新型コロナ後、自動車産業は内陸部でも回復(中国)
武漢市、重慶市、成都市で、産業高度化につながる取り組みも

2021年5月10日

中国では、強力な対策の下で新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大を抑え込み、早い段階から経済活動が再開した。特に中国の主要産業の1つである自動車産業では、政策的な支援が行われたことでいち早く生産が正常化した。2020年の中国の自動車生産台数は、前年比2%減(約2,523万台)と減少した。しかし、前年の7.5%減(約2,572万台)に比べてマイナス幅が縮小し、回復の兆しがみられる。

本稿では、有数の自動車産業都市の湖北省武漢市、重慶市、四川省成都市を事例に、内陸部でコロナ後の自動車産業がどう動いているのかについてレポートする。

武漢市、コロナ禍を経て次世代自動車への投資活発化

日本のメディアなどでも、中国の自動車産業の回復ぶりが報道されている。もっとも、その内容は上海市や広東省広州市など沿岸都市に関するものが多い。内陸部の自動車産業都市の武漢市や重慶市、成都市では、コロナ後は自動車産業の高度化につながる新たな投資が積極的に進められている。以下、内陸3都市の自動車産業の復興状況や具体的な変化についてまとめていく。

湖北省は、中国国内でも有数の自動車産業集積地だ。2019年の自動車生産台数は約224万台に上り、国内で生産される自動車の約8.8%を占めた。省都・武漢市には、世界的な自動車メーカーが多数進出している。中国自動車メーカー大手の東風汽車や、東風ホンダ、東風日産、神龍汽車(東風汽車とプジョー・シトロエンの合弁会社)、上海GMなどだ。部品メーカーなども含めると、市内に進出する自動車関連企業は中国系・外資系企業合わせて500社以上になる。また、武漢市には155社の日系企業(注1)が進出しており、その約半数が自動車関連企業だ。

武漢市では、コロナ感染拡大の影響で2020年1月23日に都市封鎖が実施された。その後、2カ月以上にわたって企業の操業が原則禁止された。同年3月に操業再開が認められて以降、自動車関連企業は早期から生産を再開して稼働を正常化させた。中国の2020年の自動車販売台数は前年比1.9%減と3年連続でマイナス成長だった。しかし、武漢市に進出する東風ホンダの同年の自動車販売台数は前年比6.3%増の約85万台で、前年を上回る成長を遂げた。

コロナ禍を経て、武漢市政府の産業政策には変化が生じた。第5世代移動通信システム(5G)や人工知能(AI)、ビッグデータをはじめとするデジタル経済の発展に注力する姿勢がより鮮明になった(2021年1月21日付地域・分析レポート参照)。こうした流れは自動車産業政策にも変化をもたらした。武漢市政府が2020年7月13日に発表した「武漢市での画期的なデジタル経済発展に向けた実施方案外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」では、「自動車メーカーが行うインテリジェント・コネクテッド・カー(以下、ICV)や自動運転車の新モデル開発への支援に注力する」方針が示されている。これを踏まえ、自動車産業の一大集積地となっている武漢経済技術開発区は同年8月24日に「ICV産業のイノベーションと発展に係る若干の措置外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表。この措置には、(1)設備投資額が2億元(約34億円、1元=約17円)以上または評価額20億元以上のICVメーカーなどに対し、最大でプロジェクト投資総額の40%(上限2億元)を奨励金として支給する、(2)ICVのコア部品や関連システムを生産・開発する企業で、その製品がレベル3(注2)以上の自動運転車に搭載される場合、奨励金として取引額の10%(上限1,000万元)を支給する、などの支援策が盛り込まれた。

武漢市では、次世代自動車に関連する投資も活発化している。2020年7月17日には、東風汽車が子会社「嵐図汽車科技」(VOYAH)を設立。同社はハイエンド新エネルギー車(以下、NEV)ブランドのスポーツ用多目的車(SUV)モデル「嵐図FREE」を発表し、2021年1月28日からテスト生産を開始している。このモデルには、ハイレベルな運転補助システムや高精度センサーが標準搭載。連続走行可能距離は、純電気自動車(EV)モデルで約500キロ、レンジエクステンダー・システム(注3)搭載モデルで約860キロに及ぶという。

武漢経済技術開発区内に設置された国家ICV(武漢)テストモデル区(以下、モデル区)では、2021年1月1日、中国初となる自動運転車のテーマパークが開業した。同パークでは自動運転車の走行テストや商業利用に向けたPRを目的に、バスやタクシー、清掃車、移動自動販売車など19台の自動運転車が走行している。モデル区には、5Gと人工衛星「北斗」による高精度の位置情報システムを整備。こうしたインフラを活用しながら、東風汽車や海梁科技、百度、深蘭科技などの企業がパーク内で自動運転技術の研究開発を進める(2021年1月7日付ビジネス短信参照)。


パーク内の自動運転シェアカー(ジェトロ撮影)

2021年4月8日には、新興EVメーカーの小鵬汽車(本部:広東省広州市)が武漢経済技術開発区にICVの生産工場・研究開発センターを設立すると発表。武漢工場では年間10万~20万台を生産することを計画し、2023年以降の稼働を目指している。同社は武漢市の拠点を「中国中西部地域における完成車、充電システム、自動運転技術の中心に位置づける」としている(2021年4月13日付ビジネス短信参照)。

重慶市、NEV生産台数年間40万台、ICV120万台を目標に設定

重慶市の2019年の自動車生産台数は約138万台。国内で生産される自動車の約5.4%を占めた。市内には長安汽車や長安フォード、北京現代などの完成車メーカーが拠点を構える。コロナの影響により、2020年1~3月は重慶市でも企業活動は制限を余儀なくされた。自動車産業は部品供給の停滞やサプライチェーン分断などの影響を受け、同期の自動車生産台数は前年同期比45%減の11万台と大幅なマイナスとなった。しかし、4月以降は工場の稼働が正常化。2020年の同市の自動車生産台数は前年比13%増の158万台(NEVは5万台、ICVは24万台)とプラスに転じた。

重慶市政府は、2022年までに市内の自動車生産台数が全国に占める割合を10%、NEVの生産台数を年間40万台、ICVの生産台数を同120万台にすることを目指している。また、「NEVとICV産業の中国有数の研究・製造基地にする」との目標を掲げた。

こうした政策を背景に、重慶市内に生産拠点を持つ自動車メーカーにもビジネス拡大の動きが見られる。市最大の自動車グループの長安汽車は、2020年の中国での生産台数が約203万台。前年比13%増だった。同社は今後、車載電池大手の寧徳時代新能源科技と提携し、スマートEVの開発を進める計画だ。長安汽車の葉沛副総裁は「今後は、重点的にNEVの開発と自動車のスマート化を進める。2025年までにNEVの生産比率を25%以上とし、音声操作車の販売も開始する」とコメントしている(「上游新聞」2020年9月22日)。

自動車大手の吉利控股集団は2021年1月、NEVや新材料などの技術開発を手掛ける傘下の吉利科技を通じて買収した力帆実業集団を力帆科技(集団)に改称。EVの開発・製造とバッテリー交換ステーション事業を展開すると発表した。吉利科技は2020年9月、重慶市でEV向けバッテリー交換ステーションを初めて公開し、2021年までに100カ所、2023年には200カ所まで設置を拡大する目標を掲げている。

成都市、自動車産業分野で重慶市と連携強化へ

中国公安部が発表した2020年の都市別の自動車保有台数ランキングでは、成都市が全国第2位の546万台(1位:北京市603万台、3位:重慶市504万台)だった。

成都市を含む四川省は、自動車産業を重点産業の1つと位置付ける。2019年の自動車生産台数は約112万台で、国内で生産される自動車の約4.4%を占めた。一汽トヨタや一汽フォルクスワーゲン、神龍汽車(東風汽車とプジョー・シトロエンの合弁会社)、ポールスター(ボルボ・カー・グループ傘下のNEVブランド)などの自動車メーカーが、省内に生産拠点を構えている。自動車関連企業が集積している成都経済技術開発区には自動車メーカー11社が進出。同開発区だけで、省内自動車生産台数の約9割以上を占める。2019年は、101万台だった。その他、ボッシュやデルファイ、マグナ、フォルシア、ヘンケルなど約300社の自動車部品メーカーが進出している。

四川省はNEV産業の重点地域となるべく、関連技術を有する域内外の有力企業の誘致を強化していく方針を示している。2020年9月、省政府は「四川省におけるNEVとICV産業発展を指示する若干の政策措置外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表。NEVの研究開発機関に対して補助金を支給する、政府機関や公共交通機関で使用する公用車、バス、タクシーなどは原則としてNEVに置き換えていくなどの方針を示した(2020年10月16日付ビジネス短信参照)。省内でNEVの普及拡大が今後見込まれることから、一汽フォルクスワーゲン(中国)投資の葉文総監は、産業交流会の場で「省内の充電ステーションを2021年までに275カ所に設置する」と、方針を示した。

重慶市は、1997年に直轄市になるまでは四川省の一都市だった。成都市と重慶市の産業構造は類似し、互いをライバル視してきた。こうしたことから、これまで両都市の産業連携は積極的に行われてこなかった。しかし両都市は距離的にも近く、双方が持つポテンシャルを融合することで西南地域の巨大なエコシステムを構築できると期待される。このため、2020年1月に「成都・重慶地区両都市経済圏」(注4)の構想が中央財経委員会第6回会議で承認された。この構想を軸に今後、両都市の自動車産業の連携も深化していくことが予想される。両都市間で自動車メーカーや部品メーカー、研究機関の連携を強化することで、技術開発リスクの軽減やコスト削減、標準化を進めることが可能になる。また、今後はコア部品、特殊設計部品も両都市共同で開発し、域内調達率を増やすことを目指すという(2020年7月14日付ビジネス短信参照)。従来コア部品は、両都市以外の企業から調達せざるを得ない場合が多かったことからすると、進展が期待できる。

次世代自動車への投資は中国企業が中心

コロナ禍による都市封鎖や操業制限を乗り越え、武漢市と重慶市、成都市の3都市は早い段階から自動車産業の正常化に成功した。これらの地域では自動運転技術やNEV、ICVなど次世代自動車への投資などが活発化しており、自動車産業に新しい変化が生じている。

こうした次世代自動車に関連する投資の多くは中国企業が中心。換言すれば、日系企業を含む外資企業の参入はまだ限定的だ。自動車関連の日系企業にとって次世代自動車をめぐる自動車産業の変化は、新たなビジネスチャンスになる。一方で、ビジネスパートナーとして高い競争力を持つ関連企業を見極める必要もあり、難しいかじ取りを求められるだろう。


注1:
武漢日本商工会の会員企業数(2021年2月時点)。
注2:
米国自動車技術者協会(SAE International)が定める5段階の自動運転レベル上、上から3番目の技術レベル。特定の場所で原則としてシステムによる自動運転となり、緊急時などのみドライバーが操作する。
注3:
エンジンを発電に用い、その電力を使用して走行用モーターを駆動させるシステム。
注4:
成都市、重慶市が持つ優位性で相互に補い合い、経済や科学技術、イノベーションといった面で経済圏としての影響力を強化。両都市が一体となって質の高い発展を実現する構想。
執筆者紹介
ジェトロ・武漢事務所
片小田 廣大(かたおだ こうだい)
2014年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部進出企業支援課(2014~2015年)、ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課(2015~2016年)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・成都事務所
王 植一(おう しょくいち)
2014年、ジェトロ入構。2014年11月よりジェトロ・成都事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・成都事務所
寺田 俊作(てらた しゅんさく)
2015年、ジェトロ入構。デジタル貿易・新産業部EC・流通ビジネス課(2020年)などを経て現職。