2024年のアジア大洋州におけるEVの動向R&Dからリサイクルまで、EVエコシステム構築が進展(シンガポール)
2024年10月3日
シンガポールでは2030年から、新規登録する全ての乗用車とタクシーについて電気自動車(EV)やハイブリッド車、水素燃料車を含む環境に優しい車とすることが義務付けられる予定だ。政府の積極的な支援を背景に、EV周りの研究開発(R&D)や実証プラントでの製造・販売から、使用済みバッテリーのリサイクルまで、EV普及を支えるエコシステムの整備が進んでいる。
国産初のEV車、消費者の好みに合わせて生産
韓国の現代自動車がシンガポール西部に設置した「現代自動車イノベーション・シンガポール(HMGICS、総床面積8万6,900平方メートル)」が2024年6月15日、一般向けにオープンした。HMGICSは、EVを中心とした次世代モビリティのR&Dからパイロット製造、販売までを行う複合施設だ。同社のEV「アイオニック5(IONIQ5)」を同施設で購入すると、車体内外の色や座席の種類など、購入者の希望に応じた車が施設で組み立てられる。同施設で確立した成功モデルは、現代自動車の他の海外拠点に展開される予定だ。現代自動車グループのチョン・ウィソン会長は2023年11月、同施設の正式開設式典で、「HMGICSは消費者の多様なニーズに対応するため、(現代自動車の)製造ノウハウと最先端の技術を組み合わせた新たな生産の様式を実演するイノベーションセンターだ」と強調した。
同施設では、2023年上半期からIONIQ5の組み立てが開始されている(2023年10月19日付ビジネス短信参照、年間組み立て能力:3万台)。組み立ての現場では、消費者のニーズに応じて速やかな生産対応が可能なセル生産方式(注1)を採用し、作業者が約200種類ものロボットと共に作業を行い、人工知能(AI)の活用により約50%の作業の自動化を実現しているという。施設の屋上には、完成車の試験走行を行う全長618メートルの「スカイトラック」もある。HMGICSの一般公開とともに、EVの組み立ての様子を仮想現実(VR)で紹介し、スカイトラックで試乗する一般向けツアーが始まった。その他、同施設内の野菜工場で生産された野菜を食材に活用した、ミシュラン3つ星の有名シェフによる韓国料理店も開業し、注目を集めている。

奥は野菜工場(ジェトロ撮影)
新規登録車の約3分の1がEV、中国のBYDが台頭
現代自動車の「IONIQ5」はシンガポールの「国産車」として売り出され、同社のEVの新規登録台数は2022年の126台から、2023年に694台へと大きく増加した。現代自動車だけでなく、同国のEVの新規登録台数は政府のインセンティブを背景に増加している。チー・ホンタット運輸相は2024年7月4日、書面での国会答弁で、2024年1~5月のEV新規登録車数が新規登録車両全体の約3分の1となり、2023年の約18%から拡大したと指摘した。
政府は、2021年2月に発表の環境行動計画「シンガポール・グリーンプラン2030」で、2040年までにガソリンやディーゼル燃料の内燃機関車(ICE)を段階的に廃止するとの目標を設定した(2022年3月29日付地域・分析レポート参照)。これを受け、都市再開発庁(URA)と陸運庁(LTA)はEVの普及を支えるインフラとして、公団住宅の駐車場向けのEV充電スタンドの大型入札を実施した。また、民間コンドミニアムでの充電スタンド設置に関する補助金「EV共通充電器補助金(ECCG、注2)」の導入もあり、2024年7月時点で約7,100カ所の充電器が設置されている。同グリーンプランでは、2030年までに充電器の設置場所を6万カ所まで増やす計画だ。さらに、消費者向けのEV購入のインセンティブとして、現在、EVの追加登録料(ARF、注3)の45%〔上限額:1万5,000シンガポール・ドル(約179万円、Sドル、1Sドル=約119円)〕を払い戻す「EV早期採用インセンティブ(EEAI、期限:2025年末まで)」と、ARFから最大2万5,000Sドルを払い戻す「乗用車排出スキーム(VES)強化版(期限:2024年末まで)」があり、EVの購入代金から最大4万Sドルが差し引かれる。
同国で販売されているEVの中で販売台数の伸びが最も著しいのが、中国の比亜迪(BYD)製のEVだ。BYDの2023年通年の新規登録台数は1,416台となり、2021年、2022年と連続で首位だったテスラを抜き、トップに浮上した。2024年1~5月のBYDの販売台数は2,184台で、2023年通年の新規登録台数を既に大きく上回っている(表参照)。
表:2021~2024年のメーカー・ブランド別EV新規登録台数
順位 | メーカー/ブランド | 台数 |
---|---|---|
1 | テスラ | 924 |
2 | ポルシェ | 129 |
3 | MG | 129 |
4 | BMW | 121 |
5 | 現代自動車 | 108 |
6 | BYD | 89 |
7 | アウディ | 65 |
8 | MINI | 39 |
9 | ブルーカー | 30 |
10 | 日産自動車 | 22 |
EV新規登録合計 | 1,740 |
順位 | メーカー/ブランド | 台数 |
---|---|---|
1 | テスラ | 875 |
2 | BYD | 786 |
3 | BMW | 492 |
4 | メルセデスベンツ | 327 |
5 | MG | 228 |
6 | ポルシェ | 185 |
7 | ポールスター | 158 |
8 | 現代自動車 | 126 |
9 | ブルーカー | 109 |
10 | アウディ | 93 |
EV新規登録合計 | 3,634 |
順位 | メーカー/ブランド | 台数 |
---|---|---|
1 | BYD | 1,416 |
2 | テスラ | 941 |
3 | BMW | 789 |
4 | 現代自動車 | 694 |
5 | メルセデスベンツ | 537 |
6 | MG | 178 |
7 | ボルボ | 159 |
8 | ポルシェ | 131 |
9 | プジョー | 119 |
10 | オペル | 106 |
EV新規登録合計 | 5,468 |
順位 | メーカー/ブランド | 台数 |
---|---|---|
1 | BYD | 2,184 |
2 | BMW | 674 |
3 | テスラ | 661 |
4 | 現代自動車 | 412 |
5 | MG | 238 |
6 | メルセデスベンツ | 137 |
7 | ボルボ | 119 |
8 | GWM | 67 |
9 | シトロエン | 44 |
10 | マクサス | 29 |
EV新規登録合計 | 4,819 |
出所:LTA、ストレーツ・タイムズ紙
BYDを筆頭に、EVの販売台数が伸びている背景には、前述のインセンティブに加え、車両購入に際して取得が義務付けられている自動車所有権証書(COE、注4)のEVに関するカテゴリーの分類が改定された影響も大きい。乗用車のCOEは、排気量1600CC以下の小型車が「カテゴリーA」、同1600CCを上回る大型車が「カテゴリーB」に分類される。COEの2024年7月の1回目の入札では、カテゴリーAの落札価格が9万1,001Sドルで、カテゴリーBは10万901Sドルだった。LTAは2022年5月からEVのカテゴリーの対象範囲を変更し、カテゴリーAの上限を97キロワット(kW)から、110kWへと引き上げた。その後、BYDや現代自動車、MGなどEVメーカーは、COE価格が割安なカテゴリーAのモデルの投入を拡大している。カテゴリーAの対象となるEVが増えたことで、小型のEVの割安感が一段と高まっている。
3カ所目となるリチウム電池のリサイクルプラントが開所
ただし、国内のEV全体の台数は2024年5月末時点で1万6,738台と、乗用車全体(65万1台)の2.6%にとどまる。ハイブリッド車(プラグインを含む)の8万7,546台と比べると、EVは依然少ないのが実態だ。
しかし、EV普及をにらんだ新たな投資の動きは活発だ。地場リサイクル会社KGSは2023年10月、EVの使用済みバッテリーを含むリチウム電池のリサイクルプラントを開設した。既に操業している他社プラントを含め、シンガポールでは3カ所目のリチウム電池のリサイクルプラントとなる。同プラントの開設式典に出席したエイミー・コー上級国務相(環境持続担当)によると、KGSのプラントの開設により、同国のリチウム電池のリサイクル能力は、年間8,600トンから1万1,000トンに増えた。コー上級国務相は、リチウム電池に関する能力が拡大されれば、「EVの使用済みバッテリーに関するR&Dやイノベーションの機会が増える。世界各国で自動車の電化が進むなか、バッテリーリサイクルのソリューションが求められている」と期待を示した。EVの製造や販売、充電器の整備に加え、使用済みバッテリーのリサイクルと、環境に配慮したEV普及を支えるエコシステム構築が進んでいる。
- 注1:
- セル生産方式とは、従来のライン生産方式と異なり、少数の作業者で製品の組み立てを完成まで行う生産方式で、多品種少量生産に対応できる。
- 注2:
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EV共通充電器補助金(ECCG)は、コンドミニアムの駐車場ロットの最大1%分について、スマート充電器のコスト50%を補助。詳細はLTAウェブサイト
参照。
- 注3:
- ARFは、車両を新規登録する際に道路税などと合わせて課される車両関連の税金の1つ。
- 注4:
- COEは、自動車購入の際に取得が義務付けられている。COE価格は月2回の入札で決定される。有効期限は10年間。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。