特集:タイ・インドネシア・ベトナムの自動車など主要産業政策と現地動向ベトナム自動車産業は市場拡大に期待、EVや裾野政策は手探り続く

2023年4月25日

ベトナムの自動車市場は、経済成長に合わせて、今後もさらなる拡大が見込まれる。政府は国内の自動車産業の成長を加速させたい考えだ。同時に、世界的な脱炭素化の潮流を受けて、電気自動車(EV)の導入促進を目指す方針も打ち出している。しかし、現状は自動車産業政策が民間投資の十分な誘因になっているとはいえず、それに加えて、急速なEVシフトが掲げられたため、企業にとっては投資判断が難しい状況といえる。ベトナムの自動車産業の状況を振り返った上で、EVシフトに向けた政策と企業の動向をみていきたい。

成長途上の自動車市場

ベトナムの新車販売台数は、2022年に50万台に到達した(注1)。市場規模はASEAN域内ではインドネシア(105万台)、タイ(85万台)、マレーシア(72万台)に次ぐ4番目となる(注2)。ベトナムでは二輪車(バイク)の普及率が156%なのに対し、四輪車(自動車)は5%にとどまる。1人当たりGDPは2022年に4,000ドルを超え、モータリゼーションが進む段階にあるものの、自動車の普及率に急激な拡大は見られない。その背景としては、自動車の購入価格が高いことが挙げられる。ベトナムでの自動車販売価格には、車両価格に特別消費税、付加価値税、自動車登録料が上乗せされる。また、裾野産業を含めた国内の自動車生産基盤が十分に確立されておらず、車両本体や部品を輸入に依存している割合が高いため、輸送関連コストも上積みされ、タイやインドネシアと比べると、購入価格が高くなる構造になっている。

それでも、ベトナムの新車販売台数は、2014年から2022年までの間、新型コロナウイルス感染拡大期を含め、年平均16%程伸びている(図参照)。人口も増加しており、2023年内に1億人を超える予測が示されている。国民所得も右肩上がりで、消費者層の購買力拡大が見込まれることから、ベトナムは自動車販売拡大の潜在性が高い市場といえる。

図:2014年から2022年のベトナムの新車販売と生産の推移(単位:台)
2014年は約15万台、2015年は約24万台、2016年と2017年はそれぞれ約30万台、2018年は約35万台、2019年から2021年は各年約40万台、2022年は約50万台。自動車生産台数は、2021年に30万台を超えた。

注:2017年までの新車販売台数はベトナム自動車工業会(VAMA)の発表値。2017年以降はVAMAの発表値に含まれないヒュンダイ・タインコンの台数も追加し、同様に2019年以降はベトナムの新興地場自動車メーカーのビンファスト(VinFast)の台数も追加した推計値。2022年の新車販売台数は、ベトナム計画投資省産業局の自動車産業担当から入手した値。2021年と2022年の自動車生産台数は速報値。
出所:ベトナム統計総局、VAMA公表資料、ヒュンダイ・タインコンとビンファストの発表などに基づきジェトロ作成

国内生産と輸入のバランスに揺れる自動車産業

ベトナム国内の自動車組み立て(生産)台数は、2022年に約44万台となった(注3)。ASEAN域内では、タイ(188万台)、インドネシア(147万台)、マレーシア(70万台)に次ぐ4番目の規模だが、タイおよびインドネシアとベトナムでは3倍以上の開きがある(注2)。ベトナムで国内生産拡大がなかなか進まない背景には、市場規模がまだ小さく、裾野産業が脆弱(ぜいじゃく)なことが挙げられる。国内の新車販売台数が限られるため、設備や部品調達などでスケールメリットを生かした生産ができていない。自動車部品メーカーの集積も進んでいないため、輸入に頼らざるを得ず、生産コストを抑えるのが難しい状況だ。とりわけ、日系の自動車関連会社はタイやインドネシアに既に集積しているため、それらの拠点から自由貿易協定(FTA)を活用の上、完成車や部品をベトナムに輸入した方がコストを抑えられるケースが多い。ベトナムは多くの国・地域とFTAを締結しており、今後は環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)やEUベトナム自由貿易協定(EVFTA)の活用で、日本や欧州からの完成車輸入の関税が引き下げられる点も考慮しておかなければならない。

ベトナム政府は国内の自動車産業を支援すべく、裾野産業への投資優遇を設けている。自動車部品を製造する投資案件に対しては、法人税の減免措置などが適用される。また、自動車メーカーに対しては、国内生産できない自動車部品の関税を免除する優遇策を用意している。しかし、優遇措置の適用条件が厳しく活用できていない企業もあるなど、多くの投資を呼び込む要因になっているとは言い難い。

そのほか、政府は自動車産業支援のため、輸入車への品質検査の強化や、新型コロナ流行下で国内生産車への自動車登録料の免除などを実施してきた。しかし、自由貿易の原則の下、一方的な国内生産車優遇の実施には限度があり、抜本的な自動車産業の育成支援には至っていない。

それでも、ベトナムの自動車市場拡大を見越した企業側の動きはみられる。チェコのシュコダ・オートは2022年10月、地場のタインコングループと提携し、北部クアンニン省で自動車を生産する計画を明らかにした。2024年にスポーツ用多目的車(SUV)の生産を始め、国内外に供給する予定だ。また、韓国系の合弁会社ヒュンダイ・タインコンは、2022年11月に北部ニンビン省で第2工場を稼働し、年間生産台数を最大18万台まで引き上げた。同工場では電気自動車(EV)の製造も計画している。さらに、地場のチュオンハイ自動車(タコ)グループは、起亜やマツダなどのブランド車を生産しているが、近年は自動車部品の製造も強化している。日系では、目立った追加投資の動きはみられないものの、ベトナム市場の傾向を踏まえて、投入モデルを調整するケースがある。例えば、トヨタは現地で需要拡大が見込まれる小型多目的乗用車(MPV)の「アバンサ」と「ベロズ」について、2022年から新たにベトナムでの生産を開始した。三菱自動車は小型SUV「XFC」のコンセプトモデルを他国に先駆けてベトナムで披露した。当面はインドネシアからの輸入となるが、将来的にはベトナムでの生産も検討している。

政府は脱炭素目指してEVシフトの方針

自動車産業が発展途上にあるベトナムだが、EVシフトの議論も並行して進んでいる。2021年11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳級会合で、ベトナムは2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量実質ゼロを目指すと表明した。これを受け、政府は急ピッチで産業ごとの削減計画を立てている。自動車に関しては、ガソリンやディーゼルを燃料とする内燃機関車から、走行時の二酸化炭素(CO2)排出を削減できるEVへのシフトを主要な対策として掲げた。

ベトナムのEVシフトの道筋について、ベトナム自動車工業会(VAMA、日系を含む17社の自動車メーカーが加盟)は2021年9月に、2050 年までの期間を3段階に分けたEV普及計画を公表し、緩やかなEVシフトを提案した。この計画では、2030 年までの第1段階は、国内自動車産業の成長を優先し、内燃機関車とEVが共存するかたちで、自動車全体の生産台数を年間100万台まで増やす。2030 年以降はEV が自動車産業の成長を力強くリードする時期と位置づけ、第2段階の2040年までにEV生産を年間350万台、第3段階の2050年までに年間400万~450万台にするとした。

一方、政府は2022年7月に発出した首相決定876号で、2040年には内燃機関車の国内生産と輸入を停止し、2050年には内燃機関車の走行をゼロにする目標を掲げた。ベトナムの自動車業界関係者によると、1つのモデルを開発・生産・販売する上で、利益を上げるには通常6~10年間の販売期間が必要で、2040年に内燃機関車の生産ができなくなる場合、2030年ごろには内燃機関車以外の生産に切り替える決定をしなければならず、影響が大きいという。国内市場の拡大は期待できるものの、この目標どおりにEVシフトが迫られると、内燃機関車向けの新規投資に踏み切りづらい状況ともいえる。

また、直近では燃費規制の導入をめぐり、政府と産業界での議論が白熱している。自動車業界関係者によると、政府は2027年から燃費規制を設ける案を挙げたが、現行案では非常に厳しい数値が設定されているという。また、欧州や中国のようにメーカーごとの平均燃費規制(CAFE規制)ではなく、モデルごとの燃費規制となっている。産業界からは、現行案のままだと自動車価格が上昇し、自動車販売の減速と自動車産業の停滞につながるという危機感を訴えている。これは政府の税収にも影響する問題でもあり、VAMAをはじめ自動車業界が連携して政府への改善を要求している状況だ。

EVへの優遇策、拡充に期待

EVシフトを進めるに当たり、ASEAN各国でEVの販売と生産に対する税優遇や補助金の適用や検討が進んでいる。ベトナム政府は2022年3月からEV購入時の特別消費税と自動車登録料の減免措置を導入した。特別消費税は、9人乗り以下の内燃機関車の場合、排気量に応じて車体価格の35~150%が課せられ、自動車販売価格を押し上げる主な要因となっている。一方、同カテゴリーのバッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)に課される特別消費税率を2022年3月1日から5年間は3%に引き下げ、5年経過後の2027年3月1日からは11%を適用するとした(表1参照)。

自動車登録料は、特別消費税や付加価値税を加えた本体価格に乗じて徴収される。9人乗り以下の乗用車に対する新規登録料は原則10%。これがBEV、PHEVの場合、2022年3月1日から3年間は免除になった。3年経過後の2025年3月1日から2年間は、内燃機関車の半額相当に減額する(表2参照)。これらを踏まえ、仮に課税前の車体価格が400万円のガソリン車とBEVを比べると、2022年3月に購入する場合、BEVは特別消費税と自動車登録料の減免によってガソリン車よりも購入費用が200万円ほど抑えられることになる。

表1:自動車にかかる特別消費税率
項目 BEVおよびPHEV ガソリン車など
現行
2022年3月~
2027年2月
2027年3月~
9人乗り以下 3% 11% 35~150%
10~15人乗り 2% 7% 15%
16~23人乗り 1% 4% 10%
貨客兼用 2% 7% 15~25%

注:ガソリン車などの9人乗り以下と貨客兼用は、排気量によって税率が変わる。
出所:特別消費税の改正にかかる法律106/2016/QH13、法律03/2022/QH15を基にジェトロ作成

表2:初回の自動車登録料
項目 BEVおよびPHEV ガソリン車など
現行
2022年3月~
2025年2月
2025年3月~
2027年2月
乗用車の自動車登録税 0% 5% 10%

注:自動車登録料は原則10%だが、各省・市の人民委員会によって上限15%まで調整可能。
出所:政令10/2022/ND-CPを基にジェトロ作成

自動車や主要部品の製造に対しては、2015年の政令111号(111/2015/ND-CP)に基づき、法人税の減免措置が適用され得る。通常20%の法人税率は、売上高を計上した年度から15年間は10%に引き下げられる。同時に、課税所得を計上した年度から4年間は免税、その後の9年間は50%の減税が適用される。これ以外にEV関連の生産面に特化した恩典はないが、計画投資省産業局の自動車産業担当者によると、政府内で現在検討が進んでいるという。なお、自動車業界関係者からは、政府は恩典によって中国のEVメーカーが攻勢をかけるのを警戒している面もあるのではないかとの意見も聞かれた。

ベトナムでは同様に、EV用の充電ステーションの設置など、インフラ整備に対する恩典も定められていない。政府には投資環境の整備や恩典を求める企業の声も届いているが、この分野に関する政府の方針が定まっていないため、具体的な恩典などの議論に進めていない状況だという。また、EVシフトを後押しするため、政府内では輸送手段に対する炭素税導入の検討も進んでいるという。

EV販売とインフラ整備、ビンファストが単独で進行

このように、ベトナムはEVシフトを進める方針を示しつつも、EV販売時の優遇措置以外では具体的な政策を定めていない状況だ。そのため、EVの輸入販売を始める動きはあるが、外資企業はベトナムでの生産など積極的な投資には踏み切れていない。このような状況下、ビンファストはEVへの大型投資を進めている。同社は、不動産事業を主体とする地場大手複合企業ビングループの子会社として設立され、2019年からベトナム北部ハイフォン市内の工場でガソリン車の生産を開始した。2021年3月にはBEVの受注を開始し、同年12月から納車を始めた。2022年1月にはガソリン車の生産を停止すると発表し、同年半ばからEV生産に一本化した。有力な外資企業との提携を進めるとともに、2021年12月には中部ハティン省でグループ会社がEV用のバッテリー工場を着工した。また、ビンファストは国内だけでなく、国外でのEV販売も念頭に置いた戦略を展開している。特に米国向けには、輸出を開始しており、現地生産の計画も進めている。

ビンファストによると、2022年末までの約1年間で販売・納車したBEV台数は7,165台だった。半導体不足やサプライチェーン寸断の影響も見られたが、ベトナム自動車市場でのBEVのシェアは1%ほどだと推察される。BEVの販売・購入に対する政府の優遇策の恩恵を受けつつ、独自のプロモーションを実施することで、販売価格を抑えている。それでも、自動車業界関係者からは、現状のEV購入者は実用性を踏まえて、ガソリン車を既に所有している人(2台目以降のニーズ)に限られるとの声も聞かれ、EV普及には時間がかかる見込みだ。ベトナムはこれから初めて自動車を購入する層が増える段階にある。長距離移動を含め、さまざまな用途に対応できる自動車が求められるため、1台目からEVを購入する需要者を確保するの簡単ではない。

充電ステーションの整備も課題だ。政府によるインフラ整備の方針や支援策が見えないまま、ビンファストは自前の充電ステーションの設置を進めている。ビングループの関連不動産(マンション、商業施設など)、高速道路のサービスエリアなどへの設置を中心に、2022年中に全国63省・市に15万基が設置されたという。さらに、ビンファストは2023年2月、バッテリー充電器を搭載した専用車を投入し、EVの充電と修理サービスを開始すると発表した。同年6月までに専用車100台を導入し、サービス対象地域を全国63省・市に拡大する計画だ。

自動車産業の発展に向け、段階的なEVシフトが必要

ビンファストが全国規模で充電ステーション設置を進める中、ベトナムとしての標準規格が定まっていないという問題もある。政府は後追いで標準規格を策定している状況で、その規格が決まらない限り、自動車メーカーもEV導入に向けた戦略を立てにくい。ビンファストの充電ステーションは現在、自社EVにのみ対応した仕様となっているため、そのまま他社のEVが活用することはできない。ビンファストとの連携で将来的に他社のEVが利用できるようになる可能性はゼロではないが、現状は極めて不透明な状況だ。このような問題の解決のためにも、政府によるEVインフラ整備促進の政策が早急に求められる。

また、段階的にEVシフトを進めていく現実的な政策も必要だ。前述のとおり、急激なEVシフトは国内の自動車市場の成長を鈍化させ、自動車関連産業に悪影響を及ぼすリスクが高い。BEVとPHEVだけでなく、ハイブリッド車(HV)の導入も含めて、段階的な自動車市場の成長と温室効果ガス排出量の抑制を進めていくという提案がVAMAをはじめとする自動車業界から挙がっている。政府の担当部局では、段階的なEVシフトへの理解が少しずつ浸透しており、HVに対する政策も検討中のようだ。交通運輸省(MOT)と商工省(MOIT)はHVからBEVに転換していく方針について、首相に直接報告しており、首相から各省に検討指示が出ているという。

EVの動力源となる電力の供給についても、見過ごせない点がある。ベトナムの電源構成は現在、石炭火力発電に大きく依存している(注4)。将来的に再生可能エネルギーの割合を増やす方針は掲げているが、具体的な計画策定は難航している。拡大する電力需要との兼ね合いもあり、電源の脱炭素化は早期に進むものとは考えられない。環境負荷を考慮する上で、自動車に関してはHVを含めた段階的な脱炭素化が現実的だといえる。

脱炭素化に向けた政策と実態との乖離は、その他の自動車産業政策でも起きている。政府は排ガス基準のロードマップを示した2011年の首相決定49号(49/2011/QD-TTg)で、ベトナムで生産・輸入する全ての自動車について、2022年1月からユーロ5適合車にするよう指示していた。一方で現在、ユーロ5に準拠したガソリンやディーゼル燃料を販売しているのは大都市の一部のガソリンスタンドに限られている。自動車は高い環境対応を求められる一方、それに対応した燃料の供給ができておらず、事実上、十分な効果を成していない状況といえる。

このように、ベトナムの自動車産業政策は、野心的な計画を描きつつも、実態に合わないまま走り出してしまうケースが散見される。EVの政策に関しても、脱炭素化の目標ありきで、現実的な自動車産業の発展が考慮されていない面が多い。ベトナムの自動車産業の発展や産業競争力に影響することでもあり、自動車関連企業が連携して、政府に改善要望を上げていくことが引き続き重要だ。ベトナム計画投資省産業局からは、EVをはじめとする自動車産業発展に向けて、国際機関や外国政府からの提言や支援も歓迎するとの発言があった。

EVシフトの潮流は、内燃機関車の生産でタイやインドネシアに遅れをとったベトナムにはチャンスとなり得たが、政策面の出遅れがみられる。EV産業の誘致に向けて恩典を用意する国・地域は多く、企業はベトナムでEV関連の生産にメリットを見いだしにくい状況だ。自動車業界の関係者からは、タイやインドネシアと同じことをしても負けるという危機感を持って臨む必要があるとの声も聞かれる。一方、ベトナムは今後も自動車販売の拡大が見込まれる有望な市場だ。消費者の要望やインフラ整備状況を踏まえ、HVへの優遇を含めた段階的なEVシフトを促していくなど、政府には産業発展と脱炭素化をともに推進する政策が期待される。自動車関連企業にとっては、政策やビンファストの動向を注視しつつ、市場拡大を見越した調達・生産・販売の戦略が重要となってくるだろう。


注1:
ベトナム計画投資省産業局の自動車産業担当から入手したデータを参照。
注2:
ASEAN自動車連盟の統計参照。
注3:
ベトナム統計総局の速報値参照。
注4:
2021年の発電設備容量は、石炭火力が3割以上を占める。発電量は4割以上を石炭火力に依存(2022年3月31日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ横浜、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)、広報課、ジェトロ・ハノイ事務所(ベトナム)を経て現職。