医療VCの現状と課題
米メリーランド・メドテックサミット(2)

2026年5月27日

ジェトロが米国メリーランド州に派遣したビジネス・投資環境視察ミッション(2026年3月31日付2026年4月7日付ビジネス短信参照)の参加企業は、2026年3月24日、同州で開催された医療機器分野のネットワーキングイベント「メドテックサミット外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に参加した。同サミットのパネルセッションでは、ライフサイエンス分野の投資家らが独自の視点を交え、スタートアップの資金調達における課題を議論した。本稿では、初期段階および後期段階のスタートアップ投資に関するパネリストの議論を手がかりに、米国ライフサイエンス分野の投資環境と、市場参入を目指す企業が直面する課題や対処策を解説する。

現在のライフサイエンス分野の投資環境

2020年から2021年にかけて、米国のメドテックIPO(新規株式公開)市場は急拡大した。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを背景に、医療機器や診断分野、特に簡易検査やデジタルヘルス分野への投資家の関心が高まったためだ。2021年には、ベンチャー・キャピタル(VC)による同分野への投資額・件数(以下、ディール額・件数)が1,683件となり、「ブーム」は頂点に達した(図1参照)。しかし、サプライチェーンの不確実性、規制環境の変化、連邦政府からの補助金削減などの政治経済的リスクを背景に、ライフサイエンス分野のスタートアップの資金調達環境は近年厳しさを増している。

図1:米国ライフサイエンス分野におけるVCのディール額・件数の推移
2021年のピーク時で1683件あったディール数は、2025年までに414件まで減少。ディール全体の額も29.9ビリオンドルから8.0ビリオンドルへ減少している。

出所:ピッチブック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのデータを基にジェトロ作成

実際に、ディール件数はピークである2021年の1,683件から2025年には414件まで減少している。さらに、リスク回避姿勢の強まりから、実績があり収益モデルが明確な投資先を厳選し、いわゆる「勝ち組企業」に資金を集中させる動きが強まっており、ディールは大型契約(メガディール)に偏重しつつある。こうした投資環境の下では、投資家は事業モデルの成長性やユニットエコノミクス(注1)の妥当性を、これまで以上に厳密に検証する必要がある。さらに、スタートアップにとっても、VC投資を得るためには、新技術の価値提示に加え、規制対応や投資回収までの道筋を含む明確な出口戦略の構築が不可欠となっている。

2025年末に急増した「安定志向型」メガディールへの偏重は2026年も続いており、大手製薬会社などはポートフォリオの差別化と成長に向けたリソース再配置の一環として、後期段階のスタートアップの買収を検討する動きを強めている。言い換えれば、その分、初期段階への資金提供者が減少することを意味する(注2)。実際、図2のとおり、2025年第1四半期のディール件数は、シリーズA(投資ラウンドにおける初期段階)がピークだった2021年第4四半期と比べて58%減となっている。英金融機関HSBCの2025年調査結果を引用した米国ライフサイエンス系メディア「バイオファルマ・ダイブ」の記事(注3)によると、特に米国の医療品スタートアップへの投資では、外国製医薬品への関税懸念、連邦政府の研究資金削減、政権交代に伴う公衆衛生機関のリーダーシップ交代といった環境変化を背景に、投資家はより慎重になり、小規模取引を避け、1ラウンド1億ドル(約150億円)以上のメガラウンドに資金が集中する傾向が強まっているとされる(注4)

図2:シード・シリーズAのディール件数の推移
シリーズAのディール件数も、2021年第4四半期に110件とピークを迎え、2025年第1四半期には46件まで減少している。

出所:Grant Thornton外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを基にジェトロ作成

米国全体としてライフサイエンス分野のスタートアップの初期段階への投資環境が厳しい中にあっても、メリーランド州のエコシステムは多くの強みを有する。特に米国国立衛生研究所(NIH)、国立科学財団(NSF)、ジョンズ・ホプキンス大学、メリーランド州立大学など、主要ライフサイエンス系研究機関が集積し、豊富な研究資源と高度な人材のプールを備えた、他に類を見ないバイオクラスターとして機能しているからだ。メリーランド州は、隣接するバージニア州やワシントンDCとともにライフサイエンス分野を牽引する「バイオヘルス・キャピタルリージョン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」とも呼ばれ、特にバイオファルマ分野では全米のクラスターランキングで3位に位置付けられる(メリーランド州政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注5)。また、州政府の資金面での支援も充実しており、ライフサイエンス分野に特化した研究開発段階での資金援助プログラムや税制補助が州の公式ウェブサイト上で体系的に整理され、企業が活用しやすい環境が整っている(2026年3月31日付ビジネス短信参照(注6)

もっとも、米国全体でみられるVC投資のディール金額の大規模化とディール数の減少傾向は、メリーランド州も例外ではない。VC市場データを提供する米調査会社のピッチブックによれば、2025年第2四半期から2026年第1四半期までにメリーランド州の企業が獲得した12件のディールのうち、シード段階と初期段階のディールはわずか4件にとどまり、そのうち最も高額な案件でも2,000万ドルとなった(表参照)。つまり、メリーランド州でも初期段階への投資件数が減少傾向にあることは明らかである(注7)

表:2025年第2四半期~2026年第1四半期の12件のディール概要
企業名 ディール段階 契約日 契約規模
(100万ドル)
CurieDx 後期段階 2026年3月11日 0.43
JuneBrain シード段階 2026年2月27日 0.45
Alphyn 後期段階 2025年12月12日 25.00
Aradigm 〔Enterprise Systems (Healthcare)〕 初期段階 2025年12月9日 20.00
SciNeuro Pharmaceuticals 後期段階 2025年12月4日 53.00
Neurava シード段階 2025年10月16日 1.60
Noxilizer 後期段階 2025年9月10日 30.00
Backpack (Clinics/Outpatient Services) 初期段階 2025年9月3日 2.87
Medcura 後期段階 2025年7月24日 28.55
Remedy Plan Therapeutics 後期段階 2025年5月13日 18.00
Zero Point Five Therapeutics 後期段階 2025年5月7日 4.30
CERTIFY Health 後期段階 2025年4月25日 10.00

出所:ピッチブックのデータを基にジェトロ作成

各投資家の視点と課題

(1)初期段階投資の課題

こうした投資環境について、メドテックサミットに参加したパネリストらはどのように捉えているのか。メリーランド州ボルティモアに拠点を置くエイベル財団外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのパネリストは、パネルセッションで初期段階スタートアップへの投資の重要性を強調し、地元経済の活性化を目的に、ポートフォリオの10%を地元の初期段階スタートアップへ直接投資していると説明した。同財団は、従来カリフォルニア州シリコンバレーやマサチューセッツ州ボストンのバイオクラスターに流れがちなライフサイエンス系VCファンドを地元に呼び込み、同州の助成金を活用したビジネスで得た収益を再びスタートアップ支援や研究開発に再投資するという、回収可能な投資モデルを展開していると述べた。

同様にインパクト投資(社会課題の解決を目的とする投資)を行うメリーランド州立大学モメンタム・ファンド外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのパネリストも、地元の初期段階スタートアップへの投資の重要性を強調した。同ファンドは、同州の州立大学ネットワーク発の技術の商業化に重点を置き、研究者らが開発した技術のライセンスを受けた企業に投資する仕組みを持つ。資本を再投資して初期段階スタートアップの事業継続やスケール化を支援するという視点はエイベル財団と共通するが、同ファンドは州内投資家との共同投資を通して投資基盤を強化し、さらに民間投資家や他のインパクト投資財団など外部資金の呼び込みも目指している。

これら初期段階に着目する投資家が共通して指摘する課題は、資金調達を目指すスタートアップ側も、初期段階からコスト削減や収益向上を含む「投資対効果(ROI)」を明確に示す必要があるという点だ。エイベル財団のパネリストは、「ROIを証明するため、数年前までシリーズAの資金調達では求められなかった臨床データが要求されるようになり、そのハードルは近年一段と高くなっている」という。以前はROIを証明するプロセスの中で連邦政府の補助金を活用するケースもみられたが、その補助金も年々減少傾向にある(注8)。こうした状況下で、新製品の投資価値を示す段階で苦戦する企業は多い。また、米国医療機器メーカーは従来、米国に加えて欧州市場に進出することが一般的だったが、2017年以降のEU医療機器規則(MDR)への移行により〔欧州連合(EU)ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注9)、同基準への適合を示す「CEマーク」を取得が難しくなっているという。実際、2021年5月の施行で強化されたMDRの臨床評価要件により、欧州市場から撤退する米国医療機器メーカーも少なくない(注10)

つまり、母数が減少しつつあるディールを獲得するため、初期段階の企業には、他製品との差別化や臨床データを活用した投資家へのアピールがこれまで以上に求められることになる。

(2)後期段階への投資における課題

では、後期段階を中心に投資活動を行うファンドは、現在の資金調達市場をどのように見ているのか。運用資産約750億ドルを誇るプライベート・エクイティ・ファンド、H.I.Gキャピタル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのパネリスト(注11)は、初期段階スタートアップの厳しい投資環境に加え、後期段階の投資活動を含む市場全体の構造的な課題にも言及した。

同パネリストによると、2021年でピークを迎えた医療機器や簡易検査機器への投資ブームは、当時の初期段階企業にとって大きな追い風となった一方で、「当時上場した初期段階企業は現在、厳しい再評価の局面にある」という(注12)。後期段階を中心に活動する投資家にとっては出口戦略を見極めが極めて重要であり、同様の評価を初期段階企業にも求める傾向が強まっている。そのため、IPOや買収といった具体的な出口機会の見通しが立ちにくい初期段階企業への投資を控える傾向が強まっていると述べた。

ここで懸念されるのは、後期段階への投資を重視する投資家が初期段階への投資を控えることで、初期段階への資金供給が先細り、エコシステム全体の健全性が損なわれかねないという構造である。そしてその影響は、将来的に後期段階中心の投資家自身や、彼らが投資する企業にも跳ね返りかねない。というのも、良質な後期段階の投資案件を継続的に確保するためには、誰かが初期段階の臨床開発段階に資金を提供し、規制当局との交渉や償還制度の確立を進め、理想的には初期段階の売り上げ創出までを支援する必要があるからだ。こうした初期段階を支える投資家層や開発パイプラインの厚みをいかに維持・拡張するかという課題は、後期段階に重点を置く投資家にとっても常につきまとう。

初期段階で資金調達を受けられるスタートアップが減少すれば、その影響は皮肉にも後期段階のスタートアップにもブーメランのように返ってくる。この構造的ジレンマをどう解消するかが、エコシステム全体の持続性を考える上で今後ますます重要となる。

起業家へのアドバイス

パネルでは、前述のROI提示という課題に対するアドバイスも紹介された。パネリストの発言を総合すると、1点目として、シリーズAの資金調達でも臨床データが求められるようになってきた現状を踏まえ、臨床データ、顧客インタビュー、投資家からのフィードバックなど、事業の妥当性と価値を示すあらゆるデータを早期かつ継続的に収集するための具体策として主任研究者(PI)と連携することが挙げられた。実際に研究費を負担するPIとの共同研究が増えているのも、PIとの連携が初期データを低コストで取得するための重要な戦略となりつつあるためだ。特にNIHやNSFの研究費を持つPIとのコラボは、研究的妥当性や信頼性の裏付けとなるため、VCファンドはPIとのコラボを技術の質を判断する重要な指標として見ているという。

2点目として、顧客や患者層の早期発掘、商品の差別化など、現場の声を最も正確に把握できるキーオピニオンリーダー(KOL)とどう関わるかが極めて重要となる(2026年5月18日付地域・分析レポート「外国企業の参入戦略」参照)。モメンタム・ファンドのパネリストは、「実働型」アドバイザーとなるKOLを配置することで、臨床試験デザインの構築、患者選定基準の明確化、医師による採用障壁の事前緩和が可能となり、早期ユーザー獲得にも直結すると指摘した。もちろんPIがKOLの役割を兼ねる場合もあるが、いずれにせよ初期段階企業がROIを示すためには、医療システム内の人脈を持ち、早期顧客につながる実務経験者を含むPIやKOLをアドバイザリーボードに組み込むなど、バランスのとれたチーム構築が不可欠であり、投資家への強いアピール材料となる。

3点目として挙げられたのは、資金調達の難易度や、KOLやPIの意見やデータ、そして市場ニーズに応じて戦略を調整できる柔軟性の重要性である。具体的には、(1)資金調達の状況に応じて大規模試験を延期し、小規模の実証データに集中する、(2)製薬企業や医療機器メーカーとの早期連携にかじを切る、(3)資金減少を抑えるために開発の優先順位を見直す、といった対応が例として示された。エイベル財団のパネリストも、投資先の選定において「環境に応じて柔軟に方向転換できる企業を厳選する」と明言しており、投資家が重視するのは、企業が資金調達環境の変化に合わせて計画を調整しつつ、技術の核を維持したまま用途や市場をシフトできるかどうかである。

ポスト・パンデミックの需要変化や政治・経済要因による投資環境の揺らぎの中で、投資価値のストーリーをどう構築し、バランスの良いチームを整え、市場の声に応じて戦略を柔軟に変更できるかが問われている。今回のパネルは、メリーランド州のみならず米国進出を目指す企業にとって、VCマップに載るための重要な分岐点を示すガイドラインの一端といえる。


注1:
顧客1人当たりの経済性を測定する指標で、顧客を獲得コストと、その顧客が生涯にもたらす利益を比較して算出される。事業の健全性や将来性を評価する上で重要な指標である。 本文に戻る
注2:
初期ステージの資金提供者が減少する一方、1件当たりのディール額は増加傾向にあることが複数の情報源で指摘されている。ピッチブック「Healthtech VC Trend Q2 2025外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。 本文に戻る
注3:
Wu, G. (2025)Biotech startup funding dried up in second quarter- HSBC finds,外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます Biopharma Dive, July 17. 本文に戻る
注4:
本稿では、1回当たり1億ドル以上の調達を「メガラウンド」、投資家1社による高額契約を「メガディール」と定義する。 本文に戻る
注5:
メリーランド州政府ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、同州のライフサイエンス産業の概況を掲載している。 本文に戻る
注6:
メリーランド州政府ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、ライフサイエンスを含む全ビジネスインセンティブが一覧化されている。 本文に戻る
注7:
なお、バイオテック・ゲートベンチャー・バリュエーション外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが共同で作成し、メリーランド州政府が発行しているデータ(2024年版、13~14ページ)からも、資金調達環境の厳しさがうかがえる。詳細は「LIFE SCIENCE TREND ANALYSIS|2025PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.08MB)」を参照。 本文に戻る
注8:
2025年11月、連邦政府はNIHおよびNSFの研究費3,800件を削減または凍結された。詳細はScience Newsウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る
注9:
欧州で流通する医療機器に関する規則、医療機器指令(Medical Devices Directive:MDD)と能動埋込医療機器指令(Active Implantable Medical Devies Directive:IMDD)に代わる医療機器規則(Medical Device Regulation:MDR)が2017年5月に発効されたことにより、EU市場で医療機器を販売する全ての企業を対象に、より厳格な臨床評価、技術文書審査、トレーサビリティが要求される。詳細はジェトロ「欧州医療機器規則 Medical Device Regulation(MDR)概要PDFファイル(431KB)」を参照。 本文に戻る
注10:
Kearney, B and McDarmott, O. (2023) “The Challenges for Manufacturers of the Increased Clinical Evaluation in the European Medical Device Regulations: A Quantitative Study”, 57(4), Therapeutic Innovation & Regulatory Science, pp.783–796.(米国立医学図書館ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照) 。 本文に戻る
注11:
H.I.Gキャピタルは、成長段階の企業をより重視している。製品に特化した専用のヘルスケア・ファンドや医療品開発受託機関(CRO)を保有しているため、現在ではヘルスケアのほぼ全領域で積極的に活動している。対象としているのは、売上高500万~1,000万ドル程度で、キャッシュフローへの道筋が見えている企業であり、VC分野には参入していない。 本文に戻る
注12:
フィアース・バイオテックは、多くの企業が2022年に入り株価が大きく下落し、パンデミック特需が剝落したことで評価が急落したとしている。詳細はFIERCE Biotechウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る

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執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
久峨 喜美子(くが きみこ)
英国オックスフォード大学にてPh.D.(政治学)を取得後、国連機関でのガバナンス交渉、労働権及び女性の権利保護に関するプログラム・マネジメントに従事。ビジネスと人権、サステナビリティ分野が専門。2025年から現職。