カーボンニュートラル実現に向けた中国の政策および動向中国西南地域における炭素排出権取引の現状

2024年1月17日

中国西南地域とは一般的に、四川省、重慶市、貴州省および雲南省の3省1市を指す。このうち四川省と雲南省は長江上流域を省内山間部に有し、豊富な水資源による水力発電が発達している地域である。2022年7月に発行された「中国電力統計年鑑2022」によれば、2021年の全国の水力発電設備容量は3億9,094万キロワット時(kWh)で、うち西南地域の4省市が1億9,782万kWhと中国全体の約半分を占めている。

2021年の西南地域各省市における発電総量の電源構成および電力消費量は図のとおりである。四川省は82.4%、雲南省は80.4%と電源構成の8割以上を水力発電が占めている。また、この2省は発電量が消費量を上回っており、他省市へ電力を供給している。貴州省(30.5%)と重慶市(28.9%)もそれぞれの発電量に占める水力発電の割合は、全国における水力発電比率(16.0%)を上回っている。発電量が消費量を下回る重慶市は隣接する四川省から電力供給を受けており、同省電力は水力発電の比率が高いことから、トータルで考えると供給される電力のクリーン電源比率は比較的に高い。

図:主要省市の発電量(電源構成)および電力消費量(2021年)
四川省は82.4%、雲南省は80.4%と電源構成の8割以上を水力発電が占めている。また、この2省は発電量が消費量を上回っている。貴州省(30.5%)と重慶市(28.9%)もそれぞれの発電量に占める水力発電の割合は、全国における水力発電比率(16.0%)を上回っている。

出所:「中国電力統計年鑑2022」を基にジェトロ作成

中国西南地域では、クリーンかつ豊富なエネルギー源を有するという優位性を背景にして、政府や企業単位でのカーボンニュートラルへの取り組みが進んでいる分野が多い。カーボンニュートラル達成へ向けた取り組みの中でも、重要視されている政策スキームが炭素排出権取引である(2023年12月12日付地域・分析レポート参照)。二酸化炭素(CO2)の排出権に対して価格を付け、市場メカニズムを通じて温室効果ガス(GHG)の排出削減を目指すというこの制度は、中国においても2010年代から制度設計と試験的運用が行われてきた。本稿では、主に重慶市と四川省に焦点を絞り、中国西南地域における炭素排出権取引などの制度と運用状況を概観する。

排出権取引パイロット事業の実施

まず、中国における炭素排出権取引制度について振り返る。国務院が2010年10月に発表した「戦略的新興産業育成・発展の促進に関する国務院決定(国発〔2010〕32号)」で、その制度構築・整備が言及された。翌2011年3月に採択された「中国国民経済・社会発展第12次5カ年(2011~2015年)規画要綱」において全国規模での排出権取引市場構築を進める方針が明記されると、国家発展改革委員会(NDRC)は同2011年10月、北京市、天津市、上海市、重慶市、湖北省、広東省および深セン市の7つの省市でパイロット事業を開始する通達を発表し、2013年から2015年にかけ実施地域を限定した排出権取引の試行が行われることになった(注1)。2013年6月に深セン市で初めて正式に運用が開始され、2014年6月に重慶市で開始したことをもって、NDRC通達による7省市の全てでパイロット事業が展開された。さらに、2016年12月には四川省および福建省でもそれぞれ中国認証排出削減量(CCER)の取引や省級の排出権取引の試験運用が開始された(表1参照)。

表1:炭素排出権取引パイロット事業実施の過程
年月 内容
2011年10月 国家発展改革委員会が「低炭素省市パイロット事業展開に関する通知」を発表
2013年6月 深セン市で排出権取引が開始
2013年11月 北京市、上海市で排出権取引が開始
2013年12月 広東省、天津市で排出権取引が開始
2014年4月 湖北省で排出権取引が開始
2014年6月 重慶市で排出権取引が開始
2014年12月 国家発展改革委員会が「炭素排出権取引管理暫定弁法」を発表
2015年6月 国家発展改革委員会が「全国炭素排出権取引市場建設に向けた業務手配に関する通知」を発表
2016年1月 国家発展改革委員会が「全国炭素排出権取引市場始動の重点業務の着実な実施に関する通知」を発表
2016年12月 四川省および福建省で中国認証排出削減量(CCER)取引、排出権取引が開始
2021年7月 全国炭素排出権取引が開始

出所:各種発表資料を基にジェトロ作成

この間、全国統一基準での排出権取引制度の構築も進められた。上述の7つの省市でのパイロット事業実施の計画期間が残り1年となった2014年12月、NDRCは「炭素排出権取引管理暫定弁法」を発表、また翌2015年6月に「全国炭素排出権取引市場建設に向けた業務手配に関する通知」を、さらに2016年1月には「全国炭素排出権取引市場始動の重点業務の着実な実施に関する通知」を発表し、全国統一の取引開始に向けた準備が進められた。そして、2021年7月に上海環境エネルギー取引所で、正式に全国レベルの排出権取引が開始された(2021年7月19日付ビジネス短信参照)。

地方ごとに異なるルールで実施されたパイロット事業

当初の7省市に福建省と四川省の2省を加え、計9省市で実施されたパイロット事業は、試験運用ということもあり、それぞれの省市で対象とされる重点排出事業者の業種や基準、排出権割り当てルールなどが異なった。2018年9月出版の公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)の「中国における排出量取引制度の発展状況と今後の展望」によると、各省市では事業実施にあたって根拠となる「暫定弁法」などを定めているが、法的拘束力の強いものから順に、「政府令」レベル、「告示・訓令」レベル、「要綱」レベル、と3つの異なる性質の法令などがみられる。「政府令」には罰則規定を設けることができるが、「告示・訓令」や「要綱」では罰則規定は設けられない、などの違いがある。深セン市、広東省、湖北省、福建省の公布文書は「政府令」レベルに該当し、北京市、天津市、重慶市のものが「告示・訓令」レベルに、四川省のものが「要綱」レベルに該当する。

また、パイロット事業の対象となる業種および基準も各省市で異なり、業種と基準により管理対象となる企業数やカバーされる排出量の割合も各省市で異なっている(表2参照)。

表2:排出権取引市場の対象業界や条件、カーボンクレジットについて
省・市 対象業界 最低条件 取引商品
北京市 電力、セメント、石油化学、熱供給、サービスなど CO2排出量5,000トン以上 BEA(北京排出枠)
CCER、PCER(北京低炭素移動排出削減量)、BFCER(北京林業カーボンシンク認証排出削減量)
天津市 鉄鋼、化学工業、石油化学、建材、石油ガスの採掘、非鉄金属、機械・設備製造、食品・飲料、医薬品製造、航空など CO2排出量2万トン以上 TJEA(天津排出枠)
CCER
上海市 発電、電力網、熱供給、工業、データセンター、航空港および水運など 工業:CO2排出量2万トン以上
非工業:CO2排出量1万トン以上
水運:CO2排出量10万トン以上
SHEA(上海排出枠)、SHEAF(排出枠先物取引)
CCER
重慶市 鉄鋼、化学工業、セメント、電子設備、製紙など CO2排出量1万3,000トン以上 CQEA(重慶排出枠)
CCER、CQCER(重慶「炭恵通」自主排出削減量)
湖北省 電力、鉄鋼、セメント、化学工業、製紙など16業種 エネルギー消費量の合計が標準石炭1万トン以上 HBEA (湖北排出枠)
CCER
広東省 鉄鋼、セメント、石油化学、製紙、民航など CO2排出量1万トン以上 GDEA(広東排出枠)
CCER、PHCER(広東炭普恵認証排出削減量)
深セン市 工業、運輸、通信、インターネットなど34業種 CO2排出量3,000トン以上 SZEA(深セン排出枠)
CCER
福建省 電力、鉄鋼、化学工業、石油化学、非鉄、民航、建材、製紙、セラミックスなど エネルギー消費量の合計が標準石炭5,000トン以上 FJEA(福建排出枠)
CCER、FFCER(福建林業カーボンシンク認証排出削減量)
四川省 NA NA CCER、CDCER(成都「炭恵天府」排出削減量)

注:最低条件は年間の排出量など。取引商品には地方政府の推進するカーボンクレジットも含まれるケースがある。
出所:各省・市の生態環境局および中国循環経済協会「炭素排出権取引の概況と詳細解説」(2022年8月4日)の情報を基にジェトロ作成

次の項では、重慶市と四川省における排出権取引について概要および特徴を解説する。

重慶市における炭素排出権取引

重慶市は、NDRCが指定した炭素排出権取引パイロット事業実施の7省市の1つであり、2014年6月に「重慶市二酸化炭素排出権取引暫定弁法」が施行され、7つの試験地の中で最も遅れて試験運営が開始された。パイロット事業の実施には、まず事業計画を作成しNDRCの承認を得る必要があるが、前述のIGESレポートによると、他の省市ではこの承認に1年程度を要したものが、重慶市では最も早く5カ月で認可を取得した。しかし、その後の基本ルールに関する法令などの制定と運用基準などの整備に時間を要し、結果的には準備期間に合計2年8カ月が費やされ、最も遅れての制度開始となった。

重慶市では2004年3月、市政府によって「重慶連合財産権交易所」が設立され、さらに2010年8月に公布された「主要汚染物排出権取引実施の徹底強化に関する通知」により、各種排出物の取引が既に開始されていた。この重慶連合財産権交易所が、炭素排出権取引のパイロット事業の実施を受けて国家炭素排出権パイロット取引所などに認定されると、その他の市レベルの取引プラットフォームを統合し、「重慶市公共資源取引センター」を新たに設立した。重慶市は中国で初めて省レベルの統一的な公共資源取引のプラットフォーム機能を有することになった。

重慶市でのパイロット事業では、開始当初セメント、鉄鋼、電力などの業界の計242社が参加企業として指定された。これは、市全体の排出量の約30~45%を占めるものであった(注2)。パイロット事業における排出枠の割り当てに関して、7省市の中で重慶市は唯一、原則、重点排出事業者の申告した排出量を行政が追認・調整するという、他と比して参加企業の自主性が高い割り当て方法が導入された。しかし、企業自身が申請することで、結果的に重点排出事業者に対する政府からの排出枠の割り当てが過剰になり、排出権取引が停滞することになったという。また、排出枠の割り当てが過剰であったことから、全国版開始前の試行最終段階での取引価格は7省市の中で最も低くなっていた(注3)。

四川省にも取引所を設置

前述のとおり、四川省では2016年12月に、先行して実施された7省市でのパイロット事業に追加されるかたちで取引が開始された。四川省での取引プラットフォームを担うのが「四川連合環境取引所」であり、2011年9月に設立された。それ以降、同取引所ではエネルギー使用権、汚水等排出権、水使用権などの環境権益(注4)の取引が行われていたが、2016年4月に国家認証されたカーボンクレジットである中国認証排出削減量(CCER)取引所として届け出し承認を受けた(2023年12月12日付地域・分析レポート参照)。すなわち、四川省の全国のカーボンクレジット取引システムへの参画が決定した。また、全国炭素排出権取引制度の構築に向けて準備が進んでいる中、将来の取引を見据えて石油化学、建築材料、鉄鋼、非鉄金属など高エネルギー消費産業を中心とした、四川省企業約300社が全国炭素排出権取引に参画するとみられていた。しかし、最終的には四川省の取引所では中央政府もしくは地方政府によって割り当てられる排出枠の取引は行われず、2021年に48社が全国排出権取引制度において対応が必要な重点排出事業者に認定され、排出権取引を開始することになった。

前述のIGESのレポートによると、各省市におけるパイロット事業の実施にあたっては、法令やルールの整備が必要とされるが、パイロット事業を実施した他の省市では省市政府自身が政府命令の形式で「暫定弁法」などを発出したケースとは異なり、四川省だけは省政府自身ではなく、省政府内の関連部門である発展改革委員会の名義で、法的拘束力が比較的緩やかな部門要綱の形式において「暫定弁法」が発出されたという特徴がある。また、他の省市では重点排出事業者に対して各地域独自に排出枠を割り当てているのとは異なり、四川省の取引所ではCCERと成都市独自のカーボンクレジット「成都『炭恵天府』排出削減量(CDCER)」のみ取引している。

カーボンクレジットを活用する日系企業も

四川省では2021年ごろから、カーボンクレジットを活用して、工場単位での年間カーボンニュートラルを達成する日系企業が現れ始めた。

1999年から成都市で完成車生産を行っている一汽トヨタ自動車(成都)は、2021年に全ての電力調達先をクリーン電力事業者に切り替え、調達電力のCO2排出量をゼロとした。また、ボイラー用の天然ガスなどで生じるCO2排出量については、前述のCDCERを購入することで排出量のオフセットを行った。その結果、同社は2021年度のカーボンニュートラルを達成し、市政府からカーボンニュートラル証明書を得た。同社担当者によれば、四川省のパイロット事業は2021年当時、取引価格が他の省市や全国基準よりはるかに低い約3分の1から4分の1程度であったため、それがCDCER購入の決め手となったという(ヒアリング日:2022年1月10日)。また、2020年末に成都市で有機EL用高機能発光材料の生産を開始した出光興産は、前述の一汽トヨタ自動車(成都)からのアドバイスを受け、同じくCDCERを活用し、工場単位で前年の排出量をオフセットして2022年にカーボンニュートラル証明書を取得した(2022年4月1日付地域・分析レポート参照)。

ここで紹介したトヨタ自動車も出光興産も、それぞれ世界中に数ある生産拠点の中で、工場単位での年間カーボンニュートラルを達成したのは成都の工場が初の事例だという。四川省進出日系企業によるカーボンクレジット取引制度の活用は、中国における先行事例ともいえる。もともと水力発電を主力とする電源構成を有し、かつ他省市へ供給できる余剰電力もある四川省は、その地の利を活用して比較的安価な独自の取引プラットフォームを構築することができた。それが、日系企業の先行事例にもつながった。

複数の地域で異なるルール設定の下で試行されたパイロット事業が、それぞれの成功事例や反省点を踏まえ、今後も全国基準の排出権取引制度の整備へと生かされることが期待される。


注1:
許斌「中国における地域型排出権取引制度の成果と全国統一型排出権取引制度への展開に向けた課題」『名城論叢』第22巻第4号(名城大学経済・経営学会)。
注2:
注1に同じ。
注3:
注1に同じ。
注4:
政府が外部性の問題を解決するために、主体者が消費する天然資源や消費量などの使用に対し許認可を設け、総量の規制をすることによって生じる権利と権益を指す。本稿のエネルギー使用権、汚水等排出権、水使用権のほかに、炭素排出権、グリーン電力なども含まれる。
執筆者紹介
ジェトロ・北京事務所 次長
森永 正裕(もりなが まさひろ)
1998年、アジア経済研究所入所。ジェトロ・上海事務所、JOGMEC・北京事務所長(出向)、研究企画課長、ジェトロ・成都事務所長などを経て現職。