外国企業の参入戦略
米メリーランド・メドテックサミット(1)

2026年5月18日

ジェトロは3月24日、ジェトロのビジネス視察ミッションの一環で米国メリーランド州を訪問していた日系企業とともに、同州で開催されたメドテック・サミット2026外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに参加した(2026年4月13日付ビジネス短信参照)。同サミットは、3月末のメドテック・ウィーク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの期間中に催される年次イベントで、同州ライフサイエンス・コミュニティや関連企業の最新イノベーションの紹介に加え、資金調達や州政府のアプローチなどの情報を得る上で、米国進出を目指す企業にとって重要なネットワーキングの機会として知られている。設立から3年目を迎えた今回のサミットには、総勢500人の企業、政府、医療関係者、研究者などが参加。本稿では、同サミットで示された州政府のビジョンと外国企業の参入戦略の一端を紹介する。


メリーランド・メドテック・サミット、パネルディスカッションの様子(ジェトロ撮影)

ライフサイエンス・エコシステムにおける州政府のビジョン

午前の一般会合では、メリーランド州商務副長官リカルド・ベン氏と、同州保健長官のミーナ・セシャマニ医学博士による基調講演が行われ、同州の3つの重点産業の1つであるメドテック・セクターにおける州政府のアプローチを紹介した(注1)。その中でベン商務副長官は、メドテック・サミットを、世界中から多くの医療機器イノベーター、投資家、臨床医、研究者、製造業者、政府関係者などが一堂に会し、同州エコシステムにおける多様な連携の深化と相乗効果を示す場として位置付けた。また、2025年に州政府が主導した日本とカナダへのミッション派遣(2025年4月16日付ビジネス短信参照)の成果として、今回のサミットに多くの日本とカナダ企業が参加しており、各企業の専門的知見や経験を共有するセッションが予定されていることについても言及した。さらに、こうした取り組みを通じ、州政府として国際貿易パートナーシップを強化するとともに、経済成長と労働力開発の新たな機会を創出していると強調した。

セシャマニ保健長官は、近年の州政府の具体的な取り組みとして、イノベーションの導入による医療データ・エコシステムの構築に焦点を当てた。その中で保健長官は、人工知能(AI)導入による業務効率の向上や医療アクセスの拡大が、同州民の健康成果や格差是正にもたらす恩恵について言及した。現在AI、ビッグデータ、機械学習への投資が爆発的に増加していることに触れ、こうした分野は特に医療セクターの新たなフロンティアとなるとした。例えば、州政府はメリーランド大学のヒルトップ研究所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注2)との提携を通じ、メディケア(高齢者や障害者向け公的医療保険)およびメディケイド(低所得者向け医療保険)加入者を対象に、回避可能な入院や救急外来診断を予測するツールを開発し、これにより医療従事者の業務効率性をサポートしている。また州政府が最近導入した「メリーランド統一給付スクリーナー(Maryland Unified Benefit Screener外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」は、住民の公的給付へのアクセスを簡素化したモバイル対応のオンラインツールであり、州民はこのスクリーナーに一度登録するだけで、受給資格をいつでも確認することが可能となる。さらに、医療アクセスへの地域格差是正のため、連邦政府からの助成金である「地方医療変革プログラム(Rural Health Transformation Program外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」の一環として、医療イノベーション促進のための競争的助成金を設置する予定であるとした。

医療イノベーションの中でも特に計算生物学やデータヘルス分野は、雇用、賃金、富を米国全体にもたらすとし、第2次トランプ政権下でも政策的な支援対象となっている。2025年7月、連邦政府は民間主導の新たな医療データ・エコシステム構築に注力するため、グーグルなど大手テック企業と連携し、アプリを介したデジタルヘルス・エコシステムを構築する旨を発表している(CMSウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。州政府関係者のパネルでは、そうした連邦政府の動向についても言及された。医療イノベーション分野における外国企業とのパートナーシップを深化させつつ、デジタルヘルスに焦点を当てた連邦政府の政策の方向性と連動させることでリソースを確保するという州政府の戦略が垣間見られた。

米国進出に向けた3つのポイント

外国企業の米国進出戦略に焦点を当てたパネルディスカッションでは、既に同州で事業基盤を確立している企業と、米国での事業拡大を見据える企業双方の視点が披露された。カナダ企業のモレキュラー・ユー(Molecular You)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますプロファウンド・メディカル(Profound Medical)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、および日立デジタルサービス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます三洋化成外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの4社が登壇した。議論では、米国進出に向けた具体的なポイントとして、以下の3点が示された。

  1. まず、米国進出初期段階で最も重視されたのが、キー・オピニオン・リーダー(KOL)の発掘だ。前立腺がん治療のための医療装置製造に携わるプロファウンド・メディカルは米国進出初期段階でKOLを50人リストアップした。その中のカナダのサニーブルック病院の医学博士の協力の下、米国に参入する足掛かりとしてメリーランド州ボルティモアに所在するジョンズ・ホプキンス大学との連携を開始した。同大学は、約25年前に始まったロボットによる手術革命を先導した拠点として広く認知されていたからだ。その後、同大学とともにメリーランド州 ベセスダに所在する米国国立衛生研究所(NIH)と連携体制を構築することに成功。こうした初期のパートナーシップが功を奏し、最終的に同大学、NIH、シカゴ大学が、同社の技術を用いて研究を進め、記録的な速さで研究費の払い戻しを受けることができた。最先端の研究所が密集しているメリーランド州エコシステムを代表するKOLや研究機関と初期段階で連携できたことが成功のカギとなった。

    細胞培養に関連する製造工程の一部の米国への移転を検討している日立デジタルも、米国における技術有効性を実証するためのKOLやパートナーを模索している段階であり、そうした観点から、関係研究機関や米国食品医薬品局(FDA)など規制当局との近接性は同州の魅力と語った。

  2. 次に、米国市場で事業を拡大する上で不可欠となるのが、医療費償還(保険適用)に向けた戦略だ。バンクーバーに拠点を置くモレキュラー・ユーは、血液検査用の医療装置の開発を専門とする。同社検査キットではわずか250マイクロリットルという極めて少量の血液サンプルを用いて、208種類のたんぱく質や代謝産物を検出することが可能だ。また、同社技術のもう1つの特徴として、健康リスク評価の体系化を可能にする独自のAI支援型パターン認識技術が挙げられる。

    世界最大の医療市場である米国で、自社の検査方法や製品の有効性に加え、保険適用(償還)を含む事業モデルの妥当性を検証するため、まず臨床検査室改善修正法認証ラボ(CLIAラボ)を設立し、ラボ開発検査(LDT)を通して市場に参入することを目指している(注3)。同社は西海岸に有するCLIAラボ以外に、東海岸にもう1つ認証ラボを設置することにより体制強化を図る。同社が目指すのはニッチな製品としての普及ではなく、広範な患者層にアクセスすることであり、いかに償還獲得へと至る戦略を構築できるかがカギを握る。メリーランド州はその点、医療・ライフサイエンス分野の専門家、臨床研究や治験分野の研究機関が充実しており、新たなラボの有力な候補地となるという。

  3. 最後に、米国市場で競争力を確立する上で欠かせないのが、技術有効性の実証だ。プロファウンド・メディカルは、米国において自社技術の有効性を実証するには、製品の「決定的な価値」と経済的な側面での「数値的メリット」の双方を示すことが不可欠だと主張する。泌尿器科での技術有効性の実証では、単に「切開せずに治療できる」とうたうだけでは不十分であり、独自の臨床的価値を示すことが求められる。同社では、臨床実験として前立腺患者に同社の医療装置で施術を行い、直後に前立腺摘出手術を実施。摘出した前立腺を研究室でミクロトーム(注4)による薄切処理を施し、同社技術を用いた施術の正確性を示すことで技術の有効性の証明に取り組んでいる。

    また同装置はMRIで前立腺がんの病巣をリアルタイムで特定しながら指向性熱超音波で治療を施す(注5)。MRIで正確に病巣の位置を特定できるため、括約筋を切断してしまうなどのリスクを防ぐことが可能となる。このアプローチは、ジョンズ・ホプキンス大学をはじめとする医療機関の間で大きな反響を呼んだという。

新技術の価値をいかに提示するかという点での創意工夫については、シルクエラスチン創傷用シートという新規創傷治癒材の発売を目指す三洋化成も同意する(注6)。米国市場でこれまで満たされていないニーズの特定と、同社新製品がそこをいかに満たすことができるのかを把握することとも連動するからだ。そうした観点から、「メリーランド州はデュアル・ユースを含む幅広いバイオ・クラスターを展開しており、多面的なアプローチを取ることが期待できる」としている。

メリーランド州では、州全体の医療アクセス、業務効率性、健康成果の向上を図る州政府戦略の下、企業や研究機関がニッチな分野から同州エコシステムに参入し、医療の質を高めることで事業機会を創出している。同州のライフサイエンス・エコシステムは、AIを軸としたイノベーションと、産官学の連携によるアプローチが州全体の医療環境の底上げに寄与している好例といえる。


注1:
メリーランド州は量子コンピューティング、航空宇宙防衛などの先端製造業、ライフサイエンスを3つの重点産業としている。 本文に戻る
注2:
同研究所はメリーランド大学ボルティモア校に設置されており、データ分析を通し、国、州、地方レベルのライフサイエンス分野の公共政策をサポートしている。 本文に戻る
注3:
連邦政府が1988年に制定した、臨床検査の精度と信頼性を保証する臨床検査室改善修正法の基準を満たした認証施設。LDTは、CLIAラボ内でのみ開発・実施される独自の検査法。 本文に戻る
注4:
顕微鏡観察用に試料を極薄の切片にする装置。 本文に戻る
注5:
指向性熱超音波とは、特定の範囲や人のみに届く音波で、これを利用することでピンポイントに病巣を特定し、熱凝固することが可能。詳細はThe Focused Ultrasound Foundationのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る
注6:
三洋化成のシルクエラスチン創傷用シートに関する詳細は、三洋化成のプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
久峨 喜美子(くが きみこ)
英国オックスフォード大学にてPh.D.(政治学)を取得後、国連機関でのガバナンス交渉、労働権及び女性の権利保護に関するプログラム・マネジメントに従事。ビジネスと人権、サステナビリティ分野が専門。2025年から現職。