テロの影響を乗り越えビジネス環境改善の兆し、観光業も回復へ(スリランカ)
スリランカ同時爆破テロの影響とその後

2019年9月12日

2019年4月に発生した同時爆発テロ事件で、甚大な被害が発生したスリランカ。政府は、主要産業の1つである観光産業の復活と海外からの投資促進を主たる施策に掲げ、経済の復興を急いでいる。海外から持続的に旅行客や投資を呼び込むために、治安の回復と情報発信にスリランカ政府が力を入れるなか、着々と経済復興が進むスリランカを、政府の対応や観光産業の動向から報告する。

同時多発テロが勃発、危険レベルも引き上げ

4月21日、コロンボ市内および近郊において、日本人がよく使用する五つ星ホテルや、歴史的な教会など8カ所で大規模な同時爆破テロが発生し、日本人を含む250人が亡くなった。その後も、国際空港近くで爆発物、バス停で大量の起爆装置が見つかるなどしたため、国内は一時、際限ない不安に襲われた。現地のテログループによる犯行であったが、後にISの関与があったことが判明した。スリランカ政府による非常事態宣言の発動、各国の危険度レベルの引き上げが行われた。日本の外務省も、スリランカの危険レベルを「レベル2(不要不急の渡航はやめてください)」に引き上げた。


テロ攻撃で爆破されたコロンボ近郊の教会(ジェトロ撮影)

在スリランカ進出日系企業は、この未曾有(みぞう)の事態に対して、当初全体像を把握できなかったことから、現地日本商工会の中で情報共有するなどして、他社を横目で見ながら手探りで安全を確保しつつ、勤務体制の調整や工場の操業に努めた。コロンボ中心街から数十キロ以上離れた輸出加工区では、テロの翌日や翌々日から工場を操業した日系企業もあるが、従業員の出社率が普段の3割程度しかなく、すぐに通常の操業状態に戻すのは難しかったという。テロ後しばらくの間は、バスや列車などの公共交通機関の本数が間引かれて限定的に運営されていたことと、従業員が不安で外出できない、公共交通機関を使用したくないという心理的な面が影響していたことが、出勤率低下の要因とされる。コロンボ中心街に事務所を構える日系企業では、スタッフが通勤ラッシュや人ごみを避けて出勤できるようにフレックスタイムを導入したり、全員が日没までに帰宅できるように勤務時間を短縮したりするなどで対応した。4月末から6月にかけては、日本からの出張を制限する動きが目立った。スリランカ政府の承認を得ながら進めるインフラ案件によっては、契約書調印式に日本からの参加者が出席できず、スケジュールを延期するケースがあった。

観光業界にテロの影響が直撃

テロ後に、各国がスリランカの危険レベルを引き上げた影響により、海外からの旅行者が減少し、観光産業は打撃を受けた。2019年5月のスリランカ政府観光開発局のデータによると、テロ直後の5月には海外からの旅行客数が前年同月比70.8%減の3万7,800人となった。これに伴い、5月の観光収入は、前年比で7,100万ドルの落ち込みとなり、観光業界全体が悲観的な見通しに覆われた。ジェトロ・コロンボ事務所が、テロ発生から1カ月後の時点で、コロンボ近郊のホテルに旅行客減少の影響をヒアリングしたところ、客室稼働率は20%から30%前後で、ホテルによっては開店休業に近い状態のため、ホテル従業員の一部を半日勤務に短縮して帰宅させたり、使用されていないフロアの照明を落としたりするなどで不要な経費の削減に努めていると回答したところもあった。また、この困難な状況は半年から1年程度続くのではないか、との見通しを示すところが多かった。

治安状態の回復で危険レベルの引き下げ

そのような状況の中、スリランカの治安当局による大規模かつ集中的な捜査や警備強化によって、治安状況が安定化したことを受け、5月25日に中国が危険レベルを引き下げたのを皮切りに、6月7日までにドイツ、スウェーデン、スイス、インド、オランダ、イタリア、オーストラリア、英国がテロ以前の状態までレベルを引き下げた。また、日本の外務省も6月25日に、スリランカの危険レベルを「レベル2(不要不急の渡航はやめてください)」から、「レベル1(十分注意してください)」に引き下げた。

観光業に回復の兆し見える

前述のような要因もあり、当初の悲観的な見通しに反して、表にあるように、スリランカの観光客数は、5月に前年同月比で70.8%減少した後、6月は57.0%減、7月46.9%減、8月28.3%減と、月を追うごとに減少幅が小さくなり、短期間で力強い回復を見せている。図「月別の旅行客到着数」の棒グラフでみると、オレンジ色棒グラフのとおり回復の勢いがより鮮明に分かる。政府観光開発局によれば、(9月6日時点でサンプル集計がなされていないものの)9月はホテルの予約状況などから勘案して、旅行客数は前年実績を上回る可能性があるという。

2019年上半期(1月から6月)だけで見ると、観光客数の合計は100万8,449人で、前年同期比で13.4%の減少にとどまっている。これは、第1四半期(1月~3月)に前年を上回る観光客数が続いたことによるもの。政府観光開発庁が2018年来、「2019年海外からの観光客数年間300万人」を目標に定め、各種プロモーションを実施してきたことに加えて、観光ガイドブックとして世界的に有名なロンリープラネット(英国)が、2018年秋「2019年に観光に行くべき国」として、スリランカを世界1位に選んだことなどが奏功して、2019年の観光業は出だしから好調であった。テロが起きた第2四半期の4月から6月はスリランカの雨季に当たり、そもそも閑散期で客足が鈍ることから、前年と比較しても減少幅の影響が抑えられた形になっている。

仮に今後、下半期にかけて、5月から8月に見られるような勢いある回復傾向が続けば、通年のテロの影響はより限定的になる。政府観光開発局は、テロ後に2019年の海外からの観光客数の目標値を当初の300万人から210万人程度と修正している。ただし、この210万人という数字は2018年実績230万人に近い値であり、大規模テロが発生した甚大な影響を考えれば、非常に野心的な目標となっている。

8月にジェトロ・コロンボ事務所が再度、コロンボ市内・近郊のホテルに景況感のヒアリングを行ったところ、「8月から9月にかけて稼働率は平常近くに戻ってきた」「10月には予約が好調で、客室がフル稼働に近くなる」と答えるホテルも出はじめている。

表:旅行客数の推移と前年比較(△はマイナス値)
2018年 2019年 前年比増減
1月 238,924 244,239 2.2%
2月 235,618 252,033 7.0%
3月 233,382 244,328 4.7%
4月 180,429 166,975 △ 7.5%
5月 129,466 37,802 △ 70.8%
6月 146,828 63,072 △ 57.0%
7月 217,829 115,701 △ 46.9%
8月 200,359 143,587 △ 28.3%
9月 149,087 N/A N/A
10月 153,123 N/A N/A
11月 195,582 N/A N/A
12月 253,169 N/A N/A
上半期合計 1,164,647 1,008,449 △ 13.4%
1~8月計 1,582,835 1,267,737 △ 19.9%
年計 2,094,872 N/A N/A

出所:スリランカ政府観光開発庁ウェブサイト情報を基にジェトロ作成

図:月別の旅行客到着数
5月に前年同期比70.8%減と、激減した後は緩やかに減少率は回復。

出所:スリランカ政府観光開発庁ウェブサイト情報を基にジェトロ作成

航路については、5月~6月前半の旅行客数の大幅な減少により、各国・地域とスリランカ間を就航していた定期航空便41便が廃止となり、その結果、中国、香港、インド、マレーシア、オマーン、タイなどとの間で週に8,000席の客席が失わることになった。ただ上述のとおり、早いタイミングで観光客数の回復が見込めるようになったため、中国東方航空やエミレーツ航空は、いったんはキャンセルした定期便を9月から復活させることを決めている。観光業に回復の兆しが見えてきた。


再建中のファサード(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所 所長
糸長 真知(いとなが まさとも)
1994年、ジェトロ入構。国際交流部、ジェトロ・シドニー事務所、環境・インフラ担当などを経て、2018年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。