資産運用としての美術品取引
スイスにおける富裕層向け産業(3)

2021年7月1日

絵画や彫刻などの美術品取引が盛んなスイス。ジュネーブには、アートディーラーが集積している。また、バーゼルで毎年開催される世界最大級の芸術品展示会「アートバーゼル」をはじめ、国内外の美術品収集家を対象とした展示会も多数開催される。近年は、嗜好(しこう)品としてのほか、投機的資金の投入先としても美術品の人気が高まってきた。美術品取引市場はブームを迎えていると言われている。本稿では、グローバルな美術品市場の動向と、スイスの絵画取引の現状について報告する。

新型コロナ禍で、2020年の美術品取引規模は2割減

アートバーゼルと金融大手UBSが発行する「ジ・アートマーケット2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、2020年の世界の美術品取引市場の売上高は501億ドルだった。美術品取引は、新興作家の作品の買い取りや注文制作による作品を扱う新作市場(プライマリーマーケット)と、骨董(こっとう)品・中古取引市場(セカンダリーマーケット)に分かれる。プライマリー市場を担うのがアートギャラリーやアートフェアでの取引、セカンダリー市場は(セカンダリー)ギャラリーやオークションだ。両市場の価格は相互に影響を与え合う。市場での価格は作家の評価だけでなく、アート業界全体に影響を与える。

最近は現代アート、特に、バンクシーやジョナス・ウッドなどのストリートアートと呼ばれるカテゴリーに属する作家による作品の人気が高くなっている。例えば、2020年のオークション市場の55%が1910年以降に生まれた作家によるコンテンポラリー作品で占めている。

2020年の世界の美術品取引市場の売上高を取引セクター別に見ると(表1参照)、公開オークションが176億ドルで市場全体の売上高(501億ドル)の約35%を占めた。一方、アートギャラリーやアートディーラーを介した取引は293億ドルで全体の約58%だった。アートフェアでの取引は38億ドルで、全体の約8%を占めた(ただし、アートギャラリーやディーラーも含まれるため、重複がある)。2020年の美術品取引の売上高は前年比22%減少した(2019年は約644億ドル)。新型コロナ禍によりアートフェアやオークションの中止が相次ぐなど、販売活動が制限されたのが原因だ。

表1:2020年の取引経路別美術品売上高
取引経路 売上高
ギャラリー・ディーラー 293億ドル
アートフェア※ 38億ドル
公開オークション 176億ドル
オンライン※ 124億ドル

※アートフェアはギャラリー・ディーラーと重複分あり。オンラインはギャラリー・ディーラー、公開オークションと重複分あり。
出所:「ジ・アートマーケット2021」からジェトロ作成

世界的なオークションハウス、ギャラリー、アートフェアとは

オークションハウスは、中古品の売買をオークション形式で行う美術品取引事業者だ(表2参照)。前述の「ジ・アートマーケット2021」では、2020年の売り上げ上位のオークションハウスは順に、サザビーズ、クリスティーズ、ポーリー・インターナショナル・オークション、チャイナ・ガーディアン、ヘリテージ・オークションズ、フィリップスだったと紹介している。公開オークションでの取引価格は、美術品取引市場でプライスメーカーの役割も果たしている。2020年は、新型コロナの影響でインターネットオークションを中心に取引が進められた。もっとも、高額の美術品については、オンラインとリアルを併用した公開競売で落札が行われる傾向は変わらなかった。

公開オークションでの取引額を国・地域別に見ると、中国が世界最大となった。中国はこれまで、取引数が多い一方、単価は低いことで知られていた。2020年は取引総額でも米国を抜き、存在感を示したことになる。

表2:世界の主なオークションハウス
名称 本拠地 概要
サザビーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ニューヨーク 1744年ロンドンで設立。2020年売り上げ約50億ドルで、世界最大。40カ国に展開。チューリッヒとジュネーブにも支店。
クリスティーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ロンドン 1766年ロンドンで設立。2020年の売り上げ約44億ドルで世界2位。46カ国に展開。1998年にアルテミスにより買収された(アルテミスは、ファッションコングロマリットのケリンググループのルイ・ピノー氏が社長を務める)。チューリッヒとジュネーブにも支店。
ポーリー・インターナショナル・オークション外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 北京 2005年設立。2020年の売り上げ約9億ドルで世界3位。ポーリーグループ傘下。中国系で、中国を主要市場としている。
チャイナ・ガーディアン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 北京 1993年設立。2020年の売り上げ約7億ドル。中国系で、中国を主要市場としている。
ヘリテージ・オークションズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ダラス 1976年設立。2020年の売り上げ約9億ドル。アンティーク中心。米国中心に英国、フランス、ドイツ、スペイン、オランダ、香港に展開。
フィリップス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ロンドン 1796年設立。売り上げ約7億6,000万ドル。ロシアのラグジュアリー企業マーキュリーグループ傘下。チューリッヒとジュネーブにも支店。

出所:ジ・アートマーケットおよび公式HPからジェトロ作成

美術商(ギャラリー)は展示場を各地に持ち、芸術家の新作や中古品の販売を行う事業者だ。新作を主に扱うギャラリーと、中古品を扱うセカンダリーギャラリーが存在する。このセクターには29万6,580社の企業、270万人が所属。大規模なギャラリーから零細まで非常に多様だ。世界の主要なギャラリーを表3と表4にまとめた。

表3:世界の5大ギャラリー
名称 本拠地 概要
ガゴシアン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ロサンゼルス 1980年設立、ジュネーブとバーゼルにも展示場。1985年には出版部門創設。
サーチギャラリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ロンドン 1985年設立。フランスのピュブリシス・グループ傘下の広告代理サービスSaatchi & Saatchiが運営するギャラリー。
ハウザー&ビルス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます チューリッヒ 1992年設立。レーベンブロイ工場跡をギャラリーに。ロンドン、ロサンゼルス、香港に事業拡大。
オペラギャラリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます パリ 1994年設立。ジュネーブにも展示場がある。コンテンポラリー・ストリートアートを展示。インターネットを積極的に活用。
ダビッド・ツヴィルナー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ニューヨーク 1993年設立。2000年代は「ツヴィルナー&ヴィルス」を運営。ニューヨーク、ロンドン、パリ、香港に展開。

出所:シックスティーヌ・クラッチフィールド氏(注1)作成資料を基にジェトロ作成

表4:世界の5大セカンダリーギャラリー
名称 本拠地 概要
アクイベラギャラリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ニューヨーク ニコラ・アクイベラにより1920年代設立。ニューヨーク、フロリダに展示場。ルネサンス、印象派からコンテンポラリーに拡大。
ヘンリー・ナーマッドギャラリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ニューヨーク モナコ人の父デービッド・ナーマッドが設立したギャラリーを2000年に継承。
ランダウファインアート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます モントリオール ロバート・ランダウが1987年設立。ルツェルンに2022本社移転予定。
レヴィ・ゴルヴィ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ニューヨーク 2012年、スイス人ディーラーのドミニク・レヴィが設立。ブレット・ゴルヴィが2017年加入。ニューヨーク、ロンドン、パリ、香港、パームビーチに展示場。
ブルーノ・ビショフバーガー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます チューリッヒ 1963年設立。

出所:シックスティーヌ・クラッチフィールド氏作成資料を基にジェトロ作成

アートフェアは、さまざまなギャラリーが参画する新作展示会(骨董品を扱うものもある)の場だ。一般客にとっては美術動向を知る機会となり、芸術家にとっては自作発表の機会となっている。アートフェアはさまざまな芸術関係者が交わる触発の場で、プライマリーマーケットを支える中核的な取り組みだ。アートバーゼルの場合は、ディーラーや芸術家は出展者として参加し、写真や映画、エンターテインメント産業の関係者が基調講演などで参加するなど、アート関係者だけでなく、サブイベントを目的に一般の消費者も世界中から集まる。これらの来場者を対象に、2019年のアートバーゼルでは、ショパールやオーデマ・ピゲなど宝飾品・時計産業、LVMHグループのルイナールなどのシャンパンメーカー、UBSやAXAなどの金融・保険会社が併催イベントなどを開催していた。

国際的に影響力のあるアートフェアを表5にまとめた。

表5:世界の主なアートフェア
名称 特徴 開催場所
アートバーゼル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 世界最大級の現代美術展示会。1970年代創設。現在は、アートバーゼル名義で、マイアミや香港にも展開。 バーゼル(スイス)、マイアミ(米国)、香港
ヨーロッパ・ファイン・アート・フェア(TEFAF)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 芸術・アンディーク・デザインの展示会。1988年創設。 マーストリヒト(オランダ)、ニューヨーク(米国)
国際コンテンポラリーアートフェア(FIAC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 芸術・コンテンポラリー・デザインの展示会、1974年創設。アートバーゼルをモデル。 パリ(フランス)
ビエンナーレ・デゾンディク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます アンティークの展示会。1956年創設。かつて隔年開催だったことから名付けられた(「ビエンナーレ」は、英語のbiennialに相当)。現在は、毎年開催。 パリ(フランス)
FRIEZE外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 美術雑誌社FRIEZEが主催する新鋭コンテンポラリー展示会 ロンドン(英国)、ニューヨーク(米国)、ロサンゼルス(米国)
ARCO外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます コンテンポラリー展示会。1981年創設。 マドリード(スペイン)
アートパームスプリングス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2010年創設。アスペン、ハンプトン、ヒューストン、シカゴに拡大。 フロリダ州パームスプリングス、アスペン、シカゴ(いずれも米国)
アートケルン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます クラシックモダン、コンテンポラリー展示会。1967年創設 ケルン(ドイツ)
ドキュメンタ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 1955年創設。5年に1回開催 カッセル(ドイツ)
ベネツィア・ビエンナーレ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 同名のNPO財団が運営する現代美術展。隔年開催。1895年創設。 ベネチア(イタリア)

出所:シックスティーヌ・クラッチフィールド氏作成資料を基にジェトロ作成

なお、アートバーゼルはUBSがメインスポンサーとして開催を支援。2017年からは、アートバーゼル運営団体とともに前述のレポート「ジ・アートマーケット」を毎年発行している。同レポートによると、新型コロナ危機前の2019年には大小合わせて300以上のアートフェアが世界各地で開催されていた。その売上高は166億ドルに達したという。しかし、2020年には一転、開催が計画されていた365のアートフェアのうち61%が中止となった。アートフェアを主な活動の場と位置付けていたディーラーや国際交流の場を失った芸術家は非常に厳しい状況に置かれていると予想される。オークションがオンラインでの開催や会場とオンラインの併用にシフトしていることと比べて、アートフェアをデジタル化する取り組みはまだ途上にある。新型コロナウイルス感染が収束し、リアル展示の再開が待たれるところだ。

芸術家の交流に大きな役割を果たしたスイスのアートディーラーとして、ジャン・クルジエ氏が挙げられる。クルジエ氏は1928年にポーランドで生まれ、1949~1952年にパリで美術を学んだ。その後、芸術家よりもギャラリストとしての適性に気づいて転身。1962年にジュネーブでギャラリーを開業した。1987年にはニューヨークにもビジネスを展開し、マリーナ・ピカソ・コレクションとアウレリオ・クラウディオ・トーレス・コレクションのエージェントとして活動した。また、世界中を回る巡回展の開催でクルジエ氏は有名になった。米国やドイツ、オーストラリアをはじめとした各国に美術品を運び、各地で毎年のように展示会を開催した。日本でもピカソコレクションの展示で3回来日している。クルジエ氏は、さまざまな美術関係者のネットワークをつくり、育て、2008年に死去した。

スイスの美術品取引エコシステム

アートフェア、オークションハウス、ギャラリーなど取引市場の機能を提供しているプレーヤーのほかに、美術品取引を支えるさまざまな事業者が存在する。ジュネーブやチューリッヒを中心に形成されている美術品取引のエコシステムについて紹介する。

  • 物流・設営
    美術品の物流サービスを提供するナチュラル・ル・クールト(ジュネーブ)、ハーシュ(ジュネーブ)、モーベルトランスポート(チューリッヒ)など。これらの企業は、世界各国へ美術品の輸送・設置サービスを提供する事業者のネットワークICEFATの会員となっている。
  • アート専門保険
    フランスのAXA、再保険としては英国のロイドとスイス・リーにアート部門がある。また、巡回展などの保険請負をジュネーブのアートシュランス(Artssurance)が行っている。
  • 旅行代理店
    富裕層向け「アートツーリズム」の需要は、急増している。そのため、アートフェアなどのVIPチケットの入手や宿泊先の確保などを提供する旅行代理店が、ジュネーブやチューリッヒに多くある。
  • 絵画分析・鑑定
    モナリザの非接触検査で有名なフランスのリュミエールテクノロジー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、あらゆる角度の投射光やUVによって画像を3D撮影・再現するArtmyn外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(○月○日記事参照)などがジュネーブ近辺に拠点を構えている。
  • 博物館学研究
    連邦工科大ローザンヌ校(EPFL)博物館学実験ラボ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、人工知能(AI)を用いた現実体験型のデジタルアーカイブの開発を進めている。

美術品取引には、芸術振興としての側面も

西洋では、古くから教会や地方の有力者、貴族などが美術振興の役割を担ってきた。現在は、個人の富裕層や企業がフィランソロピー(慈善活動、チャリティー)活動で、これまで貴族や教会が担ってきた機能を代替する事例も増えてきている。例えばスイスには、公益財団が1万3,375社(2020年)ある。人口当たりの数では米国やドイツの6倍にも達し、世界最高レベルだ。これは、スイスが世界でもトップクラスの富裕層資産の中心地であり、その運用先として財団形態が選ばれやすいことや、スイスでの財団設立手続きが容易であることにもよる。これらの財団には、国際開発協力を行うものや伝統的なチャリティーを行うものから、クリプト技術(ブロックチェーン)開発を行うために設立されたものなど、さまざまなものが含まれる。文化振興を目的とする財団数は3,672社で、全体の約4分の1を占める。

富裕層の個人資産管理を行うプライベートバンクや金融機関でも、美術品を嗜好する顧客に対するサービスや自社の芸術振興活動の一環として、美術品を収集したり、アートフェアを開催したりしている。

スイスでの例を挙げる。

  • UBS:前述のとおり、世界最大級の美術品展示会アートバーゼルのメインスポンサー。
  • ジュリアスベア:ハンス・J・ベア(Hans J. Baer)コレクションをベースに、5,000点以上のスイス人作家による現代アートを収集。
  • ピクテ:「ピクテコレクション」を2004年に設立。スイスとの文化的なつながりのある作家の作品を1805年の創業以来780点以上収集。
  • ボントーベル(Vontobel):ハンス・ボントーベル(Dr. Hans Vontobel)が1970年に始めた、写真を中心とするコレクション。2015年に社内にコレクションの専門部署を発足。

このほか、顧客ネットワークの拡大を目的とした美術品の展覧会を行っているプライベートバンクもある。

美術品投機の担い手は、芸術嗜好のある新興富裕層など限定的

近年、オークションでの美術品の高額落札が続いている。

  • 2004年、ニューヨークのサザビーズで、ピカソ作「パイプをもった若者」(1905年)が1億ドル超で落札された(落札予想額は7,000万ドル)。絵画作品としては史上初めて1億ドルを超えた。
  • 2017年、ニューヨークのクリスティーズで、レオナルド・ダ・ヴィンチ作「サルバトール・ムンディ」が約4億5,000万ドルで落札された。絵画作品としては過去最高額となった。
  • 2019年、ニューヨークのサザビーズで、クロード・モネ作「積みわら」に1億1,000万ドル超の値が付いた。印象派の作品としては過去最高額。

2000年ごろまでは美術品の値動きは大きくなかった。4万5,000点の美術品価格を元に価格変動を分析するサザビーズのMei Moses指数(注2)を開発したニューヨーク大学の梅兼平(ジャンピン・メイ)教授とマイケル・モーゼス教授による2002年の研究によると、1875年から1999年の間の美術品の価格上昇率は年平均で5%前後。これはS&P指数(注3)の上昇率以下だった。しかし2000年以降、ロシアや中国で、美術品需要が急拡大。2010年ごろからのコンテンポラリーアートの人気などで美術品ブームが到来した後、大きく価格が上昇した。

その結果、アートファンドの利益率も好調になった。ファインアートグループが2000年に発売を開始したアートファンド(注4)は、年収益率20.2%、資産総額33億ドルとなっている(同社サイト)。また、米金融大手シティが発行した「グローバルアートマーケットとCOVID19」調査を見る限り、運用資産としてのコモディティー(一般消費財)が22.1%、不動産は14.5%価値が下落した一方で、コンテンポラリー芸術作品などは6.7%上昇。新型コロナ禍でも上昇傾向を維持した。

ただし現時点では、投機としての美術品投資は一部の芸術嗜好のある投資家や新興富裕層に限られているようだ。UBSが発行した「グローバル・ファミリー・オフィスレポート2020」によると、2019年のファミリーオフィス資産の運用先は、株式や現金などが59%、事業・不動産投資やヘッジファンドが35%。対して、金・貴金属が3%、美術品・アンティークも3%だった。

美術品取引には、戦争が芸術品の盗難・流通を促進したという負の歴史も存在する。2016年には、第二次世界大戦中にナチスがユダヤ人画商から略奪したと考えられる絵画がジュネーブのフリーポートに保管されていることが判明。所有権をめぐる訴訟問題に発展した。このように正当な持ち主の手元にない美術品がどれだけの数に上るのかは、定かでない。保税倉庫に関する地域・分析レポートで報告するとおり、美術品取引と保管に当たっての正当な取引であることの保障と透明性向上は、世界的な要請だ。またその結果は、今後の美術品市場のスタンダードとなっていくと思われる。また、マネーロンダリング対策として、美術品に対する規制も厳しくなっている。EUでは、2018年6月に第5次対マネーロンダリング指令が発効し、加盟国による国内法制化後、2020年1月から適用開始となった。英国でも、対マネーロンダリングとテロリスト金融規制改正法が2020年1月に発効。これらの規制により価額1万ユーロ以上の美術品取引や保税倉庫への受け入れの際、事業者に対し顧客の身元確認(カスタマー・デュー・デリジェンス)を行うことが義務付けられている。


注1:
在ジュネーブのアートギャラリーであるSCTファイン・アートのアートマネジャーで、ジェトロは同氏に対し書面、対面インタビューを実施。
注2:
一定の基準を満たしたアート作品の元の販売価格と再販売価格を比較し、アート投資の累積リターンを指数化したもの。
注3:
S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが算出している米国の代表的な株価指数。
注4;
ファインアートグループは、クリスティーズ出身のフィリップ・ホフマン氏が立ち上げた。当該アートファンドは芸術品を投資対象とし、最低投資金額3,000ドル、7年間で満期を迎える金融商品として設計された。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所長
和田 恭(わだ たかし)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、情報プロジェクト室、製品安全課長などを経て、2018年6月より現職。