ディープテック企業にとってのドイツの魅力
スタートアップの挑戦(2)
2026年4月10日
スタートアップの海外展開先として近年、ドイツのエコシステムの注目度が増している。イスラエルの調査会社スタートアップ・ブリンクによる「スタートアップ・エコシステム・インデックス」(注)では、世界1,400以上の都市と100以上の国を対象に、スタートアップの活動度、投資環境、ビジネス環境などを比較したランキングを毎年発表している。2025年の同インデックスは、2021年から連続して米国が1位となっており、7位のドイツとは4倍以上のスコアの差がある。スタートアップにとって米国が総合的に最も魅力的な国であることは明らかだが、前年からのスタートアップ・エコシステムの成長率を見ると、米国は上位10カ国の中で最も低い18.2%だった。一方、ドイツの成長率は米国のそれを上回る28.4%となっている。さらに、都市別のエコシステムのランキングでは、世界上位1,000都市のランクイン数が年々減少している米国に比べ、ドイツは前年の45都市から2025年は53都市に増えている。
本稿では、ジェトロ横浜が主催したディープテック・ドイツミッション(2025年9月29日~10月2日、2026年3月26日付地域・分析レポート参照)に参加したエニィエッジの田中大右代表取締役(取材日:2025年12月16日)とエクステリジェンスの室伏陽最高経営責任者(CEO)兼共同創業者(取材日:2025年12月23日)のインタビューを基に、同ミッションへの参加を通じて感じたドイツのスタートアップの受け入れ環境や米国のエコシステムとの違いなどを紹介する。2社の事例を紹介することで、ドイツにおける日系スタートアップの活躍の可能性を探る。
欧州最大級のペット市場を有するドイツ市場への挑戦
Any-Edge
(エニィエッジ、本社:東京都)は、2023年11月に設立した国内でも例のない「歯科医院併設型スタートアップ」だ。創業者の田中氏が歯科医師・法務博士・エンジニアという複数の専門性を持ちながら、少数精鋭のチームを率いて事業を進めている。同社は、口腔(こうくう)モニタリングデバイス「エスキット(S-KIT)」の研究開発をしている。エスキットは、呼気および唾液成分を分析し、歯周病の早期リスク評価を実現する小型センサーデバイスだ。専用アプリケーションを通じて、リアルタイムで分析結果をパソコンやスマートフォンで表示するとともに、分析データをクラウド上に保存・記録することでトラッキングが可能だ。歯周病原菌が発する揮発性硫黄化合物(VSC)を検知する独自の呼気センサー技術を搭載している。エスキットは、非侵襲的(身体を傷つけない)な生体サンプルである呼気や唾液からペットや人の歯周病など健康リスクの早期発見が可能な、画期的な予防医療デジタルデバイスだ。
日本国内は予防医療よりも治療ベースの医療が主軸であることから、同社は創業当初から予防医療に需要のある国への海外進出を検討していた。海外の展示会やアクセラレーションプログラムなどへ積極的に参加し、現在、国内外7社とPoC(概念実証)や共同研究、秘密保持契約書(NDA)締結を進めている(2025年12月16日取材時点)。

同社がドイツに魅力を感じている理由は大きく分けて2つある。1つは、欧州最大級のペット市場であることだ。ペット市場は現在、世界各国で拡大しており、欧州も主要なマーケットだ。欧州の特徴として動物愛護(アニマルウェルフェア)の考え方が根強い点が挙げられるが、特にドイツは動物愛護を重視している国の1つで、動物愛護がドイツ憲法に明記されており、動物愛護法(Tierschutzgesetz)による規制がある。犬の施設は行政によって管理され、引き取り手がない犬は生涯を終えるまで行政が世話をする。こうした社会的特徴を踏まえ、同社が開発するペットの予防医療デバイスがマッチすると考えた。
また、ドイツのヘルスケア産業が発達していることも理由の1つだ。連邦経済・エネルギー省の統計によれば、ヘルスケア産業は2024年に全産業での粗付加価値の12.5%に相当する4,902億ユーロを創出し、前年比4.7%増となった。ヘルスケア関連製品の2024年の輸出額は1,751億ユーロ(前年比4.1%増)で総輸出額の9.6%を占めており、ドイツの主要産業の1つとなっている(2025年11月28日付ビジネス短信参照)。
加えてドイツの魅力といえるのが、「顧客の見つけやすさ」だという。特にミュンヘンは富裕層が多く、産業の幅が広い。そのため、協業先だけにとどまらず、製品やサービスを利用する顧客を見つけることも可能だ。同氏によると、ドイツに出展した他の外国企業も同様の魅力を感じていたという。

魅力的な米国市場、戦略的にドイツへの進出を優先
田中氏は、最終的な進出先として、「やはり米国は魅力的だ」と話す。その最大の理由は何といっても市場の大きさだ。実際に前述したペット市場やヘルスケア産業においても、市場の大きさでは米国の方が大きく、ビジネスチャンスがあるといえる。しかし、「現時点ではドイツへの進出が適している」という。その理由として、1つ目は競争が米国ほど激しくないことだ。欧州でも競争はあるが、米国ほどではない。また同社の呼気センシングデバイスについて、類似デバイスを開発している企業がほぼないことからも、欧州は同社にとって有利な市場だという。欧州では職場などの空調を調査するセンシングデバイスを開発する企業はあるが、同社のような呼気のセンシングデバイスはまだなく、企業から協働研究を持ちかけられることも多いそうだ。
また理由の2つ目は、米国と比べ、ドイツなど欧州では個人のつながりを大事にする傾向にあることだ。例えば一度取引などで協力関係を結べれば、そのつながりを生かして仲間同士で事業展開またはスケールをしたいと考える傾向があるという。
3つ目は、ドイツの技術の認証過程や輸出入関連における基準の厳しさだ。基準の厳しいドイツをクリアできれば、ほかの国においても認証関連はクリアできる可能性が高まる。こうした面では、米国よりもドイツが魅力的だと話す。
田中氏は、ドイツへの進出を目指すにあたっては、自社の製品やサービスに科学的根拠(エビデンス)をしっかりと示すことが重要になるという。ドイツでは「どのくらいエビデンスがあるのか」「どのくらい論文を公開しているのか」と、データによる裏付けの有無をより重要視する傾向がある。一方、米国では、製品やサービスの科学的有効性だけでなく、ビジネスモデルとしてスケールアップする可能性があるか、事業計画も合わせて厳しく評価されることが多いと語る。
世界で唯一の「細胞内タンパク質結晶化技術」で酵素の産業利用を変革
Xtelligence
(エクステリジェンス、本社:東京都)は、創業準備中の東京科学大学発のスタートアップだ。東京科学大学でタンパク質の構造解析技術や開発基礎研究を行っている上野隆史教授の研究室で研究が進められている、結晶タンパク質(Protein Crystal Material、PCM)を用いて、高付加価値酵素の製造・利用を可能にする技術の事業化を目指している。現在、産業界では、化学品を生成する際に化学触媒が広く使われているが、化学触媒は、高熱での処理が必要で、使用済み触媒は廃棄しなければならず、かつ汚染水の処理も必要となるため、環境負荷が大きく、サステナブルでない。
そこで同社は、化学触媒の代替方法として、酵素の利用が可能であることに着目し、世界で唯一の細胞内タンパク質結晶化技術を用いた酵素の産業利用の実現を目指している。従来の技術では製造や利用が難しかった酵素を、PCMで包むことによって安定化させ、これまで利用できなかった環境下でも、生体触媒として利用可能にする画期的な技術だ。酵素は生体内に存在しているもののため、環境負荷が低く、かつリサイクル利用が可能なことも利点だ。
同社は将来的に、(1)顧客のニーズに合わせた酵素種を基にした製造技術開発、(2)利用技術のライセンス販売、(3)需要の高い酵素の製造販売など、主に3つの事業を視野に入れている。同社の高機能酵素関連技術は、研究試薬、食品加工、化学品製造など、さまざまな分野において活用の可能性があるとみている。まだ創業前にもかかわらず、同社は既に国内外の大手化学メーカーなどを中心に秘密保持契約(NDA)を10件ほど締結しており、製造業からの注目が高い。日本国内だけでなく、化学産業が発達している米国や欧州においても同社の事業に対するニーズが高いと考えており、2026年4月には米国支社を立ち上げる予定だ。

米国展開後、欧州・ドイツを視野に
室伏氏によると、生体触媒の市場規模は全世界でおおよそ1兆円、そのうち日本と米国で5,000億円を見込んでいるという。そのため、創業段階から日本だけでなく、米国でも事業展開していく方針だ。海外展開にあたっては、資金調達先、顧客、共同研究先などのパートナーの開拓が不可欠となる。現地市場に詳しいメンターも必要と考えており、米国には現在3人のメンターがいるが、今後、ドイツのメンター探しもしたいと考えている。
顧客企業にとっても、化学触媒を生体触媒に変更することは、ハードルが高いため、米国に拠点を有する日系企業を中心に、まずは米国でPoCを行っていく予定だ。今後3年間で、米国の日系企業とのPoCを実施しつつ、ライセンス契約や需要の高い酵素の製造販売に向けた製品開発を並行して行っていく計画だ。資金調達の状況にもよるが、欧州、ドイツについては、4、5年目から展開することを想定しているという。ドイツは日本と同じような工業国であり、ものづくり産業が発達している点や、環境規制など環境配慮への意識が高いという観点から、生体触媒の需要があると見込んでいる。
今回のドイツミッションへの参加目的の1つとして、「ドイツ市場の需要を見定めるための情報収集」を掲げていた。ミッションへの参加を通じて、「ドイツのスタートアップ・エコシステムに関する学びが深まった」と室伏氏は語る。
まず、ドイツのスタートアップ・エコシステムは、アーリーステージから支援体制が整っていると感じたという。日本でも大学発ベンチャーがディープテックに投資するという流れができてきているが、ドイツの方がその体制がよく整っている。資金面を含めて、大学や研究機関を中心に大学発の起業やスタートアップを支援する制度が充実していると感じたという。ただし、実際に支援を受けるためには、その大学発のスタートアップでないと難しいという印象を持った。例えば、ミュンヘン工科大学(TUM)にも多くのディープテックが存在する中で、外部のスタートアップが入り込むことは狭き門だと感じている。
ただし、ドイツの起業文化に関しては、日本と共通している面があると語る。ドイツではまず実証を行って、エビデンスを収集した上で、実際の商業利用につなげるという方法で、日本のやり方に近い。そのため、日本で実施したことをドイツでも活かせる素地があると捉えている。
今後の海外進出に向けて、室伏氏は、現在、同氏を含めて3人の創業者全員が日本人のため、海外展開を本格化させるためには、将来的には米国人やドイツ人にも創業者として参画してもらいたいと考えているという。そのためにも、海外のスタートアップ・エコシステムを通じたネットワーク作りが重要であり、ジェトロの事業なども引き続き活用していく方針だ。同社のPCM技術によって酵素の産業利用を促進し、化学触媒の生体触媒への代替を実現して、社会にポジティブなインパクトを与えるべく、国を跨いで着実に成果を出していくことを目指す。

市場や自社の事業の成熟度に合わせた戦略的な海外進出がカギ
ディープテックの海外展開に向けたステップはそれぞれ異なる。エニィエッジは最終的な進出先として米国を見据えながら、欧州市場の強みや特徴を捉え、自社のビジネスの成熟度や資金力を考えた上で、まずはドイツでの土台作りを進める意向だ。エクステリジェンスは、米国展開後の次の市場として欧州・ドイツを視野に入れている。今後も日本のスタートアップにとって米国は魅力的な市場であり、進出先として選ばれることに変わりはないだろう。一方で、市場や自社の事業の成熟度に合わせて、ドイツなど欧州にも戦略的に事業展開していくことは日本のスタートアップにとって選択肢となり得る。
- 注:
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Startup Blink「Global Startup Ecosystem Index 2025
」参照。
スタートアップの挑戦
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- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部調査企画課
小林 美晴(こばやし みはる) - 2025年、ジェトロ入構。同年4月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部 総括課長代理
土屋 朋美(つちや ともみ) - 2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ・ブリュッセル事務所、ビジネス展開・人材支援部、調査部欧州課などを経て2024年9月から現職。





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