新たなステージに入った世界のカーボンプライシング英国カーボンプライシング政策の今

2024年5月27日

多くの国で、企業などの排出する温室効果ガス(GHG)に価格をつけ、排出者に脱炭素化への取り組みを促すカーボンプライシングの導入が進む。代表的な手法には「炭素税」「排出量取引制度(ETS)(注1)」などがある。英国はEUからの離脱(ブレグジット)に伴い、2021年1月に独自の英国排出量取引制度(UK ETS)を導入し、2027年1月には英国炭素国境調整メカニズム(UK CBAM)の導入を予定している。本稿では、ブレグジット後に独自路線を歩みだした英国のカーボンプライシング政策について、UK ETSおよびUK CBAMの現状を概観する。

英国独自の排出量取引制度を展開

英国は、2050年までのネットゼロを目標に掲げる。達成に向け、1990年比で2030年までに68%、2035年までに78%のGHG排出量を削減することを目標としている。2021年10月に「ネットゼロ戦略」を発表し、ネットゼロ達成に向けた具体的な計画を示した。その中で、UK ETSをネットゼロに向けた重要な推進力と位置付けた。市場原理に基づく削減を推進する横断的な政策として機能させ、産業界が脱炭素化のために最も費用対効果の高い解決策を選択するインセンティブを与えるものとしている。

英国は、当初、EUのEU排出量取引制度(EU ETS)に参加していたが、ブレグジットに伴い、EU ETSからも離脱、2021年1月からUK ETSを導入した(2021年5月25日付ビジネス短信2021年7月12日地域・地域分析レポート参照)。UK ETSはEU ETSから多くを引き継いだ制度だが、制度改革なども経て、徐々に英国独自の制度へと進化している(表1参照)。

表1:UK-ETSとEU-ETSの比較
項目 UK ETS EU ETS
期間 第1期:2021年~2030年 フェーズ4:2021年~2030年
キャップ水準 第1配分期間:2021年~2025年、6億3,300万トン
第2配分期間:2026年~2030年、3億300万トン
年間削減率
2021年から2023年:年率2.2%
2024年から2027年:年率4.3%
2028年以降:年率4.4%
GHG排出量カバー率 25%(2021) 38% (2021)
対象セクター
  • エネルギー集約型産業
  • 電力セクター
  • 航空セクター
  • エネルギー集約型産業
  • 電力セクター
  • 航空セクター
  • 海運セクター
対象事業者数 1,051施設と378の航空事業者(2022) 8,640施設と390の航空事業者(2022)
対象セクター
拡大の動向
  • 海運セクター(2026年~)
  • 廃棄物燃焼、廃棄物発電(2028年~)
  • 道路輸送(2027年~)
  • 建物(2027年~)
対象ガス 二酸化炭素(CO2)、亜酸化窒素(N2O)、パーフルオロカーボン(PFCs) CO2, HFCs, N2O, PFCs, 六フッ化硫黄(SF6)
市場安定化措置 オークションの最低価格(ARP)として英国排出枠(UKA)当たり22ポンドを設定。取引価格が6カ月連続で過去2年間の平均価格の3倍を超えた場合は、コスト抑制メカニズム(CCM)により政府が介入し、UKAの再配分や将来のUKAの消化をすることができる。 あらかじめ定められた条件下でEUAの市場流通量を調整(Market Stability Reserve:MSR)。EU ETS改正により、
  1. EUA<4億EUA
    MSR に取り置かれたEUAから最大1億 EUA をオークションにより市場投入。
  2. 8億3,300万EUA≦EUA≦10億9,600万EUA
    8億3,300万を超えるEUAを市場からMSRに組み入れ。
  3. 10億9,600EUA<EUA
    余剰排出枠の 24%相当分のオークションが延期、翌年9月からのMSRに取り置かれる。
国際クレジットの使用 禁止 禁止
オークション収入 約52億USD(2023)。一般財源化され幅広い公共サービスに活用 約471億USD(2023)(注)。収入のすべてを気候変動またはエネルギー関連目標の達成への活用が義務付け

注:アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、北アイルランド、イノベーション基金および近代化基金の収入を含む。
出所:英国政府、欧州委員会、国際炭素行動パートナーシップ(ICAP)資料を基にジェトロ作成

UK ETSの対象となる活動は、定格熱入力20MW(メガワット)を超える燃料燃焼施設などのエネルギー集約型産業、電力セクター、航空セクター。国内の約3割のGHG排出量をカバーし、2022年時点で1,051施設と378の航空事業者が対象となっている。EU ETSと同様、各事業者の排出枠の上限(キャップ)を設け、余剰分や不足分が市場で取引される。排出枠は有償または無償で配分される。有償排出枠はオークションにて有償の英国排出枠(UKA)(注2)が取引される。他方、無償排出枠は、カーボンリーケージのリスク(注3)が懸念されるセクターに対して政府から無償で割り当てられる。

オークションにおける有償排出枠の売却益は政府の収入となり、2023年は約52億ドルとなった。収入は一般財源に組み込まれる。収入の用途の全てを気候およびエネルギー関連の取り組みに限定するEU ETSと異なり、ネットゼロへの移行を含めたより幅広い公共サービスに活用される。

2050年ネットゼロに向け、UK ETSを改革

英国政府は2023年7月、UK ETSを改革した。キャップの引き下げと対象専業セクターを拡大するもの。これは、2022年3月から6月にかけて実施した当該制度の改革案に関する意見公募を反映したものである(2023年7月7日付ビジネス短信参照)。

制度導入当初、UK ETSのキャップはEU ETSのフェーズ4で英国に割り当てられていた想定排出枠から5%引き下げたものだった。改革では、キャップを2050年のネットゼロ達成の軌道に整合させるために2024年から2030年までの排出枠の上限を13億6,500万UKAから9億3,600万UKAへ、約30%引き下げた。ただし、UKAの供給量の急減によるUKA価格の上昇を抑えるため、2024年から2027年までを移行期間として、未割り当て分の5,350万UKAをオークションにかける。無償排出枠についても、2026年までは2023年の水準を維持するとした。

改革では、対象セクターの拡大も行われた。2026年から国内海運、2028年からは廃棄物燃焼、廃棄物発電もUK ETSの対象となる。併せて、2026年以降、航空セクターの無償割当枠が段階的に廃止される。そのほか、UK ETSで、GHG除去(GGR)技術による削減量を取引する方針も提示された。詳細設計は今後進めるものの、大気中の二酸化炭素(CO2)を直接回収する技術(DAC)などへの早期投資を促進し、GGR技術開発の加速を支援するとしている。

円滑な移行を達成、脱炭素に向けた事業者の行動変容を促す

制度導入から3年をむかえ、政府は2023年12月にこれまでのUK ETSの運用状況に関するレビューを発表した(英国政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

EU ETSからのUK ETSへの移行については、アンケートに回答した制度参加事業者のうち、60%が成功だったと回答、前制度からの継続性と移行が円滑に行われたと評価している。2021年と2022年の制度参加者の排出枠の順守率は、99%を超える高い結果となった。これは、規制当局と制度参加者との強い信頼関係によるもので、規制当局が提供する明確なガイダンスによって事業者が排出枠の義務を果たすことができたとしている。

市場環境については、UKAの取引量および価格動向に対する当局の意思決定が、UK ETS市場の堅牢性を示していると指摘。取引量については、UKAの供給量に対して十分な需要があると評価。2021年5月からスタートしたICE Futures Europe(ICE)によるUKオークションでは、ほとんど全ての回で売り出されたUKAが落札された。取引価格については、価格が高騰した場合、「コスト抑制メカニズム(CCM)(注4)」にて、政府が介入することが可能。2021年12月と2022年1月に取引価格が介入可能なレベルまで価格が高騰したが、当局はそれを見送り、市場動向に任せた。加えて、トレーダーとの意見交換や取引状況の分析から、投機的な活動は見られなかったとしている。ここから、UK ETS市場が規制順守目的の市場として機能していることがうかがえる。

また、UK ETSは事業者の脱炭素化に向けた取り組みに影響を与えたと評価し、アンケートに回答した事業者の44%が、UK ETSがCO2排出量削減の機会に対する認知に大きな影響を与えたと回答した。また、国内の工場・設備・機械を持つ事業者の62%が、UKAのコストが脱炭素化に向けた設備投資を増加させたと回答。航空事業者は20%にとどまったが、設備投資よりも運航効率化や持続可能な航空燃料(SAF)の導入など、EU ETSのインセンティブに重きを置いているため、と分析している。事業者の間では、UK ETSは広範な脱炭素戦略と水素やCO2の回収・有効利用・貯留(CCUS)などの脱炭素オプションが組み合わされて初めて効果を発揮するという見方が広がっているとしている。脱炭素化の課題については、回答者の31%が炭素削減技術に関する不確実性を指摘した。さらに一部の事業者からは、将来の無償排出枠の削減と相まって、脱炭素化を推進するためのコストに対する懸念も出ている。

UKA価格、EUA価格に対して大きく下落

ロンドン証券取引所(LSEG)が2024年2月に発表した「炭素市場年次レビュー 2023年(Carbon Market Year in Review 2023)」によると、UK ETSでの2023年のUKA平均価格は2022年に比べて34%下落し、約65ユーロとなった。UKA価格はEU ETSのEU排出枠(EUA)価格と逆転し、平均して約22ユーロ下回る水準となり、両者の価格の大きな乖離が示された(図参照)。

現地専門家はUKAとEUAの価格の乖離について、ロシアのウクライナ侵攻が英国とEUの両地域に与えた地政学的要因と政策的な違いによる要因を指摘している(詳細は2024年3月14日付ビジネス短信参照)。

図:UKAとEUAの価格推移
2021年12月のUKAは約96ユーロ、EUAは約81ユーロでスタートし、UKAがEUAを上回りながらそれぞれ2022年8月ごろにピークを迎えた。ピーク時はUKAは約126ユーロ、EUAは約98ユーロを記録した。その後両者とも2024年まで下落傾向が続いた。また、2023年4月には、UKAとEUAの価格が逆転し、2024年2月までそのトレンドが続いている。

出所:LSEG Workspaceから作成

英国版CBAM、検討が進む

UK ETSなどで国内のGHG排出規制を強める一方で、カーボンリーゲージ対策として、英国政府はUK CBAMを2027年までに導入することを発表している。これは対象産品の輸入に対してUK ETS価格をベースとした炭素価格を課す制度で、EUのEU CBAMが先行している(表2参照)。

表2:UK CBAMとEU CBAMの比較
項目 UK CBAM EU CBAM
導入時期 2024年3月~6月:意見公募
2027年~:適用開始
2023年10月:暫定適用開始
2026年1月:本格適用開始
対象製品分野 アルミニウム、セメント、セラミック、肥料、ガラス、水素、鉄鋼 アルミニウム、セメント、肥料、水素、鉄鋼、電力

出所:英国政府、欧州委員会資料を基にジェトロ作成

両制度の主な相違点は、導入時期と対象製品分野である。UK CBAMは、2027年1月からの導入を予定しており、これは、2026年1月1日に本格適用を開始するEU CBAMの1年後になる。ただし、EU CBAMは本格適用前に移行期間として2023年10月から暫定適用を開始しているが、UK CBAMは移行期間を設けず、2027年から導入される予定だ。

UK CBAMの対象製品の分野は、アルミニウム、セメント、セラミック、肥料、ガラス、水素、鉄鋼。スコープ1(自社による直接排出)、スコープ2(他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出)のほか、輸入品に内包される(embodied)排出量について適用する予定。EU CBAMの対象外であるセラミック、ガラスが含まれる一方、対象となっている電力は含まれていない。製品レベルの対象範囲は、2024年3~6月の意見公募を踏まえて決定される。現地専門家によれば、対象製品の分野は国内の政治・経済的な背景を踏まえて設定されており、カーボンリーケージリスクのあるセラミック・ガラスの国内産業を保護することができるとされる。また、英国は電力のネット輸入国であり、輸入電力に対して炭素コストが上乗せされ、エネルギー価格が上昇することを抑制しようとしている、と指摘している。

ブレグジットから4年経過し、英国のカーボンプライシング政策は、徐々に独自路線へ歩みだした。英国・EU両地域にビジネス展開している企業はそれぞれの制度への対応が迫られる。UK ETSへの移行は円滑に進み、企業の脱炭素への取り組みを促す結果となった。一方、地政学的・政治的要因からUKA価格はEUA価格を下回るようになり、EU CBAMによる英国からEUへの輸出品に対するコスト負担の増大も懸念される。2027年にスタートするUK CBAMは、EU CBAMのような移行期間を設けない。暫定適用期間中のEU CBAMでは、多くの企業が煩雑な報告手続きなどに苦慮している現状だ。助走期間のないUK CBAMでは、企業はより先取りした早めの準備が求められる。特に、EU CBAMでの知見がない企業は注意が必要だ。


注1:
政府が排出量の上限(キャップ)を設定し、対象となる排出主体が必要に応じて、市場で排出枠を取引する制度。取引の結果、炭素価格が決まり、各排出主体は、自身の排出削減コストに応じて、自身で排出削減を行うか、他者から余剰排出枠を購入する仕組み。同制度には、EUのEU ETSやドイツのETSなどがある。
注2:
1排出枠当たりのGHG排出量は1トン(CO2換算)。
注3:
気候政策に関するコストを理由に、企業が排出規制のより緩い他国に生産を移転するリスク。
注4:
取引価格が6カ月連続して、過去2年の平均価格の3倍を超えた場合は、コスト抑制メカニズム(CCM)により政府介入し、排出枠の再配分や将来排出枠の消化をすることができる。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
奈良 陽一(なら よういち)
2013年、東北電力入社。2023年4月からジェトロに出向し、調査部欧州課勤務を経て、2024年4月から現職。