米メーン州のエネルギー現代化
地産地消を目指す多層的ガバナンス
2026年7月16日
米国最北東部に位置するメーン州は再生可能エネルギー資源に恵まれている。特に州北部は陸上風力に適しており、森林バイオマスなどの豊富な資源を有する。だが、容量不足など送電網の脆弱(ぜいじゃく)性が制約となり、開発は進まなかった。同時に、ガス・石油パイプラインの輸送能力が限定的で、冬季の暖房需要を安定的に満たせないという問題も抱えていた。こうした状況を踏まえ、メーン州は約20年前から暖房・輸送などを電力に置き換える「電化政策」と「送電網の現代化」に取り組んできた。2019年1月にジャネット・ミルズ知事(民主党)が就任して以降、同州は州政府・公共委員会・自治体が役割分担しながら政策を運営する「多層的ガバナンス」(注1)を整備し、電化と再エネ導入に向けた取り組みを加速している。
ミルズ知事が推進する電化・エネルギー政策
ミルズ知事の就任は、電化と再エネ推進を軸にメーン州のエネルギー政策を強化する契機となった。就任半年後、2019年6月には「2030年までに小売電力販売量の80%を再エネ供給源で賄う」(州法LD1494)という法定目標を設定した。さらに2025年には、2040年までに小売電力の90%を再生可能エネルギー、残り10%を原子力や水力などを含む低排出電源(クリーン電源)で賄うという法定目標(LD1868)を定めた。また、同知事のイニシアチブの下、2019年にはメーン州気候評議会が設置された。同評議会が策定した気候行動計画「メーン州は待てない(Maine Won’t Wait)」では、寒冷地特有の暖房・産業需要を踏まえ、ヒートポンプ導入と地域資源を活用した再エネ拡大を組み合わせた「地産地消型エネルギーシステム」の構築を目指している。これにより、同州の電化・エネルギー政策は、連邦政府の支援を活用しつつも、一定の自律性を確保した枠組みとなっている。
同気候計画に基づく主な電化政策は、主に(1)ヒートポンプ導入、(2)電気自動車(EV)普及と充電インフラ整備、(3)電化を前提とした送電網・再エネ拡大の3つで構成される。特にヒートポンプ(注2)は、冬季の暖房需要に直結することから政策の中心に位置付けられており、2027年までに27万5,000台の導入目標が掲げられた(注3)。同州は全米トップクラスの普及率を目指している。また、同州の温室効果ガス(GHG)排出量の約半分を占める交通部門の排出削減に向け、2030年までに21万9,000台のEV導入目標も設定している。
同州の電化・エネルギー政策の実行主体となっているのがエフィシエンシー・メーンだ。ヒートポンプやEVの普及を牽引し、州の電化政策を長期的に支えている。ミルズ知事は就任後、同機関の予算や権限を拡大した(注4)。
電化推進に当たっては、エネルギー省(DOE)によるインフレ削減法(IRA)やインフレ投資雇用法(IIJA)に基づく建築物のエネルギー効率化支援も活用している(注5)。こうした連邦政府の支援は州の電化政策を補完し、特に住宅部門の脱炭素化を加速させる契機となった。
2027年までに27万5,000台のヒートポンプ導入を目標
ミルズ知事の就任以降、メーン州の電化・エネルギー政策における最も顕著な成果の1つが、ヒートポンプ導入数の増加だ。寒冷地という地理的条件から、同州は長らく全米で最も石油暖房への依存度が高い州の1つとして知られており、石油暖房からの脱却は喫緊の政策課題と位置付けられてきた。その点、ヒートポンプはエネルギー効率が非常に高く、外気中の熱を利用して高効率暖房を実現するため、石油暖房への高い依存からの脱却に寄与すると期待されている。
2027年までに27万5,000台のヒートポンプ導入を目指し、政策初年度の2019年に約4万台だった導入台数は、2023年には州が掲げる初期目標の10万台を突破し、2025年には14万台近くに達した。知事は2025年9月30日、ヒートポンプの普及により、メーン州の家庭用暖房における石油依存度(主要な暖房源として石油に依存する世帯の割合)が、2018年から2024年にかけて約20%低下したと発表した。
ヒートポンプ導入の急増には、州が提供する各種インセンティブが大きく寄与している。特に2023年にエフィシエンシー・メーンが導入した補助制度「ホール・ホーム・ヒートポンププログラム
」は、導入台数の拡大に加え、ヒートポンプの主暖房としての利用拡大にも寄与した(注6)。最大9,000ドル(低所得者層の場合)の補助金(注7)を支給するという従来より手厚い制度により、同プログラムの受給世帯は約1,800世帯にまで増加しており、州全体の電化・脱炭素化を支える重要な政策手段となりつつある。
図1は、補助金支給対象となったヒートポンプユニットのメーカー別内訳を示している。三菱電機、富士通、ダイキンの3社だけで全ユニットの約8割を占めており、同州では日系企業がヒートポンプ市場の大半を担っていることが分かる。なお、同州のクリーンエネルギー関連事業所の業種別内訳を見ると、その50%が建設セグメントに属している(図2)。これは、断熱工事やヒートポンプ設置など、住宅の省エネ・電化関連の活動が広く含まれているためだ。
出所:エフィシエンシー・メーン「2026年HP報告書」を基にジェトロ作成
出所:メーン州エネルギー局「クリーンエネルギー報告書(2026年3月)」を基にジェトロ作成
課題多いEV普及拡大
一方、EV普及と充電インフラ整備は遅れている。EV販売台数は、ミルズ知事就任時の約3,000台程度から5年間で6倍増となり、ヒートポンプほどではないものの増加傾向にある。ただし、2030年に販売台数21万9,000台を目指す中、2024年末時点では約1万8,000台にとどまる(図3)。最大の要因はガソリン車との価格差であり、州は連邦税額控除と併用可能な販売補助金を導入してきたが(注8)、目標達成には程遠い状況だ。
出所:メーン州環境保護局報告書
(1.58MB)(2024年)を基にジェトロ作成
2032年まで継続予定だったクリーン車(EVを含む)購入時の連邦税額控除も2025年9月末で廃止された(2025年7月15日付ビジネス短信参照)。これにより、州の補助金と連邦税額控除の組み合わせによって一部モデルで実現していたガソリン車との価格均衡が崩れ、EVの実質購入価格は再び上昇した。
さらに、充電インフラ整備も停滞している。全米電気自動車インフラ整備プログラム(NEVI)に基づく公共充電器整備計画については、2025年2月に連邦政府が新規資金配分を凍結した。公共充電施設が不足する中、家庭や職場での標準的な充電手段であるレベル2充電器の設置には1,000~2,000ドルの費用がかかる。設置費用の補助やオフピーク充電機器への支援は実施されているものの、一部の利用者にとっては普及の妨げとなっている可能性がある。
EV自体の供給面でも課題がある。メーカーからのEV割り当てが少ないため、EV在庫を保有するディーラーは州全体の32%にとどまる。また、リース満了となったEVの多くが州外のオークションに送られており、これが中古EV市場の成長を阻害する要因の1つとみられている(注9)。
EV普及の拡大に向けては、引き続き政策面での対応が課題となっている。
州の電化を支える送電・再エネ拡大政策
電化に伴う需要増に対応するには、地域のエネルギー資源の活用が不可欠だ。特に冬季のピーク需要への対応には、再エネや分散型電源、需要側管理などの地域資源を活用し、外部燃料や広域送電への依存を減らす「地産地消型」のエネルギー需給構造を確立する必要がある。
こうした背景の下、2025年成立の州法LD1868では、州主導の長期契約型電源調達制度を導入した。メーン州知事エネルギー局が公表した「2025年メーンエネルギー計画」では、電力需要が2040年に現在の2倍へ増加すると予測しており、再エネ投資と安定供給を制度的に確保する枠組みを示している。しかし、民間コンサルタントがメーン州知事エネルギー局向けに作成した分析・助言レポートでは、ニューイングランド南部の広域市場との連系容量不足など、送電網の制約が再エネ導入の障壁となっていると指摘している。
この課題に対応するため、同州の「統合グリッド計画
」は、送配電投資を州の気候政策と連動させることを義務付けている。また、同法に基づく「電化グリッド計画の優先事項」(2024年)では、需要の柔軟管理や分散型エネルギー資源の活用といった非送電的手段も含めた最適な資源構成を送配電事業者に求めた。これらにより、州は送配電インフラ整備の方向性を主導できるようになった。
さらに、2026年5月に成立した州法LD2112により、自治体が住民や事業者の需要を集約して電力を調達するコミュニティー・チョイス・アグリゲーション(CCA)制度(注10)が導入された。市や郡などの地方自治体は、地域の実情に応じて電源構成や料金を選択できるため、再エネ比率の向上や利用しやすい価格でのサービス提供が可能となる。こうした電源選択の分散化は、電化による需要増に対応する上で電力システムの柔軟性向上にもつながる。
総じて、メーン州の取り組みは、再エネ導入や排出削減にとどまらず、電力システム全体の多層的ガバナンスを再構築し、再エネを長期にわたり安定的かつ自律的に活用できる仕組みづくりを進めている点に特徴がある。エネルギー関係企業は、今後もメーン州主導による再エネ導入やインフラ整備の動向に注視すべきといえよう。
- 注1:
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本稿における「ガバナンス」とは、州による制度設計や、州政府・公共委員会・自治体の役割分担の調整を通じて、エネルギー転換の方向性を統合的に定める枠組みを意味する。
- 注2:
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空気や水、地面の「熱」を利用して冷暖房や給湯を行う技術。省エネルギー性に優れ、環境負荷の低減につながる技術として注目されている。
- 注3:
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メーン州の世帯数は2024年7月1日時点で約60万(59万7,159)であり、ヒートポンプを半数弱の世帯に普及させることを目指している。
- 注4:
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エフィシエンシー・メーンの年次報告書によると、予算は2017年度の6,000万ドル未満から、2025年には1億6,800万ドルまで拡大している。
- 注5:
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2024年10月には、中・低所得世帯が居住する建物の電化を支援するため、約7,200万ドルの補助金(IRA)が交付された。これを活用し、高効率ヒートポンプシステムの導入などに対する補助プログラムが実施されている。また、メーン州知事エネルギー事務所(現エネルギー資源局)は、コネチカット州や先住民団体などとともに、農村部コミュニティーの住宅エネルギー効率向上を支援するプロジェクト(IIJA補助金、総額360万ドル)に参加している(2024年9月17日付ビジネス短信参照)。
- 注6:
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従来の補助制度は、ヒートポンプ1台ごとに補助金を支給する仕組みだったが、住宅全体でヒートポンプを主暖房として利用することを支援する制度へと転換した。エフィシエンシー・メーン「メーン州の住宅におけるヒートポンプの評価
(12.3MB)」を参照。 - 注7:
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メーン州政府「住宅用ヒートポンプ補助金について
」を参照。 - 注8:
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2019年以降、州政府は住民の所得に応じた段階的な補助金制度を実施している。詳細は、エフィシエンシー・メーン」を参照。電気自動車と充電器のインセンティブ
」を参照。 - 注9:
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エフィシエンシー・メーン「EV市場の評価
(1.07MB)」を参照。 - 注10:
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CCA(Community Choice Aggregation)とは、地方自治体が住民や企業向けの電力を一括調達し、電源構成や料金を選択できる制度。送配電インフラは既存の電力会社(ユーティリティー)が引き続き運用する。ニューハンプシャー州やマサチューセッツ州など10州で導入されており、メーン州は11州目となる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所
久峨 喜美子(くが きみこ) - 英国オックスフォード大学にてPh.D.(政治学)を取得後、国連機関でのガバナンス交渉、労働権及び女性の権利保護に関するプログラム・マネジメントに従事。ビジネスと人権、サステナビリティ分野が専門。2025年から現職。





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