EU政策見直しとイタリア産業界の反応
イタリア自動車動向(2)
2026年8月24日
2025年末から2026年初頭にかけて、欧州委員会(欧州委)は自動車産業にとって転換点となる2つの政策案を発表した。複数の法案で構成する「自動車産業支援パッケージ」(2025年12月16日発表、2025年12月25日付ビジネス短信参照)と、「産業加速法案(IAA)」だ(2026年3月4日発表、2026年3月13日付ビジネス短信参照)。本稿では両政策に対するイタリア政府および産業界の動きをまとめる。一連の政策案とそれに対する国内の保護主義的な反応・提案からは、中国メーカーの台頭に伴う産業構造の変化や、それに対する危機感が見て取れる。
自動車産業支援パッケージは「不十分」
「自動車産業支援パッケージ」(以下、「支援パッケージ」)で最も注目された変更点は、2035年までに乗用車・小型商用車の二酸化炭素(CO2)排出量の「100%削減(2021年比)」を掲げた目標を、「90%削減(同)」へ緩和した点だ。イタリア政府は従来この目標の達成期限に反対しており、アドルフォ・ウルソ企業・メードインイタリー相(企業相)は今回の変更を歓迎した。ただし、2026年1月に開催された自動車産業協議会では「正しい方向性だが、(数値の緩和だけでは)十分ではない。2035年までに100%削減という数値目標は引き下げたが、技術的中立性の原則の尊重、バイオ燃料の活用促進、バッテリーサプライチェーンへの十分な資源投入、『メード・イン・ヨーロッパ』の保護なども必要だ」と付け加えた。イタリア自動車工業会(ANFIA)も「現時点での提案内容として全く不十分」との見方を示したポジションペーパー(提案書)を2026年1月に公表。さらなる制度見直しに向けたANFIAの代案や要望を以下のとおり取りまとめた。
1. 再生可能燃料の正当な評価
欧州委は2035年目標を「90%削減(2021年比)」に緩和し、2035年以降残りの10%については、最大7%をEU域内で生産されたグリーンスチール(製造時のCO2排出を削減した鉄鋼)、最大3%を持続可能燃料の利用で補完可能としている。ANFIAは、最大3%とされている持続可能燃料の割合が不当に低すぎると指摘。既にバイオ燃料や合成燃料などの再生可能燃料は他のEU規制で評価されているにも関わらず、2035年まで対象とならない点にも疑問を呈した。さらに、再生可能燃料のCO2削減効果を排出規制値に反映するCCF(カーボン補正係数)の導入や、カーボンニュートラル燃料(CNF)のみを動力源とする車両をゼロエミッション車(ZEV)の新たなカテゴリーとして位置付けることを求めた。
2. 目標値のさらなる引き下げ
ANFIAは、2035年までの自動車のCO2排出削減目標の制度設計が、バッテリー式電気自動車(BEV)中心で、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)への企業の投資継続を困難にしていると指摘。さらに、2027年から導入される新しい評価基準(Euro 6e-bis-FCM)(注)により、PHEVのCO2排出量が高く算定されることにも懸念を示した。近年の急速な技術の発展により、PHEVの電動航続距離が100キロメートル(km)超まで向上している点などを考慮すべきとした。また小型商用車では、BEVの総保有コストの高さや充電インフラ不足が障害となっていることを指摘。乗用車・小型商用車のCO2排出削減目標に対して、次の表のとおり見直しを提案した。
| 項目 | 目標年 |
EU目標値 (2023年4月に規則として成立) |
EU目標値 (2025年12月発表の欧州委案:自動車産業支援パッケージ) |
ANFIAの代案 (2026年1月発表) |
|---|---|---|---|---|
| 乗用車 |
2030年 目標 |
55%減(2021年比) | 55%減(2021年比) | なし(注) |
|
2035年 目標 |
100%減(同上) | 90%減(同上) | 75%減(2021年比) | |
| 小型商用車 |
2030年 目標 |
50%減(同上) | 40%減(同上) | 30%減(同上) |
|
2035年 目標 |
100%減(同上) | 90%減(同上) | 75%減(同上) |
注:ANFIAは、乗用車の2030年目標値については代案を示していない。
出所:ANFIAの資料を基にジェトロが作成
3. 小型EVへの優遇の拡充
支援パッケージでは、EU製の小型BEVを「M1e」として新カテゴリーを創設。メーカーのCO2平均排出量の算定において「M1e」は1台当たり1.3台分として計上する優遇策を提案した欧州委の法案に対し、ANFIAは1.5台分までの引き上げを求めた。また、法案では優遇措置は2034年までとしているが、それ以降も継続することを提案した。
4. CO2規制の柔軟措置の適用期間を延長
CO2排出削減目標の達成時期の柔軟化措置「Banking & Borrowing」についても、さらなる期間の延長を求めた。これは、目標の超過達成分と未達成分を一定期間内で相殺できる柔軟措置で、欧州委は2025~2027年に加えて2030~2032年にも本措置を導入することを提案した。ANFIAは、メーカーの対応余地をさらに拡大するため、乗用車・小型商用車ともに適用期間を5年間(2025~2029年、2030~2034年)へ延長するよう要望した。
そのほかにも、フェラーリやランボルギーニに代表される、生産台数は少ないものの高品質・高付加価値の車両を提供する小規模メーカーについては、CO2排出規制に関する特例措置の維持など、柔軟な対応を求めた。
「メード・イン・ヨーロッパ」を巡る期待と課題
欧州委は2026年3月4日、公共調達や補助金の対象に「メード・イン・ヨーロッパ」および/または「低炭素」の基準を導入する新たな産業政策である産業加速法案(IAA)を発表した。同法案は、世界的な競争の激化や戦略的分野におけるEU域外のサプライヤーへの依存度が高まっている中で、EUのGDPに占める製造業の割合を、2024年の14.3%から、2035年までに20%へ引き上げるという目標を掲げている。
自動車産業については、公共調達や、企業向け車両購入補助などの支援制度の対象となるBEVやPHEV、燃料電自動車(FCV)に対し
- 車両がEU域内で組み立てられていること
- バッテリーを除く車両構成部品の70%以上(工場渡し価格ベース)がEU域内原産であること
- バッテリーについて、セルを含む少なくとも3つの主要構成部品がEU域内原産であること
などのEU域内原産の要件を定める。これらはIAA発効から6カ月後から適用され、3年後にはさらに厳格な基準が導入される予定だ。
ウルソ企業相はIAAについて、欧州委案の支持を表明した。一方で、現在の産業構造が危機にある中、迅速かつ具体的な行動が必要だとし、「『メード・イン・ヨーロッパ』や低炭素要件の導入を2029年まで待つべきではない」と提言した。また、「メード・イン・ヨーロッパ」の原則については、イタリアが従来から支持してきた方針に沿うものとして歓迎する一方、戦略的分野から的を絞り、段階的に導入し、生産の実態にそぐわない硬直的な規制とならないよう配慮すべきだとの考えを示した。
1. IAAに対するイタリア自動車産業界の反応
ANFIAも、欧州の自動車サプライチェーンを維持・強化するための重要な第一歩としてIAAを支持。その上で、EU域内原産の基準のさらなる厳格化を求めた。IAAはEU域内に加え、EUとFTA(自由貿易協定)や関税同盟を締結する国で生産された部品も域内原産と見なし、支援制度の対象に含めている。しかし、ANFIAは原則としてEU27カ国と英国に限定すべきだと主張。対象範囲の拡大は、欧州産品の価値向上という制度本来の目的が薄れる可能性があると懸念を示した。EU27カ国と英国以外の国を含める場合は、個別に判断するようと提案した。
一方、イタリアの外国自動車代理店組合(UNRAE)は。「EU域内原産の規定化を急ぐべきではない」と異なる見解を主張した。そのうえで、BEVの普及や充電インフラの整備、卸売りエネルギー価格に見合った充電料金体系の見直しなどを優先すべきとの考えを示した。依然として欧州での自動車販売台数が2019年(新型コロナウイルス禍前)の水準に回復せず、イタリアのBEVへの移行が欧州主要国に比べて遅れていることなどを理由に保護主義的な措置は、企業や消費者に不利益をもたらす可能性があると指摘する。
2025年のイタリアの乗用車新規登録台数におけるBEV・PHEVの市場シェアは合計で12.8%となった(BEVは6.2%、PHEVは6.6%で、いずれも前年から大きく伸長)。しかし、欧州自動車工業会のデータによると、英国は34.5%、ドイツは30.0%、フランスは26.7%、スペインは19.6%で、依然イタリアは極めて低い水準にとどまる。
UNRAEは、企業向けの車両購入に関する税制改革なども提案している。 UNRAEは、イタリアの社用車に対する税制優遇措置(経費控除、付加価値税控除、減価償却制度など)が、欧州主要市場と比べて不十分なため、環境対応車の普及を妨げていると指摘している。
日本の経団連に相当するイタリア産業連盟(コンフィンドゥストリア)は2026年6月10日、IAAに関する意見書を上院に提出した。反対する立場は示していないが、欧州産業界が直面する課題に対する決定的な解決策とはならないとの見方を示した。持続可能なエネルギーの価格体系と、供給の安定化を実現する政策の構築などを優先的に進める必要があると主張した。
2. 中国メーカーとの競争・協業が同時に進む欧州市場
EUにおける保護主義的な潮流の背景には中国メーカーの台頭がある(前編「電動化が進展 中国勢の存在感高まる」参照)。しかし、政策によって競争条件を変えることはできても、消費者の選好がどのように変化するかは不確実だ。2026年2月には、イタリア主要紙『ラ・レプブリカ』などがビジネスコンサルティング会社アレーテ・コンサルティング(Arete Consulting)の調査結果を報じ、イタリア人の約7割が中国製乗用車の購入に前向きだと伝えた。この割合は前年の同調査を上回っており、価格面での優位性だけでなく、先進的な車載システムなどを含む総合的な品質への評価が高まっていることが背景にあると分析している。こうした中、ステランティスは同年5月、東風汽車や零跑汽車(リープモーター)との協業拡大を相次いで発表した。中国メーカーの技術や価格競争力を取り込みながら、欧州工場での合弁生産を進めることで、「欧州域内原産」要件への対応を図る動きとして注目されている。EU域内産業の保護と欧州自動車産業の競争力強化をいかに実現するかが、今後の課題となろう。
イタリア自動車動向
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ミラノ事務所
平川 容子(ひらかわ ようこ) - 2021年からジェトロ・ミラノ事務所に勤務。





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