カーボンニュートラル実現に向けた中国の政策および動向中国で導入進む脱炭素行動促進策「カーボンインクルージョン」

2023年12月26日

中国では、炭素排出権取引制度(ETS)をはじめとする、カーボンプライシングやカーボンクレジット活用による企業の温室効果ガス(GHG)排出量削減(以下、脱炭素行動)を促す枠組みの導入が進められている(2023年12月12日付地域・分析レポート参照)。中でも、近年各地の地方政府などが相次いで導入しているのが、「炭普恵」(注1、以下カーボンインクルージョン)だ。一般企業や小規模自治体、個人レベルでの脱炭素行動を後押しすることを目的としており、既存のカーボンプライシング、カーボンクレジットの補完的役割を担うことが期待されている。本稿ではカーボンインクルージョンの仕組みを明らかにし、中国進出日系企業の活用可能性について考察する。

ETS、CCERに続く第3の枠組み

カーボンインクルージョンの位置付けを明らかにするため、まず中国のカーボンプライシング、カーボンクレジットの各種枠組みについて整理する(図参照)。ETSは全国と、四川省を除く8カ所のパイロット省市で運用されている。中央ないし地方政府が定めた対象業種に該当し、さらに各政府が定める年間排出量の基準値を超える企業に対し炭素排出枠(CEA)が設定される、キャップ・アンド・トレード方式を採っている。広東省を例に取ると、2022年度は1,005社が本制度の対象となった(注2)。

図:中国のカーボンプライシング・カーボンクレジット制度
キャップ・アンド・トレード方式を採るETSは、さらに中央政府が運営する全国市場と、地方政府が運営する地方市場に分かれる。中央政府が運営するベースライン・アンド・クレジット方式のCCERはETSを補完している。地方政府や企業が運営するベースライン&クレジット方式の取り組みがカーボンインクルージョンで、一部の取り組みがETS地方市場を補完している。

出所:関連政策文書を基にジェトロ作成

中央政府主導で整備されたもう1つの枠組みが、中国認証排出削減量(CCER)だ。CCERでは、GHG削減につながるプロジェクトに対し、プロジェクトを実施しなかった場合を基準とした排出削減量をカーボンクレジットとして付与・取引する。いわゆるベースライン・アンド・クレジットと呼ばれる方式だ。CCERはETS対象の重点排出事業者や、カーボンニュートラル認証取得を目指す企業による排出量のオフセットなどに活用可能だ。2013年に始まった本制度だが、2017年に、取引量が少ないことや個別のプロジェクトのルール化が十分になされていないことなどを理由にして、制度見直しおよびクレジットの発行が停止された。2023年10月に制度の再開が発表されたが、現時点では2017年までに発行されたCCERのみが市場に流通している(注3)。2022年4月27日付の中央財経大学の分析(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、登録済みCCERプロジェクト数を種類別にみると、最も多いものから「風力発電」「太陽光発電」「豚糞(ふん)のメタン発酵によるバイオガスエネルギー」の利用と続いた。なお、これら3つで全体の75%以上を占めている。

カーボンインクルージョンは、前述のETSとCCERに続く第3の枠組みとなる。これまで十分にカバーされてこなかった、一般企業や社区(コミュニティー)、家庭、個人などによる脱炭素行動を定量化し、カーボンクレジットなどの形で価値を付与することでインセンティブをもたらす仕組みだ。ETSやCCERと異なり、カーボンインクルージョンは中央政府レベルで制度化されておらず、定義もあいまいな部分が残る。広範な概念のもと各運営主体が多様な試行的取り組みを行っており、それを中央政府が後押ししている段階だ(注4)。そこで、ここからは運営主体や手法により各地の取り組みを分類し、種類ごとにその概要を明らかにしていく。

省・市政府から企業まで様々な運営主体が実施

類型1は、省政府や市政府が主導する枠組みで、認証を経て発行されるカーボンクレジットの売買が可能なものだ(表参照)。カーボンクレジット創出・活用の対象は、主に企業や小規模自治体だ。地方政府が定める方法論(注5)に沿って、企業や団体が自社の脱炭素行動をカーボンクレジットとして登録する。カーボンクレジットは排出権取引市場を介して、他企業などへ売却することが可能だ。

表:カーボンインクルージョンの類型
類型 運営主体 主なクレジット・
ポイント付与対象
排出権取引市場での
クレジット売買
クレジット/ポイントの主な用途
類型1 地方政府 企業・小規模自治体 排出量オフセット
類型2 地方政府 一般市民 不可 商品・クーポン券との交換、寄付
類型3 企業 消費者・従業員 不可 商品・クーポン券との交換、寄付

出所:各種資料からジェトロ作成

具体例としては、広東省や深セン市が挙げられる。国内で最初に運用が開始された広東省のカーボンインクルージョンは、「分散型太陽光発電システムの設置」「高効率省エネルギー空調の使用」「廃棄衣料の再利用」などを対象としている。創出されるカーボンクレジット「広東炭普恵認証排出削減量(PHCER)」は広州排出権取引所で取引されており、2022年はCCER取引量(3万5,538トン)を上回る3万8,114トン相当のPHCERが取引された。また、PHCERは、同取引所が発行するカーボンニュートラル認証取得時の排出量オフセットの手段としても認められている(注6)。さらに、「広東省カーボンインクルージョン取引管理弁法」が2022年4月に公布されたことで、同年5月から広東省の排出権取引対象企業が自社の排出量をオフセットする手段として、PHCERが新たに加えられた。深セン市のカーボンインクルージョンには、さらにユニークな活用事例がある。基準値を超える大気汚染物質を排出した市内企業が損害賠償を行うにあたり、相当分のPHCERを使用して賠償金支払いに代替することを認めている。

類型2は、同じく地方政府が運営しているもので、主に個人による公共交通機関の利用や家庭での節電などの脱炭素行動が対象だ。スマートフォンアプリなどを使って個人の脱炭素行動を記録・登録し、たまったポイントはサービスや商品、クーポン券などと引き換えることができる。2023年2月に生態環境部が発表したレポート「中国におけるカーボンインクルージョンの発展と実践に関するケーススタディ報告書(以下、報告書)」や北京交通などのWeChatミニプログラム、政府発表などによると、北京市や深セン市、重慶市などで導入されていた。脱炭素行動のデータ収集にあたり、オンラインマップや交通系アプリの開発を手掛けるITプラットフォーマーなどと連携しているケースが多い。

類型3の運営主体は、企業だ。類型2と同様、一般消費者や自社の従業員など、個人の脱炭素行動をポイント化し、商品やサービスと交換することや、植林事業などに寄付することが可能なプログラムとなる。前述の報告書によると、アリババなどの大手ITプラットフォーマーや銀行などが主な運営主体となっているほか、日系企業による事例もある。トヨタ自動車と広州汽車の合弁企業である広汽トヨタは、2022年から「豊雲緑動」というプログラムを開始。同社製のエコカーや電気自動車(EV)のオーナー向けに、アプリ上で走行距離に応じて商品との引き換え可能なポイントを付与している。さらに、シェアサイクルサービス運営企業などは、類型1と組み合わせることで相乗効果も図っている。具体的には、ポイント付与などのプログラムをユーザーに提供することで自社サービスの利用促進を図ると同時に、収集・蓄積したそれら利用データを用いて、類型1のカーボンクレジット登録を行い、省市政府の認証を経て当該カーボンクレジットを獲得するなどがある。

排出量オフセット、スコープ3排出削減対策などに有効

カーボンインクルージョンは、中国進出日系企業にとってどのような活用可能性があるのだろうか。最も分かりやすいのは、類型1にあたるカーボンクレジット購入による、排出量のオフセットだ。ETS対象企業やカーボンニュートラル認証取得を予定している日系企業にとっては、CEAやCCERとともに、排出量オフセットの選択肢になりうる(注7)。さらに、脱炭素に今後積極的に取り組む予定、あるいは既に取り組んでいる企業は、カーボンクレジット創出によりさらなる付加価値を創出できる可能性がある。

ちなみに、カーボンインクルージョンを実施している地方政府は、クレジット認証の方法論をインターネット上で公開している。活用を検討するにあたり、まずは所在地域の地方政府がカーボンインクルージョンを実施しているか、実施している場合はどのような方法論があるか確認することが第一歩となる。

このほか、一般消費者向けの製品やサービスを扱う企業であれば、類型3で紹介したような自社プログラム運営も選択肢に入る。ただし、これはアプリなどを通じてエンドユーザーの製品・サービス利用動向を把握できる情報ネットワークを構築していることが前提となる。また、同じく類型3にあたるが、従業員の脱炭素行動をより積極的に促したい場合は、社内プログラムによってインセンティブを付加するやり方もある。類型1の活用に比べると難易度は高いが、プログラムを有効に活用できれば、アプローチが難しいスコープ3(注8)のGHG排出量削減を進められるほか、ステークホルダーへのアピールにもつながる。

日系企業が活用する上での課題や注意すべき点もある。まず、国内外での認知度がまだ低い点には留意が必要だ。例えば、カーボンインクルージョンの枠組みにより発行されたカーボンクレジットを使って排出量をオフセットしても、その主張が日本国内や国際イニシアティブにおいて認められない可能性は十分にある。また、制度そのものが試行段階にあり、CCERとのすみ分けや各地のカーボンインクルージョン制度との調和をいかに取るかなど、不透明な部分も多い。前述のとおり、CCERは制度が開始された後、約6年にわたり制度見直しのために運用が中断された経緯がある。これを踏まえると、開始間もないカーボンインクルージョン関連制度についても、不安定な運用となる可能性は否めない。活用にあたっては、制度の動向について引き続き注視が必要だ。

活用のカギは自社内の人材育成

中国の脱炭素政策や企業動向に明るい環境関連コンサルタントで、佛山早稲田科技服務の林慈生董事長は「カーボンインクルージョンは本来、気軽に活用できる仕組み」と語る(取材日:2023年10月23日)。さらに、「多くの日系企業は既に環境改善の活動を行っているが、それを対外的なPRや経済的な価値創造につなげている企業は少ない」とも指摘する。その上で、カーボンインクルージョン活用にあたり最も重要な点として、自社内での関連人材育成を挙げている。理由としては、専門家のサポートはもちろん必要だが、最終的に各企業がどのようにカーボンインクルージョンを活用するかは、自社の人材が一番理解しているためとしている。カーボンインクルージョンを活用し、日々の業務活動を整理していくことで、「これも脱炭素につながっている」との気付きが得られることも多いという。

草の根的な広がりを見せるカーボンインクルージョンは、まさに今発展途上にある。それゆえに不透明な部分も多いが、これまで自主的な取り組みに委ねられてきた小さな脱炭素行動を見える化し、付加価値を与えるという点で意欲的な取り組みといえよう。文字通り、業種を問わず全ての企業が関係しうる仕組みであるだけに、今後の動向に注目したい。


注1:
中国語で「普恵」は包摂や包括を意味する。本稿では、英訳「carbon inclusion」を踏まえ「カーボンインクルージョン」の訳を採用する。
注2:
内訳は、全国排出権取引制度の対象となる広東省企業121社、深セン市排出権取引制度の対象企業684社、広東省排出権取引制度の対象企業200社。
注3:
2023年10月19日に生態環境部からCCER制度の新しい法的枠組み「温室効果ガス自主的排出削減取引管理弁法(試行)」が公布・施行された。さらに同月24日にはクレジット認証基準を定めた4つの方法論が公開され(生態環境部ウェブサイト参照(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、CCERの発行再開に向けた環境が整った。
注4:
生態環境部が2022年の国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)に向けて取りまとめた報告書「中国気候変動対応に関する政策と行動(中国語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(856KB)」でカーボンインクルージョンの取り組みが紹介され、中央政府が後押しする方針が明確に示された。
注5:
カーボンクレジットの認証にあたり、GHG削減行為の定義や削減量の算定・モニタリングの方法を定めたガイドライン。「広東省分散型太陽光発電システム設置カーボンインクルージョン方法論」「広東省高効率省エネルギー空調使用カーボンインクルージョン方法論」というように、プロジェクトの種類ごとに方法論が作成・発表される。
注6:
実際に本制度を利用して投資ファンド「TSキャピタル・パートナーズ・マネジメント」が、2022年に広州排出権取引所からカーボンニュートラル認証を取得している。
注7:
中国企業の事例では、広州汽車グループ傘下の新エネルギー車メーカーが広州市の運営するカーボンインクルージョンの枠組みを活用し、カーボンクレジットを購入することで排出量オフセットを行った(2023年12月8日付ビジネス短信参照)。
注8:
調達や物流、販売などのバリューチェーンで発生する、他社のGHG排出。消費者による製品の使用に伴う排出や、自社従業員の通勤・出張などに伴う排出なども含む。
執筆者紹介
ジェトロ・広州事務所
小野 好樹(おの こうき)
2016年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部、ウズベキスタン・タシケント事務所、市場開拓・展示事業部を経て、2020年9月から現職。