カーボンニュートラル実現に向けた中国の政策および動向 日系企業は省エネや創エネのほか炭素排出枠、クレジットの購入も
脱炭素化のため各種取り組みを展開

2023年12月12日

2030年までのカーボンピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル達成に向けて、中国で脱炭素化、クリーンエネルギー転換の取り組みなどが加速している。二酸化炭素(CO2)排出削減の政策ツールとしての排出権取引制度などに注目が集まっている。本特集「法的対応必要な排出権取引市場の整備が進展、CCER再始動に期待」では、中国で2021年7月から、電力部門を対象に、全国炭素排出権取引制度(以下、全国ETS)が正式に運用を開始したこと、9省・市で中国認証排出削減量(以下、CCER)の取引を含めてそれ以前から試行が続いていること、CCERを巡る最新動向などを紹介した。本稿では後編として、中国進出日系企業(以下、日系企業)が、国際的なボランタリーカーボンクレジットも含め、炭素排出枠およびクレジットへどのように対応しているか紹介する。また、脱炭素実現に向けた主な取り組みや、同分野のビジネス展開事例にも言及する。

法的義務として排出権取引に対応の事例も

中国では、省市炭素排出権パイロット取引所(以下、パイロット取引所)での試行を経て、2021年7月から全国炭素排出権取引制度(全国ETS)が正式に運用を開始している(本特集「法的対応必要な排出権取引市場の整備が進展、CCER再始動に期待」参照)。それでは、日系企業はどのような対応が必要になるのだろうか。まず、全国ETSでは、年間のCO2排出量2万6,000トン以上の電力部門の企業が対象であるが、政府より重点排出事業者に指定された発電事業者は、法的義務として対応が必要となる。すなわち、政府から一定量の炭素排出枠(以下、CEA)が設定され、実際の排出量がそれを超過した場合、超過分のCEAを購入する必要がある。しかし、中国で同事業を手掛ける日系企業は限定的とみられる(表1参照)。ただし、製鉄所や化学品製造拠点などで、大規模な自家発電設備を有する企業などは対象に指定される可能性がある点に注意が必要である。

表1:炭素排出枠およびカーボンクレジット取引と日本企業の対応状況
対象 概要 対応状況
全国炭素排出権取引制度(全国ETS)の炭素排出枠(CEA) 全国ETSは2021年に運用開始。現在、年間CO2排出量2万6,000トン以上を排出する電力部門(熱電併給および他セクターの自家発電所を含む) の2,000 以上の重点排出事業者を規制中。政府によってCEAが義務的に割り当られ、排出量がそれを上回る場合はCEA購入によるオフセットが必要。下段のCCERは排出枠の最大5%までオフセットに利用可。 対応が必要な中国進出日系企業はかなり限定的とみられる(大規模な自家発電設備を有する企業は注意が必要)。
中国認証排出削減量(CCER) CCER取引は2013年開始。プロジェクト単位の排出削減によって生じたカーボンクレジットである。2017年3月14日から現在(2023年11月9日)に至るまで新規プロジェクトのCCERの認証・発行が停止している(2023年10月19日の温室効果ガス自主的排出削減取引管理弁法(試行)公布などにより、再開の環境が整ってきた)。上段と下段の重点排出事業者以外に、自主的に排出量を削減しようとする事業者なども取引可。 取引を行う中国進出日系企業も見られるようになったが検討段階が中心か。
省市炭素排出権パイロット取引所の炭素排出枠 2013年6月を皮切りに、中国の7省・市(北京市、天津市、上海市、広東省、広東省深セン市、湖北省、重慶市)の省市炭素排出権パイロット取引所で順を追って取引開始。その後、福建省、四川省にも取引所設置(四川省は炭素排出枠取引なし)。それぞれが重点排出事業者を規制中。地方政府によって炭素排出枠が義務的に割り当られ、排出量がそれを上回る場合は炭素排出枠購入によるオフセットが必要。地域で異なるが、CCERは排出枠の最大5~10%までオフセットに利用可。 各地方で一定の中国進出日系企業が一定の対応経験を持つ(石油化学、鉄鋼、食品・飲料、自動車製造など)。
国際的ボランタリーカーボンクレジット 2003年、2005 年にそれぞれ設立された認証基準・制度であるGold Standard(GS)やVerified Carbon Standard(VCS)に、中国のプロジェクトも登録され、それぞれVerified Emission Reductions(VER、VERクレジット)やVerified Carbon Units (VCU、VCUクレジット)が発行されている。 一部の日本企業や中国進出日系企業が購入しオフセットなどで活用。

注:いずれもCDPが手掛ける自主的な情報開示スキームにおいて報告できる。
出所:中国政府発表、ジェトロ上海「中国における脱炭素に向けた取組・方法に関する調査」(2023年3月)、中国進出日系企業へのヒアリングなどを基にジェトロ作成

このほか、パイロット取引所が設置されている省市(除く四川省)の日系企業は、それぞれの地方政府から重点排出事業者に指定された場合、全国ETSと同様に、法的義務として対応が必要となる。パイロット取引所の対象業種をみると、全国ETSよりもその範囲が広く、石油化学、鉄鋼、食品・飲料、自動車製造などが対象になっているケースもあり、一部の日系企業は、その試行開始以降、着実に対応を進めている。

その他、排出削減カーボンクレジットである中国認証排出削減量(CCER)の取引を行う日系企業も見られている(本特集「法的対応必要な排出権取引市場の整備が進展、CCER再始動に期待」参照)。前述のCEAの取引と異なり、CCERは自主的に参加する事業者に対して、政府枠組みでの認証を経て発行されるものである。2022年2月17日、豊田通商(中国)の子会社である深セン大興豊通レクサス汽車銷售服務は、広州炭素排出権取引所が発行するカーボンニュートラル認証書を受領したが、2021年の1年間にCCERを自主的に購入することで100%のCO2排出量をオフセットした(注1)。こうしたケースはあるものの、現状日系企業は利用検討段階が中心とみられる。なお、2017年3月14日から新規プロジェクトのCCERの認証・発行が停止していたが、2023年10月19日に生態環境部と国家市場監督管理総局は温室効果ガス自主的排出削減取引管理弁法(試行)を公布するなどしており、再開の環境が整ってきた。日系企業もその動向を注視している。

さらに、世界で取引されているボランタリーカーボンクレジットについて見てみる。WBCSD(World Business Council for Sustainable Development) や IETA(International Emissions Trading Association)などの民間企業が参加している団体が、2005 年に設立した認証基準・制度にVerified Carbon Standard(VCS)があり、NGOなどの民間事業者が運営するボランタリークレジット市場の代表的な自主的炭素基準となっている。ここでは世界の排出削減の2,070のプロジェクトが認証され、中国からは488件のプロジェクトが登録されている。

これらのVCSプロジェクトは、主に開発途上国や後発開発途上国で展開されているため、米国や欧州、日本の一部大手企業など、あるいはその中国現地法人が、中国のプロジェクトが発行したVerified Carbon Units (VCU、以下VCUクレジット)を購入し、CO2排出量をオフセットしている。後述する、英国に本部を置く国際的なNGOであるCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)の情報開示(質問回答)などで活用されているが、VCUクレジットは中国の全国ETSやパイロット取引所では利用できない。

このほかの主なボランタリーカーボンクレジットとして、2003 年に WWF(World Wide Fund for Nature)などの国際的な環境 NGO が設立した認証基準・制度であるGold Standard(GS)があり、VER(Verified Emission Reductions、以下VERクレジット)を発行している。ここでは世界の1,607 プロジェクトが認証され、中国から206 のプロジェクトが登録されている。VERクレジットも、VCUクレジット同様に日本の一部大手企業など、あるいはその中国現地法人のオフセットに使われ、CDPの情報開示などで活用されているが、中国の全国ETSおよびパイロット取引所では取引できない。

国際イニシアチブにおける活用について

中国で政府によって義務的に割り当られた全国ETSのCEA、地方の炭素排出枠や取得したCCER、VERクレジット、VCUクレジットは、CDPが手掛ける自主的な情報開示スキームにおいて、日本企業が参画している場合に記入することができる。親会社による、グループ全体としての記入が推奨されている。質問書に、自社の操業に影響を及ぼすカーボンプライシング規制を選択する質問があり、全国ETSもしくはパイロット取引所とともに割り当られた、および購入した排出枠や、カーボンクレジットを記載する(カーボンプライシング規制への対応などを記載)。CDPは、CDP気候変動プログラムとして、世界の主要企業(時価総額ベース)に気候変動質問書を送付し、企業の情報公開や環境活動への取り組みを格付けし、公表している。このスコアは、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資に関するデータとして機関投資家に活用されており、例えば、2021年には1万3,000社以上がCDPを通して情報を開示している。情報開示は年単位で行われるが、その内容に基づき、A(最上位、上位2%の企業のみが取得可能)からD(最下位)までのランク付けを行い、企業の環境マネジメントやパフォーマンス向上を促すインセンティブを与えている。

また、国際民間航空機関(ICAO)では、「2020年以降に温室効果ガスの総排出量を増加させない」目標を掲げ、市場メカニズム手法としてカーボンオフセットスキーム「CORSIA」を2021年より開始している。CORSIA では、最大離陸重量 5,700キロ 以上の航空機の国際線運航者を対象に CO2 排出量の把握と、ベースラインより増加した排出量に対するカーボンオフセットを義務付けている。使用可能なクレジットの基準「CORSIA Emissions Unit Eligibility Criteria」を定めているが、CCER、VCUクレジット、VERクレジットは、現状オフセットでの活用が可能となっている。

日系企業のカーボンクレジット購入は限定的

ジェトロが2022年8月22日から9月21日にかけて、日系企業を対象に実施した「2022年度 海外進出日系企業実態調査(中国編)」によると、2022年度の脱炭素化への取り組み状況について、「すでに取り組んでいる」と回答した企業は38.5%、「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」と回答した企業は33.9%、「取り組む予定はない」は27.5%だった。そして、進出先で脱炭素に向けた取り組みを実施済みまたは検討中と回答した企業に対し、Scope1&2(自社に直接または間接的にかかわる排出)に対する具体的な取り組みの内容を複数回答可として尋ねたところ、「省エネ・省資源化」が70.9%で最多だった(図参照)。次いで、「再エネ・新エネ電力の調達」が38.6%であった。なお、「市場からの排出削減のクレジット購入」は6%にとどまった。

図:中国進出日系企業の脱炭素化のための具体的な取り組み(検討中を含む、全体)

Scope1&2(複数回答、%)
中国進出日系企業で、脱炭素に向けた取り組みを実施済みまたは検討中と回答した企業に対し、Scope1&2(自社に直接または間接的にかかわる排出)に対する具体的な取り組みの内容を複数回答可として尋ねたところ「省エネ・省資源化」が70.9%で最多。次いで「再エネ・新エネ電力の調達」が38.6%、「エネルギー源の電力化」が21.2%、「市場からの排出削減のクレジット購入」は6%となった。
Scope3(複数回答、%)
Scope3(Scope1&2以外の間接排出)に対する具体的な取り組み内容については(同じく複数回答可)、「環境に配慮した新製品の開発」が36.6%で最多。次いで「グリーン調達」が34.4%、「調達・出荷の際の物流の見直し」が24.1%となった。

注1:進出先で何らかの脱炭素化に取り組んでいる、または検討中と回答した企業が対象(453社が回答)。「Scope1&2」は、「省エネ・省資源化」~「その他 (Scope1&2)」のいずれかを1つでも選択した企業の割合。「Scope3」 は、「環境に配慮した新製品の開発」~「その他(Scope3)」のいずれか を1つでも選択した企業の割合。各取り組みの項目名は、一部略称を使用。
注2:Scope1~3の説明については、環境省ウェブサイト参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.29MB)
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(中国編)」(2023年2月)

表2:中国進出日系企業の脱炭素化のための具体的な取り組み(検討中を含む、企業規模別、業種別)(複数回答、%)
Scope 項目 大企業(319) 中小企業(134) 製造業(284) 非製造業(169)
Scope1&2 省エネ・省資源化 68.0 77.6 71.1 70.4
再エネ・新エネ電力の調達 42.6 29.1 46.8 24.9
エネルギー源の電力化 21.9 19.4 22.5 18.9
市場からの排出削減のクレジット購入 7.2 3.0 6.7 4.7
その他(Scope1&2) 4.1 6.7 3.2 7.7
Scope3 環境に配慮した新製品の開発 38.2 32.8 38.0 34.3
グリーン調達 33.9 35.8 35.6 32.5
調達・出荷の際の物流の見直し 24.5 23.1 23.6 24.9
その他(Scope3) 3.5 2.2 1.4 5.9

注1:進出先で何らかの脱炭素化に取り組んでいる、または検討中と回答した企業が対象(453社が回答)。「Scope1&2」は、「省エネ・省資源化」~「その他 (Scope1&2)」のいずれかを1つでも選択した企業の割合。「Scope3」 は、「環境に配慮した新製品の開発」~「その他(Scope3)」のいずれか を1つでも選択した企業の割合。各取り組みの項目名は、一部略称を使用。
注2:Scope1~3の説明については、環境省ウェブサイト参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.29MB)
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(中国編)」(2023年2月)

2023年9~10月に、中国上海市や広東省などに進出している大手日系企業担当者、専門家に実施したヒアリング内容、各社のプレス発表なども踏まえると、一部日系企業が中国でCCERやVERクレジットなどのカーボンクレジットを購入あるいは購入を検討しているものの、現時点ではその動きは限定的と思われる。前述の通りCCERの新規プロジェクトの登録が停止していることや、後述する通り、現状の日系企業の取り組みの中心が省エネルギー(省エネ)・創エネルギー(創エネ)などであること、中国および世界のカーボンクレジット市場が整備途上にあることなどが背景として考えられる。

加速する省エネ、創エネ、再生可能エネルギー証書の購入も

それでは日系企業は、カーボンクレジット購入以外に主にどのような脱炭素化の取り組みを模索あるいは実施しているかをみてみる。まず、電力使用量や炭素排出量の可視化に取り組むケースがある(表3参照)。こうして収集したデータは、自社目標に照らして、どの程度、排出削減が必要かを考える基礎になる。これに基づき、自社の脱炭素計画を策定するケースもある。

表3:中国進出日系企業の脱炭素化の主な取り組み方向
対応分類 概要
電力使用量や炭素排出量の可視化、脱炭素計画の策定 メーターの設置、外部システムの活用などにより、電力使用状況や炭素排出状況についてモニタリングを行い、データを収集。自社目標に対して必要な削減量を把握。これを生かして、脱炭素計画を策定のケースも。
省エネの取り組み エアコン、コンプレッサ、冷凍機などを省エネ型のものに更新する、通常の電灯をLEDにあるいはLEDをさらに省エネが可能なものにするなどして省エネに取り組む。節電行動に社内で取り組むケースも。
再生可能エネルギー属性の創エネ オンサイト発電:
自社の工場、事務棟や駐車場の屋根などに太陽光パネルなどの分散型太陽光発電設備を設置または敷地内に風力発電設備を設置。
オンサイトPPA:
PPA事業者が所有する分散型太陽光発電設備や風力発電設備から電力を購入する(自社の工場屋上や敷地を貸与)。
蓄電システムの導入 天候不順や突然の電力供給制限なども想定し蓄電システムの導入を図る。
グリーン電力中長期契約 再生エネルギー発電設備を有する発電事業者が、電力取引所の承認を得ることを条件に、中央送電網を経由して特定のエンドユーザーに送電。
再生可能エネルギー証書の購入 グリーン電力証書(GEC)、I-RECなどの購入。
カーボンクレジットの購入 CCER、VCUクレジット、VERクレジットなどの購入。
グリーン工場の認定取得 グリーン工場の認定を受ける。国家級、省級、市級のレベルあり。

出所:ジェトロ上海「中国における脱炭素に向けた取組・方法に関する調査」(2023年3月)、中国進出日系企業へのヒアリングなどを基にジェトロ作成

そして、省エネに取り組む企業が多い。エアコン、コンプレッサ、冷凍機などを省エネ型のものに更新する、通常の電灯をLEDあるいはLEDをさらに省エネが可能なものに交換するなどに取り組んでいる。昼間に電気を消す、クールビズを行うなど節電行動に社内で取り組むケースも多い。

このほか、再生可能エネルギー属性の創エネに取り組む企業も多い。自社の工場、事務棟や駐車場の屋根などに太陽光パネルなどの分散型太陽光発電設備を設置する企業が多い。敷地内に風力発電設備の設置を検討しているとの声もあった。自社が発電設備を所有する場合はオンサイト発電といい、PPA(Power Purchase Agreement、電力販売契約)サービス事業者に自社の工場の屋根や敷地などを貸与、分散型太陽光発電設備や風力発電設備などを設置してもらって電力を購入する場合はオンサイトPPAという。

さらに、再生エネルギー発電設備を有する発電事業者が電力取引所の承認を得ることを条件に、中央送電網を経由して特定のエンドユーザーに送電してもらう、グリーン電力中長期契約の取り組みもある。しかし、そのグリーン電力の量が限定的で、購入が容易でないとの指摘が複数あった。このほか、中国で電力供給制限がかつてなされたことや、安価な夜間電力の有効活用などを背景に、蓄電システムの導入を図る企業もある。

また、多くの企業が取り組んでいるのは、再生可能エネルギー証書の購入である。中国独自のグリーン電力証書(GEC)やI-RECなどである。GECは、集中型風力発電または太陽光発電のMWh(メガワット時)ごとに発行され、該当する量のグリーン電力を消費しているとみなせる。I-RECは、国際的なエネルギー属性証明の1種で、MWh当たりの電力が再生可能エネルギーによって生産されたことを示し、太陽光発電、風力発電、水力発電等が対象である。一部の大手日本企業は企業ブランディングも兼ねて、2050年までに100%再生可能エネルギー化を目指すRE100に加盟している(注2)。RE100は、NGO である The Climate Group がCDPと連携して主導するもので、世界で影響力のある企業が、100%再生可能エネルギーによる電力供給に取り組む国際イニシアチブである。海外拠点も含めグループ全体でその目標に取り組むため、日本本社から期限を決めて目標設定をされるケースがあり、太陽光パネルの設置や再生可能エネルギー証書の購入など再エネ電力の調達に取り組んでいる状況にある。

そして、地方政府の勧めや後押しを受けることもあるようだが、グリーン工場の認定を政府(工業情報化部)から取得するケースも見られる(国家級、省級、市級レベルあり)。グリーン工場は、土地利用の集約化、原材料の無害化、生産のクリーン化、廃棄物の資源化、エネルギーの低炭素化を実現した工場である。企業イメージの向上、奨励金などの取得のほか、電力不足時に、同認定を受けていることから、優先的に電力供給を受けることができたという話もある。

ここからは、これまで述べてきた対応の日系企業の具体的事例に触れる。例えば、前述の深セン大興豊通レクサス汽車銷售服務は、中国の再生可能エネルギー開発大手エンビジョングループ(Envision Group)のCO2排出量管理システム「Ark」(方舟炭素管理システム)を導入している(注3) 。また、自動車関連メーカーに金属製品を供給・取引する美達王(武漢)鋼材制品も、PwCのバリューチェーン全体の炭素排出量を可視化し比較できる強力なツールであるエミッショントラッカーを活用し、見える化に取り組んでいる(注4)。

そして、主にリチウムイオン電池、ニッケル水素電池など二次電池の製造を手掛けるパナソニックエナジー無錫は、2021年4月にCO2ゼロ工場を実現(注5)。工法・工程の革新や先進的な省エネ技術、LED照明、太陽光発電システムの導入、I-REC証書の調達、さらに化石燃料由来CO2の排出をオフセットするクレジット、屋根貸しスキームの活用に取り組んだ結果としている。また、住友ゴムの中国現地法人である住友橡膠(湖南)は、2021年にグリーン電力証書を購入したほか、2022年1月から工場で使用する電力はすべてグリーン電力とし、電力の100%再生可能エネルギー化を実現した(注6)。2022年4月から太陽光発電パネルの設置工事が始まり、6月30日に完了、7月中旬ごろに正式稼働した。さらに、富士フイルムビジネスイノベーションの使用済み複合機などを再資源化するリサイクル拠点である富士フイルムエコマニュファクチャリング(蘇州)は2022年7月、拠点内での太陽光発電パネル設置、再生可能エネルギー証書が適用された電力の購入などにより、すべての使用電力を再生可能エネルギー由来の電力に切り替えカーボンニュートラルを実現したという(注7)。このほか、YKKは2023年6月、上海YKKジッパーの閔行工場と臨港工場において2021年度にPPAモデルによる太陽光発電設備を導入するなど取り組みを重ね、中国の製造全拠点で2022年度購入電力の100%再生可能エネルギー化を達成したとしている(注8)。電動車両用モーターや自動車用ブレーキ、内燃機関向け部品を製造する日立Astemo汽車系統(広州)も2023年6月、カーボンニュートラルに向けた取り組みとして、太陽光発電設備を工場に設置し稼働を開始した(注9)。アセットは自社で持たずに、発電量に応じた電力使用料金を支払う自家消費型オフバランス太陽光発電スキームを導入した。日系企業がさまざまな対応手段を組み合わせつつ、脱炭素化に総合的に対応していることがうかがえる。

脱炭素化関連分野での日系企業のビジネス展開

炭素排出削減の取り組みが加速しているが、中国が急速に脱炭素化を進める中、そこにあわせた製品やサービスを提供し、貢献していこうとする動きもある。例えば、日系企業が昨今、電気自動車(EV)、燃料電池車関連分野で、中国での生産に積極的に取り組んでいることはよく知られている(表4参照)。

表4:中国の脱炭素化加速を見据えた製品やサービス提供の事例
企業名
(業種)
現地法人
所在地
概要
本田技研工業 武漢市 2022年1月、東風本田汽車は今後投入を拡大するEV生産体制構築に向けEV専用新工場を武漢経済技術開発区に建設すると発表。2024年の稼働を目指し、敷地面積63万平方メートル、基本生産能力12万台/年を予定。
日産自動車 蘇州市 2022年11月、日産(中国)が、新会社「日産モビリティサービス」の設立を発表。新会社は蘇州高鉄新城と連携しながら、モビリティサービスへの投資とロボットタクシーサービスの事業展開に取り組む。日産のモビリティサービスのための電動化における強固な基盤を生かすとした。
トヨタ自動車 常熟市 2023年8月、中国トヨタ最大のR&D拠点の社名を「トヨタ知能電動車研究開発センター(中国)」に改称。知能化・電動化技術の現地開発強化に取り組む。「現地サプライヤーの開拓」「部品設計の見直し」「生産技術・製造モノづくり改革」の3分野での取り組みを通じ、製造コストの大幅削減に挑戦。
明電舎 杭州市 2019年5月、同月に杭州市に資本金 1.5 億円で設立した子会社に 41 億円増資し、国外では初となる EV用モーターの生産拠点とすると発表。
豊田通商 衡陽市 2022年9月、豊田通商(上海)を通して、湖南福邦新材料へ日本触媒と共同で資本参画することに合意と発表。湖南福邦新材料はリチウムイオン電池用電解質リチウム塩(LiFSI)の製造・販売を手掛ける。
トヨタ自動車 北京市 2021年3月、北京億華通科技と折半出資で燃料電池システムの生産会社「華豊燃料電池」の設立に関する契約を締結(総投資額は約80億円)。今後、「ミライ」の燃料電池システムをベースに商用車向けシステムを開発し、2023年に燃料電池システムや発電装置である燃料電池スタックの生産に乗り出す予定。
パナソニック 無錫市 2023年2月、水素を使って発電する定置型の純水素燃料電池を中国で4月から販売すると発表。無錫市にある電池製造の自社工場に合計40キロワット分の電池を設置し、24日に稼働式典を開催。営業用のショールームとして活用する。
富士電機 深セン市 富士電機(深セン)で、ソーラーインバータ(Solar Inverter)、風力発電システム向けのIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)モジュールを生産し販売。
日立エナジー 寧波市 2022年7月、中国船舶集団海装風電から、浙江省寧波市象山の北東海岸沖における浙江象山涂茨(トシ)洋上風力発電プロジェクト向けに、洋上風力タービン向け変圧器「WindSTARTM」と開閉装置「PASS(Plug and Switch System) M00-Wind」を受注と発表。
三浦工業 蘇州市 2020年8月、蘇州工業園区内のガス焚きボイラ製造用の新工場が製造開始と発表。現工場の約2.5倍の生産能力へ。従来の石炭燃料に代わり、ガス焚きボイラの供給が求められていることに対応。
ノーリツ 上海市 石炭からガスへの移行が進む地方都市への販売拡大を図る。高効率品のラインアップ強化。暖房付給湯器の拡販加速と高効率化に取り組み。
郵船ロジスティクス 上海市 2023年4月、中国法人Yusen Logistics (China) が同社グループで初めて水素燃料電池トラックを導入し運用を開始と発表。今回導入した水素燃料電池トラックは海上コンテナを輸送するドレージ車で、上海市において同社倉庫と上海港間の輸送を実施。
富士電機 大連市 大連富士氷山スマート制御は、エネルギーの使用状況を見える化し、最適に制御することで省エネを実現する「エネルギーマネジメントシステム(EMS)」を提供している。

出所:各社プレスリリース、「日本経済新聞」2023年2月24日記事などを基にジェトロ作成

このほか、中国で太陽光・風力発電が加速していることを踏まえ、ビジネスを展開する事例もある。富士電機(深セン)では、ソーラーインバータ(Solar Inverter)および風力発電システム向けのIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)モジュールを生産し販売している(注10)。また、日立エナジーは、中国船舶集団海装風電から、浙江省寧波市象山の北東海岸沖における洋上風力発電プロジェクト向けに、洋上風力タービン向け変圧器「WindSTARTM」などを受注している(注11)。

さらに、脱炭素推進にかかる各種サービスの提供の事例もある。郵船ロジスティクスでは、中国法人Yusen Logistics (China) が同社グループで初めて水素燃料電池トラックを導入し、上海市において同社倉庫と上海港間の輸送を実施している(注12)。顧客の輸送における排出削減に貢献する取り組みだ。また、富士電機の現地法人である大連富士氷山スマート制御は、エネルギーの使用状況を見える化し、最適に制御することで省エネを実現する「エネルギーマネジメントシステム(EMS)」を提供している(注13)。排出削減を検討する上で、日系企業が基本的な電力の使用状況を把握するための支援である。

これまで見てきたように、日系企業は中国での脱炭素化への対応として、攻守を織り交ぜた各種取り組みを展開している。中国のカーボンニュートラル達成目標は2060年までと、日本などの2050年よりも遅く、一部の中国企業では脱炭素化の意識が高まっていない、との指摘がある。しかし、中国大手企業では国有企業、民営企業問わず、その意識が急速に高まっているとされ、また中国進出欧米企業との取引では、入札においてその取り組みが前提となるケースもあるようだ。日系企業としては、今後、全国ETSへの対応業種の追加や、CCERの再開の動向など中国政府の政策動向に注意しつつ、ビジネスチャンスも逃すことのないよう意識しながら、カーボンクレジットなどの取引対応検討も含めて、脱炭素化の取り組みを加速し、将来に備えていくことが望ましい。


注1:
「車主之家」2022年2月18日。
注2:
RE100では、グリーン電力証書は条件付きで承認される。なお、2023年8月3日には、国家発展改革委員会などから「再生可能エネルギーのグリーン電力証書の全面的取り組みと再生可能エネルギーの電力消費促進に関する通知」が出され、グリーン電力証書は中国における再エネ電力の環境属性を証明する唯一の証明書であり、再エネ電力の生産と消費を識別する唯一の証明書であるとされた。発行範囲を、従来の陸上風力発電と集中型太陽光発電事業から、風力発電(分散型風力、洋上風力を含む)、太陽光発電(分散型太陽光発電、光熱発電を含む)、従来型水力発電、バイオマス発電、地熱発電、海洋発電などで登録された再エネ事業へと拡大している。また、同通知では、グリーン電力証書と全国排出権取引、CCER取引メカニズムとの連携、協調推進を検討するとしている。
注3:
「第一財経」2023年4月22日。
注4:
PwCのウェブサイト(2023年10月23日アクセス)。
注5:
パナソニックの2021年4月6日付プレスリリース。
注6:
住友ゴムのウェブサイト(2023年10月23日アクセス)。
注7:
富士フイルムホールディングスの2022年7月4日付プレスリリース。
注8:
YKKの2023年6月5日付プレスリリース。
注9:
日立Astemoの2023年6月26日付プレスリリース。
注10:
富士電機のウェブサイト(2023年10月4日アクセス)。
注11:
日立エナジーの2022年7月12日付プレスリリース。
注12:
郵船ロジスティクスの2023年4月24日付プレスリリース。
注13:
富士電機の2018年6月21日付プレスリリース、第16回 日中省エネルギー・環境総合フォーラムにおける同社プレゼン資料。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課 課長代理
宗金 建志(むねかね けんじ)
1999年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジアチーム、ジェトロ岡山、ジェトロ北京、海外調査部中国北アジア課、ジェトロ北京を経て、2018年8月より現職。