どう取り組む、自動車産業の構造転換-EV先進国の事例に学ぶ(ドイツ)
欧州次世代自動車シンポジウムから

2021年11月4日

環境規制への取り組みが進む欧州。例えば、欧州委員会は2021年7月、温室効果ガス(GHG)排出削減パッケージ「Fit for 55」(2021年7月15日付ビジネス短信参照)を発表した。

一方で、ドイツには自動車産業が集積する。その最新動向を紹介するため、「欧州次世代自動車シンポジウム」が9月15日、オンライン形式で開催された。シンポジウムは、ジェトロ群馬とミュンヘン事務所が共催。約120人が参加した。群馬県とバイエルン州それぞれ(注1)の産業支援機関から、自動車サプライヤーの課題や取り組みが紹介された。

以下、シンポジウムの概要を紹介する。

国内サプライヤーに求められる対応

シンポジウムではまず、群馬県産業支援機構自動車サプライヤー支援センターから、県内輸送機器関連産業の現況が紹介された。センターで次世代モビリティコーディネーターを務める福田聡志氏によると、当該産業では事業所数が減る一方、従業者数、出荷額、および付加価値額は増加している。あわせて、それら増加要因は大企業によるもので、中小企業は横ばいと指摘。(1)CASE(注2)に関する技術革新の波に加え、(2)カーボンプライシング(注3)や自動車のライフサイクルアセスメント(LCA、注4)といった環境規制、(3)スマイルカーブに見る製造領域の付加価値額低下によって、中小企業は経営が一層厳しくなると予測した。中小サプライヤーには今後、(1)CASEで変化する部品供給に食い込んでいく「探索」と、(2)軽量化やコスト削減といったコア技術を磨き上げる「深化」が必要になるという。いわば、「両利きの経営」が求められることになる。加えて、デジタル技術活用による組織の生産性向上や、取引先拡大・新事業参入を推し進める「柔軟で持続可能な経営」も求められる、と解説した。


群馬県産業支援機構自動車サプライヤー支援センターの福田聡志氏(ジェトロ撮影)

欧州最大市場のドイツにみるEVシフト

続いて、ジェトロ・ミュンヘン事務所の高塚一所長から、ドイツ側の動きが解説された。同国は、電動車で欧州最大の市場だ。

ドイツでは、新車購入時の連邦政府分助成額が時限付きで倍増された(2020年7月15日付ビジネス短信参照)。これが後押しとなり、2020年7月以降、電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド(PHEV)の新車登録が急増。2020年の世界のEV・PHEV新規登録台数に占めるドイツのシェアが、12.8%に上った(2021年5月10日付ビジネス短信参照)。フォルクスワーゲン(VW)グループでは、すでに2030年までのEV販売目標2,600万台を設定済みだ。ダイムラーも、2020年からEVシフトを開始した。

ドイツ国内では、間接雇用も含めると223万6,000人が自動車関連産業で雇用されている。当地の主要研究機関、ifo経済研究所が2021年5月に発表した予測によると、EVへのシフトで2030年までに内燃機関に携わる21万人以上の雇用に影響が出る(2021年5月31日付ビジネス短信参照)。その対策として、連邦政府は、EV用蓄電池(注5)の工場建設などに対して個別企業に助成するなど支援を提供する。あわせて、構造転換に対応するため、主として地方中小企業を支援するファンドやプログラムを新設。ドイツ国内での付加価値の創造や雇用確保を目指している。

また、ドイツ製造業に見られる新たなものづくりへの取り組みを紹介。その一例が、「Catena-X外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」だ。このプラットフォームは、自動車産業のサプライチェーン間でデータを共有するため、2021年5月に立ち上げられた。企業規模を問わず、上流から下流に至るドイツ企業が参加することができる。非競争領域の情報・データ交換などを標準化することで、自動車産業全体の競争力強化を目指すという(2021年5月11日付ビジネス短信参照)。3Dプリンターへの関心も高い。ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)のアンケート調査(注6)では、国内製造業の44%が、当該装置を導入済み。40%が導入を計画または検討中と回答した。製造工程での利用は、量産については限定的だ。しかし、サンプルや金型、スペアパーツの生産などでは既に多用されている。

ドイツ企業と日本企業の連携について、高塚所長は各地域での生産分担や販売分担などを提案した。ドイツ自動車メーカー各社(注7)の中国における販売台数シェアは、3~4割に達している。また、半導体関連企業を中心に、売上高に占める中国の割合も高まっている。そのため、今後さらに拡大が予想される中国・アジアでの事業展開を模索するドイツ企業と、欧州市場を目指す日本企業とでは、地理的・技術的な補完が成立しうる。そのような連携・協業には、可能性が十分に考えられるだろう。


ジェトロ・ミュンヘン所長の高塚一(ジェトロ撮影)

バイエルン州自動車クラスターでは産業を超えたイノベーションに期待

バイエルン州の産業支援機関、バイエルン・イノベイティブには、「自動車クラスター」が組織されている。代表のホルガー・チュダイ氏から、その活動などについて紹介があった。バイエルン州には、アウディ、BMWなどの下で自動車関連企業が1,200社以上集積する。クラスターでは、2030年の自動車産業構造に環境・技術・社会文化・政治などの各要素がどのように影響するかを研究。その上で、各分野のサプライヤーがこの転換期にどのようなアクションを取るべきなのか、提示している。当地の自動車産業においても構造転換(トランスフォーメーション)は避けられない。そのため、内燃機関に依存する企業向けソリューションを提案する「トランスフォーメンションガイド」が設置された。ここには約200社が参画。今後発生しうる課題や有効な政策パッケージ、コア技術開発やデジタル化推進のための補助金活用などについて情報交換を行うプラットフォームとなっている。

さらに、クラスターが立ち上げたアフリカ向けEVの製造プロジェクトから、これまでは想定できなかった顧客が生まれたという。このように、バリューチェーンも大きく変化していると紹介した。また、スマートモビリティサービスにより、自動車を所有するという概念がなくなる可能性も考えられる。この点に関しても、シェアリングサービスなどの開発が進められている。ソフトウエア開発のバリューチェーン変化や新たなバリューチェーンの誕生が、その大きなテーマだ。

自動車クラスターに参画すると、バイエルン・イノベイティブにある素材やエネルギーなど他の16のクラスターにもアクセス可能だ。すなわち、分野を超えたパートナー探しにも対応していることになる。チュダイ氏は「自動車産業以外の産業とイノベーションを起こすためのネットワークを形成することが、未来の自動車産業構築の鍵となるだろう」と語った。


バイエルン・イノベイティブ自動車クラスター代表のホルガー・チュダイ氏(ジェトロ撮影)

人材の再教育や新分野参入が課題

その後のクロストークでは、ドイツ自動車産業の人材育成や雇用維持について意見交換された。例えば、BMWミュンヘン工場のエンジン生産の他国への移管に際しての人材再教育や、中小企業での再教育にかかる教育費用調達の問題といった話題が挙がった。

またドイツでは、次世代自動車シフトを見据えた多角化事例もみられる。例えば、(1)自動車ルーフシステムを主業とする企業がEV用充電装置の生産などを目指したり、(2)しばらく需要が続くとされる排気系部品製造で得た残存者利益を新分野への投資に回したりする例があるという。

最後に、シンポジウムの事務局から、「群馬積層造形プラットフォーム」とジェトロの欧州ミッション派遣事業(2022年実施予定)が紹介された(注8)。


注1:
群馬県は、製造品出荷額に占める自動車関連産業の割合が全国2位。また、バイエルン州には、アウディ、BMW、MANといったドイツ自動車メーカーや関連産業が集積する。
注2:
CASEとは、C(コネクテッド)、A(自動運転)、 S(シェアリングサービス)、E(電動化)の頭文字からなる造語。次世代自動車業界のトレンドを表す。
注3:
カーボンプライシングとは、炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる政策手法。代表的なものに炭素税や排出量取引制度などがある(2021年9月10日付地域・分析レポート2021年9月15日付地域・分析レポート参照)。
注4:
LCAは、life cycle assessmentの略。製品・サービスのライフサイクルを通じた環境負荷を評価する。
注5:
蓄電池は、EV1台のうち、付加価値額で4割を占めると言われる。
注6:
2021年2~3月に従業員100人以上のドイツ国内製造業を対象に電話インタビュー形式で実施、551社が回答。
注7:
フォルクスワーゲン(VW)グループ、ダイムラー、BMWを指す。
注8:
群馬積層造形プラットフォームは、金属3Dプリンター技術の活用によるイノベーションを目指す取り組み。既述の通り、3Dプリンター技術にはドイツでも注目が集まっている。
執筆者紹介
ジェトロ群馬
日下 優(くさか ゆう)
2010年、群馬県庁入庁。2020年4月からジェトロに出向し、現職。