ジェトロ世界貿易投資報告 2026年版
第Ⅲ章 世界の通商秩序を巡る動向
第3節 ルールと価値に基づく国際経済秩序の広がり 第3項 サステナビリティを取り巻く潮流と日本企業の対応
EUのサステナビリティ規制は現実路線に軌道修正
サステナビリティ規制を先導してきたEUでは、産業競争力強化を最優先課題とする第2次フォン・デア・ライエン体制下で、各種規制の「簡素化」が進められてきた(本章第1節(2)EUの通商政策参照)。サステナビリティ分野ではまず、CBAM、CSDDDのほか、企業持続可能性報告指令(CSRD)、タクソノミー規則が見直しの対象になった。第1次体制下の「欧州グリーン・ディール」の基本理念を維持しつつも、企業に過度な対応負担がかからないよう規制が再設計されてきた。CSDDDとCSRDの簡素化法案は2026年2月に正式採択され、EU官報に掲載された注1。法案は改正指令として3月に発効し、今後各加盟国による国内法整備が求められる。また、タクソノミー規則とCBAMについても、簡素化規則が成立している。
さらに、森林破壊防止デューディリジェンス規則(EUDR)にも、簡素化の流れが波及し、2025年12月に同簡素化法案が成立した注2。2026年5月にも企業の対応負担軽減に向けた措置が発表されている注3。バッテリー規則注4における責任ある原材料調達などサプライチェーンに対するデューディリジェンス(DD)義務についても、2年間の延期が決定した。
こうしたEUの動きは必ずしも「サステナビリティの後退」を表すものではない。欧州委員会は一貫して、規制簡素化はコンプライアンスや書類作成のための事務的・金銭的な対応コストや規制同士の重複を削減し、EU企業の競争力を強化する目的だと主張している。企業に対し、企業活動を通じた人権侵害や環境破壊を防止する責任を求めるEUの基本姿勢は変わらない。一部条件の緩和や適用延期を受けつつも、規制は確実に適用開始に向けて進行している。タクソノミー規則は簡素化後の内容で2026年(2025年会計年度分の報告)から適用される注5。CBAMは移行期間を終え、2026年1月1日から本格適用が開始している。EUDRは2度の延期を経たが、大企業は2026年末から適用が開始される。なお、規制簡素化の詳細は、ジェトロの地域・分析レポート「EU人権・環境政策の転換点」シリーズ注6を参照されたい。
米国では連邦レベルで多くの関連政策が揺り戻し
米国では、第2次トランプ政権下でサステナビリティ関連政策が見直されている。まず環境分野について見ると、連邦政府の政策はバイデン前政権の脱炭素重視の方針から大きく転換されている。象徴的なのは、2026年1月のパリ協定からの再離脱であり、さらに国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)からの離脱方針も示されたことで、国際的な気候ガバナンスから距離を置く姿勢が明確化している。 国内政策も大幅な見直し局面に入っている。補助金面では、バイデン前政権下で採択・承認された案件について、経済性、実行可能性、財政リスクを理由に、主要官庁による執行停止や打ち切りが相次いだ。また、2025年7月4日に成立した「大きく美しい1つの法(OBBBA)」の下で、インフレ削減法(IRA)に基づくクリーンエネルギー関連税制も大幅に整理された。住宅、EV車両、充電設備、新築住宅向けの税額控除は2025年秋から2026年半ばにかけて段階的に終了した。同時に、石油・天然ガス・石炭といった化石燃料の開発促進が打ち出され、エネルギー政策の軸は脱炭素から「エネルギードミナンス」へと転換している。
人権・社会分野についても、連邦政府の政策には揺り戻しが見られる。まず、多様性、公平性、包摂性(DEI)に関する政策は大幅に縮小された。2025年1月には、連邦政府のDEIプログラムを終了する大統領令に署名し、民間企業のDEI方針撤廃に働きかけるよう連邦政府の省庁に対して指示した。さらに、移民・難民政策の厳格化に関し、国際人権NGOなどからは、国際的な難民保護の枠組みからの逸脱が指摘されている。労働者保護強化や障がい者支援、社会保障関連の指針も見直され、社会的権利の保護水準が低下することも懸念される注7。
もっとも、サステナビリティ関連政策の明確な後退は連邦レベルにとどまり、州レベルではスタンスが二極化している。中でも、ニューヨーク州やカリフォルニア州をはじめとした民主党地盤の強い州では、サステナビリティ政策を維持・拡大している。これらの州では、独自の気候対策や財源措置、「環境正義」注8制度の整備を進めるとともに、DEI支持を継続している。
貿易管理と人権の関係は新たな次元へ
人権分野では、強制労働に依拠して生産された製品の輸入を規制する動きがある。EUでは強制労働製品の域内流通禁止規則が2024年12月に施行されたが、前述したサステナビリティ規制簡素化の流れの中でも、簡素化や適用延期は提案されていない。この規則は、EU域内で販売・流通または域外へ輸出される製品について、サプライチェーンのいずれかの段階で強制労働が用いられた製品の域内流通と域外輸出を禁止するものだ。強制労働が確認された場合、当局は事業者に対し、当該製品の流通・輸出の禁止に加え、回収や廃棄を命ずることができる。2027年12月14日に予定される適用開始を見据え、2026年6月には、規制対応準備にかかる情報を網羅したポータルサイト
を欧州委員会が公開した注9。企業に求められる実務対応を記したガイドライン
のほか、中小企業向けのチェックリスト
なども掲載されている。
米国でも、1930年関税法307条およびUFLPAに基づき強制労働製品の輸入を禁止している。前述のとおりサステナビリティ政策全般で見直しを進めるトランプ政権だが、輸入差し止めなどの措置は継続している注10。2026年に入り、企業の対応を促進するための取り組みも見られる。4月には、企業がグローバルサプライチェーンにおける労働搾取に起因するリスクを特定するための新たな「自己評価ツール」を米国労働省が発表した。6月には、強制労働の関与が疑われる物品の米国への輸入を防止するための概要を説明した、輸入業者向け実務ガイダンスを税関・国境警備局が公表した。こうした取り組みの背景には、米国企業のための公正な競争環境を回復するというトランプ政権の方針がある。この方針の下、強制労働製品の輸入を巡っては、それを根拠とした新たな追加関税措置の提案にもつながっている。
EUおよび米国が取締を強化する動きを見せる中、インドネシアも2026年4月、強制労働製品の輸入を禁止する規則を施行した。カナダでも強制労働製品の輸入禁止制度を強化する法案が6月に提出された注11。このように、強制労働製品をめぐる規制は各国に広がりを見せており、人権リスクへの対応はグローバルな市場アクセスを確保する上で前提条件となりつつある。
多様なステークホルダーからの対応要請は継続
サステナビリティに関する政策環境は再編が進んでいるが、企業に対するサステナビリティ対応要求は継続・拡大している。まず、投資家の多くは、引き続きESGを重視している。米国の投資運用会社キャピタル・グループが2025年5月から7月にかけて、25カ国・地域の投資家1,130人に調査した結果によると、ESGの観点を投資判断に採用している投資家の割合は約87%に上った注12。ピークの90%からは微減となったが、依然として高水準だ。サステナブルファイナンスについても継続傾向だ。S&P Globalによると、2025年の世界のサステナブル債発行額は、前年比19%減の8,660億ドルとなった。年間発行額は減少傾向だが、発行残高は2026年に過去最高を更新する見込みである注13。
また、特に米国では2025年以降、消費者や株主からの企業に対する評価・圧力が活発化している。中でも、前述したトランプ政権による反DEIの動きを受け、多くの企業がDEIプログラムを後退させたことへの反応が目立つ。アマゾンやマクドナルド、ネスレといった大手企業がDEI方針に関連し、ボイコットを受けた注14。また、株主との関係では、企業はDEI推進派・反対派双方からの働きかけを受けている状況だ。2026年の株主総会シーズン注15において、DEI推進の株主提案は10件にとどまる一方、反DEIの提案は43件に及んだ(5月末時点)。他方で、その時点で採決が行われた22件の反DEI決議案のうち、支持率は平均でわずか約1%にとどまった。このように、米国ではサステナビリティやDEIを巡る政治的・社会的対立が強まっているものの、企業に対する関心や期待そのものが低下しているわけではない。むしろ、企業は推進派・反対派双方から評価や説明責任を求められる状況に置かれており、サステナビリティは企業経営を巡る重要な争点として位置付けられる。
日本企業もこうした多様なステークホルダーからの要請にさらされている。一例として、花王は香港の投資ファンドであるオアシス・マネジメントから、取引先が人権侵害や森林破壊に関与している懸念があるとして、調査を求める株主提案を受けた。同提案は2026年4月の臨時株主総会で最終的に否決されたものの、賛成率は3割に達しており注16、サプライチェーン上の人権・環境リスクへの対応や情報開示に対する株主の関心の高さが窺える。
日本企業のサステナビリティ対応、人権の取り組みが課題に
こうした流れを踏まえ、日本企業によるサステナビリティの取り組み状況を、ジェトロが2025年度に実施した本社アンケートから概観する。同調査では、持続可能な経営に関する現在の取り組みとして17項目について企業の対応状況を聞いた。結果を見ると、省エネルギー対策、包装材の削減・リサイクル、労働安全衛生の向上など、比較的着手しやすく、事業運営に直結する項目で実施割合が高かった一方、二酸化炭素(CO2)排出量やエネルギー使用量の測定・開示、人権方針の策定、DDの実施など、社内体制の整備やサプライチェーン全体での情報把握を要する取り組みでは、大企業と中小企業の差が大きい結果になった。CO2排出量やエネルギー使用量の測定・開示では大企業が67.7%に対し、中小企業は23.4%、人権方針の策定では大企業58.5%に対し中小企業17.8%、人権DDの実施では大企業42.3%に対し中小企業10.9%にとどまった。
こうした差の背景には、サステナビリティ対応が、単なる経営理念の表明ではなく、人員体制の整備、情報収集の高度化、取引先との対話を伴う実務課題であることがある。特に人権分野では、自社内の労務管理にとどまらず、調達先や委託先を含むサプライチェーン全体でリスクを把握する必要がある。このため、対応には一定の社内体制の整備や継続的な情報収集が求められる。企業のコメントからも、地域ごとに多様化する規制・認証への対応、取引先からの要請、人材・コストなどのリソース不足が負担となっていることが伺える。また、自社だけでなく、取引先や調達先を含むサプライチェーン全体でサステナビリティを評価する必要性を認識する企業も多く、リスク管理や情報開示のために取引先への調査を検討する動きも見られる(図表Ⅲ- 41)。
| 分類 | 主な課題 | 企業コメントからみえる論点 |
|---|---|---|
| 規制対応 | 各国・地域の制度対応 | EUのCSDDD、ドイツのサプライチェーンDD法、米国のUFLPAなど、国・地域ごとに異なる規制への対応が必要 |
| 認証・外部要請 | 認証取得、取引先からの要請 | 認証取得に必要な知識・人材の不足、外部からの要請項目の多様化・高度化への対応が負担 |
| 人材・コスト | 社内体制、専門人材の確保 | 対応に必要な人材確保、体制整備、タイムリーな情報収集が課題 |
| サプライチェーン | 取引先・調達先を含む情報把握 | サプライチェーン全体の人権・環境リスク、現地法規制、CO₂排出量などの把握が必要 |
| 調査・確認 | サプライヤー調査、CSR調査 | リスク管理や情報開示のため、サプライヤー調査を検討する企業がある一方、マンパワー不足で着手できない企業も |
- 注:
- 自由記述回答を基に整理。
- 出所:
- 「2025年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」から作成
人権課題に取り組む中堅・中小企業
前述のとおり、中小企業による人権尊重の取り組み(人権方針の策定、人権DD)は大企業に比べて低位にとどまる。しかし、今後の取り組み意向には一定の広がりが見られる。同アンケートで、今後2~3年で強化または新たに取り組む予定の項目では、中小企業でも人権DDの実施が24.4%、DEIの推進が25.0%、苦情処理制度の設置が23.7%となった。また、持続可能な調達の推進は36.9%、認証などの取得は29.6%と高く、取引先や市場からの要請を背景に、サプライチェーン上の人権課題への取り組みや環境対応への関心が高まっていることがうかがえる。
こうした中、中小企業でも一歩ずつ取り組みを前進させている企業はある。ジェトロは2025年7月から2026年2月にかけて、中堅・中小企業が人権尊重への理解を深め、取り組みの足掛かりを得ることを目的に、専門家との伴走型ワークショップを実施し、全国から5社の中堅・中小企業が参加した。参加企業は、天然鉱物マイカを扱う製造業、貨物の検査・分析・認証に携わる企業、プラスチック製品製造企業、金属製缶パーツ製造企業、食品製造・販売企業など、業種や企業規模が幅広く、応募時点での取り組み状況も異なっていた(図表Ⅲ- 42)。
| 企業 | 所在地 | 従業員数 | 事業内容 | ワークショップの主な内容 |
|---|---|---|---|---|
| ヤマグチマイカ | 愛知県 | 約80人 | 天然鉱物マイカを原料とするマイカパウダーの製造・販売 | ステークホルダーエンゲージメント、国際機関との対話 |
| 海外貨物検査 | 東京都 | 約900人 | 貨物の検査・分析・認証 | 人権方針の策定 |
| 岐阜プラスチック工業 | 岐阜県 | 約870人 | プラスチック製産業資材、工業部品、医療用部品、日用雑貨品などの製造・販売 | ステークホルダーエンゲージメント、人権方針の策定 |
| ヒロハマ | 東京都 | 約130人 | 金属製缶パーツの製造 | 人権方針の策定 |
| 山口油屋福太郎 | 福岡県 | 約330人 | 食品の製造・販売、卸売、飲食事業 | リスクマッピング |
- 注:
- 従業員数はグループ会社を含む。
- 出所:
- 地域・分析レポート「中堅・中小企業の『ビジネスと人権』への取り組みの実践(日本)」から作成
ワークショップでは、各社の事業内容を踏まえ、バリューチェーン上にどのようなライツホルダー、すなわち人権への負の影響を受け得る人々が存在し得るかを確認した。その上で、人権課題に対する取り組み状況や社内体制を点検し、人権方針の策定、ステークホルダーエンゲージメント、リスクマッピングなど、各社の状況に応じて実践した。確認事項は、社内体制、相談窓口や通報制度、外国人労働者の有無、長時間労働、労働安全衛生、人権方針や行動規範の有無、調達先の確認項目、2次・3次サプライヤーの把握状況、販売先からの質問票・監査対応、配送や製造委託先の労働環境など多岐にわたる。
参加企業からは、多国籍企業や欧州顧客からの人権への取り組み要請が増えているとの声も聞かれた。具体的には、人権方針、サステナビリティ方針、各種認証、苦情処理メカニズム、人権DDの実施状況、自己評価質問票注17への回答を要求されるケースが増えているという。一方で、「自社にどう落とし込めばよいか不明瞭」「自社の規模でどこまで動けるか不安」「多様化した要請への対応に課題がある」といった理由でワークショップに参加した企業もあり、中堅・中小企業が必要性を認識しながらも、実務への落とし込みに悩む実態がうかがえる。
中堅・中小企業にとって重要なこととして、自社の事業や取引関係に即して人権リスクを把握し、優先度の高い課題から段階的に対応することが実務上の第一歩となる。取引先からの質問票や監査への受け身の対応にとどまらず、ステークホルダーエンゲージメントの推進、人権方針の策定、リスクマッピング、取引先との対話、相談窓口や苦情処理制度の確認といった能動的な取り組みを通じて、サプライチェーン上の信頼を高めることが求められる。
東南アジアのサプライチェーンにおける人権課題
日本企業にとって、東南アジアは主要な調達地域ある。前述の本社アンケートによると、主要原材料・部品・仕入品について、回答企業の65.1%が海外調達を行っている。このうち、調達先としてASEANを挙げた企業は海外調達を行う企業のうち3割以上に上り、中国に次ぐ主要な調達先の1つとなっている。こうした調達構造を踏まえると、東南アジアでの持続可能な調達を進めるに当たっては、現地で実際に確認される人権課題を、国・産業・ライツホルダーごとに把握する必要がある。
ジェトロが2026年1月に公表した「東南アジアにおける責任ある企業行動と人権尊重のための調査」では、東南アジアに進出する日系企業が、サプライチェーン上流・下流を含め、多様な人権課題に直面し得ると指摘する。特に他国からの移住労働者が直面する人権リスクについては、昨今の東南アジアにおける重要な課題の1つとされる。移住労働者は、自社や1次サプライヤーの直接雇用に限らず、2次以降のサプライヤー、物流・清掃・警備などの下請け先を通じて、自社のサプライチェーンに関与している場合がある。移住労働者は、就労に際して人材紹介会社や仲介業者に採用・仲介手数料を支払う場合があり、こうした費用負担が移住労働者の債務につながる恐れがある。また、身分証明書の取り上げ、言語能力の不足やそれに起因する雇用契約や労働条件への理解不足、苦情処理制度へのアクセス不足などにより、権利侵害を受けやすい立場に置かれ得る。したがって、企業には、移住労働者がサプライチェーンのどこに存在し、どのような採用経路を経て就労しているのかを把握することが求められる。
実効的な人権DDにはNGOなど外部との連携がカギ
一方、中堅・中小企業では人的・資金的リソースが限られ、人権やサステナビリティを専門に扱う部署や役職がない場合も多い。企業には、形式的なチェックリスト対応にとどまらず、各国の事業環境、産業特性、関係するライツホルダーを踏まえた実効的な人権DDが求められるが、前述したリソース不足からこうした対応を企業のみで担うことには限界がある。こうした中、ワークショップでは権利擁護のために活動するNGO・NPOなどの外部団体も、現地の人権リスクを把握し対処する上で連携可能なパートナーとなり得るとの指摘があった。国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)は、人権リスクの特定・評価に当たり、企業が社内外の人権専門性を活用し、影響を受け得る集団や関係ステークホルダーとの協議を行うべきとしている注18。また、直接の協議が難しい場合には、人権擁護者や市民社会を含む信頼できる独立した専門人材・機関に相談することも合理的な代替手段として挙げている。OECDのデュー・ディリジェンス・ガイダンスも、影響を受ける、または受け得るステークホルダーには地域社会、労働者、労働組合等が含まれるとした上で、NGO、地域の市民社会組織、国家人権機関、人権擁護者などを、意味のあるエンゲージメントにおける関連ステークホルダーとして位置付けている注19。このため、労働者や地域住民といったライツホルダーに近い立場で活動する団体の知見は、企業内部だけでは把握しにくい課題の特定や、現地事情を踏まえた対応策の検討に有用といえよう。
AI時代にますます問われるサステナビリティ
近年、急速なデジタル化やAI活用、エネルギー転換の進展に伴い、深刻化するサステナビリティ課題も見られる。代表的な例として、エネルギー転換に伴う資源需要の増加が挙げられる。EVや再エネの普及は、気候変動対策として重要である一方で、その製造や設備に必要な重要鉱物(リチウム、コバルトなど)の採掘現場では児童労働、労働安全衛生上の問題、人権侵害、地域社会への悪影響などが国際的な課題として指摘されている。複数の国際機関や国際NGOが、重要鉱物サプライチェーンにおける責任ある調達と人権DD強化の必要性を指摘している 。
さらに近年は、AIの急速な普及が新たな環境・人権リスクをもたらしている。国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)は、AIをデータセンター、半導体、電力網、水資源、重要鉱物サプライチェーンなどから構成される物理的インフラとして捉え、その拡大に伴い電力・水・土地の利用が急増すると指摘している 。加えて、AIの便益が広く共有される一方で、水資源への負荷や土地利用の変化、電子廃棄物処理などの環境・社会的負担は特定の地域コミュニティに集中する傾向があり、環境正義の観点からも課題があるとしている。
このように、脱炭素化やデジタル化を推進する中で、その実現を支える資源採掘やインフラ整備といった過程では、新たな環境・人権リスクが発生する可能性がある。また、水資源に代表されるように、環境への負荷が地域住民の生活に直結するなど、環境破壊と人権への負の影響が連動するケースも見られる。さらに、AIの活用自体についても、差別、プライバシー侵害、監視の強化など人権への影響が国際的な課題として認識されている。
こうした中、企業の基本的な責任の観点から、人権は引き続き優先的に考慮されるべき要素とされる。UNGPsは、企業に対して人権への負の影響を特定・防止・軽減するための人権DDを実施するとともに、自ら引き起こした、または助長した負の影響については、その是正に取り組むことを求めている。この責任は、経済的利益や事業上の便益によって免除または正当化されるものではなく、気候変動対策やAI活用といった公益性の高い取り組みであっても例外ではない。また、人権侵害は生命や健康、生計、居住環境に深刻かつ不可逆的な影響を及ぼす場合があることから、影響を受ける人々の観点からその重大性を評価し、優先順位を付けるリスクベース・アプローチが重要となる。したがって、企業は環境対応や技術革新を推進する場合であっても、その過程で新たな人権リスクを発生させることがないよう、DDを実施することが求められる。
注記
- 注1
-
EU官報「Directive (EU) 2026/470
」(2026年2月26日) - 注2
-
EU官報「Regulation (EU) 2025/2650
」(2025年12月23日) - 注3
-
措置については、ビジネス短信「欧州委、森林破壊防止デューディリジェンス規則の簡素化措置を発表」(2025年4月17日付)、「欧州委、2026年末の森林破壊防止デューディリジェンス規則の適用に向け、新措置を発表」(2026年5月7日付)参照。
- 注4
-
原材料のリチウムやコバルトなどの調達における人権および環境関連のDD要件を定める。詳細は、ジェトロ調査レポート「EUバッテリー規則とドイツを中心としたバッテリー生産・リサイクルの動き(2023年11月)」参照。
- 注5
-
ただし、企業は1年間の猶予を選択可能。
- 注6
-
ジェトロ地域・分析レポート「EU人権・環境政策の転換点(1)延期相次ぐ規制簡素化のポイント」(2026年6月12日付)、「EU人権・環境政策の転換点(2)日系企業はどう対応すべきか」(同日付)
- 注7
-
Human Rights Watch “100 Human Rights Harms in 100 Days
” - 注8
-
環境汚染・負担が社会的脆弱(ぜいじゃく)者(有色人種、先住民族、低所得者など)に集中するのは不公平であり公平に負担すべきという考え方。1994年の大統領令で制度化されたが、トランプ政権はこれを否定している。
- 注9
-
Forced Labour Single Portal

今後、強制労働のリスクが確認されている製品および地域に関するデータベース
も整備される見込み。 - 注10
-
UFLPAの執行状況など関連情報は、ジェトロの特集「ウイグル強制労働防止法」を参照されたい。
- 注11
-
カナダ政府発表(2026年6月12日付)

- 注12
-
Capital Group “ESG Global Study — Fifth edition (2025)
” - 注13
-
S&P Global “Sustainability Insights: Sustainable Bonds Global Outlook 2026: Consolidation, Not Expansion
”(2026年2月12日) - 注14
-
azcentral “These 7 companies have faced boycotts in 2025. Here's why
”(2025年9月22日付) - 注15
-
通常4月から6月にかけて、上場企業が年次総会を開催し、株主が企業の運営に影響を与える事項について投票を行う時期を指す。
- 注16
-
日本経済新聞「花王の臨時株主総会、オアシスへの賛成3割 供給網調査の提案」(2026年5月1日付)
- 注17
-
取引先が自社の労働、安全衛生、環境、人権、倫理等に関する取り組み状況を自ら回答する質問票を指す。一般にSAQ(Self-Assessment Questionnaire、自己評価質問票)とも呼ばれる。
- 注18
-
UN OHCHR “Guiding Principles on Business and Human Rights, 2011”(2011年6月11日)
- 注19
-
OECD “OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct, 2018”(2018年2月1日)
- 注20
-
例えばOECDは、鉱物分野に特化したDDガイダンスなどを発表している。
- 注21
-
UNU-INWEH “Environmental Cost of Artificial Intelligence: Carbon, Water, and Land Footprints
”(2026年6月3日)
目次
-
第Ⅰ章
世界と日本の貿易 -
第Ⅱ章
世界と日本の直接投資と産業動向 -
第Ⅲ章
世界の通商秩序を巡る動向 -
- 第1節 世界の通商政策の最新動向
- 第2節 多国間貿易体制の現状と課題
- 第3節 ルールと価値に基づく国際経済秩序の広がり
- 世界および日本のFTAの現状
- その他二国間・複数国間協定の動き
- サステナビリティを取り巻く潮流と日本企業の対応
(2026年7月28日)



