同時爆破テロから1年、スリランカの観光業への影響は
一時はテロ前水準に回復も、コロナの直撃深刻

2020年6月8日

2019年4月に発生した同時爆破テロにより、甚大な被害を受けたスリランカ。テロから1年がたち、同国の主要産業の1つである観光業にどのような変化があったのか、統計を基に振り返る。あわせて、世界的に猛威を振るう新型コロナウイルスが同産業にもたらす影響と今後の展望を探る。

豊富な観光資源を背景に、テロ以前は右肩上がりに観光客数が増加

インドの南東に位置し、インド洋の真珠と呼ばれるスリランカ。国内に8つの世界遺産を持つなど観光資源が豊富で、観光業は同国の主要産業の1つだ。財政赤字に苦しむ同国にとって、観光業は貴重な外貨獲得手段の1つとなっている。2018年の観光収入は43億8,063万ドルと、海外からの送金、繊維・アパレル製品の輸出に次いで、国内で3番目に大きな外貨獲得手段だった〔出所:スリランカ観光開発庁(SLTDA)、スリランカ中央銀行〕。スリランカ中央銀行によると、観光業は直接雇用・間接雇用を含め、約39万人の雇用(2018年)を生んでいる。これはスリランカの国内雇用全体のうち4.6%を占める。観光業の果たす役割が大きいことがわかる。

同国への海外からの観光客数は、図1のとおり、2009年の内戦終結を契機に増加し、2012年から2017年までの5年間で観光客数は倍増。2018年の観光客数は前年比10.3%増の233万人と、右肩上がりの増加が続いていた。また、2018年秋には、世界的に有名な観光情報誌「ロンリープラネット」で「2019年に行くべき国ランキング」の1位に選出され、2019年も観光客数の増加が見込まれていた。

図1:海外からの観光客数の推移(単位:千人)
スリランカの海外からの観光客数は、2009年の内戦終結を契機に増加し、 2012年から2017年の5年間で観光客数は倍増、2018年の観光客数は前年比10.3%増の233万人と、 右肩上がりの増加が続いていた。

出所:スリランカ観光開発庁(SLTDA)

同時爆破テロ直後は海外からの旅行客数は7割減も、12月に前年比9割以上回復

そこに、2019年4月の同時爆破テロが発生。翌5月の海外からの旅行客数は前年同月比70.8%減の3万7,800人に激減した(2019年9月12日付地域・分析レポート参照)。観光への打撃を受け、スリランカ政府は、テロにより失われたスリランカの安全イメージを改善するため、広範囲にわたる具体的施策を速やかに講じた(参考参照)。

参考:主な観光復興施策

  1. 空港税引き下げによる航空賃の実質的な値下げ(2019年8月~2020年1月末)
  2. 観光ビザの無償化(2019年8月~2020年1月末)
  3. 観光宣伝費として10億ルピー(約6億1,000万円、1ルピー=約0.61円)を予算化
  4. 観光分野での付加価値税(VAT)を現行税率の15%から5%に減税(2019年5月7日~2020年3月31日)
  5. 観光分野での借入金の返済と利子の支払いを猶予(2019年5月7日~2020年3月31日)

注:4と5は、スリランカ観光開発局(SLTDA)に登録するホテルと旅行代理業が対象。
出所:スリランカ政府発表を基にジェトロ作成

こうしたスリランカ政府による迅速な観光復興施策の導入や、治安当局による治安状況の急速な安定化が功を奏し、各国が危険レベルを短期間で引き下げた。この結果、海外からの旅行客数は力強い回復を見せていた。

図2:海外からの旅行客の推移(単位:人)
月ごとの旅行客推移は、テロ後の19年5月に前年同月比で70.8%減少した後、月を追うごとに減少幅が小さくなり、12月には4.5%減と前年をわずかに下回るものの、前年と同水準まで回復。

出所:スリランカ観光開発局(SLTDA)

表1:旅行客数の推移と前年比較(△はマイナス値、-は値なし)
2018年 2019年 2020年 前年同期比
(2019年)
前年同期比
(2020年)
1月 238,924 244,239 228,434 2.2% △6.5%
2月 235,618 252,033 207,507 7.0% △17.7%
3月 233,382 244,328 71,370 4.7% △70.8%
4月 180,429 166,975 0 △7.5% △100.0%
5月 129,466 37,802 △70.8%
6月 146,828 63,072 △57.0%
7月 217,829 115,701 △46.9%
8月 200,359 143,587 △28.3%
9月 149,087 108,575 △27.2%
10月 153,123 118,743 △22.5%
11月 195,582 176,984 △9.5%
12月 253,169 241,663 △4.5%
Total 2,333,796 1,913,702 △18.0%

出所:スリランカ観光開発局(SLTDA)

図2と表1は2018年~2020年の月ごとのスリランカへの旅行客数推移だ。テロ後の5月に前年同月比で70.8%減少した後、6月は57.0%減、7月は46.9%減と、月を追うごとに減少幅が小さくなっている。その後、12月には4.5%減と前年をわずかに下回るものの、ほぼ前年同水準まで回復していた。スリランカと日本に拠点を持つ旅行代理店へのヒアリング(6月3日実施)でも、同社が取り扱った日本からの旅行客は「テロ直後こそ激減したが、19年の年末にかけて回復し、12月には2018年の水準に戻っていた」という。

しかし、通年でのテロの影響は大きい。2019年度の観光客数は、前年比18.0%減の191万3,702人で、2008年以来11年ぶりに前年割れになった。

観光収入は17.7%減、関連産業の成長率も低下

観光業に対するテロの影響は、観光客数だけでなく観光収入にも及んでいる。SLTDAの統計によると、2019年の観光収入は35億9,208万ドルで、43億8,063万ドルだった前年から17.7%減となった。スリランカ中央銀行発表資料によると、サービス産業の成長率は2.3%となり、前年の4.6%から2.3ポイント低下した。サービス産業のうちテロの影響を最も受けた部門が宿泊、飲食活動だったが、この部門に限るとマイナス4.6%で、2018年の5.7%から10.3ポイント減少したことになる。また、テロの波及効果と経済活動の一般的な減速を反映し、卸売・小売業(3.0%、1.7ポイント減)、倉庫業を含む物品・旅客輸送(1.4%、0.7ポイント減)、金融サービス・金融サービス付帯業務(2.0%、11.4ポイント減)、住居の所有を含む不動産(2.4%、1.5ポイント減)など、他の部門の成長も減速した。

表2:スリランカのサービス産業の実質GDP成長率(△はマイナス値)
項目 2018年 2019年
サービス産業 4.6% 2.3%
階層レベル2の項目卸売・小売業 4.7% 3.0%
階層レベル2の項目倉庫業含む商品および乗客の輸送業 2.1% 1.4%
階層レベル2の項目郵便および宅配 1.4% 6.0%
階層レベル2の項目宿泊施設、食品および飲料サービス 5.7% △4.6%
階層レベル2の項目映像制作・放映、オーディオ制作 △10.2% 4.8%
階層レベル2の項目電気通信 10.4% 17.2%
階層レベル2の項目ITプログラミングのコンサルティングおよび関連業務 11.1% 13.1%
階層レベル2の項目金融サービスおよび金融サービス付帯業務 13.4% 2.0%
階層レベル2の項目保険・再保険・年金 17.3% 5.8%
階層レベル2の項目住居の所有を含む不動産 3.9% 2.4%
階層レベル2の項目 専門的なサービス 4.3% 2.4%
階層レベル2の項目行政と防衛、社会保障 △0.6% 2.1%
階層レベル2の項目教育 4.0% 3.1%
階層レベル2の項目人間の健康活動、住宅ケアおよびソーシャルワーク活動 3.0% 1.9%
階層レベル2の項目その他の個人サービス 2.7% 2.1%

出所:スリランカ中央銀行「Annual Report 2019」

観光分野への投資意欲は、テロ後も継続

テロの影響で海外からの旅行客数が減少した一方で、2019年には同分野への投資も見られた。スリランカ中央銀行によると、SLTDAの投資関連機関(IRU)は2019年、59のホテル(客室総数2,237室)への投資を承認した。また、2019年の1年間で、132のホテル(客室総数2,584室)、金額にして1億8,900万ドル相当の新規投資がIRUに提案された。このうち、66件、8,160万ドル相当が2019年後半の提案だった。テロ後も、スリランカの観光業への投資に関心が集まっていたことがわかる。

2020年第1四半期は新型コロナの影響で再び大幅減、4月はゼロに

テロから回復の兆しが見えてきた状況下で、スリランカの観光業にさらなる非運が襲う。新型コロナウイルス感染症問題だ。

2020年の海外からの旅行客数は、図2・表1のとおり。2月以降、感染症の影響から、2月は前年同月比17.7%減、3月が70.8%減と減少幅が拡大した。さらに4月には入国を禁止したため、ゼロとなった。2020年1月~4月の旅行客数は約50万7,000人で、前年同期比44.1%減となっている。

スリランカでは、2020年1月に中国人観光客1人の新型コロナウイルスの感染確認以降、国内での感染は確認されていなかった。しかし、3月中旬、イタリア人旅行客をガイドしたスリランカ人1人の感染が判明してからは、国内での感染者が急増した。

政府は、国内での感染対策として、1月28日付で中国からのアライバルビザの発給を停止(2020年2月28日付ビジネス短信参照)。3月に入り、11日にアライバルビザの発給停止(2020年3月13日付ビジネス短信参照)、16日からは欧州からの航空便を制限(2020年3月17日付ビジネス短信参照)、19日から国内全ての国際空港での商業旅客機受け入れ業務を停止(2020年3月26日付ビジネス短信参照)するなどの対策を実施した。6月2日現在も、海外からの旅行客は入国できない状況となっている。

中央銀行は、回復に長期を要すると予測

スリランカ中央銀行の4月28日付資料によると、新型コロナウイルス感染拡大の観光業への影響は、現在の感染拡大だけにとどまらない。世界経済(とりわけ、スリランカへの観光客数の多い中国、インド、欧州などの国・地域)の経済低迷が観光業の回復を妨げ、長期的に影響を及ぼす可能性があるとしている。

スリランカの2019年の旅行客数上位10カ国について、新型コロナウイルスの感染者数と死亡者数、IMFが4月14日に発表した各国の経済成長率予測を列挙したのが、表3だ。中国、インドは、2020年の経済成長率がそれぞれ前年比4.9ポイント減、2.3ポイント減となっている。特に欧州は厳しい状況で、旅行客数2位の英国、4位のドイツ、6位のフランスいずれも、2020年の経済成長率がマイナス予測だ。

表3:スリランカへの旅行客数上位国の感染状況、経済成長率一覧(△はマイナス値)
順位 国名 海外からの旅行客数(人) 新型コロナウイルス
感染状況 (人、%)
経済成長率予測
(IMF)(%)
2018年 2019年 増減率 感染者 死亡者 死亡率 2019年 2020年 2021年
1 インド 424,887 355,002 △16% 145,380 4,167 2.87% 4.2% 1.9% 7.4%
2 英国 254,176 198,776 △22% 261,188 36,914 14.13% 1.4% △ 6.5% 4.0%
3 中国 265,965 167,863 △37% 84,543 4,645 5.49% 6.1% 1.2% 9.2%
4 ドイツ 156,888 134,899 △14% 179,002 8,302 4.64% 0.6% △ 7.0% 5.2%
5 オーストラリア 110,928 92,674 △16% 7,118 102 1.43% 1.8% △ 6.7% 6.1%
6 フランス 106,449 87,623 △18% 142,482 28,379 19.92% 1.3% △ 7.2% 4.5%
7 ロシア 64,497 86,549 34% 362,342 3,807 1.05% 1.3% △ 5.5% 3.5%
8 米国 75,308 68,832 △9% 1,618,757 96,909 5.99% 2.3% △ 5.9% 4.7%
9 モルディブ 76,108 60,278 △21% 1,395 4 0.29% 5.7% △ 8.1% 13.2%
10 カナダ 52,681 48,729 △8% 85,103 6,453 7.58% 1.6% △ 6.2% 4.2%

出所:(1)旅行客数:SLTDA、(2)新型コロナウイルス感染状況:WHO(5月26日)、(3)経済成長率予測:IMF World Economic Outlook(2020 4月)

こうした状況の下で、スリランカ中央銀行は3月23日、観光や物流、アパレル産業などの中小規模事業者に、6カ月の債務返済猶予を認める通達を出した。また、EUは4月9日、新型コロナウイルスで打撃を受けたスリランカの観光産業に対して350万ユーロの助成金提供を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。このように、外国政府も支援の手を差し伸べている。

5月26日には、新型コロナウイルス感染防止タスクフォースが大統領に対し、8月1日から空港を再開し、海外からの観光客を受け入れることを提案したと大統領府が発表(2020年6月2日付ビジネス短信参照)。第1段階として、観光開発局に登録されたホテルやレストランで室内での飲食提供を再開するとし、観光業の再始動に向け準備を進めている。

テロからの回復の兆しが見えた直後に、新型コロナウイルスという新たな脅威にさらされたスリランカ観光業。この難局をどう乗り切るか、今後の動向に注目が集まる。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、ものづくり産業部ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て2019年7月から現職。