変貌する世界の半導体エコシステム半導体の一大生産地へ、インドの悲願は実現するか
2024年12月3日
インド国内の半導体市場は近年、スマートフォンや自動車部品、コンピューティング、データセンターなどの幅広い産業の需要増加を受け、急速な伸びが続いている。他方、国内で使用される集積回路や半導体デバイスの大半は現在、中国などからの輸入に依存する。政府は、今後数年のうちに半導体の国内一貫生産を実現し、過度な輸入依存から脱却することを目指す。多額の補助金受給を約束された複数のプロジェクトが始動する中、インド政府の悲願の半導体国産化は実現するのか。現地の政府機関や業界団体へのインタビューを基に展望する。
10年間で7倍超に拡大するインド国内市場
米国の科学技術政策専門シンクタンクの情報技術イノベーション財団(ITIF)が米国・インド両政府による米印重要新興技術イニシアチブ(iCET)での合意(2023年2月7日付ビジネス短信参照)に基づき、取りまとめた報告書(注1)によると、インドの半導体市場規模は、2020年の150億ドル(推計)から、2026年には640億ドルを上回り、2030年にはさらに倍増して1,100億ドルに達すると予測される。同予測に基づけば、2030年の段階でインドは世界の半導体市場の少なくとも10%のシェアを占めることになる。
半導体の国際業界団体のSEMIも、インドの半導体市場が2026年までに550億ドル、2030年までに1,000億ドル以上に達し、60万人規模の雇用を創出するとの見通しを紹介している。特にインド市場の拡大の牽引役となるのが、(1)スマートフォン、ウエアラブル端末、(2)自動車部品、(3)コンピューティング、データストレージなどの3分野とされる(注2)。
インドの半導体市場の著しい成長は、近年の半導体関連製品輸入額の増加傾向からも明らかだ。図1は、2014年以降のインドの集積回路(HSコード8542項)輸入額の推移を示している。国内で使用される集積回路のほとんどを輸入に依存しているが、同輸入額は2020年の約84億ドルから、2023年には192億ドルへ3年間でほぼ倍増した。さらに、2024年1~8月の8カ月間の輸入額は前年同期比28%増の158億ドルに達している。輸入相手国・地域別の構成比を見ると、中国が圧倒的に高く、2023年の実績では輸入額全体の5割以上を中国および香港からの輸入が占めている。
また、同期の半導体デバイス(HS8541項)の輸入動向からも、同様の傾向が見られる(図2)。同品目の輸入は2023年時点で2020年比3倍超の約67億ドルに達しているが、そのうち5割超の34億ドルを中国から、4億ドルを香港からの輸入に依存している。加えて、近年は半導体のベトナムやマレーシア、シンガポール、タイなど東南アジア主要国からのデバイス輸入にも顕著な増加傾向が見られる。

出所:Global Trade Atlasから作成

出所:Global Trade Atlasから作成
インド電子情報技術省(MeitY)の傘下で、半導体政策の立案と実行を担う政府機関のインド半導体ミッション(Indian Semiconductor Mission:ISM)の高官によると、「インドは今後数年間で国内の半導体一貫製造プロセスを立ち上げ、中国からの輸入を代替することを目指す」と意気込みを示す(注3)。また、同氏によると、インドが中長期的に目指す方向性は、(1)世界の半導体生産の一翼を担い、同志国とともにグローバルサプライチェーンの強靭(きょうじん)性、持続可能性を高めること、(2)国内14億人の経済的な安全保障の確保のため、あらゆる製造業の基盤となる半導体製造キャパシティーを国内に確保すること、(3)2047年までに先進国入りを果たすという国家目標に対し、経済成長の牽引役としての半導体産業を国内に育成することの3点に集約されるという。
動き出す半導体メーカー、補助金申請は20件以上
急速に成長するインド市場に対し、グローバル半導体企業やインド地場メーカーによるインドへの投資計画の発表が相次いでいる。米国のマイクロンテクノロジーは2023年6月、グジャラート州サナンド工業団地に、DRAMとNAND両製品の組み立てとテストの工場を建設すると発表した。既にインド中央政府から総事業費の50%に相当する補助金受給について承認を受けているほか(注4)、グジャラート州政府から追加的に総事業費の20%に相当する補助金の受給が予定されており、同補助金を合わせた投資額は最大27億5,000万ドルに及ぶ(2023年6月26日付ビジネス短信参照)。マイクロンは同投資計画の発表に際し、「投資の決定は、ISMとグジャラート州政府の主導の下、インド政府との1年以上に及ぶ協議を繰り返した結果」としている(注5)。
半導体の国内製造プロジェクトに対する政府の支援については、インド電子情報技術省(MeitY)が2021年12月、国内での半導体やディスプレー製造のエコシステム開発のため、7,600億ルピー(約1兆3,680億円、1ルピー=約1.8円)規模の予算を投入し、「セミコン・インディア・プログラム」を立ち上げている。2023年6月以降は、対象となる投資プロジェクトの範囲を拡大した修正版のプログラム「Modified Programme for Semiconductors and Display Fab Ecosystem(修正版半導体・ディスプレーファブエコシステムプログラム)」の下、あらためて投資案件の募集が行われている(2023年6月5日付ビジネス短信参照)。
同プログラムの下で提供される各スキームでは、半導体前工程の工場(ファブ)や、ディスプレーファブ、化合物半導体、センサーやパワー半導体、ATMP(組み立て、テスト、マーキング、パッケージング)、OSAT(組み立てとテスト工程の請負)施設などを設立するプロジェクトを対象に、プロジェクトを担う企業やコンソーシアム、合弁企業などに対して、プロジェクト費用の最大50%に相当する補助金が支給される(表参照)。
政府はプログラムの発表に際し、州政府と緊密に連携し、高品質の水や電力、物流、研究環境などのインフラを整備したハイテククラスターを確立し、(1)少なくとも2件の新たな半導体ファブ、(2)少なくとも2件のディスプレーファブ、(3)少なくとも20件の化合物半導体ないし半導体パッケージング工場をそれぞれ承認するとしている。
また、半導体設計に関わるDLIスキームの下では、国内で集積回路やシステムオンチップ、チップセットなどの設計に携わる100社の企業を支援し、5年間で、売上高150億ルピー以上の企業を20社以上育成することを目標に設定している。
スキーム (ガイドラインへのリンク) |
支援内容 |
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インド国内半導体ファブ設立スキーム・修正版![]() |
インド国内でのシリコンCMOSベースの半導体工場の設立に対し、プロジェクト費用の50%を財政支援する |
インド国内ディスプレーファブ設立スキーム・修正版![]() |
インド国内でのディスプレー工場の設立に対し、プロジェクト費用の50%を財政支援する |
インド国内化合物半導体/シリコンフォトニクス/センサー/ディスクリート半導体/ATMP/OSAT施設の設立に関する修正版スキーム![]() |
インド国内における化合物半導体、シリコンフォトニクス、センサー(MEMSセンサーを含む)、ディスクリート半導体、半導体ATMPおよびOSAT施設の設立に際し、同一の優先度と条件で、資本支出の最大50%を財政支援する |
デザイン・リンクト・インセンティブ(DLI)スキーム![]() |
申請1件につき1億5,000万ルピーを上限に、半導体設計にかかる対象支出の最大50%を「デザイン・リンクト・インセンティブ」として提供。また、1件3億ルピーを上限に、設計した半導体の市場投入後の5年間の純売上高の4~6%を「デプロイメント・リンクト・インセンティブ」として提供。 |
注1:OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)。
注2:ATMP (Assembly Testing Marking and Packing)。
出所:インド政府電子情報技術省発表
なお、インド政府は前出の(1)マイクロンテクノロジーに対する支援(総投資額の50%)の承認に加え、2024年2月に、(2)グジャラート州ドレラでの半導体ファブ工場(タタ・エレクトロニクス、PSMC)、(3)グジャラート州サナンドでのAMTP工場(CGパワー、ルネサスエレクトロニクスほか)、(4)北東部アッサム州でのATMP工場(タタ・セミコンダクター・アセンブリー・アンド・テスト)、さらに、同年9月には、(5)グジャラート州サナンドでのOSAT工場(ケインズ・セミコン)の5件の工場建設プロジェクトをそれぞれ承認している(2024年3月4日付、2024年9月4日付ビジネス短信参照)。
そのほか、中央政府による承認は発表されていないものの、マハーラーシュトラ州では2024年9月、イスラエルの半導体メーカー、タワーセミコンダクターと地場アダニグループとの合弁による100億ドル規模の半導体製造投資計画を州政府が承認している(2024年9月12日付ビジネス短信参照)。また、地場RRPエレクトロニクスによるOSAT工場も州政府による承認を得たと複数メディアが報じている(注6)。
なお、前出のISMの高官はジェトロに対し、「政府が承認済みの5件のプロジェクトに加え、既にディスプレー工場や、ディスクリートなどのパワー半導体、ATMP/OSATなどを含めて、20件以上のプロジェクトの申請を受け、政府側で審査を行っている状況にある。この中には、新たな前工程のファブ建設プロジェクトも含まれる」ことを明らかにしている(注7)。
州政府による追加支援、国産化実現を後押し
インドに拠点を構える半導体国際業界団体の現地代表によると、インドではかつて、2014年前後に2件の国内半導体ファブ建設計画が始動したものの、実現に至らず頓挫した経験を有する(注8)。同代表の指摘する同2件の投資計画とは、(1)地場インフラ関連企業のジャイプラカシュ・アソシエイツによるウッタル・プラデシュ州での半導体ファブ建設計画(投資額3,400億ルピー)、(2)地場HSMC(Hindustan Semiconductor Manufacturing Company)によるグジャラート州での半導体ファブ建設計画(投資額2,900億ルピー)だ。(1)は、米国のIBM、イスラエルのタワーセミコンダクターとの共同事業、(2)については、スイスのSTマイクロエレクトロニクス、マレーシアのシルテラとの共同事業だった(注9)。これらの計画が頓挫した理由としては、インフラ未整備や計画自体の実現性の低さ、政府によるコミットメントの不足など、さまざまな原因が指摘される。同代表によると、「その苦い経験以後、約10年間にわたり、インド国内での具体的な半導体生産計画は浮上しなかった」という。
しかし、前出の修正版半導体ディスプレーファブエコシステムプログラムの下、インドで新たに始動した投資プロジェクトに関しては、「既に政府が承認した5件の計画を含め、今後数年間のうちに、国内での半導体生産が実現する可能性は極めて高い」と評価する。同代表はその最大の要因として「中央政府・州政府による多額の財政支援の存在が大きい。そして、グジャラート州などの工業団地における電気や水のインフラの整備が進んだことも、プロジェクトの実現を後押しする」という。
前出のISMの高官も、州政府と合わせた財政支援の手厚さを強調する。「認可済みプロジェクトへの補助金は、費用の50%を中央政府が負担し、さらに、州政府がこれに上乗せするかたちで20~25%の補助金を拠出する。グジャラート州の補助上限は20%だが、多くの主要州では25%までの補助が可能で、プロジェクト費用の75%が補助金で賄われる仕組みだ」という。インフラ面でも、「先行するグジャラート州内工業団地では、停電・瞬電のない工業団地内の独立電源の整備や、工業用水のリサイクルシステムを準備している。インフラ面での不安を拭えない企業は現場を視察してほしい」と呼びかけている。
- 注1:
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ITIF (2023年6月)、India Semiconductor Readiness Assessment Report
。iCETの一環で、米国の半導体産業協会(SIA)とインドのインド電子半導体協会(IESA)が補完的な半導体エコシステム構築のためのアセスメント実施に合意。ITIFが実施機関として調査報告書を取りまとめたもの。
- 注2:
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SEMIウエブサイト(2024年11月20日閲覧)Why SEMICON India 2024 Matters:
記載データに基づく。
- 注3:
- 2024年11月6日、筆者によるデリー市内でのインタビューに基づく。
- 注4:
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2023年12月6日付政府発表「Micron’s semiconductor project at Sanand in Gujarat on fast track
」に基づく(2023年6月に承認済みと記載)。
- 注5:
- 2023年6月22日付マイクロンテクノロジー発表、「Micron Announces New Semiconductor Assembly and Test Facility in India」。
- 注6:
- 2024年8月10日付The Hindu紙、8月14日付EE Times紙など。
- 注7:
- 2024年11月6日、筆者によるデリー市内でのインタビューに基づく。
- 注8:
- 2024年11月4日、筆者によるベンガルール市内でのインタビューに基づく。
- 注9:
- 2015年5月29日付The Economic Times紙、2016年4月4月12日付 The Hindu Business Line紙と、在インド半導体国際業界団体からの聴取(2024年11月4日)に基づく。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。