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包括的復興枠組み(ACRF)が示す5つの広範な未来戦略(ASEAN)
日本企業が知っておきたい2021年の課題と取り組み

2021年5月26日

ASEANは、新型コロナウイルスのまん延により社会・経済に深刻なダメージを受けている。そうした中で2021年に優先的に取り組むのが、前年11月に採択された「ASEAN包括的復興枠組み(ACRF)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.65MB)」の実行だ。ACRFでは広域経済統合、デジタルトランスフォーメーション(DX)、持続可能性(サステナビリティー)など5つの広範な戦略を旗印として、経済を以前の水準まで回復させ、より強靭(きょうじん)な地域・市場の実現を目指す。対話国である日本との連携・協力も重視し、地域の主要プレーヤーである日系企業への期待も高い。

2021年、新型コロナウイルスからの回復に向けたACRFの実行がカギに

ACRFは、2020年11月8日の第37回ASEAN首脳会議で採択された。ASEAN事務局の関係者によると、2021年、ASEANはACRFの実行に重点を置いて活動するという。ASEANの対話国である日本やASEANで高いプレゼンスを持つ日系企業としても、ASEANへの貢献という観点から、ACRFが示した方向性に従った取り組みを歓迎している。

ACRF発表時の声明外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、2020年のASEAN経済は1998年以来となるマイナス成長が見込まれるなど、新型コロナウイルス感染まん延による大きな影響がみられる。この危機に対し、ASEANは加盟国やダイアログパートナー(対話国・地域:日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、米国、ロシア、カナダ、EUなど)と協力し、感染症を克服するとともに社会・経済の復興を目指す戦略の検討を迫られた。その結果、策定されたのがACRFだ。これは、ASEANの3つの共同体、ASEAN政治・安全保障共同体(APSC)、ASEAN経済共同体(AEC)、ASEAN社会文化共同体(ASCC)を横断し、新型コロナウイルス危機からの統合的出口戦略としての役割を果たす。

なお、ACRFは広範にわたる戦略だ。そのため、全ての事項や取り組みを取り上げることは難しい。ついて本稿では、ACRFの概要・ポイントを伝えたい。経済分野に関わる部分では、これまでAECで推進してきた貿易・投資の拡大や広域経済統合という視点に加えて、DXやサステナビリティーという要素が追加されている。これらは2021年の議長国ブルネイが目指す優先経済デリバラブル(PED、2021年1月19日ビジネス短信参照)や、同年4月末に公開されたAEC2025中間見直し(AECミッドターム・レビュー)で重要課題に据えられている。

6つの原則と3段階のタイムライン

ACRFには6つの原則があり、焦点を絞り(Focused)、均衡が取れ(Balanced)、インパクトがあり(Impactful)、実践的で(Pragmatic)、包摂的で(Inclusive)、評価可能(Measurable)でなければならない。この6つのキーワードは、ACRFの至るところで強調されている。

パンデミック(新型コロナウイルス感染の世界的大流行)により最も影響を受けた人々や集団、産業に焦点を当て、広範な戦略を設定する。そして、地域や集団の優先事項に従った復興手段を特定し、復興プロセスの各段階の実践的な対応を明確化している。ASEANは復興に向けたアプローチについて、「積極的かつ包括的(地域全体)で、柔軟性・機動性があり、状況変化に応じた戦略を簡単に採用できる必要がある」「復興は、地域の全ての人に恩恵をもたらすよう、持続可能かつ広範なものでなければならない」と、ACRFのコンセプトを説明している。

ACRFはこの6つの原則に基づき、実行計画として3つの時期に分けた段階的アプローチを採用した(表1)。その上で、5つの広範な戦略(ブロード・ストラテジー)を大きな柱として計画が進められる(参考1)。3つの時期は、ニューノーマルへの移行を成功裏に遂げるための「再開段階(Re-Opening)」、経済・社会が従前の水準まで完全回復する「復興段階(Recovery)」、新たな潮流や課題に対策して「強靭性を向上する段階(Resilience)」の3段階とされ、「3つのR」と呼ばれる。ACRFでは短期的な対応だけではなく、中期的・長期的なアプローチも組み込んだ枠組みになっている。

表:ACRFのタイムライン(復興に向けた3段階:3つのR)
項目 概要
再開段階
(Re-Opening)
地域における疫学的状況が異なる時期。
安全な再開に向けて、分野を横断した緊密な連携が求められる。
ウイルスの再燃リスクを最小化する一方、経済を安全に再開する時期。
復興段階
(Recovery)
完全な復興が達成されるまでの時期。
新型コロナで不可逆的影響を受けた集団や産業の支援に焦点を当てる。
経済活動を、新型コロナウイルス以前の水準に完全に戻す。
強靭性向上段階
(Resilience)
長期的なASEANの繁栄ビジョンに収れんする時期。
長期的な地域の強靭性に向けた貢献に焦点を当てる。
新たな潮流や課題、将来のパンデミックのリスクを認識する段階。

出所:ACRF

ACRFは5つの広範な戦略から構成

ACRFの柱となる5つの広範な戦略(ブロード・ストラテジー)とは、(1)保健システムの強化、(2)人間の安全保障の強化、(3)ASEAN域内市場とより広範な経済統合の潜在性の最大化、(4)包摂的なDXの加速、(5)より持続可能で強靭な未来に向けた前進、だ。各戦略の概要は参考1のとおり。

参考1:ACRFの5つの広範な戦略と主な内容

1.保健システムの強化
ASEANの医療分野での短期・長期的な目標に貢献する。
現在の健康増進や健康対策の構築と維持。不可欠な医療サービスの維持と強化、ワクチンの安全性強化に重点を置く。
訓練・装備の整った健康的な労働力を適切に供給し、保健人材の質を向上させる。ASEANがより良い医療・保健を確保し、将来のパンデミックに備える。
緊急時の食品安全性や栄養など、健康・医療面での緊急対応を可能とするため、公衆衛生サービスの能力を強化する。
2. 人間の安全保障の強化
パンデミックからの復興過程、それ以降において、全ての人々とコミュニティーの保護・エンパワーメントを強化する。人々の福祉を中核に据えた復興枠組みを構築する。
社会的保護を強化し、脆弱(ぜいじゃく)な集団のため、食料安全保障、食品安全・栄養を強化する。
パンデミックは人的資本の蓄積にも深刻な影響を与える可能性がある。これらの課題を克服するため、デジタルスキルや高等教育、雇用のためのリスキリング(再開発)やアップスキリング(スキル向上)を促進する。
労働者の幸福を確保し、仕事の未来を改善するため、ニューノーマルのための労働政策をさらに強化する。
感染症対応と復興の過程において、男女平等の主流化を優先する。強靭な地域の実現に向けて、人権を保護する。
3. ASEAN域内市場とより広範な経済統合の潜在性の最大化
域内の貿易・投資を強化し、ASEANを競争力ある市場として確立する。ASEANにおいて市場は重要であり、復興には貿易・投資の拡大が不可欠。
ASEANが貿易に依存し、外部ショックに弱いことを考慮し、サプライチェーンの強靭性と地域のバリューチェーンを強化する。ASEAN域内の貿易・投資をさらに拡大する。
パンデミックの影響から地域が回復するためには、域内市場の潜在性を最大限に引き出す機会が一層必要となる。貿易費用は低下したが、ASEAN市場の競争力を高めるには十分ではない。
サプライチェーンのありようを再考し、貿易・投資の拡大のために市場開放する。貿易・投資の円滑化を強化し、非関税障壁を削減し、貿易書類・手続きをデジタル化することで、経済統合を深化させる。ASEANは開放的姿勢を保ち、より広範な地域統合がもたらす機会をつかむ必要がある。
トラベルバブルなど新たな取り組みを推進するとともに、交通・地域の接続性(交通インフラや物流円滑化に関するベストプラクティス共有、官民連携の強化)や、パンデミックによって悪影響を受けたセクター(観光産業、零細・中小企業)を復活させる措置をさらに強化する。
パンデミック後、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が強力な基軸となり、ASEANのグローバル市場への関与が強まる。
4. 包摂的なデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速
将来の復興に向けたASEANの戦略には、DXの加速が不可欠である。電子商取引からリモートワーク、さらには医薬品開発の促進にいたるまで、デジタル技術を活用することで、各国が新たな市場に参入し、人々の交流や企業活動の生産性を向上させることができたことは、パンデミックの経験からも明らかである。
DXのモメンタムと必要性を活用し、ポスト・コロナの世界で経済を活性化し、社会を改善するため、デジタル技術がもたらす巨大な機会を捉える。
電子商取引とデジタル経済の推進は、電子政府と電子サービス、デジタル連結性、教育における情報通信技術(ICT)の活用、中小企業のDXなどと並び、重要な優先課題となる。
デジタル・インフラへの投資に加えて、データガバナンス、サイバーセキュリティー、法的枠組み、制度面での能力など、デジタル経済に不可欠な要素に焦点が当てられる。
第4次産業革命時代において、デジタル化を加速させる必要性が再認識される。
5. より持続可能で強靭な未来に向けた前進
パンデミック後の経済発展の回復力を高めるため、ASEANは国・地域レベルで、持続可能性と社会的責任のある政策立案を促進する努力を強化すべき。
地域の天然資源、社会構造、人々の繁栄を守ることができる、持続可能で長期的かつ包括的な復興の枠組みを構築する。
持続可能で強靭な未来のため、地域が必要とするシステミックな変化を可能にするために、各国政府や企業、市民社会が協力してパラダイムシフトを行うことが必要。パンデミック後の世界において「以前のとおり」に戻る選択肢はない。
戦略達成を支援するため、あらゆる次元でASEANの持続可能性を達成することを優先する。特に投資、エネルギー、農業、グリーン・インフラ、防災、持続可能な資金調達に焦点を当てる。

出所:ACRF

ACRFの実行計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.85MB)では、5つの広範な戦略ごとに6~11項の「優先事項(キー・プライオリティー)」を設けられた。その優先事項を達成するための「イニシアチブ/プログラム」「アウトプット/成果物」「実行フェーズ/タイムライン」「主導/関連セクトラルボディー(分野別機関)」を記載している。今回新たに設けられたイニシアチブやプログラムは、多くない。しかし、従前の措置を集めただけではなく、効果的なものに焦点を絞って優先順位付けされた。各セクトラルボディーなどが実行役として、行動計画が振り分けられている。そのため、具体性・実現性の高さが期待できそうだ。

広範な戦略3:ASEAN域内市場とより広範な経済統合の潜在性の最大化

5つの広範な戦略のうち、戦略3~5が日本企業に特に関係する。内容を確認すると、戦略3には、これまでASEAN経済共同体(AEC)で進めてきた取り組みが包含されている(参考2)。貿易・投資の自由化、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)の原産地規則の改善、電子原産地証明書や自己証明制度導入、サービス貿易の自由化、貿易円滑化と非関税障壁の撤廃、物流円滑化・連結性向上、地域的な包括的経済連携(RCEP)、などだ。

参考2:広範な戦略3に含まれる優先事項と主な付随イニチアチブ/プログラム

3a.
貿易・投資上の市場開放性の確保
ハノイ行動計画(注)の実施、ASEANサービス貿易協定(ATISA)発効、ASEAN+1FTAのアップグレード
3b.
サプライチェーンの連結性・強靭性の強化
ASEAN物品貿易協定(ATIGA)強化、貿易ルート開発、必須商品のメーカー・輸出者データベース構築
3c.
ニューノーマル下での貿易円滑化の実現
自動車製品や建材の型式承認に関する相互認証協定(MRA)、ASEAN医療機器指令(AMDD)、ASEAN+1FTA自己証明制度、全国際港湾へのASEANシングルウインドー(ASW)設置、対話国との貿易関連文書の交換、ASEANワイド自己証明制度(AWSC)の普及、ASEAN税関申告書(ACDD)や電子植物検疫(e-Phyto)証明書などのASW拡張
3d.
非関税障壁(NTB)の撤廃、市場歪曲(わいきょく)的政策の削減
必須商品に関する非関税措置の実施に関する覚書、ATIGA第11条・非関税措置(NTM)ガイドライン順守、NTMのコストと効果を測定するNTMツールキットの導入、実例マトリックス(MAC)での未解決NTM事例を解決するメカニズムの策定
3e.
トラベルバブル/コリドーの枠組みの設定
3f.
輸送の円滑化と連結性の強化
効率的な港湾運営を維持するためのベストプラクティス共有、スマート港湾ガイドラインの作成
3g.
セクター別回復(観光業、中小企業)の加速、最も被害の大きい産業の雇用保護
ASEANの専門家が短期的に他国でサービス提供できるスキームの開発、新型コロナウイルスに対応して各国で導入された企業関連政策・措置に関する継続的な情報共有
3h.
投資プロセスの合理化と迅速化、ファシリテーションと共同プロモーションの取り組み
ASEAN投資円滑化枠組み(AIFF)検討、ASEANでの投資機会に関するパンフレットの作成
3i.
地域接続のための官民パートナーシップ(PPP)の強化
ASEANビジネス諮問委員会の2019年レガシー事業であるデジタル・トレード・コネクトの推進、各加盟国にナショナル・デジタル貿易プラットフォーム(NTDP)を設立し、エンドー・ツー・エンドでの国際貿易手続きをデジタル化する。
3j.
地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の署名・発効
RCEPの署名と早期発効、利点や機会の周知普及

注:ハノイ行動計画は、新型コロナウイルスへの対応として、ASEANの経済協力とサプライチェーン連結性を強化する計画。2020年6月のASEAN経済大臣特別会合で採択。
出所:ACRF

2020年中は、ATIGAのASEANワイド自己証明制度(AWSC、2020年10月13日付地域・分析レポート参照)が稼働した。このほか、ASEAN税関トランジット・システム(ACTS)が導入されたり、ASEANサービス貿易協定(ATISA)とRCEP協定が署名されたりするなど、経済統合分野で進展がみられた。2021年はASEN電子商取引協定やATISA、RCEP協定、自動車製品の型式認証に関する相互認証協定(MRA)の発効・運用開始が見込まれる。ASEANシングルウインドー(ASW)の拡張なども期待できる。2021年は、こうした経済統合の動きがさらに深化していく。

他方、制度があっても、実際に企業が利用するまで普及していないという課題はある。例えば、ATIGA電子原産地証明書(e-Form D)利用では、ベトナムは「完全に導入した」と発表していても、実際は技術的なトラブルが多くて使えないケースがあった(2021年4月28日付ビジネス短信参照)。

また、コンテナ不足に伴う海上輸送料の高騰が企業の業績に大きな影響を与える昨今、インドシナ半島でのクロスボーダー・トラック輸送などの陸上輸送が重要性を増している(2021年4月27日付地域・分析レポート参照)。しかし、新型コロナウイルス感染拡大により、これまで進捗してきた越境交通協定(CBTA)によるトラック相互乗り入れなどの取り組みが足踏みしている。また、新たな国境ゲートの開発がなかなか進まなかったりといった現実もある。こうした課題への取り組みが再び推進されるよう、日系企業からも声が上がっている状況だ。

なおRCEP協定は、ACRF作成時点では署名されていなかった。しかし、2020年11月15日に署名(2020年11月16日付ビジネス短信参照)。すでに、シンガポール(2021年4月13日付ビジネス短信参照)と中国(2021年4月27日付ビジネス短信参照)が批准するなど、着々と発効に向けた手続きが進んでいる。RCEP協定は、ASEAN10カ国のうち6カ国以上とASEAN以外の5カ国のうち3カ国以上の批准後に発効する。

広範な戦略4:包摂的なDXの加速

第4の広範な戦略では、包摂的なDXの加速を目指している。主な取り組み分野としては、第4次産業革命、スマート・マニュファクチャリング、電子商取引(EC)、電子政府(行政手続きの電子化)、デジタル金融・決済、遠隔地や農村部の接続性と情報通信技術(ICT)教育などを挙げた。また規制面では、従前のデータガバナンス、サイバーセキュリティー、消費者保護などの整備が急務とした(参考3)。

参考3:広範な戦略4に含まれる優先事項と主な付随イニシアチブ/プログラム

4a.
第4次産業革命への準備
ASEANの第4次産業革命(4IR)に関する統合戦略の策定
4b.
電子商取引とデジタル経済の促進
ASEANオンライン・セールスデー(AOSD)の開催、ASEANデジタル統合指数(ADII)報告を通じたASEANデジタル統合枠組み(ADIF)の包括的見直し、ASEANデジタル統合枠組み行動計画(DIFAP)2019~25年を実施、オンライン・ビジネス優良企業行動規範の促進、デジタル貿易標準の調和、ASEAN電子商取引協定の施行、遠隔医療など医療デジタル化を強化
4c.
電子政府の推進
ASEAN市民サービス課題協力(2021~25年)におけるデジタル主流化
4d.
デジタル金融サービスや地域の決済連結性を通じた金融包摂性の促進
相互運用可能な越境即時リテール決済システム導入、相互運用可能なQRコード枠組み、革新的デジタル金融とリテラシーを推進、ASEAN電子決済準備指数の開発
4e.
デジタル・プラットフォーム提供と関連政策
中小企業のデジタル技術・ツール導入、ASEAN SMEアカデミー、ASEAN Accessでの情報提供
4f.
接続性の向上
遠隔地や農村部でのブロードバンド普及率向上、透明で安価な国際携帯電話ローミングサービス
4g.
情報通信技術(ICT)教育の促進
国境を越えた学校モデルと行動計画の開発、遠隔学習への投資拡大を促進
4h.
デジタルの法的枠組みと制度的能力の向上
ASEAN電子商取引協定の実施調査、デジタル環境における知的財産権を強化するための調整メカニズム開発〔DIFAP2.2〕
4i.
データガバナンスとサイバーセキュリティーの強化
ASEANデータ管理フレームワーク(DMF)、ASEANモデル契約条項(MCC)の推進
4j.
消費者保護の強化
消費者保護に関するeラーニングや研修の開発
4k.
ASEANビジネスにおけるデジタル技術の導入促進
スマート・マニュファクチャリング分野における企業のデジタルトランスフォーメーションを支援するための具体的取り組みを展開。

出所:ACRF

2020年以降、ASEANで取り組みが進捗している分野としては、デジタル金融の協力が挙げられる。例えば、複数の国が相互運用可能なQRコードを発表(2021年4月1日付ビジネス短信参照)。そのほかにも、2021年4月にシンガポール通貨金融庁(MAS)とタイ中央銀行(BOT)が即時リテール決済システムの連結を打ち出したりした(2021年5月10日付ビジネス短信参照)。また、当地では行政の電子化が十分でないという声がしばしば上がる。しかし、新型コロナウイルス感染対策として各国の自主努力により電子政府の取り組みも着実に進んでいる面がある。

デジタル関連のルール形成については、ASEAN各国で個人情報保護法やサイバーセキュリティー法、デジタル課税などについて、法制度・規律の整備が急速に進んでいる(ジェトロ世界貿易投資報告2020年版第IV章参照PDFファイル(2.77MB))。もっとも、ASEAN全体としてはASEAN電子商取引協定PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.78MB)が2019年に公開されたものの、2021年4月末時点で発効していない状況だ(インドネシアの批准待ち)。他方、WTOの電子商取引交渉にはカンボジアを除いた9カ国が参加し、RCEP協定にも電子商取引章が設けられている。このため、データ・ローカライゼーション要求の禁止やデータフリーフローの義務などの基本的なルールは、担保されることになりそうだ。

第5の広範な戦略:より持続可能で強靭な未来に向けた前進

第5の戦略は、持続可能性(サステナビリティー)やグリーンがキーワードになっている。この中には、循環型経済、海洋ごみの削減、省エネルギーと燃料効率向上、アクティブトランスポーテーションなど、消費側でのイニシアチブが含まれる。そのほか、持続可能な開発目標(SDGs)、責任ある企業行動(RBC)、企業の社会的責任(CSR)、人権デューデリジェンスといった企業行動の規範に関する目標を定めている。

参考4:広範な戦略5に含まれる優先事項と主な付随イニシアチブ/プログラム

5a.
あらゆる面での持続可能な開発の促進
ASEAN持続可能消費(SCP)枠組みの開発、ASEAN循環経済利害関係者プラットフォームの構築、海洋ごみに関する地域行動計画の実施
5b.
持続可能なエネルギーへの移行促進
エネルギー協力に関するASEAN行動計画(APAEC)第2期(2021~25年)の完了、家電製品/建物/産業機器のエネルギー・燃料効率向上のための投資支援、電気自動車や水素利用などの新技術を展開するためのASEANの能力の確保、イノベーション協力や連携を通じたエネルギー移行強化
5c.
グリーン・インフラの構築と基礎的インフラのギャップへの対応
アクティブ・トランスポーテーション政策や開発、EUと協力したスマート・グリーンASEANシティー事業の推進、持続可能なインフラ投資の促進、インフラ生産性向上枠組みの導入
5d.
持続可能で責任ある投資の推進
持続可能な開発目標(SDGs)に貢献する投資を促進、責任ある企業行動(RBC)/企業の社会的責任(CSR)の推進、ビジネスと人権に関する研修や人権デューデリジェンス/影響評価の促進
5e.
農業における高付加価値化、持続可能性・生産性の促進
ASEAN-JICA食品バリューチェーン開発プロジェクト開始、各種ガイドラインの策定〔食・農分野におけるデジタル技術活用、気候変動に対応した農業(CSA)の実行、持続可能な農業〕
5f.
災害リスクの管理と災害管理の強化
災害対応型社会保護(DRSP)に関するASEANガイドライン実施、干ばつに関するASEAN宣言の実施
5g.
サステナブル・ファイナンスの推進
ASEANの持続可能な資本市場に関するロードマップの推進、ASEANグリーン・ソーシャル・サステナビリティー債券標準の推進

出所:ACRF

日系企業にとって関心が高いキー・プライオリティーは「5b.持続可能なエネルギーへの移行促進」だろう。この項目では、ASEANエネルギー担当高級実務者会合(SOME)が主担当になる。復興期から強靭性向上期にかけて、ASEANエネルギー協力行動計画(APAEC)フェーズ2(2021~2025年)の施策を実施しつつ、家電製品・建物・産業機器のエネルギー・燃料効率向上のための投資支援を行うとしている。また、電気自動車、水素、バッテリー、その他の柔軟性のあるエネルギー源、二酸化炭素回収・貯留技術などの新技術を展開するための能力をASEANが確保するため、より大きなイノベーションや協力、パートナーシップを通じて、エネルギー移行を強化するとしている。具体的な成果としては、こうした技術に関する新たな連携やプロジェクトを求めている。関連技術で長じる日本企業への期待も大きいとみられる。

イノベーティブ&サステナブル成長対話(DISG)も参考に

広範な戦略1「保健システムの強化」と戦略2「人間の安全保障の強化」については、企業への関わりが大きくないため、本稿では取り上げなかった。しかしこれらの中には、企業にとって重要な事項も盛り込まれている。例えば戦略2では、デジタルスキルの促進や、労働者のリスキリング、アップスキリングを取り入れたビジネスモデルの構築などを目指すとされた。その結果、ニューノーマル下の労働者政策、移民法など、地域でのモデル構築やルール形成が進むとみられる。戦略1では、特に在留邦人の関心の高いワクチンに関して、2021~2025年の行動計画を策定する。

東南アジア市場の若い世代では、地域の社会課題の解決に関心があり、社会や身近な人々との調和を重視する価値観がみられる。そのため、ASEANでビジネスを展開する企業が地域の社会課題解決に関わり貢献しているのかは、今まで以上に重要なポイントだ。地域への貢献度が高いブランドは、価格が多少高くても購入するという調査結果もある(博報堂生活総合研究所アセアン「アセアン生活者研究2021」)。地域への貢献が、企業やブランドの選好にも影響を与えるわけだ。ACRFには、ASEANが地域として抱える社会課題が盛り込まれており、こうした課題に貢献する姿勢を見せていくことが結果として、ビジネス上の成功にもつながる可能性がある。

なお、ASEANの社会課題の解決に向けた日本企業の貢献や取り組みという点では、2020年の日ASEAN経済大臣会合での合意を経て創設された「イノベーティブ&サステナブル成長対話(DISG)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(450.61KB)」はフォローしておきたい。ASEANが直面する「様々な社会課題の解決」と「経済成長の実現」の同時達成を目指し、日本が貢献しうる領域を特定した上で、政策的支援を強化していくこととされており、ACRFの5つの戦略の内容も広くカバーされている。英文サイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます にはなるものの、当該分野でASEANの課題解決を図る日本企業の活動などが参考になる。直近では、DISGの一貫で、「イノベーティブ&サステナブル成長」をテーマに、日本企業の今後のASEAN地域でのビジネス機会拡大と政策対応を議論する「日ASEANビジネスウィーク」が開催されている。日本語サイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、まもなく結果概要を掲載予定であり、こちらも日本企業にとって参考になりそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。

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