新型コロナ感染第1波収束後の経済を読み解く(ミャンマー)
プラス成長が予測されるも第2波の抑制が急務

2020年10月30日

新型コロナウイルスの感染拡大によって、多くのASEAN諸国がマイナス成長に落ち込む。そうした中、ミャンマーの2020年度(2019年10月~2020年9月)の経済成長率はプラス成長が見込まれている。天候に恵まれ農業が好調であることに加え、政府の徹底した感染防止策により4月からの第1波を短期間で抑制できたことで外国直接投資が堅調、などの要因が経済を支える。しかし、8月下旬から拡大している第2波の動向によっては、経済の下振れリスクも出てきた。コロナ禍での足元の経済活動を確認しながら、今後の見通しを考えたい。


自宅待機措置で閑散とするピー通り(ジェトロ撮影)

第1波の抑制、迅速な経済対策が影響を最小限に

ミャンマーにおける新型コロナウイルス第1波は、2020年4月から5月にかけて到来した。ミャンマー政府は、外国人の入国制限や国際旅客便の着陸禁止措置、感染者が出た地域やホテル・アパートなどの建物の徹底したロックダウン、5人以上の集まりや夜間外出の禁止、さらには工場などの感染対策に係る査察などを実施。5月18日以降は、市中感染が抑えられた。6月1日からは、3月23日以来それまで半数だけが出勤していた公務員が全員出勤体制に戻った。国内の経済活動は徐々に正常化が進んだ。

一方で、ミャンマー政府は4月27日、新型コロナウイルスに対する経済対策として、Covid-19経済救済計画(CERP)を発表した。これにより、法人税および商業税の納付期限延長、輸出時の前払い法人税免除、低利子融資の実施、電気料金免除、各種ライセンス料の減額・免除など具体的な施策が矢継ぎ早に実施された。

ミャンマーでは、こうした政府による徹底した感染防止対策と迅速な経済救済措置により、早期に新型コロナウイルス第1波の抑制に成功。経済への影響を最小限に食い止めることができていた。

2020年度はプラス成長の維持を予測

ミャンマーの経済成長率の見通しについて、ミャンマー政府からの発表はない。このため、国際機関が独自のモデルを使い定期的に予測を発表している数値に頼らざるを得ない。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が続く中、直近ではアジア開発銀行(ADB)が9月15日にアジア太平洋地域の2020年のGDP成長率の予測を発表した。その発表によると、大半のASEAN諸国が6月時点の予測から下方修正を余儀なくされている。その中で、ミャンマーの2020年度(2019年10月~2020年9月)GDP成長率予測はプラスを維持し、1.8%と据え置かれた。

ミャンマーの成長率予測をプラスに据え置いた理由についてADBは、天候に恵まれ、農産物の生産、またその内需と輸出が順調に推移したことが下支えしていることを指摘した。外国直接投資については、第3四半期まで(2019年10月~2020年6月)に、電力、不動産開発、製造業の投資を中心に、前年同期(32億ドル)を上回る43億ドルを認可したことを好材料とした。

一方、主力産品の縫製品に対する外需が減少した製造業や、4月以降に各種入国制限措置がとられた観光業が、深刻な打撃を受けているとしている。

順調な外国直接投資、農産品輸出が成長を下支え

ADBが指摘するように、対内外国直接投資が順調に推移していることは明るい材料だ。ミャンマー投資委員会(MIC)が認可した2019年10月~2020年8月の外国直接投資額は、前年同期比29.5%増の50億1,881万ドルに上った。228件が認可され、うち製造業が177件(全体の77.6%)を占めた。以下、電力8件、不動産6件、畜産・水産5件、ホテル・観光5件などが続く。

大型案件としては、香港のV-POWERによる液化天然ガス(LNG)火力発電事業(ヤンゴンで3億6,307万ドル、ラカイン州で1億4,047万ドル)、シンガポールのセムコープによる工業団地開発投資(ヤンゴンで436ヘクタールの団地を開発、2億3,060万ドル)、日本のイオンモールによるショッピングモール事業(ヤンゴンで1億8,000万ドル、シンガポール経由)、鹿島建設による複合不動産事業の追加投資(ヤンゴンで2億5,170万ドル、シンガポール経由)などがあった。

雇用や輸出を支える製造業への投資が多いことや、ミャンマーの成長を見越したインフラ・不動産分野への中長期的な投資が入ってきていることは、ミャンマー経済にとってはプラスとなる。

貿易面では、2019年10月~2020年9月11日の海路・空路輸出額は前年同期比7.2%増の99億1,296万ドル、国境輸出額は1.9%増の68億5,814万ドルとなった。新型コロナ禍で、最大の貿易相手国である中国との国境ゲートが中国側の事情で度々閉ざされたものの、ほぼ通期でプラスを維持したことは特筆できる。

プラス成長を下支えしたとされる農産物需要について、10月9日付の国営新聞「グローバル・ニューライト・オブ・ミャンマー」は、2020年度の農作物の輸出額が36億9,000万ドルに達し、前年度を4億7400万ドル上回った、と報じた。海外からの需要が高く、コメ、砕精米、豆、トウモロコシなどの作物が主に輸出された。農産物の輸出額は産業別で1位となり、2020年度総輸出額の22%を占めた。商業省は、田畑1エーカー(約4,047平方メートル)当たり、15万チャット(約1万2,000円、1チャット=約0.08円)のローンを供与。コロナ禍における農家を継続的に支援する方針だ。

新車販売台数は好調も、車両登録などができず足踏みを繰り返す

人消費も、コロナ禍にあって底堅さをみせている。ミャンマー自動車協会(AAM)によると、2020年1~3月の自動車の新車販売台数(乗用車および商用車)は前年同期比35.4%増の6,299台と好調だった。しかし、国内初の感染者が3月23日に確認され、車両登録や運転免許書の交付を行う道路交通管理局(RTAD)が3月26日から業務を停止した。この結果、4月の販売台数は0台になってしまった。

その後、5月11日からRTADが再開したことから、5月~8月は前年同期比12.6%増の7,734台となった。単月の販売推移をみると、5月1,253台、6月1,978台、7月2,258台、8月2,238台と回復傾向にある。

また、政府は自動車販売を促進するために、8月1日から排気量に応じた自動車の関税を引き下げた。また8月7日からは、乗用車のRTADでの登録料(対FOB価格)の引き下げ措置をとっている。

後述する新型コロナウイルスの第2波の到来により、RTADは9月14日から再び閉鎖を発表した。しかし、RTADが再開すれば、新車販売台数が増えるという見方が大勢である。

第2波による経済への影響が懸念、成長の下振れ予測も

こうしたインフラ投資、輸出、個人消費の成長を背景に、世界銀行は、6月の「Myanmar Economic Monitor」の中で、2021年度のGDP成長率は中期のトレンドに戻り、7.2%となると予測する。9月29日に発表した世界経済見通しでは2020年度のミャンマーのGDP成長率が0.5%に据え置かれたものの、経済の回復に遅れがみられる場合は0.9%のマイナス成長になる、とした。また、2021年度のGDP成長率は5.9%に下方修正され、経済の回復状況によっては3.0%に下振れする可能性を示唆した。なお、ADBは、2021年度のGDP成長率については、農業の安定および政府支出の増大、通信産業の成長を背景に、6.0%と予測している。

経済成長の下振れ要因について、主要輸出品である縫製品の輸出減少がその1つと考えることができる。縫製品の主要な輸出先である欧州市場の低迷などにより、縫製品輸出額は減少し、欧州での新型コロナウイルス感染が拡大した2020年3月以降、7月までの欧州向け縫製品輸出額は前年同期比14.1%減の7億8,459万ドルと落ち込んだ(注)。

また、日本の貿易統計によると、2020年1~8月のミャンマーからの対日輸出額は前年同期比0.6%減の948億円。主力の縫製品(HS61類、62類)輸出額は1.5%減の673億円となった。2019年1~8月の縫製品輸出額の伸び率が前年同期比プラス19.2%であったことと比較すると、伸び率は大きく低下した。9月以降、単価の高い冬物縫製品の出荷がピークを迎えるが、後述する工場休業などの影響により、さらなる落ち込みも懸念される。

新型コロナウイルス第2波による感染拡大もリスク要因だ。8月18日以降、西部ラカイン州が感染の震源地となり、新型コロナウイルスの感染が全国に広がった。とりわけミャンマー最大の商業都市ヤンゴンでは、感染者数が急拡大。ミャンマー政府は、9月21日からヤンゴン管区のほぼ全域にわたって自宅待機を命じ、ほぼ全ての業種(金融機関、食品・医薬品の製造販売企業、物流などは除く)で、社員の通勤を禁止する措置を発動した。また、縫製業などCMP(裁断、縫製、梱包)と呼ばれる委託加工形式の輸出企業についても、9月24日から工場の休業を余儀なくされた。縫製業にとっては、輸出の低迷に加えて、大きな打撃だ。特にヤンゴンでの感染拡大が長期化すれば、輸出の減少、個人消費の低迷など実体経済へのマイナスの影響は避けられない。

第2波以降、政府が打ち出した経済対策は、休業を余儀なくされた従業員の給与補償にとどまる。ADBが2021年度、6.0%の高成長を予測する背景の1つには、政府支出の拡大がある。経済の早期回復のためにも、政府による対策、支出の拡大が重要な鍵を握ると言えるだろう。

新型コロナウイルス予防・制御・治療国家中央委員会の委員長を務めるのは、アウンサンスーチー国家最高顧問だ。同顧問は、新型コロナウイルスの感染予防と経済活動の両輪が必要不可欠との認識を持つ。一方で、国内の医療事情の脆弱(ぜいじゃく)さから、今は人命を最優先に、国民に「忍耐」を呼び掛け、これ以上感染が拡大しないよう人の移動を最小限にとどめる対策を進めている。

第1波の早期抑制、好調な外国投資や農産品輸出などにより、コロナ禍においても経済のプラス成長を維持してきたミャンマー。しかし、第2波のさなかにある今、感染拡大の抑制、そして打撃を受けた経済への対策が急務となっている。


注:
グローバル・トレード・アトラスのデータを基に、衣類および衣類付属品に該当するHS61類、HS62類のEU27カ国および英国におけるミャンマーからの輸入額を算出。
執筆者紹介
ジェトロ・ヤンゴン事務所
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課リサーチ・マネージャー
菊池 芙美子(きくち ふみこ)
2009年、ジェトロ入構。ジェトロ茨城、ジェトロ・ヤンゴン事務所(実務研修生)などを経て、2020年9月から現職。