世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題3電池連携のEMSで100%再エネを目指す(日本)

2025年3月31日

日本政府は2023年に、水素基本戦略を改定した。2017年に策定された水素基本戦略は世界初の水素の国家戦略として、世界に先駆けて日本国内に水素市場を作ることを目指したものだ。その後、欧米を中心に世界でカーボンニュートラル社会の実現に向けて水素市場が拡大したことを受け、日本は、国内の水素関連産業の競争力強化を新たな水素基本戦略の柱として盛り込んだ。これに呼応するように、日本企業や自治体も2050年のカーボンニュートラル社会の実現に向け、水素に関連する積極的な取り組みを行っている。2回に分けて、日本国内で進むグリーン水素の産業利用の取り組みについて紹介する。第1回となる本稿では、改定された水素基本戦略の概要と、100%再生可能エネルギーで工場稼働を実現するパナソニックグループの取り組みを取り上げる(第2回「山梨県の取り組み(日本)」)。

新たな水素基本戦略で、世界市場を視野に入れた産業競争力強化を狙う

日本政府は2023年6月、2017年に策定した世界初となる水素の国家戦略「水素基本戦略」を改定した(注1)。水素基本戦略は、2050年のカーボンニュートラル社会実現に向けて、水素を重要なエネルギー源として位置付け、水素社会の実現を目指す指針を示している。水素基本戦略の改定版では、国内の水素サプライチェーン構築に向けた水素の製造、供給、輸送、利用を促進するべく具体的な目標を掲げている。

水素は、燃焼時に二酸化炭素(CO2)を排出しないことから、カーボンニュートラルに向けた鍵となるエネルギーだ。他方で、拡散や漏洩(ろうえい)をしやすく着火しやすい特性から安全性の確保が求められる。また、石炭や石油などの化石燃料と比較して高額で、コスト低減など経済効率性の改善も必要だ。2017年に発表された水素基本戦略では、「エネルギー安全保障、経済効率性、環境への適合と安全性(3E+S)」を実現するエネルギーとして水素を位置付けている。2023年の改定版では、脱炭素社会の実現に向けた水素の重要性を引き継ぎながら、日本が持つ水素技術を国内外市場へ普及させ、産業競争力の強化につなげる、水素産業の産業政策としての側面も盛り込まれた(注2)。

具体的な数値目標として、2040年までに国内で製造される水素と海外から購入する水素を合わせて年間1,200万トンの導入を目指す。これは、現在の水素導入量(約200万トン)の約6倍に相当する(注3)。さらに、水素の供給価格削減についても具体的な数値目標を設定し、2030年までに30円/Nm3(ノルマル立方メートル)、2050年までに20円/Nm3へ引き下げることを目指す。環境省などによれば、液化天然ガス(LNG)の価格が1m3(立方メートル)あたり24円ほどであるのに対して、水素の価格は100円と非常に高額であることが、水素社会構築に向けた1つのハードルになっている。

さらに、改定された水素基本戦略では、水素の導入に向けて官民合わせて15兆円規模の投資を行うことが明らかになっている。具体的には、(1) 再生可能エネルギーを利用し、水を電気分解して水素を製造するための水電解装置の導入促進、(2) 大量の水素輸送を視野に入れた輸送設備の拡充、(3) 乗用車のみならずバスやトラックなど大型車への搭載に加えて、家庭用や業務用での用途が期待される燃料電池の導入促進といった、日本が強みを持つ分野に重点的な投資を行う。

なお、世界に目を向けると、米国ではバイデン政権時に、気候変動対策の要であるインフレ削減法(IRA)で水素製造が税制優遇措置の対象に含まれ(注4)、インフラ投資および雇用法(IIJA)に基づく補助金供与が推進された。欧州でも、温室効果ガスの排出ネットゼロを目指すための産業計画、グリーンディール産業計画でグリーン水素生産支援が盛り込まれている。2025年1月の米国トランプ政権誕生により、米国での税制優遇や補助金供与は中止され、水素市場拡大は短期的に不透明感があるものの、日本政府は、日本企業が中長期的な世界市場での需要拡大をとりこめるように政策的支援を行うことを、新たな水素基本戦略の重要な柱としている。

工場のエネルギーをRE100で賄うエネルギーマネジメントシステム(EMS)

こうした中、純水素型燃料電池と太陽電池、蓄電池を組み合わせて事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで賄い、工場を稼働させることを目指す企業がある。パナソニックグループだ。2022年1月に発表した長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」において、全事業会社のCO2排出量を2030年までに実質ゼロ化することを目指している。その一環として、自社で長年培われてきた技術を活用し革新的な取り組みを行うのが、滋賀県草津市の燃料電池工場だ。

滋賀県草津市に所在するパナソニックグループの草津工場は、冷蔵庫、エアコン、家庭用自然冷媒(CO2)ヒートポンプ給湯機「エコキュート」、食器洗い乾燥機、家庭用燃料電池「エネファーム」など、多様な家電製品の一大生産拠点だ。ここに2022年に稼働したRE100(Renewable Energy 100%)の実証施設「Panasonic HX Kusatsu」は、草津の燃料電池工場に必要なエネルギーを、純水素型燃料電池、太陽電池、蓄電池を組み合わせた自家発電によって賄っている。こうした本格的に水素を活用した工場のRE100化は世界初の試みだ。

太陽光発電では、燃料電池工場の屋根とほぼ同面積の約4,000m2(平方メートル)の太陽光パネルを設置している。発電能力は約570kW(キロワット)だが、これでは燃料電池工場の約2割の電力しか賄えない。そのうえ、太陽光は天候の影響を受けて発電量が不安定だ。そこで、約1.1MWh(メガワット時)の蓄電池を設置するとともに、 純水素型燃料電池99台を設置して約8割ほどを補填(ほてん)している。また、EMSを採用し、30秒ごとに工場の電力需要をモニタリングしながら、純水素型燃料電池、太陽電池、蓄電池を連携して制御することで、発電量や電力需要の変動に対応している。こうした3種の電源を併用するEMSは、需要に応じた安定的かつ高効率なエネルギー利用を可能にする。現在は、これらの水素を活用したエネルギーソリューション「Panasonic HX」の海外展開にも注力している。展開先は英国やドイツだ。2024年1月にパナソニック株式会社は、2038年までにカーボンニュートラルの実現を目指す英国のグレーター・マンチェスター市へのグリーン水素、および純水素型燃料電池を活用したPanasonic HXの導入に向けてMOU(覚書)を締結し、取り組みを進めている。

純水素型燃料電池の活用には、パナソニックグループならではの特徴がある。実証施設「Panasonic HX Kusatsu」では、純水素型燃料電池から出る排熱を利用し、吸収式冷凍機(空調機)の熱源として活用する実証実験も行っている。純水素型燃料電池の排熱温度(最高60度)と空調機に必要な熱源温度(最低80度)の温度差を解消し、排熱温度と熱源温度をともに70度になるように技術改良したことで、純水素型燃料電池のコージェネレーションによるエネルギー効率の改善と冷房設備の消費電力低減にも成功した。これは、パナソニックグループの持つ、エネファームを始めとした燃料電池の長年の技術開発で培った実績によるものだ。

現在の課題は、グリーン水素の調達だ。現時点では、再エネ由来の水素を用いていないため、将来的には再エネ由来の水素の使用を目指している。今後は国内でも同様の拠点を増やしながら、事業活動で使用するより多くの電力を再エネで賄うことを目指している。


Panasonic HX Kusatsu に敷き詰められた
太陽光パネル(写真右側)と純水素型燃料電池
(写真左側)(Panasonic提供)

Panasonic HX Kusatsu 99台の純水素型燃料電池(Panasonic提供)

注1:
2023年6月に改定された「水素基本戦略」の詳細は、経済産業省資料「水素基本戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(699KB)」を参照。
注2:
2023年6月9日付ビジネス短信参照。
注3:
詳細は、経済産業省資源エネルギー庁資料「水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状についてPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.7MB)」を参照。
注4:
米国連邦議会で2025年2月、IRAの下で定められた、クリーンビークル(CV)購入などに関する一連の税額控除を廃止する法案が提出され、その中に「EV用充電器や水素燃料補給施設などの設置に対する税額控除」の廃止が含まれている。詳細は2025年2月17日付ビジネス短信参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理(中南米)
辻本 希世(つじもと きよ)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ北九州、ジェトロ・サンパウロ事務所などを経て、2019年7月から現職。