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莫大な世界の富裕層資産をプライベートバンク、ファミリーオフィスが運用
スイスの富裕層向け産業(2)

2021年6月10日

スイスは個人資産保有高で世界トップクラス。世界の富裕層の資産管理を引きつける魅力があり、さまざまな富裕層向けサービスを扱う産業が発達している(2021年6月9日付地域・分析レポート参照)。本稿では、個人資産管理に特化した銀行「プライベートバンク」と、複数管財人が家族集団の財産管理を担う資産管理形態「ファミリーオフィス」について述べる。

富裕層向け金融サービスに特化、日本の金融機関との提携も進む

スイスの金融サービスで特徴的なのが、富裕層向け金融サービスに特化した「プライベートバンキング」だ。スイスでは、法人や個人に総合銀行サービス(ユニバーサルバンキング)を広く提供する銀行に加え、個人向け富裕層資産管理専門のプライベートバンクが古くから存在している。例えば、代表的なスイスのプライベートバンクのロンバー・オディエ銀行は1796年、ピクテ銀行は1805年に設立された。なお、2014年の法改正により、無限責任の銀行業務を禁止。投資銀行や為替向銀行とあわせて、有限責任制に移行した。

なお、スイスの銀行法上、資産規模に応じてカテゴリー1~5に分類される。一方で、投資、為替、プライベートバンクなど活動内容に関係なく免許種類は同一だ。ちなみに、スイスの主要なプライベートバンクは表のとおり。

表:スイス・リヒテンシュタインの主要なプライベートバンク
名称 本店所在地 設立年 特徴
ジュリアス・ベア チューリッヒ 1890 両替商から発達。プライベートバンクで初めて株式公開、野村ホールディングスと提携。
ラーン+ボドマー チューリッヒ 1750 両替商から発達。
ボントーベル チューリッヒ 1924 両替商から発達。
ロンバー・オディエ ジュネーブ 1796 家族資産管理から発達。パートナー制、ジュネーブ最大、みずほ証券と提携。
ピクテ ジュネーブ 1805 パートナー制、ジュネーブ第2位、ウェルスマネジメントに特化。
ミラボー ジュネーブ 1819 パートナー制。
エドモン・ド・ロートシルト ジュネーブ 1965 家族経営。
UBP (Union Bancaire Privee) ジュネーブ 1969 家族経営で世界最大級。
サフラ・サラシン バーゼル 1841 サラシンとして家族資産管理から発達。ブラジルのサフラ傘下。
LGTリヒテンシュタイン リヒテンシュタイン 1921 リヒテンシュタイン公爵家資産管理から発達。

出所:各銀行の発表資料に基づきジェトロ作成

スイスのユニバーサルバンクとして第1位のUBSや第2位のクレディ・スイスも、プライベートバンキングに力を入れている。銀行同士で優秀なウェルスマネジメント担当者を奪い合う様相で、最高経営責任者(CEO)更迭につながった事例もある(2020年2月19日付ビジネス短信参照)。なおこれらの銀行では、「ジャパンデスク」を設けて日本人スタッフも複数雇用。スイスから、日本やシンガポールに居住する日本人富裕層に対してプライベートバンキングサービスを提供している。

日本でも、スイスのプライベートバンクが幾つか支店を展開している。このほか、近年の富裕層向け金融サービスのニーズの高まりを受け、日本の金融機関とスイスのプライベートバンクの協業が進む。例えば、2018年9月に野村ホールディングスがジュリアス・ベアの子会社に出資した。また2018年8月には、みずほ証券がウェルスマネジメント業務に関して、ロンバー・オディエ銀行との業務提携契約締結を発表。さらに、2020年1月に三井住友銀行が同じくウェルスマネジメント分野で、UBSとの協業開始を発表している。

プライベートバンキングがターゲットにする富裕層資産の規模については、幾つかの試算が存在する。ブリック・ハリントン著「国境なき資本」によると、世界の個人資産総額は241兆ドルだ。0.7%の人口がその41%を保有している、つまり、富裕層資産は98兆ドルと推定される(2016年時点)。クレディ・スイスの「グローバルウェルスレポート2020外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、2019年末時点の世界の富の総額は約399兆ドル。2000年の118兆ドルから3倍以上になっている。また、保有財産100万ドル以上のいわゆるミリオネアは、世界で約5,200万人とされる。世界全体に蓄積する富裕層資産を地域別にみると、北米が31%、欧州が23%、中国が19%、その他アジアが17%という。同レポートによると、成人1人当たりの個人資産はスイスがトップで59万8,400万ドル、米国が46万ドルだ。なお、資産と預貯金、個人と世帯とでベースが違うが、総務省の2019年の調査では、日本の世帯当たりの貯蓄額は1,755万円だ。

「無限責任」「長期資産運用」がプライベートバンキングの源流に

プライベートバンキングとは、一般的には最低預け入れ金額を設け、一定以上の資産を有する富裕層向けの資産運用サービスとされる。國松孝次著「スイス探訪」によると、資産運用の知識と実績を持つパートナーがいわゆる合資・合名会社を作り、会社の債権(財産)に対して連帯して無限責任を負うかたちで長期的な資産運用するのがスイスのプライベートバンキングの源流とのことだ。スイスのプライベートバンクは当初、家族所有またはパートナー共同所有で無限責任の形態が多かった。その後、株式公開や有限会社化移行が進行。2014年の銀行法改正により、従来型(無限責任)のプライベートバンクはなくなった。

プライベートバンキングとほぼ同義で用いられる言葉として、ウェルスマネジメントがある。ウェルスマネジメントは、14世紀、英国で十字軍遠征の際の領土保全などを目的とした信託制度とその受託者から始まったとされている。前述の「国境なき資本」によると、ウェルスマネジメントが職業として認識されるようになったのは19世紀半ばの英国だ。同時代に書かれたチャールズ・ディケンズの「荒涼館」には、英国貴族社会に入り込み、それらの財産の信託と相続を専門とする弁護士が登場する。英国では、現在も遺言執行をつかさどる公証人が財産管理に大きな役割を果たす。19世紀末に入って、管理対象の財産は金融商品全体に拡大。その管理に携わる専門の職業も形成されていった。プライベートバンキング/ウェルスマネジメントが、ユニバーサルバンキングと決定的に違うのは、金融資産運用だけではなく、財産継承、居住国・財産管理国変更、ファミリービジネス支援、慈善活動支援などを含むことが挙げられる。以下、ウェルスマネジメントはプライペートバンキングと同義のものとして記述する。

複数管財人が家族集団の財産管理を担うファミリーオフィス

富裕層の資産管理は、かつて公証人や弁護士による信託(トラスト)が主であったが、取り扱うべき財産が増加しその運用形態が複雑化。そのため、1つまたは複数の家族集団の財産管理のために複数の財産管理人(ウェルスマネジャー)を雇う財産管理形態として「ファミリーオフィス」が誕生した。米国ロックフェラー家の財産管理のために1882年に設立されたものが世界最初のファミリーオフィスとされる。ファミリーオフィスを設立する目的には、家族が築き上げた財産を散逸させず維持することも含まれる。財産管理が長期にわたる場合、資産を増やす運用より財産保全が優先されることもあり、プライベートバンキングの中でも特に信頼と長期関係に基づくサービスと言えよう。

世界全体のファミリーオフィスの総運用規模は現在、1兆ドルとも6兆ドルとも試算されている。しかし、その実態は明らかではない。アーンスト・アンド・ヤング(EY)とクレディ・スイスがまとめた「ファミリーオフィスガイド2021年版」によると、ファミリーオフィスは欧米を中心に1万社以上存在。1件当たりの保有資産は11億6,000万ドルという。 「国境なき資本」によると、ファミリーオフィスのビジネスモデルは成功報酬制ではなく、運用資産残高の0.25~1%を手数料として受け取ることが多い。手数料総額が100万ドルを超えることもしばしばで、運用資産は最低でも1億ドルが必要との計算に至る。ただし、金融資産運用の平均利益率29%なのに対し、ファミリーオフィスの収益率は23%との試算もある。収益率となると、むしろ低いのだ。これは、受け取った手数料に対して、テーラーメードのサービスのコストがかなりかかっていることによるものと推測される。

2000年以降の特徴として、新興企業の成長につれて世界の富裕家族層のトップランキング構成が大きく変わった。これは、今後のファミリーオフィス像を変える可能性がある。米経済誌「フォーブス」の2021年の世界長者番付では、ジェフ・ベゾス氏(米アマゾン創業者、資産額1,770億ドル)、イーロン・マスク氏(米エンジニア・実業家、同1,510億ドル)、ベルナール・アルノー氏と家族〔フランスLVMHグループ会長兼最高経営責任者(CEO)、同1,500億ドル〕、ビル・ゲイツ氏〔米マイクロソフト共同創業者・元会長(現顧問)、1,240億ドル〕、マーク・ザッカーバーグ氏(米フェイスブック共同創業者兼会長兼CEO、同1,240億ドル)やIT企業創業者が上位を連ねている。ここ20年ほどで多くの新興企業出身の富豪が登場し、一代で財産を急拡大させてきたことがわかる。資産運用の点からみても、UBSが2020年に発表した「グローバル・ファミリーオフィス・レポート」では、調査した121のファミリーオフィス中、創業世代が占める割合が46%、2代目が占める割合が48%だった。

なお、2019年の「ビラン」誌の調査によると、スイスの富豪は食料品のような非IT産業の創業者、その相続人・家族が引き続き中心のようだ。同調査で例示されたスイスの富豪は、以下の通り。

  • ホフマン=オエリ家:ロッシュ創業家、資産額29億スイス・フラン(約3,538億円、1スイス・フラン=約122円)。
  • ゲラール・ウェルトハイマー氏(シャネル共同創業者の孫、同25億スイス・フラン)。
  • サフラ家(ブラジル金融、同22億スイス・フラン)。
  • ジョージ・レマン氏(ABインベブ株主、同15億スイス・フラン)。

守秘の徹底が問題を引き起こすことも

米国では、2008年の金融危機後、ユニバーサルバンクやヘッジファンドに対する開示義務を強化。一方で、ファミリーオフィスへの規制強化は見送られた。このため、いわゆるヘッジファンドがファミリーオフィスに業態転換して規制強化を逃れているとの指摘もある。これが、野村ホールディングスやクレディ・スイスの巨額損失(2021年3月発表)につながったとされる。この損失は、ファミリーオフィスの1つアルケゴスとの両社の取引に伴うものだったが、過剰なリスクマネーがファミリーオフィスの名の下に流入して破綻した事例ともいえる。

プライベートバンキングは、基本的に個人の資産を管理・運用するサービスだ。業務内容や投資に関する詳細を公に開示しないことを前提とする。顧客から見れば、長期的な信頼関係に基づいて提供されるサービスで、スイッチングコストもかからず安心感がある。一方、資産運用のリスクテーク、国際的な分散投資・透明性確保、さらにはコンプライアンスの程度は各プライベートバンクによってさまざまだ。これらの結果、以下のように問題視される事態も発生している。

  • UBSは2007年以降、国外顧客に対する資産運用アドバイスが顧客所在国での課税逃れに当たるとして、米国やベルギー、フランス、ドイツ各当局から追及を受けている。スイスと外国金融機関で適法と考えるサービス範囲が異なることから、違法サービスを提供しているとの扱いを受ける場合がある。
  • 2016年にパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した文書により、多数の世界富豪がタックスヘイブンを利用して国際的に個人資産を隠匿し、法律事務所などが関与していた実態が明らかになった。その一環で、同年4月、ジュネーブの保税倉庫にナチスの収奪美術品が含まれていたことも判明。税務当局がモジリアーニの絵画を押収した。これは、富裕層資産管理業務に関して守秘義務が徹底されていたことで、犯罪が見逃されていたと受け取られた事例だ。
    これに対しスイスは、2017年から銀行口座情報の自動情報交換を各国当局と開始。銀行の守秘による外国からの嫌疑は相当程度弱まりつつある。
  • 2008年の金融危機後、金融商品が多様化。これを受けて、プライベートバンカーによってはタックスヘイブン利用や複数国にわたる特定目的事業体(SPV)の利用も推奨するようになった。結果、資産運用の可視性がさらに低くなっている。「国境なき資本」では、アフリカでの私有財産の30%、ロシアの50%がスイスやその他のタックスヘイブンに保有されると推計している。

これらのことから、米国金融当局から見ると、プライベートバンクは開示義務が緩く警戒すべき業種だ。そのため、スイスのプライベートバンカーが米国の就労許可を取るのは現在も非常に困難と言われている(筆者聞き取りによる)。

OJTで人材育成、近年は職能団体も

富裕層の資産管理に携わる人材育成は、スイスではOJT(On the Job Training)が主流だ。プライベートバンキング業務関連分野では、大学での経営管理やファイナンスなど専門分野修了のほか、職能資格の「商業従事者」の取得が推奨はされるにせよ、必須でない。一方で、富裕層向け資産運用は、国際的に複雑化・高度化している。このことから、関連人材育成・認定を行う職能団体も存在する。

  1. 信託財産実務者協会(STEP:the Society of Trust and Estate Practitioners)
    1991年に英国で設立。弁護士、会計士、税理士、信託財産管理関係者で構成され、会員数は56カ国2万人に上る。なお、OECDがタックスヘイブンに関するブラックリストを作成しようとした際、STEPはロビー活動を通じて幾つかの国に対する制裁案を撤回させたとされる。
    そのSTEPにより、信託統治プラニング(TEP)認定資格が整備された。信託争議、家庭内紛争処理なども、研修内容に含まれているもようだ。「国境なき資本」によると、米国などでは、信託が満たすべき基準としてTEPが法定で参照される「職業基準」となりつつあるという。
  2. 米国信託・財産法律相談協会ACTEC(American College of Trust and Estate Counsel)
    1949年設立のACTECは、北米の弁護士からなる団体だ。会員数は2,600人。活動分野は委任手続き、遺言の検認(Probate)、引退資産管理、遺産・信託、財産管理が挙げられている。
  3. 認定ウェルスマネジメントアドバイザー(CWMA)
    ベルンの認証機関スイス品質協会(SAQ)による国内ウェルスマネジャー認証制度。2012年から運用開始。19カ国で試験官900人を配置。個人、法人、資産家向けの3カテゴリーが存在。2020年1月時点でアドバイザー資格取得者は6,770人。カテゴリー別では個人向け1,580人、中小企業向け350人など。

業界有識者に聴取、「プライベートバンキングサービスは、長期的な資産運用を提案」

ジェトロは2021年3月1日、ジュネーブに所在するプライベートバンク関係者に対し、匿名を条件に、プライベートバンキングの業務について聞いた。

質問:
御社のプライベートバンキング業務の基本的方針は。
答え:
最優先すべきはクライアントとの信頼関係構築だ。短期的な収益は追求しない。
資産保有者の課題として、資産をどのように運用すれば良いのかを知らない場合がある。会社を買収するにしても、その後どうするか、10年から20年間伴走してようやく資産化できるものもある。
質問:
プライベートバンキングのサービス体制は。
答え:
顧客1人(社)ごとに担当が1人つく。顧客との長期的な関係構築ができる担当を配置する。採用に当たっては、経理や国際租税などの知識はあれば望ましい。しかし、富裕層管理に特化した科目を履修した学生をとりたてて採用しているわけではない。専門的知識が必要な件については、専門家のサポートを要求する。社内で提供できないサービスを希望する場合には、外部専門家を無料で紹介する。
質問:
プライベートバンキングの収益モデルについて。
答え:
機関投資業務なら、M&A手数料やモーゲージ(譲渡抵当)で手数料を徴収する。当社では、資産の種類に応じて管理資産ごとに一定料率の手数料を請求する方式を取っている。顧客からの個別リクエストに対して手数料を取ることはしない。例えば、資産管理のための財団設立について相談されれば応じるが、そのための手数料は徴収しない。専門的なサービスは、全体資産管理とは別に、外部専門家と委託契約を結んでもらうようにしている。
弁護士・会計士サービス、ファミリーオフィス、特定目的会社(SPC)設立、国際的なポートフォリオによる財産運用と、手広く業務を広げていくという方法も考えられる。しかし、顧客との利害対立が考えられるので差し控えた。また、それぞれの業務で手数料収入を上げようとすると、全体の資産管理がおろそかになりかねない。
顧客がハイリスクな商品、例えば、ケイマン諸島の投信の購入やワイン取引、不動産開発を行いたいという希望がある場合、顧客の自由だ。もっとも、当社ではサポートしていない。全体の資産管理上、評価額を知る必要がある場合は、顧客が申告する価格をそのままリストに載せるだけにとどめている。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所長
和田 恭(わだ たかし)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、情報プロジェクト室、製品安全課長などを経て、2018年6月より現職。

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