特集:タイ・インドネシア・ベトナムの自動車など主要産業政策と現地動向電子産業で中国からの移管進行、電力など環境整備の必要性高まる(ベトナム)

2023年4月25日

米中デカップリングをはじめとする中国リスクの高まりを受け、ベトナム北部で電子産業関連の投資が増加している。一方、ベトナムでは企業が人件費高騰や人材確保難などの問題に直面しており、労働集約型生産の見直しも始まっている。電子産業の企業動向を探るとともに、ベトナムの産業を発展させるために必要な政策について考察していきたい。

中国からベトナム北部への生産移管が進行

電子産業はベトナムの経済成長を担う原動力となっている。輸出拡大がベトナムの経済成長を牽引する中、その輸出額の31%を占めるのが電子機器関連(コンピュータ電子機器、スマートフォン、関連部品)だ。その多くは外資企業が担っており、外資による投資がベトナムの電子産業を先導している状況だ。

外資によるベトナムへの投資は近年、高水準で推移している。ベトナム計画投資省の統計によると、製造分野で外国からベトナムへの直接投資(認可ベース)は2020年以降、新型コロナウイルス流行の影響で件数が落ち込んだものの、投資額は新型コロナ流行前と同様、150億ドル前後の水準を維持している(図参照)。特に2021年と2022年は、拡張投資額が増加。進出済みの外資企業による工場拡張や生産ラインの増設などが多数見られた。

図:製造分野における外国からベトナムへの直接投資(認可ベース)の推移
2020年以降、新型コロナ流行の影響で件数が落ち込んだものの、投資額は新型コロナ流行前と同様150億ドル前後を維持している。特に2021年と2022年は、拡張投資額が増加。

注:各年は12月20日時点の速報値。
出所:ベトナム計画投資省の統計を基にジェトロ作成

電子産業関連では、ベトナム北部を中心に大規模な生産拠点を構える韓国のLGグループやサムスングループがさらなる拡張投資を決めている(表参照)。また、米国アップル向けの製品を生産する企業の投資もベトナム北部で増加しており、フォックスコン(台湾)やゴアテック(中国)の大型投資も認可されている。その他、ラックスシェア(中国)やペガトロン(台湾)もベトナム北部でアップル向け製品の生産を強化すると報じられている。

表:投資認可された外資による主な電子関連の製造プロジェクト(2021年、2022年)
企業名 業種 国・地域名 投資認可額 認可
時期
投資先 投資内容
エバーウィン・プレシジョン 製造 中国(香港子会社出資) 2億ドル 2021年1月 北中部ゲアン省 電子部品(新規)
フォックスコン 製造 台湾(シンガポール子会社出資) 2億9,300万ドル 2021年1月 北部バクザン省 電子機器(新規)
LGディスプレイ 製造 韓国 7億5,000万ドル 2021年2月 北部ハイフォン市 電子機器(拡張)
製造 韓国 14億ドル 2021年8月 北部ハイフォン市 電子機器(拡張)
アムコー・テクノロジー 製造 米国(シンガポール子会社出資) 5億3,000万ドル 2021年11月 北部バクニン省 半導体製造(新規)
ゴアテック 製造 中国 約4億ドル 2022年1月 北中部ゲアン省 電子機器(拡張)
製造 中国(香港子会社出資) 約3億ドル 2022年1月 北部バクニン省 電子機器(拡張)
サムスン電機 製造 韓国 9億2,000万ドル 2022年5月 北部タイグエン省 半導体パッケージ基盤(拡張)

出所:計画投資省の発表内容および各社ウェブサイトなどを基にジェトロ作成

これらの投資には、中国からの生産移管を目的とするものが多く含まれる。その背景には、中国リスクの高まりがある。米中デカップリングの進行とともに、中国から米国への輸出がしづらくなっている。例えば、電子機器・部品の多くは、中国から米国に輸出する際に高い関税が賦課されるなど、米国向け輸出の競争力が低下した。また、経済安全保障上の規制の影響で、米国などから中国向けに生産設備や部品の輸出ができない事態も想定される。さらに、人件費の上昇や規制強化など、中国国内の事業環境悪化もリスク要因となっており、生産委託先や調達先を中国から他国に移したいというニーズが高まっている。

中国からの移管先として、ベトナムが注目される理由としては、中国と類似した環境をつくりやすいことが挙げられる。ベトナムと中国は隣り合わせで、中国南部(広州、深センなど)とベトナム北部は距離が近い。そのため、中国から部品を調達しやすく、中国で築かれたサプライチェーンを活用しやすい。例えば、在ベトナムの日系メーカーでは、海路でベトナム北部のハイフォン港経由で、中国から部材を輸入するケースが多い。他方、ある中国系メーカーは、中国からの調達が9割程を占めており、陸路を使って中国から部材を調達している。中国側のベトナム国境近くの倉庫に部材を集約し、トラックでベトナム北部の工場まで運ぶことにより、時間とコストを削減できているという。

また、ベトナムの投資環境の魅力として、中国よりも人件費が安価な一方、ASEAN域内ではワーカーの質への評価も相対的に高く、事業環境が以前の中国に似ているとの見方もある(在ベトナム電子業界関係者)。安価な土地リース価格や投資優遇(法人税や関税、付加価値税の減免)、豊富な自由貿易協定(FTA)も魅力的だ。FTAを活用して関税額を抑えるため、ベトナムからの輸出を海外の顧客側が要求するケースもあるという。製品によっては、販売先も東南アジアへの進出が増えていることや、競合他社がまだ進出していないことなども、ベトナム進出を後押しする要因になっているとの声も聞かれた。

ベトナムが全方位外交の方針の下、米中両国と良好な関係を保っていることもプラスに働く。ベトナムにとって米国は最大の輸出先で、中国は最大の輸入先かつ第2位の輸出先だ。経済面でも米中両国にアクセスしやすい状況を築けており、企業にとってもメリットのある立ち位置となる。

人件費上昇で変わる投資環境

魅力的な投資先として注目されるベトナムだが、その投資環境も変化しており、労働集約型生産をする上での強みが薄れてきている。例えば、新型コロナウイルス流行下は法定最低賃金の引き上げが見送られたが、それでも日系企業の賃金は年平均5%を超えて上昇した。さらに、2022年7月には2年半ぶりに最低賃金が改定され、平均6%引き上げられるなど、賃金上昇圧力は継続している。また、最低賃金は地域の発展度合いに応じて4段階に分かれているが、工場を構える地域が急により高い最低賃金水準の地域区分に格上げされ、人件費負担が高まる事態も起きているため、注意が必要だ。

人材の確保も難しさが増している。ベトナムではジョブホッピング(転職)が一般的で、離職率が高い。また、外資企業の進出が増えるにつれて、採用募集をしても以前より応募が集まりにくくなっている(在ベトナム電子業界関係者)との声が多い。優秀な人材の引き抜きや取り合いも起きており、コア人材には相当の給与や手当を支給するなど、企業ごとに工夫が求められている。

このような状況を打開するため、近年は外資企業が地方都市への進出を決めるケースも増えている。米国アップル向けの製品生産を担うラックスシェアとゴアテックはそれぞれ、北部のバクザン省とバクニン省で工場を拡張してきたが、ワーカー確保や土地リース価格上昇などを考慮し、北中部ゲアン省にも新たな生産拠点を設立することを決めた。外資が運営する工業団地の地方展開も、この流れを後押ししている。

自動化に向けた動き

ベトナムで生産する製品を高付加価値化しようとする動きもある。ジェトロが2022年8~9月に実施した海外進出日系企業実態調査によると、ベトナムで拡大する機能として、高付加価値品の生産と答えた企業の割合(34.7%)が汎用(はんよう)品の生産(29.8%)を2年連続で上回った。併せて、人件費の上昇を踏まえ、生産ラインの自動化を進める企業も見られる。中国などから生産移管する案件でも、労働集約型ではなく、既に自動化された機械主導の生産ラインをそのままベトナムに移管するケースも出ている。

自動化を進める上では、継続的な機械の稼働が必要で、安定した電力供給が重視される。ベトナムでは落雷などによる瞬停がときどき発生するため、影響の大きい生産工程では、企業が自ら自家発電や無停電電源装置(UPS)などのバックアップ対策を講じている。一方、電力不足の懸念は残る。石炭火力発電と水力発電に依存しているベトナム北部では現在、雨量が少なく高温な5~7月ごろに電力需給が逼迫する。ダムの貯水量低下に伴って水力発電の発電量が低下するとともに、空調使用に伴う電力消費量が増加するためだ。その結果、近年は北部の一部地域で工業団地への節電要請も発生している。

また、脱炭素化の潮流の中、2021年から2030年までの電源開発計画をまとめた第8次国家電力マスタープラン(PDP8)の策定が大幅に遅れている。今後の明確な電力開発方針が見えず、中長期的にも電力不足への懸念を拭えない状況だ。さらなる投資拡大や自動化を進めるためには、政府として、安定した電力供給の体制を整えることがより重要となるだろう。なお、ベトナムの電気料金は比較的安価な水準で、値上げの頻度も少ないが、2023年内には値上げが計画されている点にも留意が必要だ。

自動化に伴い、ベトナム人材の活用方法も変わってくるだろう。先述のとおり、人材の評価は周辺国と比べても相対的に高い。実際、在ベトナム日系企業では、ベトナムには真面目で粘り強い人材が多いと評価する声が多い。優秀な人材を活用するため、ベトナムで設計や研究開発の機能を拡大する動きもみられる。ある日系企業では、日本に派遣して設計などを学んだベトナム人がベトナム工場で部下の育成をしており、同工場の設計部門は日本人駐在員なしでも機能しているという。ただし、大学や専門学校で習得される知識や技能には限界がある。自動化などによって新たな知識や技術が求められるにつれ、人材育成には大学との連携事業や入社後の研修など、企業独自の取り組みも求められる。

電子産業の裾野拡大の道筋

電子産業の発展を促す上で、裾野産業の拡大もカギとなる。地場の大企業は成長してきているものの、裾野産業全体では未熟で、国外からの部品調達が多い状況だ。このような状況下、電子産業の裾野拡大に向けては、外資企業による投資が幾つか見られる。例えば、ベトナムにスマートフォンや家電の一大生産拠点を持つサムスングループ(韓国)は、グループ傘下のサムスン電機が北部タイグエン省に半導体基板製造拠点を設立し、パッケージ基板FCBGA(注1)の量産を2023年後半から始める計画を進めている。半導体後工程のパッケージングと検査を行うアムコー・テクノロジー(米国)は北部バクニン省でSiP製品(注2)の生産を行う。日系企業では、プリント基板の製造を行うメイコー(神奈川県)がハノイ市で多層基板の生産ラインを拡張。京写(京都府)はハノイ市の隣のハナム省に進出し、2020年3月に両面プリント基板の生産工場を立ち上げた。両社は2021年5月に業務資本提携し、ベトナムを供給拠点の1つとして、それぞれの主力基板の生産・販売などで協力する。また、プリント基板用のソルダーレジストを製造する太陽インキ(埼玉県)も、2020年6月にハノイ市内に生産拠点を設立し、ベトナム北部のプリント基板の供給体制が強化されている。

一方で、今後も電子産業の裾野を拡大していくのは容易ではない。組み立てが中心となる半導体後工程が拡大していく可能性はあるが、電力インフラや裾野産業が不十分なため、半導体前工程をベトナムに誘致するのは難しいというのが電子業界関係者の共通認識だ。また、同じ原材料や部品でも生産地が変わると、顧客への申請と審査が必要なため、調達先の変更には慎重な姿勢もうかがえる。そのため、現地調達に関しては、まずは消耗品や補材などから広げていく段階だ。電子産業の裾野発展には、地場企業の育成よりも、進出済みの外資による生産範囲の拡大や外資サプライヤーの誘致が近道だといえる。

裾野産業を発達させ、外資サプライヤーを誘致するには、中小企業の投資も必要となってくる。昨今の中国などからの相次ぐ生産移管を受け、ベトナム当局の誘致担当者の間では、大型投資を重視する傾向が見られる。そのため、投資規模の小さな案件には輸出加工企業(EPE)ライセンスの認可が出にくいなどの声も聞かれる。ベトナムの投資インセンティブを評価する声が多い一方、その運用方針が曖昧で困っているケースも散見される。中小規模の投資でも、高い技術力で裾野産業構築に貢献する案件もあるため、政府はそのような投資も含めて集積を目指していくことが必要だ。

将来に向けて求められる産業育成

ベトナムの電子産業に関する政策は、2014年に首相決定879号(879/QD-TTg)「2025年までの産業開発戦略と2035年に向けたビジョン」が出て以降、特段更新されておらず、政府が描く発展の道筋が見えにくい。ベトナムに電子産業の組み立て工程が集まってきている今こそ、産業育成に向けて本腰を入れて取り組むべき時期だ。現在は中国での事業環境悪化に伴い、ベトナムへの生産移管が集中しているが、裾野産業の集積や国内市場規模に伴うスケールメリットを踏まえると、ベトナムの競争力は中国に及ばないだろう。また、ベトナムでの人件費上昇や人材確保難を受けて、生産移管ブームに陰りが出てくる前に、どのような投資メリットを示せるかが重要となる。拡大する国内市場は魅力的だが、労働集約型の生産拠点としての優位性は今後薄れていくかもしれない。高付加価値品の生産、自動化、裾野拡大に向けては、ビジネス環境の改善が必要で、特に安定した電力供給を実現するための政府のかじ取りが求められる。国際的に意識が高まっているグリーンやサステナビリティー分野の政策を示し、インフラ環境整備を進めることも新たな強みになり得る。ベトナムは今から中身のある産業政策を打ち出しておかないと、企業による投資が鈍化し、「中所得国のわな」に陥るリスクがある。外的情勢変化に伴う生産移管ブームにおごらず、将来を見据えた着実な産業育成の政策が期待される。


注1:
FCBGA(Flip Chip Ball Grid Array)は高性能・高機能なLSI(大規模集積回路)に必要とされるパッケージ基板で、主にPCや通信デバイスなどのCPU、GPUに用いられる。
注2:
SiP(System in Package)は、複数チップをパッケージ内に封止し、メモリーの大容量化や機能の複合化を実現する高密度実装技術。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ横浜、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)、広報課、ジェトロ・ハノイ事務所(ベトナム)を経て現職。