新たなステージに入った世界のカーボンプライシングGXリーグで始まる新しい日本のカーボンプライシング

2024年5月23日

日本の資源エネルギー庁によれば、カーボンプライシングとは、「企業などが排出するCO2(カーボン、炭素)に価格をつけ、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法」と定義されている。カーボンプライシング制度を通じて、脱炭素化に取り組むこと自体が自社の商品やサービスへの付加価値やコスト的メリットとなり、また、消費者意識の変容につながるような仕組み作りが各国で行われている。本レポートでは、まず、これまでの日本のカーボンプライシングについて振り返る。続いて、2023年4月から新たに始まったGX-ETSおよび同年10月に開始した東京証券取引所のカーボン・クレジット市場を取り上げ、日本の新たなカーボンプライシング制度について紹介する。

これまでの日本のカーボンプライシング

カーボンプライシングの代表的な制度には、炭素税、排出量取引制度(ETS)の2つがあり、これらは排出量に比例して明確に価格付けされることから明示的炭素価格(注1)と呼ばれている。炭素税は、企業などが燃料や電気を使用して排出した二酸化炭素(CO2)に対して課税する制度。対して、排出量取引は企業などがCO2の排出枠を取引する制度で、企業ごとに排出量の上限(キャップ)を決め、それを超過する企業と下回る企業との間で、CO2を取引するキャップ&トレードという方式が主流となっている(注2)。排出量取引では、排出量の上限が決められるだけでなく、削減努力により上限に対して余った排出枠を売ることでメリットを得られるのが特徴だ。世界には、ETSと炭素税の両方を導入している国もある。例えば、EU加盟国であるフランスではEUの排出量取引制度であるEU-ETSと自国の炭素税の両制度が適用される。一般的にカーボンプライシングは、炭素集約度(注3)の高い産品、つまり炭素を多く排出して生産された産品の価格を引き上げるため、企業による脱炭素化の取り組みを促す効果が期待できる。

日本の炭素税は、「地球温暖化対策のための税(以下、地球温暖化対策税)」という名称で2012年10月1日から段階的に施行されている。地球温暖化対策税は、化石燃料である石油、ガス、石炭のそれぞれの使用に伴うCO2排出量に対する税負担が1トン当たり289円に等しくなるように税率が設定されている。2016年4月までに段階的な引き上げが完了した現行の税率は、石油で1キロリットル当たり760円、ガスで1トン当たり780円、石炭で1トン当たり679円となっている。地球温暖化対策税の納税者は化石燃料の輸入者だが、ガソリンや電気、都市ガスの価格に転嫁されている。地球温暖化対策税の税収は、省エネルギー対策、再生可能エネルギー普及、化石燃料のクリーン化・効率化などのエネルギー由来のCO2排出抑制といった諸政策に活用されている(注4)。

一方、排出権取引制度については、2023年度にGX-ETSが試験的に開始されるまで、日本には全国規模で導入されている制度は存在しなかった。東京都と埼玉県では、オフィスビルなどを含む大規模事業所に対して、総排出量削減義務とキャップ&トレード方式の排出量取引制度をそれぞれ2010年と2011年から導入している。東京都と埼玉県の排出量取引は、専用の取引市場は存在せず、事業者が排出量を売買する際は当事者同士がシステムを通じて交渉・合意する形式の「相対取引」が行われる仕組みだ(注5)。

日本のカーボンプライシングの課題

世界銀行のカーボンプライシングダッシュボード外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2023年4月1日基準での日本の炭素税は、2.16 〔US$/tCO2e(注6)〕だった。炭素価格はカバー内容の違い、目標設定などの制度設計が様々であるため、一概に金額だけで比較することはできない。しかし、例えばEUの排出量取引制度(EU-ETS)は同じ基準で96.29 (US$ / tCO2e)であることを考えると、日本の明示的炭素価格は低かった。価格が低いと企業が排出削減に取り組むインセンティブが小さく、企業の排出削減を促せない。また、日本がカーボンプライシングに取り組まなければいけない他の理由として、貿易環境の変化も挙げられる。EUが導入した炭素国境調整メカニズム(CBAM)では、EU域内に輸入される対象産品にEU-ETSに基づいて課される炭素価格に準ずる価格を課す。この制度では、EU域外の生産者が域外で既に炭素価格を支払っている場合は、その費用を控除することができる(2023年8月31日付地域・分析レポート「EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)に備える外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照)。CBAM対応として、排出量取引や炭素税を導入し、CBAMの適応除外を求めることや影響軽減を模索する国々もある(ビジネス短信特集「EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)の動向と各国の反応外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照)。

日本政府が進める成長志向型カーボンプライシング構想

前述のような動きの中で、日本政府はどのように脱炭素化を進め、企業に対するインセンティブを生み出すビジョンを描いているのだろうか。

グリーントランスフォーメーション(GX)実現に向けた基本方針が2023年2月10日に閣議決定され、第211回国会で、GX推進法が成立した。GX推進法は、今後10年間に150兆円を超える官民GX投資を実現・実行することを目的とする。この中に盛り込まれるのが、排出量取引制度の本格導入を含む「成長志向型カーボンプライシング構想」だ。「成長志向型カーボンプライシング構想」では、投資促進パッケージとして、「GX経済移行債」を通じた今後10年で20兆円規模の先行投資支援と炭素の排出量取引、炭素に対する賦課金制度の導入などの措置が盛り込まれている。将来的な排出量取引(2026年度~)と発電事業者向けの有償オークションの導入(2033年度~)、化石燃料賦課金(2028年度~)が、今後のカーボンプライシングの具体的な措置として挙げられている(注7)(表参照)。

表:日本のカーボンプライシング計画
計画 導入開始 内容
排出量取引制度 2026年度 本格稼働
2033年度 発電事業者に「有償オークション」を段階導入
炭素に対する賦課金 2028年度 化石燃料ごとのCO2排出量に応じて、輸入事業者などに賦課。
当初低い負担で導入し、徐々に引き上げ

出所:経済産業省資料からジェトロ作成

これらの政策では、GX製品の価値の向上で、コストを相対的に下げることにより、GXへの投資のインセンティブを創出するのが主な目的だ。導入まで期間を設けることより、先行投資を促し、GXに先行して取り組む事業者にインセンティブが付与されることを目指す。先に脱炭素に取り組んだ企業にメリットを生み出す仕組みだ。排出量取引制度では、一般的に目標以上に削減を達成した場合、排出量を売却することができる。企業は排出量取引の本格開始までに排出量削減に取り組んでいれば、排出量の売却で収入を得ることができる可能性がある(注8)。

また、有償オークションとは、対象セクターに対して排出量に応じた有償の排出枠の調達を義務付け、その排出枠をオークションの対象とするものだ。一般的に、各国で既に行われている排出量取引では、対象セクターに無償の排出枠を割り当てるケースが多い。日本政府が計画する発電事業者向けの有償オークションについては、2033年度ごろに開始され、段階的にオークションの対象となる排出枠の比率を上げていく予定。有償排出枠の比率が引き上げられ、全量オークションの対象となれば、対象事業者は自身が排出する全量の排出量をオークションで調達しなくてはならなくなる。炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)は、2028年度から導入されることが検討されている。これは地球温暖化対策税と同じく、化石燃料の輸入事業者などに賦課されることになっている。既存の類似制度における整理などを踏まえ、適用除外を含め必要な措置を当分の間講ずることを検討するとともに、排出量取引制度における「有償オークション」と「炭素に対する賦課金」については、同一の炭素排出に対する二重負担の防止など、必要な調整措置の導入を検討する、とされている(注9)。

GX-ETSとは何か

GX-ETSは、GXリーグ参加企業が取り組む自主的な排出量取引の枠組みとして2023年度から試行的に開始された。GXリーグとは、試験的に開始される排出量取引に参加しながら、ルール形成などの取り組みについても一体的に行う企業の集まりだ。2024年度の参加企業は747者で、日本の温室効果ガス排出量の5割超をカバーする。航空空輸業で100%、鉄鋼業で業界の排出量の98%、パルプ・紙・紙加工品製造業で95%、石油製品・石炭製品製造業で91%の企業が参画している(注10)。

政府はこの試行的排出量取引制度を、GX推進法の下での2026年以降の排出量取引本格稼働につなげていく構えだ。参画企業が自主的に排出削減目標を設定し、その目標や削減実績をGXダッシュボード外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで開示する。排出量算定ルールは、温暖化対策推進法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの算定・報告・公表制度に基づく(GXリーグのガイドラインについてはGXリーグウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照)。排出量取引の対象は、第1フェーズ(2023年度~2025年度)の排出削減量総量の目標のうち、国内のScope1(自社が直接排出した温室効果ガス)のみだ。目標より超過して削減できた排出枠である「超過排出枠」は、2024年10月末以降に取引が可能となる予定になっている。他社に売却可能な超過排出枠の創出は、NDC基準(注11)を超過削減した分となっている。

2023年10月11日には、東京証券取引所にカーボン・クレジット市場外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが開設された。排出量取引における将来的な超過排出量取引を想定したものだ。この市場では、2024年5月現在、国から認証を受けた「J-クレジット」が取引されている(注12)。企業同士の相対取引ではなく、カーボン・クレジットが市場で取引されることで、日本における炭素価格が明確に示される。公示価格が上昇すれば、企業が脱炭素化を進めるきっかけにも成り得る。2024年4月10日現在、商社やメーカー、カーボン・クレジット専門企業など273者が市場に参加している(東京証券取引所ウェブサイト市場参加者外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。毎日の取引価格については、東京証券取引所ウェブサイトカーボン・クレジット市場日報外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで確認できる。

排出実績が排出削減目標を上回る場合、超過削減枠や適格カーボン・クレジット(注13)の調達または未達理由を説明する必要がある。GX-ETSでは、排出上限を超えてしまう企業の超過削減枠の購入は、第1フェーズ(2023年度〜2025年度)のルールでは義務ではない。

日本の排出量取引制度の未来

日本のGX-ETSは、他国・地域の排出量制度と比較すると、今後の検討材料として、参加義務の対象をどのセクターに定めるのかという点がある。加えて、排出量取引制度の制度設計面では、企業に無償で一定の排出枠を割り当てる無償排出枠をどのように運用していくのかも検討が必要だ。カーボンプライシングは、企業にとって過度の負担になるものではなく、取り組む価値のあるものでなければならない。そのような排出量取引を、まずGXリーグから作っていけることを期待したい。


注1:
明示的カーボンプライシングとは、排出される炭素に対し、トン当たりの価格が明示的に付されるもので、炭素税や排出量取引のことを指す。反対に、暗示的炭素価格としては、エネルギー税や規制の順守のコストなどが挙げられる(OECD、環境省などの情報に基づく)。
注2:
資源エネルギー庁ウェブサイト「脱炭素に向けて各国が取り組む「カーボンプライシング」とは?外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく。
注3:
エネルギー消費量当たりの二酸化炭素排出量。
注4:
環境省ウェブサイト「地球温暖化対策のための税の導入外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく。
注5:
東京都環境局ウェブサイト「排出量取引制度外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」、埼玉県ウェブサイト「目標設定型排出量取引制度外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく。
注6:
二酸化炭素1t換算につきの意。「環境省サプライチェーン排出量算定におけるよくある質問と回答集PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.45MB)」に基づく。
注7:
資源エネルギー庁ウェブサイト「「GX実現」に向けた日本のエネルギー政策(後編)脱炭素も経済成長も実現する方策とは外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」基づく。
注8:
中央環境審議会地球環境部会地球温暖化対策計画フォローアップ専門委員会・産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会 合同会合(第1回)経済産業省「グリーントランスフォーメーションの推進に向けて」資料外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づく。
注9:
環境省「2030年目標、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた 成長志向型カーボンプライシング構想についてPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(KB) 」資料に基づく。
注10:
経済産業省プレスリリース「GXリーグに2024年度から新たに179者が参画し、合計747者となります外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく。
注11:
NDCとは、パリ協定に基づき「国が決定する貢献」のこと。基準年度が2013年の場合、基準年度排出量からの削減率が2023年度27.0%、2024年度29.7%、2025年度32.4%。「GXリーグウェブサイトGX-ETSの概要外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく。
注12:
J‐クレジット制度とは、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2などの排出削減量や、適切な森林管理によるCO2などの吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。温対法・省エネ法の報告にも活用できる。日本政府ウェブサイト「J-クレジット制度外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく。
注13:
第1フェーズの2023年度~2025年度では、J-クレジットとJCMクレジットが適格カーボン・クレジットとされている。詳細については、「GX-ETSにおける第1フェーズのルール外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
板谷 幸歩(いただに ゆきほ)
民間企業などを経て、2023年4月ジェトロ入構。