化炭素削減の実現、(2)リサイクル可能な製品の生産、(3)リサイクル技術の実証ユニットの立ち上げ(日系企業との連携)、(4)バイオポリマーの開発・研究の推進だ。こうした柱を推進する中で、地域的な包括的経済連携(RCEP)やアジア未来投資イニシアチブ(AJIF)、タイ投資委員会(BOI)の新たな投資誘致政策などをテコに、日本のパートナーをさらに獲得していくことが可能だと、タナウォンCEOは考える。

SCGケミカルズは、製造現場でのデジタル技術の活用にも力を入れており、人工知能(AI)や機械学習技術を予防保全(トラブルを予防するため部品交換やメンテナンスを行うこと)やシミュレーション、サプライチェーン管理などで生かしている。同社としては、さらなる活用分野があると考えており、広くパートナーと協力できる分野だとみている。

また、エネルギートランジションは、同社が現在取り組んでいるアジェンダの1つだ。同社も日本政府や日系企業と対話を重ねているところだという。脱炭素化やエネルギー転換は大きな方向性の1つだが、タナウォンCEOは「どのようにスピーディーに転換できるか。また、日本のパートナーといかに相互利益を出せるかが重要だ」とする。

タナウォンCEOは経済連携協定の締結に加えて、両国企業の密接なコラボレーションが必要だと考えている。同社はこれまで、日本企業と長年にわたり協業関係を築いてきた実績があり、パートナーに選ばれる会社として信頼を得ることに重点を置く。特に、日本企業は品質要求が非常に高く、同時にサービスや技術サポートも高い水準を求める傾向にあり、日本企業から信頼を獲得するには、製品・サービスの品質の保持や納期の順守が必要となる。新型コロナウイルス禍がサプライチェーンに大きな影響を与えた中、同社は日系パートナーと協力し、納期を守ることができたという。


SCGケミカルズのタナウォン・アリーラチャクンCEO(ジェトロ撮影)

在タイ日系企業は長期的な人材輩出に力点

今後の日タイの経済連携のカギについて、JCCの加藤会頭は(1)BCGを中心とした経済政策を旗印にして、タイと日本がともに発展していくこと、(2)人材育成を含む協力関係の構築をすることの2点を挙げた。

BCGやカーボンニュートラルについて、日タイ両政府はさまざまな覚書を締結し、協働関係を構築した。加藤会頭は「在タイ日系企業もタイ企業と積極的に協働を進めていく必要がある」とした。オートメーションやスマート製造、次世代自動車、デジタルトランスフォーメーション(DX)といった分野でさまざまなビジネス機会がある中で「日系企業もこれらの分野に注力し、タイ経済への貢献とともに、それぞれの会社が社会課題の解決といった責務も果たしていくことが肝要」と述べた。

人材育成については、日本企業は長期での投資や能力開発を行う点に特徴があるとした。2011年にタイで大洪水が発生した際も、多くの被害を受けつつ、日系企業はタイにとどまる、もしくは被害の少ない場所に移動して事業活動を継続。日本企業はタイを引き続きグローバル戦略上の重要拠点と考え、タイでのビジネス活動を長い視点で考えている。

そうした中、JCCは人材育成・社会貢献活動に取り組んでおり、タイの主要大学の学生に日本式マネジメントを伝授するJCC冠講座や奨学金の提供などを行っている。加藤会頭は「こうした活動を通じて、在タイ日系企業として長期的な関係構築を目指し、人材輩出にも貢献したい」と述べた。

タイのものづくりはデジタル化を用いて飛躍の見込み

デンソー・インターナショナル・アジアの末松副社長は、タイでの産業の今後について「タイは日本のノウハウなどを用い、ものづくりで世界を席巻できる国」という見方を示した。低廉な労働力という点ではタイの競争力は失われつつあるが、「生産を取り巻くあらゆるデータを分析し、AIやモノのインターネット(IoT)を駆使することで、より良い製品をより安く作る、最適なものづくりを追求する時代になっており、タイには十分に適応できる力がある」とみる。

製造業のデジタル化の要点は、現実世界での生産ノウハウをデジタル化やスマート化といった仮想世界の中でいかに形式知化・見える化し、ものづくりの付加価値を最大化することだ。デンソーでは、人・機械・デジタルの3つが融合したサイバーフィジカルな現場管理をものづくりの聖地タイに根付かせようとしている。

具体的な同社の取り組み例としては、ARグラス(メガネ型デジタルデバイス)を開発し、ガラス越しに工場の生産ラインを映し出し、そこにさまざまな情報を見える化する。仮想工場内で改善を行い、無駄の排除やコスト低減などを行っている。生産現場に必要なノウハウの移転を人材育成も含めて推進している。末松副社長は「デジタル世代の台頭はタイで顕著に見られる。生産現場でのデジタル化、アプリケーションとしてのデジタル技術の実装は、日本よりタイの方が早いのではないか」という見方を示した。

また、自動化の推進について、同社はリーン(無駄を省いた)なものづくりのコンセプトを実現すべく、コンソーシアム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのかたちで他社とタイで導入を図っている。同プロジェクトは日本の経済産業省、タイ工業省など両国政府も協力している。概要は、生産ラインの無駄を改善で取り除いた後、リーンになった生産ラインにロボットを導入するというもの。これはタイが当初、中国やドイツから生産ライン効率化のロボット導入を進めたが、無駄な工程や生産ラインまで自動化され、その後の改善が難しくなるという課題を改善するものだ。

末松副社長は「ものづくりはどのような産業でも、今後も残り続けることが見込まれ、常に改善を継続・進化させることが重要」という。「こうした思想をものづくりの聖地タイに根付かせ、タイからASEAN、世界へ発展・発信していただきたい」と結んだ。

タイ企業は日タイ連携で第三国展開に期待

日本企業との協業や日本政府のAJIFについて聞かれたSCGケミカルのタナウォンCEOは「デジタル化、グリーン・脱炭素という方向性としては、タイの民間企業も同じ」と述べた。日タイの官民で連携し、実証実験をスピーディーに行い、脱炭素の技術を早期確立し、第三国に技術展開していくことが肝要だという。サイアムセメント・グループは日本や欧州の企業とタイ国外で共同開発を行っている。

タナウォンCEOによると、ほかのASEAN加盟国もタイと似た状況にあり、直面する課題にも似た部分がある。そのため、課題を解決するソリューションは、タイのみならず他国にも応用できると期待している。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。