ウクライナ侵攻後、一気に国内乗用車市場暗転(ロシア)
2021年の自動車生産・販売動向と22年の見通し

2022年8月2日

ロシアでは2021年、自動車の販売・生産ともに、前年水準を上回っていた。新型コロナ禍による物流の混乱の影響は引き続き受けつつも、徐々に低迷から抜け出さそうとしていた。外国メーカーが追加投資を決定するなどの動きもあった。これは、2022年の市場を予測する上で、好材料だった。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、ビジネス環境は一変。対ロ経済制裁を受けて、一部の欧州企業はすでに生産を打ち切っている。

3年ぶりの成長も、ウクライナ侵攻で状況一変

自動車市場調査会社アフトスタトによると、ロシアの2021年の新車乗用車の販売台数は前年比3.3%増(153万5,900台)だった。2019年と2020年は、それぞれ同2.3%減、8.9%減と2年連続で前年割れとなっていた。それが、プラスに転じたかたちだ(図1参照)。2020年上半期には、新型コロナ禍を受けてのロックダウンにより、販売が急激に落ち込んでいた。その反動により、2021年上半期の販売台数は前年同期比36.4%増と大幅な回復を見せた。

一方でアフトスタトは2021年12月時点で、2022年の乗用車の販売台数を前年比5~7%程度減と見込んでいた。車体部品に使用されるマグネシウムの採掘量減少などが、その要因だった。にもかかわらず、市場関係者からは市場の底堅さを評価する声が出ていた。例えば、ロシア自動車ディーラー協会のビャチェスラフ・ズバレフ会長は、「消費者の需要そのものは健在」と評していた(2022年1月25日付ビジネス短信参照)。

図1:ロシアにおける新車乗用車の販売台数推移
2016年が131万4,000台、2017年が147万6,000台、2018年が167万2,000台、2019年が163万2,000台、2020年が148万7,000台、2021年が153万6,000台。

出所:アフトスタトのデータを基にジェトロ作成

しかしその後、自動車業界を取り巻くが激変する。もちろんその原因は、ロシアによるウクライナ侵攻だ。

在ロシア欧州ビジネス協会(AEB)とアフトスタトは、2022年のロシアでの乗用車販売台数を「前年比35%減~70%減」と見込んでいる。市場縮小の主な理由として指摘されたのが、(1)実質所得の低下、(2)ディーラー向けの車両および車両部品の供給不足、(3)自動車メーカーの組立部品の不足に起因する国内生産の縮小・停止、などだ(「レグナム」2022年7月13日)。また、産業商務省自動車・鉄道製造局のティグラン・パルサダニャン副局長は、2022年の新車販売について「75万台まで落ち込む可能性がある」としている(「タス通信」2022年6月10日)。

こうした国内自動車市場の低迷を受け、ロシア政府も対策を打つ。需要を刺激するため、2022年7月から自動車の購入とリースにかかる優遇ローン・プログラムを再開したのだ。同様の施策は、新型コロナ禍の景気対策として打ち出されていた。異なるのは規模だ。購入時の補助額が過去と比べて2倍に当たる。ただし、その対象は地場ブランド車に限られた。前回まではロシアで生産される外国ブランド車も対象としていたところ、対照的だ(「イズベスチヤ」2022年7月14日)。産業商務省は、このプログラムのもとで2022年中に8万台の新車が販売されると見込む。もっとも、専門家からは「供給台数が限られる中で需要を喚起するのでは、販売価格の上昇を招くだけ」「短期的には自動車市場に大きな影響は与えないだろう」と、冷ややかな見方も出ている(「ロシア新聞」2022年7月14日)。

このほか、乗用車の国内登録にかかる手続きの簡素化やルール緩和も進められている。この措置は、輸入車も対象になる。例えば2022年7月半ばには、車両緊急通報システム「エラ・グロナス」の搭載義務の一時的解除が発表された(注1)。

加えて、産業商務省は並行輸入を認める商品リストに完成車を加えるなどの措置を講じた(2022年5月6日付ビジネス短信参照)。この措置は、国内での自動車の供給不足を防ぐのが目的と考えられている。しかし、業界からは「主な供給元となるアラブ首長国連邦(UAE)やドイツの業者マージンが高い。そうしたこともあって、公式ルートから購入する場合に比べて並行輸入品に価格競争力がない」と、効果を疑問視する声もある(「タス通信」2022年7月31日7月2日)。

国内生産も一転して急減の見込み

生産に目を向けると、2021年は販売と同様に一定の実績を残した。同年の国内乗用車生産台数は前年比7.4%増の134万890台(図2参照)。20%近い落ち込みを記録した2020年から一転して増えた。その要因として、デニス・マントゥロフ産業商務相(当時)は、自動車生産の現地化促進政策や自動車需要喚起策が寄与したことを指摘した(「アフトスタト」2022年1月13日)。

図2:ロシアにおける乗用車の生産台数推移
2016年が111万4,000台、2017年が133万8,000台、2018年が155万5,000台、2019年が151万3,000台、2020年が124万9,000台、2021年が134万1,000台。

出所:アフトスタトのデータを基にジェトロ作成

メーカー別にみると、地場最大手アフトワズは前年の生産実績を下回った(10.0%減、26万34台)。しかし、他の事業者は概ね好調。2位の現代は前年比6.8%増(23万4,000台)、3位のアフトトル(受託生産事業者、注2)は12.9%増(17万5,785台)だった。日系メーカーも、トヨタが19.8%増(8万814台)、日産が17.4%増(4万5,040台)、マツダが6.4%増(2万8,782台)、PSMAルス(三菱自動車を含む)が43.1%増(2万8,620台)と、軒並み前年比増を達成した。(アフトスタト「2022年のロシアの自動車市場」)

2021年を振り返ると、韓国メーカーによるロシア生産体制強化の動きが目立った。9月には、現代ウィアがロシアのサンクトペテルブルクで自動車エンジン工場を開所(2021年9月14日付ビジネス短信参照)、翌10月から量産体制に入った。これに続き、星宇(ソンウ)ハイテックが旧フォード工場(注3)の購入を進めていた。これが明らかになったのは、2021年12月のことだ。68億ルーブル(約170億円、1ルーブル=約2.5円として換算)を投じ、2023年から乗用車向けシートカバーを生産。将来的には、施設内にプレス工程も立ち上げる計画だったという(「ベドモスチ」2021年12月16日)。このほか、現代も360億ルーブルを投じる予定だった。ゼネラルモーターズ(GM)工場跡地で、2023年から新モデルの生産開始を目指すと報じられていた(「フォンタンカ・ルー」2021年12月17日)。

しかし、自動車生産は、ウクライナ侵攻を契機に完全に勢いを失った。デニス・マントゥロフ副首相兼産業商務相は、2022年の国内自動車生産台数は前年比で半減するとの見方を示した(「モーター」2022年7月15日)。なお、連邦国家統計局によると、5月の国内乗用車生産台数は前年同月比96.7%減(3,700台)。壊滅的に落ち込んだかたちだ。

地場自動車大手アフトワズは、2022年秋に市場が縮小することを想定。11月上旬まで勤務日を週4日に減らした。また、もともと3つある生産ラインのうち、現在稼働しているのは1ラインだけだ(「インターファクス通信」2022年6月27日)。このように、かろうじて生産を継続させてはいる。しかし、物流の混乱から部品調達の困難に直面。いかに部品の現地調達率を高め、輸入部品への依存度を低減させるかが大きな課題としてのしかかっているようだ。そうした中、7月から「簡易版」モデルとして、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)とエアバッグが搭載されていない「ラダ・グランタ・クロス」の販売を開始した。この車種では、排ガス規制も「ユーロ2」まで引き下げられているという(「RBK」2022年7月11日)。

外国メーカーに相次ぐ活動停止

欧州の完成車メーカーには一部、すでに撤退やロシア事業の完全停止に踏み切るところも出ている。例えば、ルノーは5月16日、ロシア事業の売却を決定した(2022年5月18日付ビジネス短信参照)。このほかフォルクスワーゲン(VW)も、人員解雇と生産停止を決めた。米国による経済制裁が5月下旬に発効したことなどに伴い、組立生産(注4)の継続が困難になったためだ(「アルグメンティ・イ・ファクティ」2022年5月28日、「ガゼータ・ルー」2022年7月5日)。

欧州系自動車部品メーカーにも撤退の動きがみられる。例えばミシュランタイヤは6月28日、2022年年末までにロシア事業をロシア側の経営陣に売却する計画を発表。ノキアンタイヤも同日、ロシアから撤退する意向を明らかにした。

韓国勢も、軌道修正に乗り出している。地方経済紙「実業ペテルブルク」は、現代が旧GM工場の開発プロジェクトを無期限に停止すると報じた(2022年6月10日)。また、レニングラード州政府は、星宇ハイテックが2023年の生産開始予定を延期する可能性を指摘した。

ロシアで組立事業を展開する日系メーカーも、生産の一時停止を余儀なくされている。部品供給再開のめどが立たないのが、最大の要因だ。

影響が及ぶのは、現地生産企業に限らない。ロシアに自動車を販売してきた外国メーカーにとっては、補修サービスが大きな課題になりつつある。日系企業からも「ロシアへの物流がストップし、国内の在庫は減り続けている。このまま部品が輸入できないとアフターサービスへの対応ができなくなり困る」との声が聞かれる。


注1:
エラ・グロナスは、2017年に導入された。2022年7月半ばの発表によると、解除は2023年1月末までとされている。
注2:
アフトトルは、カリーニングラード州で、韓国ブランドやBMWの車種を受託生産する。
なお、カリーニングラードは、リトアニアとポーランドに囲まれた飛び地として知られる。
注3:
星宇ハイテックが購入した旧フォード工場は、レニングラード州フセボロジスクに所在する。2019年3月28日付ビジネス短信参照
注4:
VWは、ニジュニ・ノブゴロド市で組立生産していた。なお、その施設はゴーリキー自動車工場(ガズ)と呼ばれる。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課